ムー大陸冒険記(配信型) 作:夢川支流
Ⅰ-1 自殺志願者とテロリスト
――UTC 2028-04-22T00:00:00.0
『規定条件の達成を確認。エンドコンテンツを解放します』
その時、“声”が届いた。
『プレイヤーの皆様、平素よりプロジェクトEARTHをご利用頂き誠にありがとうございます』
驚くべきことに、それは遍く全ての人に届けられた。
水底に潜るダイバーにも、宇宙空間の宇宙飛行士にも、地下トンネルを掘削する作業員にも、防音のスタジオで演奏するピアニストにも。果ては、音の無い世界を生きてきた
『この度、プレイヤー“ヒューマン”による進行度が規定値に達したことをお知らせ致します』
国境も文化も人種も宗教も、あらゆる垣根を軽々と飛び越えて。
母国語の差異も関係なく。地球人類全てが、その内容を正確に理解した。
『聳える霊峰、光届かぬ海溝、天高き蒼穹、地下深き大空洞、草木なき凍土。その何れも既知となり、星の未知は既に数える程となりました』
しかし。
なんとも不思議な話だが。この奇怪極まる状況に対し、恐怖を抱く者は少なく。
『概念を与え、法則を見つけ、証明を繰り返して。貴方たちは、この世界の法則を一つずつ解明してきました』
むしろ、どこか誇らしい気持ちとなった、と。
後に振り返った人々は皆口々に語った。
『星の覇者へ心からの賞賛を。また、ささやかな贈り物を贈らせて頂きます』
そして人々は知ることとなる。
『其はラストフロンティア。名を“ムー”。幻の大陸は、遂に空想から目を覚ます』
これより顕れる未知の名と。
『尚、当コンテンツのクリアと共にプロジェクトEARTHは終了致します。長い間、ご愛顧頂きありがとうございました』
避け得ぬ終末を、人類は知った。
○○○
――寄せては帰る波の音が心地良い。
――この視線の遥か先に、かの新大陸“ムー”がある。
例の“声”が届いた直後、太平洋上にオーストラリア程の大陸が出現した。
“声”に倣って『ムー』と名付けられた新大陸。その出現は唐突であり、“声”以外一切の兆候を伴わなかった。
地震も音も何もなく。あれだけの巨大な体積が割り込んだというのに、津波も海面の上昇もなかったらしい。まるで世界は初めからそうであったとでも言いたげに。太平洋の真ん中に大陸は鎮座していたのだ。
当然、世間は蜂の巣をつついたような大騒ぎだった。
特にネット界隈は凄まじく。SNS、ネットニュースのコメント欄、動画投稿サイトなんかは荒れに荒れて。ぶっ飛んだ憶測や推理、陰謀論が飛び交った。
けど、それも当然で。最後の言葉の衝撃は想像を絶して大きく。誰もが得体の知れない“終末”に怯えていた。
皆が人知を超えた“声”を聞いていたからこそ。嘘みたいな“世界の終わり”に言い知れぬ現実感が伴ってしまったのだろう。
ノストラダムス以来の…或いは、それ以上の恐怖かもしれない。そんなことを、当時を知る専門家がテレビで語っていたのをよく覚えている。
怪しさ満点の新興宗教とかもポコポコ生えてきて、とにもかくにも世界中が混乱していた。
けれど――
「静かだな。人っ子一人いやしない。まるで世界に僕だけみたい…なんて」
今この時、それら全ては一切関係の無い事。新大陸も終末も対岸の火事。
ネット上の喧騒は遥か遠く、聞こえるのは潮騒の音だけ。早朝の散歩をする者も居なければ、夜勤帰りの車も通らない。
念入りに下調べをして、そういう場所を選んだ。
飛び降りでは下を通った誰かを巻き添えにしてしまう可能性があるし、建物が事故物件になって持ち主が困る。第一、掃除が面倒だ。
首吊りは何か色々と汚いと聞いた。それは嫌だし、駆けつけて対応する警察官たちに申し訳ない。
線路への飛び込みなんて言わずもがな。交通を麻痺させて色んな人に迷惑をかける上、運転手やホームの人々にトラウマを植え付けてしまう。
練炭は死ねない可能性がある。脳に障害が残って寝たきりで生き続ける…そういう最悪の結末になるかもしれない。
リストカットは痛そうだし、これも家を事故物件にしてしまう。服毒は毒を入手するのが難しい。
「春とはいえ、まだまだ冷たい。これなら間違いなく死ねるはず」
そんなわけで、入水を選んだ。
太平洋に面した海岸線。過疎化の進む田舎町の外れの外れ。市街地からは程遠く、入り組んでいる故に海水浴にも向かない。そういう場所。
ここなら早々発見されないし、うまくすれば誰にも見つかることの無いまま微生物が分解してくれるだろう。頑張って沖の方まで行けば尚更。重石も持ってきたし、どっかの海水浴場に流れ着く事態も防げるのではなかろうか。
そんな事を考えながら。僕は海の中へ進んで行こうとして――なんだアレ。
「……えっと。あの、そんな所で何を?」
「やっべ、見つかった!」
さっきまでは大きな岩の陰になって見えていなかっただけ。そこには一隻の船と一人の少女がいた。
ヨットと言うのかクルーザーと言うのか。専門用語は分からないけれど、最低限の居住空間が備えられていそうな。そんな小型の船が入り江に浮かんでいて。
紫交じりの長髪を乱雑に伸ばし、黒マスクとサングラスで素顔を隠した少女が独り黙々と船の整備をしていたのだ。
「見つかっちまったのなら仕方ねぇな」
いくら自殺を覚悟した身でも、流石にこれは気になる。
このままでは海に沈んでいく最中に気になって変な感じになってしまうだろう。そんな最後は流石に嫌だ。
そう思って話しかければ。彼女はサングラスとマスクを勢いよく剥ぎとると、その素顔を曝け出して言ったのだ。
「オレの名はエンド。唯のしがないテロリストだ」
露わになった彼女の瞳は、右が翡翠で左がコバルトブルーのオッドアイ。僕は純粋に、その浮世離れした容姿を綺麗だと思って。それは嘘偽りない事実で。
でも。エンドって明らか偽名じゃんとか。何でマスクとサングラスで隠してたのに直ぐ曝け出すのかとか。テロリストって何とか。テロリストなら尚更、顔隠してなきゃ駄目でしょとか。
容姿より何より、言動諸々ひっくるめて言いたいことが山ほどあって。多すぎて何から言うべきか分からなかったけれど。
とりあえず。「最高の決め台詞をぶちかましてやったぜ」とでも言いたげにドヤ顔をする彼女に対し、これだけは言わなければならないと思った。
「テロリストはしがなく無いんじゃないかな」
これが僕、
彼女、エンドとの出逢い。
そして、ロクでもない仲間たちと進む、壮大な冒険の幕開けだった。