君 想 う ~メモリーズー春ー   作:飛鳥 螢

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春原の思惑

 放課後になると、朋也は何も入っていない薄っぺらな鞄を手に、すぐさま教室を後にした。

 演劇部の部室に行くのではなく、杏達に捕まってあれこれ言われる前に学校を出る為に。

「ったく……」

 その後ろ姿を呆れたように見やり、春原は軽く肩を竦めると椅子から立ち上がった。

 そこへ、近づいてきた椋が遠慮がちに声を掛けてきた。

「あの、春原くん……」

「あ、委員長。なに?」

「あ、あの、えっと、岡崎くん……どうしたんでしょうか?」

 どこか心許なさそうな面持(おもも)ちで、躊躇(ためら)うように椋は言った。

「今週に入ってから、全然部室の方に顔を出さないですし……」

「ああ、そうだね」

 事情を知らなさそうな椋に、春原は適当に相槌を打った。

「話を聞きたくても、今みたいにすぐ帰ってしまって……」

 椋達が朋也の様子がおかしいと感じたのは今週が始まってすぐだった。何時も昼休みと放課後には必ず演劇部の部室に顔を出していた彼が、全然顔を見せなくなったからだ。

 姉の杏は日曜の事でへそを曲げているだけだから放って置けばいいと言ったが、朋也がこんな態度を取り続けるのはそれだけではないように椋には思えたのだ。

 でも、今みたいに何時も声を掛ける前に朋也は教室から居なくなってしまうので、結局椋は事情を聞くに聞けずにいたのだ。

「あ、あの春原くん。岡崎くんから、何か聞いてませんか?」

「別に、聞いてないけど」

 勇気を振り絞って訊いた椋に、春原は空惚(そらとぼ)けて素っ気なく返した。

 いつもなら考え無しに何でもペラペラ喋ってしまう春原だったが、この件だけは何となく、今は誰にも言ってはいけないような気がしたのだ。

「そう、ですか……」

 がっかりして椋は呟いた。

「渚ちゃん、とても心配してるんです」

「だろうねぇ」

 理由(わけ)も言わずに岡崎がいきなりあんな態度に出たんだから。

 そう応えると、春原は急に思い付いたように声を上げた。

「あっと、そうだ。委員長、杏は今から部室に顔出すの?」

「い、いえ。今日はちょっと買い物があるので、これから一緒に帰るんです」

「ふ~ん。んじゃ、僕ももう帰るかな」

 何事か考えて春原は鞄を手に取ると、椋をその場に残して教室から出て行った。

 だが生徒玄関には向かわず、渡り廊下を通って旧校舎に入り、三階の突き当たりにある教室に行く。そこは演劇部の部室だった。

 そっと僅かに引き戸を開け、中に渚しか居ない事を確認すると、改めて勢い良く戸を開け放つ。

「や、渚ちゃんっ」

「あっ……、春原さん」

 ハッと顔を輝かせて振り返った渚は、春原の姿を認めてがっかりしたような表情(かお)になった。

 それを見て春原は目を細めて軽口を叩いた。

「何、渚ちゃん。岡崎じゃなくてがっかりした?」

「い、いえ、そんな事はっ。その、春原さんが来てくれて決して嬉しくない訳ではなくて——」

 慌てて渚は言ったが、落胆しているのは明らかだった。

「別にそんなに気を遣わなくたっていいよ。渚ちゃんが岡崎待ってたの知っているし、最近僕もちょっとご無沙汰してたからね」

 特に部室から杏の声が聞こえる時には部室手前で体を返し、決して近づかないようにしていた。たかられるのを怖れて。だから来ると思われていなくとも仕方なかった。

「ところで今日一ノ瀬は? 来ないの?」

「はい。ことみちゃんは今日、書店に注文していた本が届くのだそうです。それを受け取りに」

「本ねぇ……」

 ことみは春原達と同じによく授業をサボっているが、それは成績が優秀すぎて学校の方が特別処置で彼女の授業を免除してるからだった。そのことみが注文して取り寄せた本など、エロ本やマンガの類いしか読まない春原には、考えるまでもなく一文字も理解できない代物に違いない。

「あ、あの春原さん」

 思わず理解不能な本の事を考えてしまってげっそりと嫌な顔をした春原に、渚は思い切って訊いた。

「岡崎さんはどうしたんでしょか?」

「どうって、何が?」

「えっと、その……、今までは毎日部室に来てくださってたのに、このところ全然来なくなってしまって。朝も道で会いませんし……」

「ああ、岡崎なら今週遅刻続きだからねぇ」

「え? そうなんですか?」

 椋ちゃんに「岡崎くんはちゃんと学校に来ている」と聞いただけで、連日遅刻している事まで教えてもらっていなかった渚は呆然となった。

「まあね」

 と、応えて春原は、ずいっと渚に顔を寄せた。

「それよりさ、渚ちゃん元クラスメイトの男にコクられたんだって?」

「えぇっ、ど、どうしてそれを!?」

 思わず驚きの声を上げ、渚は大きく目を見開いた。

 月曜日杏ちゃん達に散々日曜日穂積くんと会った時の事をしつこく聞かれたけど、その事だけは何となく彼に悪いような気がして言わなかったのに。

「岡崎から聞いたんだよ。渚ちゃんがそいつにコクられてるのバッチリ見たってさ」

「岡崎さんが……」

 あの時、まさか見られていたなんて。全然気付かなかった。

「で、渚ちゃんに彼氏ができるなら、もう自分は渚ちゃんに必要ないって、岡崎の奴勝手に決めつけちゃってさ。気が早すぎるんだよね」

 呆れてそう言うと、春原は軽く肩を竦めて渚を見た。

「まだそいつと付き合うかどうか決めてないんだろ、渚ちゃん」

「それは……」

 どう答えたらいいか分からず、渚は口ごもった。

 その様子を見て、春原は小さく息をついた。

「ま、岡崎と違って、僕は渚ちゃんが誰と付き合おうと気にしないけどさ、だけどこのまま岡崎が演劇部の再建から手を引くなら、僕もちょっとねぇ……」

 と、浮かぬ顔になる。

 タダでパンさえ食べさせて貰えれば後はどうでもいい春原だったが、一人で杏達と一緒にそれを手伝うとなると、我が身だけでなく財布の中身まで無事では済まない気がする。そうなるとタダパン食い放題と我が身と財布の安全を比べたら、どっちが得かを考えて悩まずにはいられない春原だった。

 だが、渚はその前の朋也の話にショックを受けていて、くどくどと喋り続ける春原の言葉など全然耳に届いていなかった。

 

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