君 想 う ~メモリーズー春ー   作:飛鳥 螢

14 / 14
何時までも

 ——と、

「…——あんパンっ」

 いきなり古河が声を張り上げた。

「っ!?」

 俺は思わず()()り気味に身を引いて古河を見た。

 それは、最初の出会いの時、ここで古河が自分を奮い立たせる為にやってたおまじないだった。

 頑張った自分へのご褒美を口にする事で自分を励まし、前に進む勇気を出す為に。

 そして、古河は俺に目を向けると、意を決して口を開いた。

「あの、昨日の夜。穂積くんから電話があったんです」

「……そうかよ」

 息を呑んだ俺は、それを吐き出すように言った。

 やっぱりさっさと立ち去れば良かったと後悔しながら。

「それでわたし、穂積くんにこの間の答えを——」

 聞きたくなかった。こいつが誰と付き合おうと俺には関係ない筈なのに、何故だかこいつの口から、はっきりとそれを聞くのが怖かった。

「——言おうとしたんですけど、その前にフラれてしまいました」

「はぁ!?」

 一瞬、古河が何を言ったのか理解できずに唖然となった俺は、えへへと笑う古河をまじまじと見返した。

「フラれたって、あいつから付き合ってくれって言ったんじゃないのかよ」

「はい、だから穂積くんに、この間の話は無かった事にしてくれって言われまして」 

 と、古河はふっと、その時の会話を思い起こすように遠い目をした。

『ゴメン古河、この間の話無かった事にしてくれないか』

『え?』

『俺、ホントはあんな事言うつもりなかったんだ。最初から古河がなんて答えるか分かってたから』

『………』

『古河が高校の話すると、何時の間にかこの間一緒にいた岡崎って奴の話になって、そいつの話をする古河すごく嬉しそうだった。——俺三年間ずっと見てきて、そんな楽しそうな古河見たの初めてだったから、ちょっとそいつの事が(ねた)ましかったんだ。古河にこんな笑顔させる事のできるそいつが』

『穂積くん……』

『だからあの時、俺木の陰にそいつが居るの気付いて、ついあんな事言ってしまったんだ。そいつが羨ましくて意地悪したくなってさ』

『………』

『本当にゴメン。あいつにも古河から謝っておいてくれないか。でも古河が好きだってのはホントだから』

 と、つい長々とその時の会話を思い出していた古河は、ハッとして俺を見た。

「そうです。穂積くんが岡崎さんに謝っておいてくれって言ってました」

「あいつが俺に?」

 電話の内容を知らない俺は思いっ切り顔を(しか)めた。

 あんな奴に訳も分からず謝られるなんて気味が悪い。

「はい、穂積くん、これから受験勉強で忙しくなるので、もう会えないだろうって」

「受験って、あいつ大学生なんだろ?」

「辞めるんだそうです。元々自分が行きたかった学部じゃなかったらしくて。でも、浪人するのが嫌で滑り止めで受けた今の大学へ入ったんですけど、ダブっても高校で頑張る私を見て、自分ももう一度頑張ろうって気になったんだそうです」

 そう言って古河はにっこりと微笑んだ。

「これも、みんな岡崎さんのお蔭です」

「なっ、何言ってんだよ。俺は何も——」

「わたしが今まで頑張ってこられたのは、岡崎さんがいつも傍に居てくれて、励ましたり、背中を押してくれたからです」

 慌てて言い返す俺の言葉を遮り、古河はきっぱりと言った。

「そんなわたしを見て穂積くんが頑張ろうとしてるなら、それはやっぱり岡崎さんのお蔭だと思います」

「………」

 ——本人前にして、どうしてこいつはこんな赤面モノの科白(せりふ)を堂々と言えるのか……

 余りの恥ずかしさに俺が何も言えないでいると、古河は俺から視線を()らさずに更に言葉を継いだ。

「——わたし、岡崎さんのお蔭で、杏ちゃんや椋ちゃんやことみちゃんや、他にもこの学校で話のできる人ができました。でも、それでも岡崎さんには傍に居て欲しいです。たとえこれから先、もっとたくさんの友達ができたとしてもです」

「……こんな不良の俺が傍にいたら、迷惑だろ」

「そんなこと無いです。わたしにとって岡崎さんはとてもいい人です。こんなわたしに声を掛けて、力を貸してくださった人ですから」

「………」

 ——ああ、そうだ。他人の評価なんかに左右されず、自分の目と心で見て感じた事をただ信じる。こいつはそういう奴だった。それだから俺は、こいつの傍らに居られたんだ。

 でも、こいつに友達や彼氏ができた今、俺の役目は終わってしまった。だったら後は潔く身を引くべきだと思ったんだ。所詮不良の俺と真面目なこいつでは余りにも違いすぎる。互いに相容れない者同士なんだから——と。

 なのにそんな俺が、今更こいつに甘えるなんて虫の良すぎる話だ。

 けど、もしもう一度こいつの傍に、俺が俺で居られるあの心穏やかな場所に戻る事ができるなら、それはなんて贅沢な事だろう。

「…——本当にいいのか、俺なんかが傍に居て」

「はい、居て欲しいです。何時までもずっと。岡崎さんが嫌でなかったら」

 その言葉が嬉しくて、俺は思わず古河の頭に手を乗せた。

「じゃあ居てやるよ」 

 今度こそ、おまえが本当に俺を必要としなくなるまで、何時までもずっと傍に。

「はい、お願いします」

 顔を綻ばせて古河は言った。

 その笑顔につられ、俺は更に贅沢を言っていた。

「なぁ、おまえのこと、もう一度『渚』って呼んでいいか?」

「はいっ」

 俺の言葉にパッと顔を輝かせ、嬉しそうに力一杯古河——渚は返事した。

「この間、岡崎さんに『古河』って言われた時、なんだか岡崎さんが遠くに行ってしまったみたいで、すごく淋しかったですから、またそう呼んで貰えると嬉しいです」

「そっか……」

 もう俺なんかいらないだろうと勝手に思い込んで、こんなにもこいつを不安にさせていたなんて。

 俺は悔いると共に、二度と渚にこんな想いをさせまいと思った。

「じゃあ、行くか」

 今から行けば、三限には十分間に合う。

「はい」

 渚はにっこりと微笑んでそう応え、俺と肩を並べて歩きだした。

 そして、俺達は登り始める。

 何処までも二人で、長い、長い坂道を——

 

                             〈君思う 了〉

 




 これは四作目で、「春」の話はこれで終わりです。
 次は「夏」の話になります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。