「あの部屋、すっかりあいつらの溜まり場になっちまったな。部員でもねぇのに」
自分の事は棚に放り上げ、朋也はぼやいた。
そうなった発端は自分で、しかも彼自身もその一人だというのに。
「でも、部室が賑やかなのはいいことです。杏ちゃんも、椋ちゃんも、ことみちゃんも、皆良い人ですから、わたし友達になれて嬉しいです」
渚は心から嬉しそうにそう言って、肩を並べて歩く朋也を見た。
「これも皆、岡崎さんのおかげです」
「俺は別に何もしてねぇよ。皆おまえが好きだから、一緒に居たいから集まってくるんだ」
「そんな事ないです」
そう言って足を止めた渚は、自分につられて立ち止まった朋也を真正面から見据えて力強く言葉を継いだ。
「岡崎さんが居なかったら、わたしはきっと今でもあの部室で独りぼっちで居たと思います。だからわたし、本当に岡崎さんにはすごく感謝してるんです」
「………」
——こいつ、本人前にしてよくまぁそんな事、堂々と真顔で言えるよな。
朋也は恥ずかしくてなんと応えていいか分からず、絶句した。
暫し二人は向き合ったまま、歩道の真ん中で無言で見つめ合っていた。
そこへ——
「古河?」
問いかける声がした。朋也達とそう年齢的に変わらない若い男の声が。
振り返ると、そこにディバックを右肩に掛けた一人の青年がいた。多分大学生だろう。
青年は振り返った渚の顔を確認すると、顔を輝かせて二人に寄ってきた。
「古河、久しぶりだな。もう体は大丈夫なのか?」
「え、えぇっと……」
「誰だよ、あんた」
一方的に親しげに話し掛けてくる青年に途惑う渚を見て、咄嗟に朋也は二人の間に割り込み、渚を背に庇うようにして青年を睨み付けた。
「あ、ああ、そっか……」
警戒する二人を見やり、青年は納得したように声を上げた。
「古河が憶えていないのも無理ないか。三年のクラスが一緒だったって言っても親しかった訳じゃないし、古河は新学期始まってすぐに体調崩してずっと休んでいたから」
——こいつ、去年渚と同じクラスだったのか?
その青年の言葉に驚いた朋也は、振り返って呆然とする渚を見た。
「あ、あの……」
「
「穂積……」
青年が告げた名を聞いて記憶を掘り起こすように渚は目を伏せて考え込んでいたが、やがてハッとしたように
「学校を休んでいた時、授業のノートを届けてくれた。あの——」
「ああ、一学期分しか持ってけなかったけど」
「いいえ、すごく助かりました」
すまなそうに応える賢吾に、渚は慌てて
「学校には行けませんでしたけど、体調の良い日はそれを見て勉強したりしましたから」
「そうか、少しは役に立ってたんだな」
賢吾はホッとしたように呟いた。
そして、改めて渚の姿を見た。
「その制服、まだ着てるって事はもしかして——」
「はい、もう一年頑張ってみようかと」
かつてのクラスメイトにそう言うのは勇気がいることだったが、それでも渚ははっきりと答えた。
「そっか……」
微笑みながらそう告げた渚に軽く目を
「ところで彼、ひょっとして古河の彼氏?」
「えぇっ!? ち、違いますっ!」
——即答……
驚きの声を上げ、間髪を
確かにそうなのだが、それでも言下にそんな力一杯否定しなくとも。と思うのは贅沢というものだろうか。
「へぇ、そうなのか……」
慌てふためく渚に目を丸めた賢吾は、ふ~んと朋也を見返すと意味ありげな笑みを浮かべてぼそりと呟いた。
「よかった」
——何がだ。
むっとして思わず朋也は無言でツッコミを入れた。とにかくこいつは気に入らない。
そんな朋也を
「まずいな、すまない古河。折角会えたのに、俺これからちょっと用事があって行かなきゃならないんだ」
——さっさと行け。
「いえ、わたしも久しぶりにクラスの人に会えて嬉しかったです」
「じゃあさ、また今度ゆっくり会わないか? 二人で」
「え?」
——なんだと!?
賢吾の言葉に、渚だけでなく朋也も驚いた。
そんなに親しかった訳でもないと自分で言ってたのに。まぁ、渚が休んでいる時ノートを届け続けていたというのがちょっと引っかかるが。それでも単に名ばかりの昔のクラスメイトがたまたま道で会っただけの事だ。ここで別れれば会う機会は殆どないだろう。
なのに、なんでまたこいつは渚に会いたいなんて言うんだ。しかも俺が邪魔だと言わんばかりに「二人で」を強調して。
「じゃ、今夜電話するから」
そう言うと、返事を待たずに賢吾は慌ただしく道路を横切り、角を曲がって行ってしまった。
後には、ただ呆然とする朋也と渚がその場に残されていた。