君 想 う ~メモリーズー春ー   作:飛鳥 螢

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電 話

 夜も九時近い古河家の居間で、出されたお茶を朋也がすすっていると、斜め横に座っていた渚の父親秋生が、ドンっとテーブルに湯飲みを叩き置いてガンたれてきた。

「小僧、なんでまだオメェが居んだよ」

「いちゃ悪いか?」

 しれっと朋也が応えると、秋生は当然の如く言い返した。

「あったりめぇだ。何時もなら飯食ったらさっさと帰る癖によ。なんで今日に限って帰りやがらねぇんだ」

 と、言ったところでハッとある事に気付き、いきなり朋也の胸倉を掴んでぐいっと自分の方に引き寄せた。

「まさかオメェ、渚の入浴覗くつもりじゃねぇだろうなっ」

「誰がンなコトするかっ」

「じゃあ、家に泊まって渚に夜這いでもする気か!?」

「しねぇよ」

 ったく、このオッサンいつもこうだ。一体どういう頭の構造してんだか。とてもじゃないがついていけねぇ……

 投げやりに朋也が渚の父親にそう応えると、秋生は驚愕に満ちた目を向け、慌てて言い返した。

「オメェ、ホントに男か? 渚のもちっとした滑らかな肌拝んで触れるチャンスなんだぜっ。男なら発憤もんだろうがよっ。喜べよっ。やる気起こせよっ!」

「………」

 彼氏でもない男に、娘の入浴の覗き見や夜這いを勧める父親がどこにいる。

 ——ここにいたか……

 なんかもう反論する気も起きず、朋也がげんなりと黙っていると、それを聞きつけて台所から急いで居間にやってきた渚が顔を真っ赤にして怒った。

「お父さんっ、岡崎さんになんてこと言ってるんですかっ!」

「い、いやなんだ、こいつがおまえが女としての魅力がねぇってぬかしやがるから、そんなことねぇって、よぉく言い聞かせてたんだよ。なぁっ」

「さぁ」

 汗だらで同意を求める秋生を見捨て、朋也は顔を背けて素っ気なく応えた。

 それを見て、むぅっと渚は父親を睨み付けた。

「お父さん、岡崎さんに——」

 と、更に説教しようとしたその矢先、今まで沈黙していた電話が唐突になり響いた。

 ハッとして、朋也は鳴り響く電話を見た。

「あ、お母さん。わたしが出ますから」

 台所で水仕事をしていた手を拭いて来る早苗に声を掛け、渚は慌てて電話の受話器を取った。

「はい、古河です」

『あ、穂積(ほづみ)と言いますが、夜分遅くすみません。渚さんは居ますか?』

「はい、わたしが渚です」

『ああ、なんだそうか。電話だとなんだか声が違って聞こえて分からなかった』

 緊張していたのか。賢吾はほっとしたような声を出した。

「わたしもです。最初穂積くんだと分かりませんでした。なんとなく大人っぽくて」

 ——やっぱりあいつか……

 渚が受話器を取るなり遠慮したように背を向けたものの、しっかり聞き耳だけは立てていた朋也は「穂積」の名を聞くなり表情(かお)を険しくした。

 そんな朋也の首に腕を回し、秋生はぐいっと顔を寄せて小声で訊いた。

「おい、穂積って誰だ?」

「渚の去年のクラスメイトだよ。学校の帰りに偶然道で会ったんだ」

「な~るほど。それでオメェ今日は何時までも家に居座り続けたって訳か」

 そう、秋生の察する通り、ここで夕飯をご馳走になった後、何時もならこの家族のアホアホワールドに捕まる前に早々に退散していた朋也が、今日に限って一向に帰らなかったのは、この電話が掛かってくるのを待っていたからだ。

「悪いか」

「別に。強力なライバル出現となりゃ、オメェも心穏やかじゃねぇよな」

「だから違うって」

 なんでか知らないが、どうもこのオッサンの頭の中では、最初から俺は渚の彼氏に位置づけられてしまっているらしい。渚も俺もオッサンの前でそんな素振りも会話もした事がないというのに。

「なぁに言ってやがんだよ。小僧、人の女に手ぇ出すような奴に遠慮はいらねぇ、男ならガツンと一発かましたれ」

「………」

 ——誰か、このオッサンの壮大な勘違いをどうにかしてくれ。

「って、待てよ。穂積って、何処かで聞いたような名だな……」

「去年渚が病気で学校を休んでいた時、授業のノートを毎日届けてくれた男の子ですよ。秋生さん」

 台所からお代わりのお茶を持ってきた早苗が、顎に手を当てて考え込む夫の湯飲み茶碗に新しいお茶を()れながら応えた。

「あ、ああ……、そういや、そんな奴いたな」

 思い出してぽつりと呟く秋生の声を背に、賢吾と話をしていた渚は、

「あ、いえ、大丈夫です。次の日曜日の午前十時、駅前広場ですね」

 と 確認を取る。

『ああ、じゃあ古河、お休み。日曜日楽しみにしてるから』

「はい、お休みなさいです」

 そう言って電話は切れた。

「日曜に会うのか、あいつと」

「はい、穂積くん、その時クラスの皆の近況なんかも教えてくれるって言ってました」

 聞いてきた朋也の浮かない顔に気付かず、嬉しそうに渚は応えた。

「わたし去年は新学期が始まってひと月ほどで体調を崩してしまって、皆の卒業式にも出る事ができませんでした。たったひと月限りのクラスメイトでしたけど、それでも皆が今どうしているか知りたいですから。穂積くんに会えて本当に良かったです」

「そうかよ」

 渚が声を弾ませて嬉しそうに言えば言うほど朋也は面白くなく、ぶっきらぼうにそう言って立ち上がった。

「岡崎さん?」

「もう遅いし、帰るよ」

「あ、はい。気を付けて帰ってください。岡崎さん」

「ああ、また明日な」

 渚の顔も見ずにそう返事を返し、朋也はもう用は済んだとばかりに古河家を後にした。

 

 

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