君 想 う ~メモリーズー春ー   作:飛鳥 螢

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部 室

「日曜日か……」

 昨夜の事を思い出し、朋也は暗鬱な気分で演劇部部室の戸を開けた。

 途端に——

「ちょっと、ちょっと。朋也聞いた?」

 えらく興奮した藤林杏の声に気圧(けお)され、思わず朋也は引き気味になって部室の中にいる長い髪の一房にレースのリボンを結んだ同級生の双子の姉を見た。

「な、何をだ?」

「何って、決まってんじゃない。渚のデートよ、明後日(あさって)日曜日の」

「え?」

 ギクリとして朋也は部室の中に居る面々に視線を向けた。

 まるで尋問でもしてたかのように、真っ赤になって俯いて椅子に座る渚を中心に、杏とその双子の妹の椋、そして一ノ瀬ことみが立って朋也を見ていた。

 ——渚、あいつのこと皆に喋ったのか?

 どういう経緯でこうなったのかは知らないが、あの杏に問い詰められたら、自分だってシラを切り通すのは難しい。それが渚なら尚更だろう。

「あ、ああ……」

 心を落ち着かせ、朋也は言葉短く応えた。

「昨日聞いた」

「なぁんだ、そうなの」

 折角驚かせてやろうかと思ったのに。と、杏はつまらなそうに呟いたが、すぐに気を取り直して言った。

「まぁいいわ。なんたって奥手だと思ってた渚の初デートだもの。しかも相手は昔のクラスメイトで偶然再会してでしょ。なんかこう運命的なものを感じるわよね」

「つか、なんかいかにもって感じで、ベタ過ぎねぇ、それって」

 なんだか妙に嬉しそうに言う杏の態度が勘に触り、朋也は思わず嫌味たっぷりにツッコミを入れた。

「なに言ってんのよ、朋也。こういうのは王道って言うのよ」

 すかさず言い返した杏は、はは~んと朋也を見てニヤリと笑った。

「あんた、もしかして妬いてんの?」

「ばっ、なんで俺が妬かなきゃならねぇんだよ」

 慌てて言い返し、朋也はチラッと渚を見るとすぐさま顔を背けた。

 それを見た渚が、少しがっかりしたような表情(かお)になる。

 そんな二人を見比べ、杏は小さく息をついて肩を(すく)めた。

「ま、いいけど。でもその人、渚が休んでいる間中毎日授業のノート家まで届けてくれたんでしょ」

「一学期だけな」

「はい。穂積くん受験で忙しい筈なのに、毎日わたしなんかの為にノート取って持ってきてくれて……」

 と、杏にぼそっと訂正を入れた朋也の言葉に頷き、渚は胸に両手を重ね合せて感謝して言った。

「でも、お母さんが気を使って一学期の授業最後の日に、もういいですって穂積くんに言ったんです。わたしが何時回復するか分からないから、こんな事で穂積くんの貴重な受験勉強の時間を無駄にさせたくないからって」

 もしそう言わなければ、きっと賢吾は渚が学校に出て来るまで授業のノートを届け続けていただろう。

「なんだかすごくいい話ですよね」

「とてもとても素敵なお話なの」

「そうよね。なんか一途って言うか、渚のこと本当に想ってるって感じで」

 渚の話に感動する妹とことみの言葉を受けてそう言いながら、杏はチラっと朋也を見た。

 ——なんでそこで俺を見る。

 自分の反応を窺うような視線にムッとし、朋也は(きびす)を返した。

「朋也、どうしたの?」

「帰るんだよ」

 くだらない。こんな話に付き合ってられっか。

「何言ってんのよ。これからが本番なのよ。渚にその彼氏についてあれこれ聞く」

「そ、そんなっ」

 渚はわたわたと焦って言った。

「穂積くんとはそれだけで。ノートを受け取ったのもお父さんかお母さんで、わたしは名前以外顔も憶えてなかったんですから」

「え、そうなの?」

「はい。昨日も最初名前を言われても分からなくて、思い出すのに随分時間が掛かってしまいました」

 その声を背に、杏が渚の話に気を取られている隙に朋也が部室から出て行く。

「あっ、ちょっと朋也っ」

 それに気付いた杏が慌てて戸口まで追いかけるが、廊下には既に朋也の姿はなかった。

「ったく——」

 まんまと朋也に逃げられ、悔しそうに息をついて杏が振り返ると、他の二人は気まずそうな顔をしていた。

「朋也くん、なんだか元気がなかったみたいだったの」

「やっぱりこういう話は、ショックだったんでしょうか……」

 ことみの言葉に、椋は気落ちしたように呟く。

「馬鹿ね、椋。昔のクラスメイトの話したくらいで、そんな訳ないじゃない」

 妹の複雑な心情を思いやり、わざと明るく杏は言った。

「大体朋也は単に演劇部再建の手伝いしてるだけで、渚とは付き合ってるって訳じゃないんでしょ?」

「はい、そうです」

 確認する杏に何の躊躇(ためら)いもなく渚は応えた。

 その答えに我が意を得たりとばかりに杏は言った。

「だったら別にいいじゃないの。渚が昔の男と会おうと」

「え? ち、違いますっ」

 またとんでもない事を言われ、渚は焦った。

「穂積くんは単なる昔のクラスメイトで——」

「あのね、渚。単なるクラスメイトが毎日せっせと授業のノート持ってくと思う」

「それはその、出席番号がすぐ後ろで席が近かったですし、優しそうな人でしたから、きっとこんなわたしに同情してくれたんだと思います。岡崎さんもそうですから」

「あんたねぇ……」

 たったそれだけで男がそこまでする訳ないじゃない。

 だが、渚は本気でそう思っているようだった。

 ——なんか色んな意味で前途多難よね、この子を好きになる男って……

 他人事ながら何となく相手の男が気の毒になり、額に手をやってハァっと杏は大きく嘆息した。

 

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