君 想 う ~メモリーズー春ー   作:飛鳥 螢

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待ち合せ

 日曜日の午前九時五十分。朋也は悪友の春原陽平と共に駅前広場が見えるバスの停留所の物陰にいた。

 その二人の視線の先には朋也が普段見慣れていた私服姿ではなく、オシャレして何時もより一段と可愛さが増した渚が一人(たたず)んでいた。

 それが穂積(あいつ)の為だと思うと、朋也はワケもなく気分が悪かった。

「なぁ、岡崎。そろそろ教えろよ。その穂積っての、どんな奴なんだ?」

「じき判る。おまえより遙かにまともな奴だ」

 ヒマなのか、さっきからしつこく訊いてくる春原に、朋也は煩わしそうに応えた。

「なぁに言ってんだよ、岡崎。僕よりまともな奴なんか、そうそういるワケないだろ」

「………」

 ——自分をまともだと思ってたのか。

 驚き呆れ、ものも言えずに朋也はまじまじと春原を見た。

「そんな冗談じゃなく、もっとこう判りやすく具体的に言ってくれよ」

「俺にはあれ以上の説明は無理だ」

 ——本気で言ったんだが、自分を知らないって幸せだよな……

 どうも気になって仕方なかったものの、一人で来るのは流石にアレなのでつい春原に声を掛けたのだが、今更ながらに人選を誤ったと朋也は後悔していた。これなら一人で来た方がマシだったんじゃないかと。

 ——と、佇む渚の許に男が近づいて来た。

 ハッとして朋也と春原は喋るのを止め、それに注目した。

 が、それは朋也達が首を長くして待っていた奴ではなかった。しかも二人もいる。

 そいつらはニヤニヤと下卑(げび)た笑みを浮かべ、不穏な空気を感じ取って身を硬くして引く渚に何事か喋り掛ける。

「あいつら、ここいらに(たむろ)ってる工業高の不良連中だ」

「……っ」

 春原の指摘に朋也は唇を噛みしめた。

 渚が可愛い上、あんな所でぽやっと突っ立っているから目を付けられたのだろう。普段からトロそうで隙だらけだから、それも無理ないと言えるが。

 ここからでは何を言っているかよく判らなかったが、多分あの不良どもは渚に自分達に付き合えとか言ったのだろう。それに対して渚はここで人を待っているからと断っているらしかった。 

 だが、それであの不良どもが諦める訳もなかった。

 不良の一人がいきなり嫌がる渚の腕を掴んだ。

「くそっ」

 もう見ていられず、朋也はバス停の物陰から飛び出した。

 それに春原も続こうとする。

 そこへ何か殺気にも似た気配を感じ、二人は反射的に身を()()らせた。

 その瞬間、二人の顔面すれすれを猛烈な勢いで何かが掠めていった。

「ぐごっ」

「がはっ」

 同時に、渚に絡んでいた二人の不良の後頭部と顔側面に長方形の物体がめり込み、その場にひっくり返った。

 びっくりして渚がきょろきょろと辺りを見回す。

 ——まずいっ。

 慌てて朋也と春原は再び物陰に隠れた。

 渚は何がなんだかよく分からなかったが、とにかく助かった事に安堵し、それからそろそろと倒れた二人から遠ざかって広場の植え込みの反対側へと回り込んで待つ位置を変えた。

 しかし、あの不良どもを倒した物体は、見間違いでなければ分厚さを誇る漢語新辞典とページ二割増しの類語新辞典改訂版。

 そして、そんなものを遠方から的確に標的に当てられる投擲(とうてき)の腕前を持つ奴は、朋也が知る限り一人しかいなかった。

「ったく、あんた達が出て行ったら、渚にバレちゃうでしょ」

「杏っ」

 突然上がった声にバッと振り返った二人は、そこに腰に手を当ててしかめ面で自分達を見やる藤林姉妹の姉を発見した。その後ろには妹の椋とことみまでいる。

「おまえ等、何時の間に来たんだ!?」

「何言ってるのよ。ここにはあたし達が先に来てたのよ」

「……おまえ等、一体何時からここに居るんだよ」

 確か自分達は渚が早めに来ると踏んで、見つからないように約束の時間より一時間早くここに来たのだが。しかも、今の今まで全然気配すら感じなかった。

 ——今度から、学校じゃなくとも外でこいつの悪口だけは決して言うまい……

 でないと、何時何処から分厚い辞書が飛んで来るか分からない。余りにも危険過ぎる。

 気を付けよう。その一言が辞書を招く——である。

「つか、辞書ならバレないのか?」

 気を取り直して朋也がそうツッコむと、杏はしれっと言い返した。

「投げた処見られなきゃ、たまたま飛んできた辞書が偶然当たったと思うでしょ」

 別に辞書に名前書いてある訳じゃないし。

「んなアホな……」

 あんな真似できる奴がおまえ以外に誰がいる。

 そう朋也は思ったが、考えてみれば渚は超が付くほど鈍いアホの子だった。杏の言うようにたまたま辞書が飛んで来て、偶然不良どもに当たったと思ったとしても全然不思議じゃない。困った事に。

「あ、来たみたいです」

 朋也達が疲れたように杏を見る横で、椋が声を上げた。

 慌てて振り返って見ると、確かに背の高い青年が渚に走り寄っていた。

「へぇ、中々いい男じゃない」 

 渚と話す青年を値踏みし、杏はぽつりと呟いた。

 渚が言っていたように柔和な面立ちの好青年である。来た時間も十時ピッタリと、性格も几帳面でしっかりしているようだ。

「渚ちゃん、とってもとっても嬉しそうなの」

 賢吾を迎える渚の表情を見て、ことみはそう評したが、この場合安堵したと言った方が適切だろう。

 なにしろさっきあんな目に遭ったばかりだし、植え込みの向こう側で気絶している不良どもが何時息を吹き返すか分からないのに、賢吾が来るまでその場から逃げたくとも逃げられなかったのだから。

 だが、渚は賢吾に心配掛けさせまいとその事は伏せたらしく、賢吾は不良達には気付かずに笑顔で渚と言葉を交わすと、早速大通りの繁華街の方へと渚と共に去って行った。

「じゃ、あたし達も行くわよ」

「え?」

 当然のごとく杏に言われ、朋也達はギクッとした。

「何変な顔してんのよ。あんた達もそのつもりで来たんでしょう」

「ま、まぁ……」

 確かに朋也達はちょっと二人の様子を覗いてみようかと思ってたが、それはあくまで自分達だけであって、杏達と行動を共にするとなると、それだけでは済まないというか、財布の中身が非常に心配な二人だった。

「ほら、さっさと行く。渚達見失っちゃうでしょ」

 杏に有無言わさずに()き立てられ、嫌とは言えずに朋也達は杏達と共に渚達の後を追った。

 呻き声を上げて起き上がろうとする不良どもの背後から、手加減抜きの痛烈な一撃を加えて黙らせ、杏が投げた二冊の分厚い辞書を回収して。

 

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