君 想 う ~メモリーズー春ー   作:飛鳥 螢

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見守り隊

 賢吾は大通りに来ると、最初に目に付いた書店に渚を誘った。

 その後に続き、朋也達も中に入る。

 渚達は専門書の置いてある書棚の前にいた。

 五人は書棚の陰から陰へ隠れるようにして二人に接近し、渚達の会話が聞こえるすぐ後ろの書棚の陰に陣取った。

「大学生ともなると、こんな難しい本を読むんですか?」

「あ、ああ。大学って色々と専門的なモノが多くなるから、こういう専門書が必要なんだよ」

 と、賢吾は最初に手に取ってパラパラとページをめくっていた法律書を棚に戻し、隣の書棚にあった経済学の専門書を手に取って渚を見た。

「古河は普段どんな本読むんだ?」

「わ、私ですか?」

「ああ、週刊誌とか、そっち系?」

「いえ、そういうのはあんまり」

 小さい声でそう言って、渚は躊躇(ためら)うように応えた。

「詩集とか小説とか、それに料理の本なんかも読みます」

「へぇ、古河料理好きなんだ」

 ちょっと賢吾が目を(みは)ると、渚は少し得意そうに言った。

「はい、いつも夕食はお母さんと作ってます」

「いいな、そういうのって」

 渚が母親と台所に立ち、仲良く料理を作る姿を想像して、賢吾はふっと顔を綻ばせた。

「一度俺、古河の作った料理食べてみたいな」

「え?」

「ダメ……かな」

 渚に驚かれ、賢吾は不安そうに訊いた。

「い、いいえ、そんな事はないです」

 慌てて渚がそう言うと、賢吾はほっとして嬉しそうに言った。

「じゃ、今度会った時にでも。楽しみにしてるから俺」

「いえ、そんな大したもの作れませんから」

「古河が作ったものなら、何だってきっと美味しいに決まってるさ」

 そう言って、賢吾は手にした専門書を買いにさっさとレジへと向かう。

「あっ、待ってください」

 慌てて渚がその後を追った。

「……やるわね」

 初デートでさり気なく手料理の約束を取り付けて次のデートに持っていくあたり、流石大学生というか、高校生ではとても真似できそうもない芸当である。

 ——野暮な朋也や陽平なんか、特にそうよね……

 二人を書棚の陰から見送ってぽつりと呟いた杏は、こそこそと書棚の陰に隠れて渚達を気にする朋也達を見て、情けなさそうに嘆息した。

 

 

 書店から出ると、渚達は特に店に入る事もなくウインドーショッピングを楽しみ、道端に出店していたアクセサリーの露店から、賢吾は渚に似合いそうな可愛いブレスレットを一つプレゼントした。

 それから昼が近くなった頃、賢吾は洒落(しゃれ)たレストランに渚を連れて行った。

「これなら、心配する事もなかったわね」

 道路を挟んで渚達のいるレストランの向かいにある、ファーストフードのカフェテラスのテーブルの一つに陣取り、オペラグラスを覗きながら杏はホッと一息ついた。

 渚には喫茶店なんかの店に入ったら、必ず窓際の席に座るようにと厳命していたおかげで、かなり離れてはいるがオペラグラスを使えば、ここからでも窓際の席に着いた渚達の様子がよく分かる。

「用意がいいってか、辞書といい、よくそんなモノ持ってるよな」

「備えあれば憂い無し。って言うでしょ」

 皮肉で言ったのだが、得意げに杏に返されて朋也は憮然となった。

「どう、朋也も見てみる?」 

 と、杏が朋也にオペラグラスを押し付ける。

「あ、ああ……」

 仕方なさそうに朋也はそれを渚達の居るレストランに向け、覗いて見た。

 窓際の席に座る二人の姿が大きくよく見える。

 何を話しているのか、とても楽しそうだった。

 食い入るようにそれを見る朋也を見やり、杏は紙コップのコーヒーを一口飲むと小さく息をついて言った。

「ま、辞書もホントはあの穂積って人が渚に不埒な真似でもしたら、おみまいしてやるつもりだったんだけど、あの不良どもが居てくれて無駄にならなくて良かったわ」

 あの後もずっと隠れて見ていたが、賢吾のエスコートぶりは渚への心配りが行き届いていて羨ましいくらいに非の打ち所がなかった。

「何言ってんだよ。会ったばっかで渚ちゃんの手料理食おうなんて図々しい奴、一発おみまいしてやってもバチは当たらないぜ」

「そんな、穂積さんが可哀想です」

「それに穂積さんは、渚ちゃんの元クラスメイトなの。会ったばっかりと言うより、再会したばかりと言うのが正しいの」

 どうにも賢吾が気に入らずに文句を言う春原に、椋とことみが賢吾を庇って言う。

「何が可哀想なもんか。元クラスメイトって言っても、そんなの名ばかりじゃん。今の今まで渚ちゃんに忘れられてたんだろ。それなら僕の方が断然親しいって」

「陽平。あんた渚にてんで相手にされないもんだから、(ひが)んでんでしょ」

「なっ、そ、そんなんじゃないやいっ」

 図星をさされたらしく、春原は狼狽(うろた)え焦って言い返した。

「大体あの穂積って野郎は——」

 と、更に春原が言い募ろうとすると、その向かいで渚達の様子を見ていた朋也が、いきなりオペラグラスをテーブルに叩きつけて立ち上がった。

「ちょ、ちょっと朋也、乱暴に扱わないでよっ。壊れちゃうじゃない」

「あ、ああ、悪い」

 ハッと我に返って朋也はオペラグラスから手を離した。

 どことなく様子が変だった。

 杏は眉をひそめた。

「渚に何かあたったの?」

 思わず杏達は向かいのレストランに目を向けた。

 だが、特に変わった様子はなく、渚と賢吾は楽しそうに食事をしながら話して笑っていた。

 そんな杏達を後目(しりめ)に、朋也はそこから離れようとする。

「ちょっと朋也、何処へ行く気なの?」

「帰るんだよ。もういいだろ、渚ならあいつに任せておいても」

「まぁ、あたしもそろそろいいかなって思ってたしね」

 振り返らずに肩越しに応える朋也に、杏は同意して言った。

「でも、折角こうして皆でいるんだから、これから何処かに行かない? お昼もこんな所じゃなく、もっとちゃんとした所で食べたいし」

「アナタ、まだ僕らにたかる気ですかっ!?」

「うっさいわね。女の子にいいトコ見せるチャンスなのよ。むしろ感謝すべきトコでしょ、ここは。……あっ、朋也」

 仰天して喚く春原にぴしゃりっと言い返した杏は、再び歩き出した朋也に慌てて声を掛けた。

 だが、朋也はそれを無視して行ってしまった。一度も振り返ることもなく。

「なによ、あいつ」

「お姉ちゃん……」

 ムッとする杏を(なだ)めるように声を掛けながら、椋は遠ざかる朋也を物悲しそうに見た。

「朋也くんの後ろ姿、何だかとっても淋しそうなの」

「まあ、あいつが一番渚ちゃんと付き合いが長かったからね」

 心配そうに呟いたことみに、春原は肩を(すく)めた。

 朋也と春原がガラにもなく演劇部再建なんかに力を貸しているのは、渚の家のパンが目当てだったが、最初にそれをやり始めたのは朋也だった。それも珍しく熱心に。多分パン以外に渚の事も結構気に入ってたのだろう。春原自身も渚を面白い子だと思って付き合っていたから。ヒマ潰しに丁度いいと。

 そして、渚の方も朋也を随分頼りにしていたようだった。それがいきなり出しゃばってきた男に、すぐ打ち解けたように親しげにされては、朋也が面白くないのも当然だった。

「まっ、いいわ。朋也はほっといて、あたし達だけでも何処か行きましょ」

「え、あ……」

 杏の言葉に、春原はギクリと表情(かお)強張(こわば)らせた。

「あっと、その、僕もちょっと急用思い出して……」

 と言いながら、そそくさと席を立って行こうとする。

 その春原の襟首を杏はむんずと掴んだ。

「陽平、急用なんて後でもいいでしょ」

「いやぁ、今すぐしなくちゃならないから、急用って言うんですけど……」

「こっちも急用なの。なにしろあたし、お腹空くと極端に機嫌が悪くなるのよねぇ」

 にこやかにそう言って、杏は類語新辞典改訂版を手にした。破壊力抜群の。

 一言でも言い返そうものなら、即座にそれが喉の奥まで突っ込まれる事間違いなしである。なにしろ、目が笑ってない。

「……(おご)らせていただきます」

 春原は涙を流し、がっくりと肩を落とした。

 

 

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