君 想 う ~メモリーズー春ー   作:飛鳥 螢

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告 白

「今日はとても楽しかったです」

 ——渚の声だ。

 ぎょっとして、俺は慌てて近くの木の陰に隠れた、

「いや、俺の方こそ楽しかったよ」

 穏やかな男の声。

 ——穂積(あいつ)までいるのか!?

 思わず俺は木の陰から顔を出して見た。

 渚の家の前にある公園の、その入り口付近で二人は向かい合って立っていた。

 どうやらあいつは渚を送って来たらしい。

 ふと、視線を上げたあいつと目が合ったように感じ、俺は慌てて顔を引っ込めた。

 動くに動けず、耳を澄ましていると、あいつの声が聞こえてきた。

「…——ずっと、卒業してからも俺気になってたんだ。古河の事が。

 でも、元気でやってるって分かって良かったよ。

「穂積くん……」

 たったひと月だけのクラスメイトでしかなく、引っ込み思案で友達を作るのが下手な自分の事など、同級生で気に留めてた奴など誰もいないと渚は思っていたのだろう。

 だから、憶えていてくれただけでなく、卒業した後まで自分の事を気に掛けてくれた奴がいたと知って、渚はうれしさのあまり胸が一杯になって言葉を詰まらせた。

 そんな渚にあいつは躊躇(ためら)いがちに口を開いた。

「俺さ、実は一年の頃から古河の事知ってたんだ」

「え?」

 渚は驚いた声を上げ、俺も思わず今度は見つからないように顔を出してあいつを見た。

 ——知ってたってどういう事だ?

 別に俺の疑問の声が聞こえた訳ではないだろうが、あいつはその理由(わけ)を口にした。

「俺隣のクラスだったから」

 そう言って照れたようにあいつは言葉を続けた。

「入学式の時、斜め前の隣のクラスの椅子に座ってた古河を見て、可愛い子がいるなぁって俺思ってたんだ」

「っ……」

「それからずっと俺古河の事見てた。だから三年になった時、同じクラスになれて嬉しかったんだ」

「………」

 あいつの言葉に顔を真っ赤にした渚は、どう応えていいか分からずに(うつむ)いた。

 それに構わず、あいつは言葉を継いだ。

「でも、中々声を掛ける切っ掛けが掴めなくて、だからあの年の入学式の時くす玉の紐を引っ張った古河が金盥(かなだらい)頭にぶつけて卒倒した時、古河には悪いけど俺はチャンスだと思ったんだ。これで話す切っ掛けができるって」

「あ、あの節は、穂積くんにご迷惑を掛けて、わざわざ保健室まで運んでいただいて……」

 と、渚は恥ずかしさに更に耳たぶまで真っ赤にして口ごもった。

 そして、それを聞いた俺は仰天した。

 遠目だったから、あの時三年の女子らしいという事しか判らなかったのだが、誰もこんな罠に引っ掛かる奴などいないと思ってた、あの春原が仕掛けたくす玉の紐を引っ張ったアホな子って渚だったのか。

 奇遇というか、偶然って恐ろしいものだ。

 つい俺がそんな妙な感慨に(ふけ)っていると、あの野郎はとんでもない事を口にした。

「別に謝らなくていいよ。古河軽かったし、女の子の体に堂々と触れる機会ってそうそうないから、俺結構役得なんて思ってたし」

 と、悪びれもせずにあっけらかんと言いやがる。

 くそっ、あの時春原があんなくだらない罠なんぞ仕掛けなければ、渚に指一本触れさせずに済み、こいつがこうして渚と話す機会もなかったかもしれないのに。

 そう思うと、自分も罠作りに加担していた事など綺麗さっぱり忘れ、俺は本気で春原を恨んだ。

 ——と、

「古河」

 不意にあいつは改まって渚を呼んだ。

「は、はい」

 思わず返事を返し、渚は小首を傾げた。

 俺は嫌な予感に春原への怒りを一先ず引っ込め、表情を硬くして聞き耳を立てた。

 あいつは一息つくと、意を決したように口を開いた。

「高校三年間ずっと想い続けてきた気持ちは今も変わらない。だから古河、俺と付き合ってくれないか?」

「えっ!?」

 そんな事を言われるとは思ってなかったんだろう。渚は大きく目を見開いてあいつを見た。

 そして俺は、予想通りのあいつの言葉に唇を噛んで拳を握り締めていた。

「えっ……と、あの、わたし——」

「あ、いや、返事は今すぐじゃなくてもいいよ。今度会った時で」

 返答に困っている渚にそう言うと、あいつは体を返して片手を振った。

「じゃ、古河、また電話するから」

「あっ、穂積くん——」

 慌てて渚は何か言おうとしたが、その前にあいつは走り去っていた。

 後には呆然とする渚と、早くここから立ち去らなければと思いながら、全然思うように体が動かないで焦る俺が居た。

 あいつの姿が角の向こうに消え、渚は小さく息をついて家に入ろうと体を返したが、何か感じたのか不意に立ち止まって振り返った。

 俺が隠れている、いや、隠れているつもりで半分ほど体が木の陰からはみ出て立ち尽くす俺の方に。

「岡崎さん……」

「あ、ああ。今帰ったのか?」

 その場を取り繕い、木の陰から出て俺は今ここに来たばかりのように訊いた。

「はい。岡崎さんは?」

「俺は、散歩だよ、ヒマだったから」

 俺の言葉に疑う事も無く微笑んで訊いてくる渚に、俺は必死に平静を装って適当な事を言った。

 いつもならこの渚の笑顔にホッとして温かい気分になれるのだが、今は冷え切った心に更に冷水をぶっ掛けられたように芯から凍え切っていた。

「それ、あいつに買ってもらったのか?」

「え? あ、はい」

 俺に問われ、渚は自分の右手首を見た。

 そこに細めの銀鎖にパステル調の色とりどりの小さなビーズが(ちりば)められたブレスレットがあった。渚によく似合っている。

「最初断ったんですけど、穂積くんに体が治って、また元気に学校へ通えるようになったお祝いだって言われて、それで……」

「……そうかよ」

 俺はなんかあいつに負けた気分だった。

 渚が長期療養してダブっていたのを知ってたのに、そんな事思い付きもしなかった。

「じゃ、俺もう行くから」

 と、俺は(きびす)を返した。

 何時までもここにいると、あいつと付き合うのかとか、余計なことまで訊いてしまいそうだ。

「あ、待ってください。これから夕食の支度をするんですけど、暇でしたら岡崎さんも食べていきませんか?」

「いや、いい」

 食卓での話題は絶対今日のデートについてに決まっている。そんなもの聞きたくなかった。

「これから用があるんだ。だから——」

「そうですか……」

 残念そうに渚は呟いた。

 淋しそうなその姿を見たくなくて、俺は渚に背を向けて歩き出した。

「じゃあな、古河(・・)

 と、俺の言葉に一瞬息を呑んだ渚の気配を感じながら。

 

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