百獣と呼ばれぬ男 作:八海山
目を覚ます。暗いそこから浮かび上がる様にして、カイドウの意識は浮上した。
最初に飛び込んできたのは、粗末な木目。ゆっくりと身を起こせば、
「…………頭イテェな」
久しく感じた事の無かった痛み。大きく息を吐き出せば直ぐに治まったが、それでも寝起きにまで引きずる程のダメージを負った記憶は今世では無かった。
とはいえ、体が重いという程でもない。
「どこだ、ここは」
眠って起きて見知らぬ場所に居る、という経験は二度目だからか驚きは特にない。ないが、しかしだからといって自分の置かれている状況を軽視しても良いという話にはならない。
不意に、カイドウの感覚の網に部屋の扉の前に誰かが来た、という情報が引っ掛かる。
「――――目が覚めたか」
「てめぇは……」
入ってきたのは、白い髭が特徴的な金髪の偉丈夫。
「タフだな、小僧。もう動けるのか」
「…………どれだけ寝てた」
「ざっと、半日。街は全損、
「…………結局、負けちまえば世話ねぇだろうがよ」
舌打ちしそうなカイドウの様子に、エドワード・ニューゲートは目を細める。
そもそも、ロックス・D・ジーベックという男と正面切って戦える者など、この海賊島ハチノスのみならず世界的に見ても十人居るかどうか、というレベルなのだ。
この島でなら、ニューゲートとシキ、それからシャーロット・リンリンの三名。その内、シキとリンリンに関しては防戦一方で持ちこたえられるかどうか。ニューゲートにしても、能力者としての力も含めた全力全開で手傷を負わせられるかどうか。
その点、ロックス自身も全力ではなかったと言えども、カイドウは正面切って渡り合った。十五の少年とも言うべき年齢でだ。
「カイドウ」
「……なんだよ」
ニューゲートが差し出すのは、黒い物体。そしてそれは、カイドウにとって見慣れたもの。
「…………折れたか」
「正確には、斬られたが正しいだろう。元々、お前の覇気頼みの代物だ。寧ろ、こんな鈍らで船長と打ち合えてたお前が異常だ」
先端三分の位置辺りですっぱりと斬られてしまった金砕棒。
元々は、銃や剣を自身の怪力で壊してしまうカイドウが得物を選ぶという事で手に取った名もなき一振り。
モノとしては、三流以下。位列も無く、銘すらない。カイドウの無茶に耐えられたのは、偏に彼の無意識の覇気の才能のお陰だろう。
だが、覇気によって保たれていたのなら、それを上回る覇気の技量を持つ相手には壊されるのが現実。
気落ちするほどではないが、しかし困った事にもなった。
素手で戦えない訳では無いが、それでも戦力は半減。甘く見積もっても、三割減といった所か。
「ぬぅ……」
「悩んでる所悪いが、ここからが本題だ」
カイドウの思考を断ち切る様に、ニューゲートが彼の座るベッド脇に椅子を置いて、その上に腰を下ろした。
「船長は、お前を船に乗せる気でいる」
「海賊か……」
「ああ、そうだ。海賊だ」
「断る」
「…………そう簡単には、いかねぇんだよ」
自身の太ももの上で頬杖をついて、ニューゲートの眉間に皺が寄る。
「小僧。お前は、あの決闘で負けた。そして、海賊は“力こそが全て”だ。デービーバックファイトじゃねぇが、それでも敗者の言葉にゃ力がねぇのさ」
「…………」
海賊界隈は、弱肉強食。欲しければ奪い、奪われたくなければ相手を叩き潰す他ない。
現状、カイドウはロックスに敗北した。年齢、実力、経験。一切合切の要素を連ねようとも、結果を覆すには到底足りない。
いや、海賊団自体を抜ける事自体は出来ない事は無いだろう。場所にもよるが。
問題は、ロックスがカイドウを気に入っている点だ。
「おーう!カイドウ!」
扉を吹き飛ばす勢いで入ってきたのは、話題に上がっていたロックスその人。
手当の後も無く、何処かを痛めた様子もない彼はその手にとあるモノを担いでやって来た。
「船長……」
「よお、ニューゲート。悪いが、話は後だぜ。カイドウ!」
ずかずかとベッドに歩を進めたロックスは、その肩に担いでいた代物をカイドウへと突き出す。
その突き出された物を見やり、ニューゲートは眉を顰める。
「金棒か」
「ああ、そうだ!こいつの得物は、俺がぶっ壊しちまったからな。オマケに、振るってたのが粗悪品!位列どころか、そこらの量産品程度の純度の代物でしかない。まあ、覇気を鍛えるって事なら悪くはねぇんだがな」
「…………受け取れってか?」
「グルハハハッ!こいつは、先行投資だ。有能な部下には、褒美が必要だろう?」
「俺は、海賊になる気はねぇぞ」
「言葉でどれだけNOを重ねたとしても、お前は俺に負けた。お前に対する生殺与奪の権利は、俺が握ってるのさ」
「…………」
「だが!お前を殺すのは、実に惜しい。その戦闘能力は、既にこの新世界でも指折りだ。伸びしろも半端じゃねぇ」
「俺は「――――話は変わるがな」……?」
「お前にとって、“堅気”ってのは何だ?」
「あ゛?」
思わぬ問いに、カイドウの目が細められた。
僅かに不機嫌になったような雰囲気もあるが、気にした様子もなくロックスは両腕を広げて朗々と語る。
「なぁに、ちょっとした興味さ。海賊、海兵、世界政府!お前はその悉くに、喧嘩を売って来た訳だ。それと同時に、一般市民への被害はゼロとくる。なぜ、お前は一般市民に暴力を振るわない?」
「…………気に入らねぇからだ」
「気に入らない?」
「俺は、一方的な搾取は嫌いだ。それで納得してるのなら、拳は振るわねぇ。だが」
ふと思い出すのは、奴隷の姿。海賊に襲われ奪われていく者たちの姿。
「
それは、善意ではない。何処まで行っても自己満足だ。
だが、カイドウはそれで良いと考えていた。彼は、彼自身が定めた自分の中の価値基準で動くのだから。周りの意見は、関係ない。
カイドウの言葉に、ニューゲートは目を細める。
粗暴で粗野。乱雑な面も否めない。
だが同時に、海賊には向かないだろう。とそう思った。
というか、
個人としては気に入れども、同じ組織には属せない。ニューゲートがそう判断を下す一方で、ロックスは大きな笑みを浮かべていた。
「成程な。お前の心根ってもんが微妙に見えた気がするぜ……なら、お前にとって一般市民は等しく守るべき対象か?」
「いいや?堅気にだろうと、クズは居る。弱者は守るが、一度でも食い物にしたのなら、そいつは堅気じゃねぇ」
「ソレが、国王貴族だろうとも、か?」
「当たり前だろ」
「政府や海軍には、引き渡さねぇのか?」
「そういうクズは、賄賂やなんやかんやで繋がってるもんだろ」
「グルハハハ!確かになァ?」
カイドウの意見は、極論ではあるが同時に真理でもある。
賄賂というのは、金銭だけの話ではない。物資、人員、或いは権利。カイドウも、その一つとして利用されそうになった経験があり、この経験から彼にとって海軍というのは等しく、敵だ。その当人が知っている、知らない関係なく“海軍”という括りに所属している限りこれは変わる事が無い。
「カイドウ。俺の目的は、“世界”を取る事だ」
「………急に、何言ってやがる」
「まあ、聞け。おかしいとは思わねぇか?この世界の仕組みを、よぉ?」
言って、ロックスは席を立つと少し離れて両腕を左右へと開いてカイドウへと向き直る。
「
朗々と語られる演説。
横目にカイドウが確認すれば、ニューゲートも否定する様子が無く多少の脚色はあれどもこの世界の本質の一つを語っている事には変わりないらしい。
彼の言葉は続く。
「だから俺は、この世界の
「…………それで、どうする気だ。世界政府がクソだろうと、無くなれば混乱が生まれるだろうが」
「ああ、世界は荒れる。正しく、混沌の時代だ。だが!だからこそ、分かりやすい規範ってものが出てくる。カイドウ、お前は分かるだろう?」
「…………暴力か」
「ああ、そうだ。絶対的な力!暴力に因る
「…………」
「何故奪われ、虐げられるのか。それは弱者が、何も持たないからだ。だから俺は、奴らに暴力という名のチャンスを与える」
狂っている、とも取れるロックスの演説。
しかし、ある側面から見れば
カイドウは黙って聞き、そして、
「俺は、自分の言葉を曲げるつもりはねぇぞ」
「グルハハハ!それで良い。安心しろ、狙う国は俺がピックアップしたクズ共だ」
「“堅気”に手を出す奴は、殺すぞ俺は」
「好きにしろ。俺の船は“自由”だ。テメーの流儀を通せねぇのは、弱いせいだってな」
笑い、そして再度差し出された金砕棒。
少しの間を置いて、カイドウはその一振りを手に取った。
今まで使っていたものよりも遥かに良質。初めて持ったにもかかわらず、その手によく馴染んだ。
「位列はねぇが、銘は“八斎戒”!並の人間にゃ扱えねぇ曰く付きだが……お前なら問題ねぇだろうさ」
新たなる得物を、改めて確認するカイドウ。
その様子を一瞥し、フロックコートを翻してロックスは部屋を出ていった。
一連の流れを見ていたニューゲートはため息を吐く、が彼自身もまたロックスの目指す新たな時代への興味をその胸に宿してもいた。
こうして、世界最悪の海賊団は錨を上げる。
その先に待つ結末は、果たして――――。