百獣と呼ばれぬ男 作:八海山
思ったよりも揺れない。
欄干に凭れかかって、空を見上げたカイドウは白い雲の浮かぶ青空へと睨みを利かせる。
海洋が大きく広がるこの世界において、移動手段といえば船が一般的だ。というか、海獣や海王類、嵐や渦潮など様々な環境が跋扈する海をその身一つで横断するなど並大抵のものではない。
カイドウ自身、ウォッカ王国で少年兵をしていた頃には船に乗る事もあった。
あの時と違うのは、船室にすし詰めにされない事。基本的に割り当てられたタコ部屋から出る事は許されず、船内は酷いニオイが充満し鼻が曲がるどころの話ではなかったのだから。
もっとも、ロックス海賊団の海賊船は、別のニオイが溢れても居た。
海風に紛れる、
今も、下っ端たちの手によって物言わぬ肉塊と化した元船員が海へと放り捨てられていく。身包みを剥がれている辺り、徹底されている。
ロックス海賊団内のルールは、“強者こそ正義”。己の意見を、意志を突き通そうと思うのなら他の意見を踏み潰すしかない。
魚のえさとなる元船員を見送って、カイドウは一つ息を吐き出した。
「暇そうだな、カイドウ」
「…………」
そんな彼へと声をかけるのは、金髪の獅子のような男、シキ。
「そう睨むな。別に、取って食うつもりなんてねぇんだからよ」
「テメェが寄ってくる時は碌なことがねぇと、“白ひげ”が言ってたからな」
「ジハハハハ!確かにそうかもしれねぇ!……だがな、カイドウ。海賊ってのは
笑い、そしてシキは欄干へと腰を下ろす。
一つバランスを崩せば落ちそうなものだが、生憎と彼にはその手の心配をする必要はない。
「結局のところ、
「…………何が言いてぇんだ」
「そのお綺麗なお題目をいつまで掲げていられるか、って話だ」
葉巻を咥えたシキは、しかし別段心配している様な雰囲気はない。寧ろ、何処か面白がっている節が見て取れる。
この船において、カイドウは異端だ。懸賞金に関しても、彼よりも上の船員が居るにも関わらず、その立ち位置は幹部相当の辺りにある。
それもこれも“ハチノス”で起きた、ロックスとの決闘に理由がある。
街を全損させ、島には深い傷跡を刻む事となった戦闘は現在ロックス海賊団に所属している船員の全員が目撃した出来事だ。
彼らは皆何れも、ロックスの強さやカリスマ、儲け話などに惹かれて彼の部下へと収まっている。そして共通認識として彼の実力の高さがあった。
そんな男と戦い、最終的に敗北したとはいえ仮に自分が敵対したならばどうなっていただろうか。そう考えてしまう者は少なくない。
無論、喧嘩を売ってくる
「なあ、カイドウ。手を組まねぇか?」
「はあ?」
「
「ロックスが、しくじるとは思わねぇのか?」
「ジハハハハ!確かにその可能性もある、が可能性の域を出ねぇな。現状、
「…………」
シキの言葉に、カイドウも黙る他ない。
あの時に出せる全力の全開だったが、仕留めきれなかった。いや、そもそも相手の本気を引き出せなかった。
「徒党を組むのは、そう悪いもんじゃねぇ。治める奴らが多ければ多いほどに、動かす手足の数を増やしていかなけりゃ対応できねぇからな」
「だったら、最初から一人で良いだろ」
「分かってねぇな。“強さ”は一つのステータスだ。この海じゃ、ただ強いというだけで人も、物も集まって来るもんだ。カイドウ、それはお前もだぜ?」
「なんだと?」
「お前は、強さを示した。その恩恵にあやかろうとする奴は必ず現れる。迎合する奴、操ろうとする奴、影に入ろうとする奴。幾らでも、な」
「…………」
「おれは、お前のマネージメントを。お前は、その分を力で返す。悪くない取引だろ?」
ニヤリと笑みを浮かべるシキ。
その顔をじっと見つめてから、カイドウは空を見上げる。
「断る」
「……そうか」
「ああ」
「そいつは、義理か?」
「理由なんざ、お前が信用できねぇ。それだけで十分だろ」
淡々と言い切ったカイドウは、そのままシキに背を向けてその場を離れていく。
事実として、シキはカイドウに対して暴力装置以上の働きを求めるつもりは無かった。要は、指向性を自身が決める兵器のような扱いをするつもりであったのだ。
そして、カイドウの
キレなかったのは、ここが船の上でありもし仮に自身とシキが真正面から全力の殺し合いをすればどうなるのか明らかだったから。
シキもソレを察してか、無理に引き留める様な事はしなかった。そもそも勧誘自体も一度で成功するとも思っていない。
葉巻をふかして、空を見る。
獅子の野望は尽きる事はない。
ロックス海賊団の主目標は、ロックスが定めた現行の秩序の崩壊。
その一つに、世界政府加盟国の制圧、或いは滅亡が挙げられる。
狙われるのは、天上金を淀みなく出すことが出来て、尚且つ
戦争、奴隷売買、薬物、武器製造密輸、マフィアや海賊との癒着などなど。とにかく、周りに言えない弱みを抱えた国々だ。
海軍の取り締まりが無いのか、という話だがそこで壁になるのが、政府加盟国という面。
どれだけ後ろ暗い事をしていようとも、内政には早々手が出せない。そもそも、その手の国はバレる様なヘマはしない上に
「グルハハハハハハハハハッ!!!さあ、王侯貴族をぶっ殺せ!」
ロックスの号令の下、島を襲う海賊たち。
この島は豊かな鉱山資源に恵まれており、良質な鉄を精製する技術を持ち合わせていた。
それら鉱石資源の採掘に駆り出されるのは労働者、だけではない。より危険な、しかし良質な資源を採掘できるポイントに送り込まれるのは、裏ルートで回される奴隷たちだ。
彼らに人権は無い。只管に働かせるだけ働かせて、作業効率が落ちて来れば
そうして出来上がった鉄資源は、そのまま他国への交易品となる一方で、武器として出回る場合もあった。
特に後者は不味い。戦争をしている国ならば、武器を流すだけである程度のコントロールが可能であり、未来を決める勝敗すらも決する事が出来る。
だからこそ、ロックスの目に留まった。
「欲深が過ぎたなァ?販路を広げるってのは、勢力を広げる事。大きな利益を上げようと思うのなら、まあ常套手段だ。だが、もっと慎重にやるべきだ。それも、疚しい事なら猶の事、なァ?」
ゆったりと歩を進めてニンマリと嗤うロックス。
彼の道を拓くようにして、国の兵隊を叩き潰していく海賊たち。
兵隊たちも、良質な装備を身に着けている――――のだが、結局のところそれだけ。覇気はおろか、戦闘経験すらもそれ程優れていない彼らは、日常的な殺し合いを行う海賊の敵ではない。
「ひ、怯むなーッ!何としても、守り抜くんだ!隊列を――――」
「脆いねぇ!」
体長格であった男の首が飛ぶ。
彼の首を刎ねたのは、長身の女海賊シャーロット・リンリン。
彼女含めたロックス海賊団の幹部たちにしてみれば、この程度の雑兵は数百単位で積み重なろうとも敵にならない。
ただ、海賊というのは生来荒っぽいモノだ。どれだけ上が統率しようとも、どうしても良からぬ事を考える事を止められない。
「ママ、見てみなよ。アレってつい最近入ってきた新入りじゃない?」
「あーん?大方、カイドウの逆鱗に触れたんじゃないかい?」
リンリンの握る体格相応の大きさであるカトラスから声がする。
このナポレオンもその一つで、リンリン自身の強大な魂を分け与えた分身の様なもの。
そのナポレオンが示したのは、今まさに空をかっ飛んでいき、最終的に城壁の一部に頭から突き刺さった船員の一人。
ビクリと震え、その後は動かなくなる。
ロックス海賊団が国を襲うようになって、結構な頻度で見られる光景であり“ハチノス”から船に乗っている者達は驚くどころか、目もくれない。固まるのはその悪名にあやかろうと寄ってくる、馬鹿な新入り位のもの。
「マンママンマハーハハハ!馬鹿な奴らだ。態々
心底愉快だ、と言わんばかりに馬鹿をやらかした新入りを見送りリンリンは嗤う。
彼女は、カイドウを高く買っていた。特に、その戦闘能力は生来の怪物である自身に近しいものがある、と思ったから。
それこそ、
シャーロット・リンリンが、そんな事を考えている一方。新入りが吹っ飛んできた方角では、肩に金砕棒を担ぎ上げ明王もかくやと言わんばかりの表情を浮かべたカイドウが、腰を抜かしてへたり込む下っ端たちの前に立ちふさがっていた。
皆揃って、カイドウの背中に視線が釘付けだ。
「――――で?次は、誰が手を出してくる?死にてぇ奴は、前に出ろッ!!」
「「「ッ!?」」」
覇気の乗った喝に、彼らは震えるばかり。
ロックス海賊団に入団した彼らは、最初に言われていたのだ。それも、
曰く、『堅気には手を出すな』。
死にたいなら別だがな、と言われていた。
彼らはソレを、ちょっとした冗談か何かだと思っていたのだ。“堅気”を襲わない海賊がどこに居る、と。
ソレと同時に、彼らはカイドウの恐ろしさを知らなかった。
船上でのカイドウは比較的おとなしい。絡まれれば振り払うが、必要以上に暴れる様な事は無く甲板で黄昏ているか、或いはリンリンの子供たちに遊具代わりにされている事が多かった。
端的に言って、舐めていたのだ。見た目は厳ついが、それだけであると。
「こいつは、俺がテメェらに与える
言って、右肩に担ぎ上げられていた金砕棒が徐に持ち上げられ、その黒鉄の金属体に膨大な量の覇気が押し込められる。
「
「ひっ…………!」
「うわぁああああああああ!?」
「た、助け……!?」
ここまで来て、漸く逃げようとする下っ端たちだが判断が遅すぎた。逃げるとするなら、最初の一人が殴り飛ばされた瞬間に逃げるべきだったのだから。
踵を返そうとする彼らだが、カイドウが踏み込む方が速い。
十二時の位置から踏み込みつつ、時計回りに進んでインパクトは凡そ八時と九時の間位。
「
断末魔も上げられない。
下っ端たちは、等しく空の彼方へと吹っ飛ばされる勢いで宙を舞い。遠く離れた王城の城壁へと潰れたトマトの様に叩きつけられるだけなのだから。
吹っ飛ばされた元船員たちを見送って、振り返る事無くカイドウは鼻を鳴らす。
「おい、さっさと行け」
「あ……えっと…………」
「ぐちぐち言うんじゃねぇ。さっさと失せろ」
それだけを言って、カイドウはその場を離れて行ってしまう。
彼は、己のエゴを貫いているだけ。
感謝や英雄視は、お門違いもいい所なのだ。