百獣と呼ばれぬ男   作:八海山

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飛空

 海軍に激震が走った。

 彼らの注目を集めるのは、偉大なる航路“新世界”において結成された史上最悪の海賊団、ロックス海賊団である。

 船長、ロックス・D・ジーベック。副船長、エドワード・ニューゲート。

 更に幹部として、シャーロット・リンリンやシキが居り、その他にも“キャプテン・ジョン”“王直”“銀斧”など複数の大物海賊が名を連ねている。

 そして。

 

「カイドウ。奴も合流していたか」

 

 苦み走った表情で、大将“灰鹿”は眉根を寄せて報告書へと目を通す。

 “憤怒”のカイドウ。その存在は、海軍ひいては世界政府にとって実に苦々しい存在でもあった。

 

 そもそも彼が賞金首になった理由の一端を、海軍は担ってしまっている。この事実が知れた時、手引きしていた将校は殴り飛ばされた。

 そして、世界政府としては易々と天竜人へと手を出され、その上で仕留める事も捕える事も出来なかった相手だ。今ではCP(サイファーポール)を嗾けてもどうにかできるか分からない怪物へと成長してしまった。

 正しく、世界政府と海軍が生み出した怪物だ。

 

 ふと、灰鹿は考える。

 

「奴が海兵ならば……いや、詮無き事か。遅かれ早かれ、除隊という措置が取られただろう」

 

 問答無用で天竜人を殴り飛ばす様を簡単に想像でき、灰鹿の眉間の皺が深くなる。

 

 既に、幾つかの世界政府加盟国が落とされてしまった。

 世界政府は怒り心頭だが、その一方で落とされた国々の一般市民への被害は通常の海賊被害と比べれば驚くほど少ない。

 王侯貴族は軒並み斬首、或いは見せしめの様に磔にされて最後には城ごと粉砕される、という目に遭いながらその一方で一般市民に関しては殺戮はおろか、奴隷へと身を落とした者も居ない。

 精々が、破壊の余波に巻き込まれた、であったり。()()()()()()()()()()者達が消された位でそれ以上の被害はほぼほぼ無い。

 

 そんな不可解とも言える現状。その答えをくれたのは、助けられた一般市民たちだった。

 

 

 曰く、『角のある青年が守ってくれた』。

 

 曰く、『金棒を振り回す鬼が居た』。

 

 曰く、『大きく頼もしい背中だった』。

 

 

 カイドウだ。この報告を聞いた時、灰鹿はそう断言した。

 角があり金砕棒を振り回して、“新世界”にも進出できる海賊を一方的に叩きのめす者などカイドウを置いて他に居ない、と。

 そして同時に、この情報は“憤怒”のカイドウという賞金首、いや海賊の人物像をぼやけさせる事にも繋がる。

 

 “正義”ではない、決して。それだけは断言できる。否、()()()()()()()()()()()

 何故なら、カイドウの採っている手段は“暴力”だから。その選択肢(暴力)は、たとえ採れる状況、採っていい状況であろうとも()()()()()()()()。それが、社会的秩序(ルール)であるから。

 

 カイドウの在り方は、この秩序を破壊するものだ。そしてそれは、現行の秩序(世界政府)を破壊しかねないもの。

 海軍は、何処まで行っても世界政府との繋がりを断ち切れない。そもそも、海軍という存在そのものの大義名分は世界政府が無ければ保てないのだから。

 

「……儘ならんな」

 

 転換期なのかもしれない。報告書を置いた灰鹿は、眉間を揉む。

 ロックスの動きに合わせて、世界中の大物が動き始めている。

 激動を人の手で押し留める事など、土台無理な話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空を飛ぶ海賊。それはもう、空賊なのではないか、という話だがコレはとある海賊に付けられた異名だった。

 

「シキ、落とすんじゃねぇぞ」

「ジハハハハ!分かってるさ、頭」

 

 ロックスの言葉に笑って返す、シキ。

 彼は、フワフワの実を食べた浮遊人間。自身や、触れた無機物を浮かせることが可能で、その能力範囲は島を一度に複数浮かせることが可能なほど。

 彼の能力があるからこそ、ロックス海賊団は海軍に捕捉される事が殆ど無く、加えて相手が防備を固める前に奇襲をかけることが出来た。

 今回も“赤い土の大陸(レッドライン)”の上空を超えて偉大なる航路を脱し、“西の海”へとやって来た。

 

「で?船長。今回は、どういう用件でこの海に来たんだ?」

 

 問うのは、ニューゲート。

 今艦尾に設けられた船長室に居るのは、ロックス、シキ、ニューゲートの三名のみ。船長、副船長、参謀というこの船における方針を決める面々だ。

 

「ああ、言ってなかったな。向かってるのは、“オハラ”だ」

「オハラってぇと、考古学の聖地か。確か、“全知の樹”がある島だな」

「勤勉だな、シキ。ああそうだ。つっても、今回は落とす訳じゃねぇさ。あの島は、チョイと立場が面倒なんでな」

 

 椅子に腰かけて、ラム酒を瓶ごと呷ったロックス。

 度数は四十度を超えているのだが、彼はまるで水でも呷るかのように酒精で喉を焼いていく。

 

「政府は、“歴史”を紐解かれる事を大いに恐れている。だからこそ、考古学の分野にもかなり制限が入ってるんだがな」

「あの時にも言ってたな……世界政府が何を恐れていやがるんだ?」

「さてな。だからこそ、オハラへと向かう。幸い、シキの能力があれば移動には事欠かねぇ。厄介なサイクロンも消し飛ばせば問題ねぇからな」

 

 上機嫌なロックスだが、普通の海賊、或いは海軍ならばそんな手段は採れない。

 四つの海と比べても、偉大なる航路のサイクロンは一線を画す破壊力を有している。当然、内包した力は凄まじいモノであるし巻き込まれれば場合によっては軍艦だろうと沈められる。

 フワフワの実の能力も、このサイクロンの影響を諸に受ける為シキにとってこの手の気象情報は実に大切だった。

 その点で言えば、ニューゲートとリンリンが居るロックス海賊団は破格。

 気軽に振るって良い様な力ではないが、少なくともサイクロンを消し飛ばす程度の破壊力は有している。

 そのまま始まった、酒盛り。海賊と酒は切っても切り離せない縁がある。

 

 しかし、酒よりも他のモノが好きな海賊も当然いる訳で。

 

「…………」

 

 ムッツリと黙り込んで甲板に胡坐をかいて座るカイドウ。

 まだまだ十代の彼だが、その体格はこの船の船員の中でも大きい方だ。そして、その身長に負けない圧倒的な筋量とそれに見合うだけの肉の厚みというものを持ち合わせていた。

 そんな男は現在、自分よりも年下の子供たちの遊具と化していた。

 

「つのかてぇ!」

「おおきー!」

「かいどー、むきってしてー!」

「…………」

 

 言われるがままに右腕を曲げて筋肉を盛り上がらせれば、嬉々として子供たちはそこに掴まりブランコの様に揺れる、揺れる。

 登られ、ぶら下がり、飛び跳ねられ、背中をパスパス叩かれ、胡坐の上で眠られる。

 もう完全な遊具扱いで、その上血筋からか一桁年齢の子供であろうとも大の大人が当たり所によっては悶絶する威力を受けながら、カイドウは何もしなかった。

 流石に目突きや耳の穴や鼻の穴に何かを突っ込まれそうならば阻むが、反応としてはそれ位か。

 

 子供たちの母親を恐れているから、という訳では無い。そもそも、カイドウは自分が敵わない様な強大な相手を前にして尻込みするような軟なメンタルをしていない。

 

 単純に力加減の問題だ。彼が軽い気持ちで振れたつもりでも、子供相手では大怪我につながる可能性が常について回る。

 だから、何もしない事がベスト。頭の上で飛び跳ねているごま塩頭のシャーロット・ダイフクが足を踏み外した時に直ぐに支えられるように心構えをしている位か。

 

「くくく……!すっかりアイツも遊具扱いだな」

 

 そう言って笑うのは、“美食騎士”の異名をとる戦うコック、シュトロイゼン。

 そして。

 

「マンママンマ♪ハ~ハハハ!良いじゃないか、好きにさせておけば。それよりも、おれのガトーショコラはまだか、シュトロイゼン」

「今出来上がる! ……ったく、甘いもんも良いが身重なんだぜ? ちったぁ気にしやがれってんだ」

「肉も食ってるだろう?」

「肉と甘いもんばっかじゃねぇか!」

 

 シュトロイゼンの苦言は、しかしどこ吹く風。リンリンは聞きはしない。

 

 そう、カイドウに集る子供たちは何れもリンリンの実子。既に十人を超える兄弟姉妹であり、三つ子に五つ子と人数のみならず、種族も多種。

 

 この交流の始まりは、カイドウが子供たちを助けた事に始まっていた。

 というのも、リンリンが率いていた時の船ならばいざ知らず、このロックス海賊団内では権力の一極集中など出来る筈もない。

 それぞれがそれぞれに思惑を巡らせ、水面下で如何にして自分達が主導権を取り勢力を広げるかを考えている。

 その過程で、やはりひ弱な存在というものは狙われた。

 

 シャーロット・リンリンは怪物だが、その実子たちはまだまだ弱く脆い。一番上のシャーロット・ペロスペローも一桁の年齢だ。

 人質として狙われ、そしてその魔の手を阻んだのがたまたまその場に居合わせたカイドウだった。

 幹部レベルでなければ、素手であろうとも負ける事は無く、悉くワンパンで仕留めそれから交流がスタート。

 

 今では遊具扱いで遊び場と化していた。

 

 リンリンは別にしても、比較的真面な感性を持つシュトロイゼンとしては常々子供たちの護衛に意識を割かずとも済むという事もあり大いに助かっている。

 今もそうだ。良からぬ事を考える輩は、ギロリと鋭い視線が向けられて退散する他ない。

 

 そして船は、歴史を宿した島へと辿り着く。

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