百獣と呼ばれぬ男 作:八海山
考古学の聖地“オハラ”。
全知の樹と呼ばれる世界最大の図書館が存在しており、宛ら知識の坩堝。
そんな図書館の中で、本の海に似つかわしくない筋骨隆々とした男、カイドウは厳めしい眉間に更に皺を寄せて手に取った本へと視線を落としていた。
考古学に特化しているように思えるオハラだが、世界最大の図書館というのは伊達ではない。
その蔵書分野は多岐に渡り、その内カイドウが目を通しているのは世界各地の植生と地理、並びに環境に関するモノ。
因みに、カイドウは文字の読み書きを最近習い始めたばかり。それでも拙くとも支障なく読み書きができるのは、前世のお陰だろう。
「…………ぬぅ、小難しいな」
頭の回転は悪くなくとも、やはり専門書を読み解くには圧倒的に知識が足りない。
知らない単語が出て来ればソレを調べ、その調べる中でも分からない単語をさらに調べ――――その繰り返しは無限ループ。
「ヤルキマンマングローブと、陽樹イブ。魚人島の環境を支える樹があるからこそ、あの島は成立してるようなもんだからな……」
正直な話をすれば、お手上げだ。少なくとも書籍の中ではカイドウの探し方が悪いのか、それとも本当に載っていないのか見つからない。
それから、
「…………で?テメェはいつまで、俺を見てるつもりだ?」
本から顔を上げずにカイドウは、自分を見てくる誰かへと声を掛けた。
本棚の陰より現れたのは、真っ白な髪をした少女だった。鼻筋がスッと通った幼さの中にも美人へと成長するであろう事が分かる整った容姿だ。
「困った顔してたから」
「……ガキが気を回す事じゃねぇよ」
「あなたも、私と同じくらいでしょ」
話しかけたからか少女は、カイドウの側へと寄ってきた。その身長差は一メートルはありそうなほどに差がある。
「私は、ニコ・オルビア。あなたは?」
「……カイドウ」
「よろしく。あなた、昨日来た海賊船の乗組員、よね?」
「……ああ」
「この島には、何をしに来たの?襲われたって、古文書位しかないよ?」
「そいつは、船長の領分だ。俺がここに居るのは、別件だ」
ぶっきらぼうで本から顔を上げる事もないカイドウだが、オルビアは特に気を悪くした様子もない。
それどころか無防備に近づいて、彼の読む本を覗き込む。
「世界の植生?こっちは、海洋情報」
「おい」
「何か、植物でも育てるの?」
「…………はぁ」
好奇心旺盛と言うべきか、ぐいぐい来るオルビア。
露骨に顔をしかめるカイドウだが、しかし振り払うというのも躊躇われた。
というのも、オルビアはただの少女だから。リンリンの子供たちよりも更にひ弱で、何なら腕の一振りで容易く
「そういうのじゃねぇよ」
「じゃあ、何をするの?」
「……島探しだ」
「島?」
「魚人島を知ってるか?」
「魚人島…………確か、海底にある島よね。偉大なる航路の」
「その島と、似た環境の島を探してんだ」
ここ最近色々とあったが、だからといってカイドウはフィッシャー・タイガーとの約束を忘れたことは無かった。暇があれば、船から海へと飛び込んで辺りを見て回る程度には行動し続けている。
そして今回、オハラへとやって来たのは渡りに船だった。何かしら情報を拾えれば、と考え船から降りた次第だ。
「どうして?」
「あ?」
「あなたは、人間、よね?だったら、どうして……」
「種族差なんざ、関係ねぇよ」
植物図鑑を閉じて、カイドウは別の海洋調査書を手に取った。
「人間だろうが、魚人だろうが、人魚だろうが、突き詰めりゃ同じ“ヒト”だ。見た目や体質の違いなんざ、些末事だろうがよ」
ソレが、カイドウの本音。
彼は種族に因る差別をしない。種族単位?で嫌うのは天竜人位だ。
一方、オルビアにとってカイドウの価値観というものは新鮮だった。
それだけ、この世界における人種の差別というのは大きく、広く、そして根深い問題なのだ。
ドクドクと耳の音で熱く鼓動する心臓の音が聞こえた気がした。
「………それじゃあ、こっちの考古学はどう?」
「は?何でそうなる」
「カイドウは知らないかもしれないけど、そういう専門書っていうのは、確認できた事実しか載ってないの」
「……そういうもんだろ」
「そうね。でも、たとえソレが事実であっても第三者が確認できない場合、はどうかしら」
「…………」
ここでカイドウは、初めて顔を上げた。そして、オルビアを見下ろす。
「つまり?」
「第二の魚人島、なんて環境の島が見つかれば世界をひっくり返すような発見よ。それこそ、少し探せば幾らでも文献が出てくるみたいに」
「…………」
「でも、少なくとも私はその手の話が本に出てきた覚えが無いの。全知の樹の本全てを読んだ訳じゃないけど、でも視点を変えてみるのも良いと思うわ」
オルビアの言葉を受けて、カイドウは考え込む。
彼女の言葉には、一理あるだろう。
出版される本の中身というのは、後々に改められようとも
裏を返せば、その真実が確認されなければ、推論、推測、或いは妄言や虚言として扱われる事になるのだ。
その一つの例が、
「コレ、見て頂戴」
「……絵本か?」
「そう。“うそつきノーランド”。“
「ほう」
受け取った絵本へと目を通すカイドウ。
内容は、とある探検家が偉大なる航路にてとある島を見つけ、黄金郷があったと伝えるモノ。しかしその最期は、結局財宝は見つからず探検家は処刑されてしまう。
カイドウの前世でも、昔話というのは教訓染みた内容が多かった為眉を顰める程度だが、実際問題かなり惨い内容であると言えるだろう。
「こいつが、何だってんだ?」
「あなたは、ノーランドが嘘つきだったと思う?」
「あ?…………さあな。俺はコイツじゃねぇし、この国の人間でもねぇ。だが、
こう言う他ない。
偉大なる航路の島々の特徴は、四つの海の常識を遥かに超えるモノが多数ある。
であるのなら、黄金郷。或いは、黄金其の物で構成された島があっても不思議ではない。何故なら、あり得ないと断言するだけの根拠もないから。
少なくとも、カイドウはそう考えていた。だからだろうか、
同時に、理解する。
「古文書の中に、この手の話はあるのか?」
「事実無根として闇に葬られた話なら、いくらでも。本当に突拍子が無かったり、あり得ない、と断言されるようなものとかね」
「その中に、俺が探している様な記述もあるのか?」
「分からないわ。でも、図鑑や調査書だけじゃ見えてこないものが、必ずある筈よ」
「…………そうか」
絵本とそれから海洋調査書などの資料を一通り重ねて抱え上げるカイドウ。
「なら、手伝え。お前が言い出したんだ。俺は、古文書読めねぇからな」
「ええ、勿論」
オルビアの先導を受けて、その場を離れていく二人。
そんな二人の動向を窺っていた者達が居た。
「グルハハハ、若い奴らってのは見てるだけで面白れぇな」
「第二の魚人島か……歴史と同じく、いや歴史以上に厄介な案件かもしれん」
ロックス、そしてトランプのクローバーをひっくり返したような特徴的な髪と髭をした老人クローバー博士の二人だ。
「ロックス……お前は、あの小僧をどうするつもりだ」
「どうともしねぇよ。海賊は、自由にやってこそ海賊だ。俺の目的は、俺だけの目的だ。その道中で力を集めようが、結局は自分の目的だけに終始する。アイツもそれは変わらねぇ」
「…………オルビアを巻き込むことはせんようにな」
「ソレを決めるのは、俺じゃねぇなァ」
本棚に凭れかかり笑うロックスに、クローバーは非難めいた目を向ける。
その昔、冒険家としてクローバーは多くの海を渡ってきた。海軍に捕まった事は十度にも及ぶ。
この海賊と出会ったのも、そんな冒険の中であった。
「まあ、いざとなればアイツが止めるだろうよ。あの娘は、一般人だからな」
「……それならば良いが、随分と買っているな」
「当然だろ。何せ、本気じゃないとはいえ、俺と真正面から戦えるガキだ。グルハハハ!アレは、面白かったな。ニューゲート以来だぜ、あそこまで燃えたのはォ」
「ハァ……」
楽し気に語るロックスに、クローバーはため息を返すばかりだ。
戦闘狂の嫌いがあるロックスだが、短絡短気に見えてその実思慮深い。それは、計画を立てて仲間を集めて行動している点からも明らかだろう。
クローバーもそれは分かっている。そして、
話題を切り替える様にして、彼は問う。
「ロックス。お前は求めるのか、古代兵器を」
「……さて、な。そいつが本当に必要なら、分からねぇな」
「人の手に余る業の集大成の様なものであってもか?」
「ソレが必要なら、当然だろう?…………阻むなら、容赦は出来ねぇぜ?」
「ふっ………一考古学者が止められる筈も無かろう」
止めるのは、己ではない。クローバーは内心で断言する。
変革は、常に反対派の弾圧に晒されるものなのだから。