百獣と呼ばれぬ男 作:八海山
ゴール・D・ロジャーの旅は、自由気ままの冒険一筋。
ロマンを追い求める旅路の中で、彼の一歩は常に自由気儘なものだった。
「なあ、レイリー」
「何だ、ロジャー。言っておくが、ラム酒は無いぞ。お前が昨日飲み干した分で最後だったんでな」
「はあ!?一本もか!?」
「無い」
喚くロジャーに、シルバーズ・レイリーは眉間を揉む。
海賊団を立ち上げる頃からの付き合いであるからこその気安さ。そして、ロジャーの持つ破天荒さに振り回される事も多い為かため息も出る。
もっとも、それはそれで面白いと考えている辺り、レイリーもレイリーで変わり者だったりする。
「……で、結局話の内容は何なんだ?」
「ん?……ああ、そうだったそうっだった!ロックスって知ってるよな?」
「ロックス?ロックス・D・ジーベックか?寧ろ、彼を知らない人間は今の海には居ないだろう」
“凶皇”ロックス・D・ジーベック――――懸賞金44億ベリー。
現状における世界最高の懸賞金額であり、この額はそのまま世界政府が警戒している度合いを如実に表してもいた。
オマケに、
「彼の海賊団の幹部は、何れも高額賞金首だという話だ」
「おいおい、レイリー。そんな情報は、おれだって知ってるぞ」
「そうだったのか?てっきり、喧嘩の一つでも売りに行くのかと思ったが……」
「そうじゃねぇよ!?…………まだ」
「……だとしたら、殴っても止めるからな。西の海の事件を忘れたのか?」
レイリーの言う西の海。考古学の聖地“オハラ”の沖合で発生した大規模な海戦は、海軍の大敗という形で幕を下ろした。
海軍大将“灰鹿”は片腕を失う大怪我を負い、軍艦20隻以上の艦隊は残数2で残りは海底へと消えていった。
その他、有力な将校も多数命を落とし、或いは怪我による療養を強いられている始末。
ロジャーは強い。というか、ロジャー海賊団の面々の実力は世界でも指折りだろう。
それでも、単騎でロックス海賊団へと挑んで勝てるのかと問われれば、否。レイリーが殴っても止めると断言するほどの戦力差があった。
「だから殴り込みじゃねぇっての。単に、ちっと話をしてみたいと思ってな」
「どうだか。お前は、気が短いところがある」
レイリーが指摘するのは、ロジャーの仲間思いの部分。
良いところだろう。だが同時に、悪癖でもあると彼は考えてもいた。
というのも、ロジャーは仲間への侮辱を許さない。そして彼は、常に皆の先頭に立って真っ先に突撃してしまう。
ロジャーは船長だ。そして船長というのは、その船におけるアクセルとブレーキの役目を同時に果たさなければならない存在でもある。
副船長であるレイリーが補佐をしているものの、頭に血が昇ったロジャーはそう簡単には止められない。
何より、
(ロジャーとロックスは合わないだろう)
レイリーはそう感じていた。
自由を追い求めるロジャーと、己の目的のために突き進むロックス。
堅気に手を出さない事を船員に求めている点は共通するが、その中身が違う。
片や、船長としての気質。自身の自由のために堅気へと危害を加える事を嫌った。
片や、有能な部下を手元へと収めておくために堅気には
そう、ロックスはこの理由さえ無ければ平気で民草を踏み躙る事だろう。例えソレが己の計画に関係のない事だろうと、船員たちの手綱を敢えて緩めて国一つ皆殺しにしたとしても眉の一つも動かさない。
根本的にこの二人が、争う事は必定だったのだ。
見張り台。青一面の海上を進むにあたって、より遠くそして広く見渡すためにメインマストの最上部に設けられたその場所で、カイドウは何をするでもなくマストに背を預けて腕を組んでいた。
現在、船は停泊中。海のど真ん中でマストを畳んでおり、その傍らには同程度の大きさの海賊船が同じくマストを畳んで停泊していた。
ゴール・D・ロジャー。それが今回接触してきた海賊の名前。
遠目ではあったが、かなりの実力者である事は理解できた。カイドウの見立てでは、ニューゲートと同程度か。
その他にも数人居たが、何れも粒ぞろい。
だが、
(
実際問題、ロジャー海賊団相手でもロックス海賊団の場合は船長が出る事無く拮抗状態に持ち込むことが出来るだろう。
それだけの実力がある。
つり合いの取れた天秤は、ロックスという一つの重しで容易にそのバランスを崩壊させてしまうのだ。
とはいえ、今回は戦争を仕掛けてきた訳では無い。
ロジャー側からの接触も特別荒れる事は無く、今はロックスの船長室にて会談中。
何も起きなければ、このまま終わる。
しかし、
「……」
カイドウは閉じていた瞼を開けて、そして見張り台より飛び降りた。
甲板へと巨体ながら音もなく着地すると、徐に甲板に追いやられていたリンリンの子供たちの側へと船長室から壁になる様に座り込んだ。
直後、膨大な覇気の激突が起きる。
覇王色の衝突だ。それも、並大抵の者では意識を保つ事すらも出来はしない。
そして、並大抵には到底括られる事のないカイドウは迫る覇気を見据えて、自分もまた覇王色の覇気を放つ。
押し返すのではなく、一種の壁。濁流の中に突き出た岩の様に、圧力の流れに抗うのだ。
カイドウの行動はバレているだろうが、しかし周りも気に掛ける余裕はない。
覇気を全開にしてドスドスと肩を怒らせて甲板へと現れたロジャーと、その後からニヤニヤとした人を食った笑みを浮かべたロックスが続く。
「グルハハハッ!交渉は決裂だが……まあ、今ここでおっぱじめるつもりはねぇ。次の機会にやり合おうじゃねぇか」
「……おれは、おれの道を阻む奴に容赦しねぇぞ」
「そりゃあ、俺もだ!」
肩を怒らせて船へと戻っていくロジャーを見送るロックス。
そのまま離れていくオーロ・ジャクソン号。
「撃ちますか?船長」
「詰まんねぇ事抜かすんじゃねぇよ」
大砲を持ってこようとした部下の顔面を鷲掴みして動きを止めながら、ロックスは目を細めて小さくなっていく海賊船を眺める。
部下に欲しかったかと問われれば、頷ける。ロジャー海賊団はそれだけ粒揃いであったし、彼らが加入すればまず間違いなく世界が獲れた。
だが、ソレは“もしも”でしかない。現に会談は決裂し、次に会う時には死力を尽くした戦争が起きる事になるだろう。
水平線の向こうへと消える船から視線を外し、ロックスは甲板に座り覇気を発していた部下へと目を向けた。
「カイドウ!ちょっと来い!」
「あ?」
「ちょいと内々の話があるだけだ」
ついてこい、と船長室へと戻っていく背中。
頭を掻き、覇気を収めたカイドウは立ち上がる。
『ロジャー、俺の部下に来ねぇか?』
『そいつは、おれのセリフだぜロックス。オマエこそ、うちに来ないか?』
『グルハハハッ!決裂か』
『……一つ聞かせろよ、ロックス。お前はいったい何を目指してる?』
『新しい秩序だ。俺はこの世界に
『与えられる自由は、自由じゃねぇだろ』
『自由さ。少なくとも、今の世界よりも遥かにな』
『そこにテメーが君臨する、と』
『最低限の統率者は必要だろう?なぁに、悪いようにはしねぇさ』
『…………やっぱりダメだな。自由ってのは、自分の魂に従って踏み締めていくもんだ。与えられるもんじゃねぇ』
『そうか。まあ、良い。御帰りはあちらだぜ?』
「――――カイドウ、もしも俺が死ぬ時には絶対に手を出すんじゃねぇぞ」
「…………話が視えねぇな。いきなり、何の話だ?」
船長室での二人きり。ラム酒を呷りながら妙な事を言い始めたロックスに、カイドウの眉間には深い皺が刻まれた。
「これからの話だ。近々、俺の計画は最終段階に入る。その時に一番の不確定要素は、お前だからだ」
「…………」
「今更、お前が俺の計画を潰そうとするとは思ってねぇ。だが同時に、
「必要な……幕引きだと?」
「物事には、始まりがあれば終わりが存在する。志半ばで倒れる事もやるせねぇが、
「…………」
「成功するにしろ、失敗するにしろ、計画の最終段階は一つの分水嶺だ。その先を、歪ませる事無く俺は享受したい」
「……それを、俺が台無しにする、と?」
「可能性の話だ。だが、あり得ない話じゃない。シキも、リンリンも、その他の奴も野心がグツグツに煮立ってる。ニューゲートは違うが、アイツと俺は
「買い被りが過ぎるんじゃねぇか、ロックス」
「そうかもしれねぇ…………まあ、記憶の隅にでも留めていてくれや」
ラム酒を瓶ごと呷ったロックスは、徐に要るか?とカイドウへと瓶を差し出してくる。
「要らねぇ」
「かーっ!相変わらずだな、お前!酒を一滴も飲まねぇ海賊は、海賊じゃねぇんだぞ!?」
「好かねぇからな。そもそも、俺は海賊じゃねぇ」
「そこも頑なか……グルハハハッ!カイドウ、テメーは海賊になるぞ。断言してやる!」
「ならね――――」
「成る!お前が望む、望まぬに関わらずお前を持ち上げようとする奴らは必ず出てくる! たとえお飾りだろうと、テメーが頭だ! 統率する必要が出てくるのさ。そして、テメーは知らぬ存ぜぬを通せるほど薄情じゃねぇ。甘いからな、お前は」
「…………」
「グルハハハッ!ああ、そうだ。俺が死んだら、テメーには餞別をくれてやるよ」
「要らねぇ」
「そう言うな。悪いもんじゃねぇからよォ」
呵々大笑のロックス。
一つの終わりが迫っていた。