百獣と呼ばれぬ男   作:八海山

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放浪

 偉大なる航路のみならず、世界の海において脅威とされる一つに海王類の存在が挙げられる。

 船を飲み込むほどの巨体に加えて、その凶暴性も相まってもしも目を付けられれば大型船すらも沈没の憂き目にあうだろう。

 

 だがしかし、世界は広いもので。

 

「久しぶりの肉だな」

 

 この海王類を食らう者も居た。

 白目をむいて絶命し、その巨体を浮かせた海王類の腹の上。その硬い鱗を剝いで肉を食らうのは、角のある少年だ。

 名を、カイドウ。国一つ滅ぼして、偉大なる航路を()()()()()十四歳。

 彼が国を出て、一年が経過していた。

 

 カイドウは、自由だ。最早、彼を縛り付けるものなど存在せず、ただただ純粋に好きな場所へと赴き、好きに食べ、好きに眠り、好きに戦う。

 全てが、自由。

 

 だが、

 

「……体が疼いて仕方がねぇ」

 

 足りない。

 戦闘への、欲求。それは、とある時を境に彼の中で明確に強まっていた。

 

 数ヶ月前の出来事だ。

 その日の宿にしようと、海を泳いで渡っていたカイドウは近くを通った軍艦へとお邪魔していた。

 彼は知らない事だが、その軍艦は所謂ところの本部所属と呼ばれる海兵の中でも精鋭たちをそろえた船であったのだ。

 海兵一人一人の質もそこらの支部を大きく上回り、率いていたのは本部の少将。

 彼との戦いは、カイドウにとって大きな実りある、そして同時に欲求を強くしてしまうものとなった。

 

「覇気、か」

 

 海王類の肉を毟って口の中へと放り込みながら、カイドウは空いた己の左手を眺める。

 拳を握り、強く力を籠めればその拳と前腕は黒く染まる。

 

 覇気。それは、この世界における一定水準以上の強者ならばそれより上に行くために必須ともされる技能の一つ。

 本部少将であった男も、先を見据えてこの覇気の体得、研鑽を行っていたのだが、悲しいかな生まれながらの才覚による圧倒的なまでの差を覆すには到底足りなかった。

 何せ、このカイドウ。どれだけ殴られようが、切りつけられようが並大抵の攻撃では致命傷にならない上に回復力も尋常ではなく、薄い切り傷程度ならば戦いの最中に出血が止まってしまう程なのだから。

 加えて、圧倒的なまでの学習適応能力。それは最早、“進化”と称しても良いだろうそんなレベル。

 

 ただでさえ、無意識に纏っていた覇気を突破する事が出来なかったというのに、覇気そのものを自覚されてからは最早一方的。

 

 結局、敵に塩を送るだけとなり、少将含めた軍艦一隻は全滅。亡骸は、海へと捨てられ魚のえさとして処理され、積んでいた食料や水などはカイドウの腹の中に収められる事になった。

 

 

 そして、現在。軍艦はそのまま乗り捨てて、再び彼は海洋を泳いで渡り、少将との戦いで身に着けた覇気の鍛錬の一環として海王類と()()()()()仕留めるという事を繰り返していた。

 この一環として、カイドウの覇気は更なる飛躍を見せている。

 ただでさえ身動きの制限される海中であり、尚且つ水圧や呼吸の問題のある中で、己を遥かに超える巨体を打倒するのだ。

 自然と自分を追い込み、そして命の危機に瀕する弱肉強食(デッドオアアライブ)

 加速度的に、彼の体は強くなり続けていた。

 加えて、

 

「それにこの、“六式”って体術も面白れぇ」

 

 海軍、並びに世界政府に所属する者達が身に着ける体技の一部を、カイドウはラーニングしていた。

 六式とは、六種に体系化された体技であり、移動、攻撃、防御とバランス良く配分され一部の技術であろうとも身に着けることが出来れば戦闘の幅が大きく広がった。

 

 一頻り満腹になるまで海王類の肉を毟って食べ、血でのどを潤したカイドウは徐に立ち上がる。

 

「確か、こうだな」

 

 海王類の死骸を足場に、跳躍。そこから、強靭な脚力をもって()()()()()

 

「こいつは、良いな!泳ぐのも悪かねぇが、空を駆けるのも気分が良い!」

 

 上機嫌に瞬く間に空を駆け抜けるカイドウ。

 

 六式の中で、“月歩(ゲッポウ)”と呼ばれるこの技術の利点は、言わずもがな空中を自由自在に動き回る事が可能な機動力。

 海戦の多いこの世界において、船に因らない移動手段の有無というのは大きい。

 だからだろう、海軍の中では将官ともなれば体得している者が多い。

 

 空を、黒い弾丸が駆け抜ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――以上が、本件の報告となります」

「ご苦労。下がってくれ」

「はっ!失礼いたします!」

 

 襖を開けて去っていく部下の背中を見送って、海軍本部中将センゴクは眉間を揉んだ。

 彼の手元に上げられた報告書に書かれているのは、一人の少将に関するものと、それから海軍と取引をした末に滅んだ国に関するもの。

 

「十三歳で一国を滅ぼし……恐らくフォイル少将を手に掛けたのも、コイツか」

 

 報告書の傍らに置かれた一枚の手配書。

 そこに載っているのは、一人の角のある少年だった。

 

「怒りのままに国を滅ぼした子供。危険因子だが……」

 

 眼鏡の向こうで細められた目に宿るのは、正義と共に僅かな憐みだろうか。

 十代半ばの少年に掛けられたと見れば破格の懸賞金額。いや、本部少将を仕留める実力者であるのならばこの額でも少ないか。

 

 “憤怒”のカイドウ――――懸賞金9600万ベリー

 

 初頭手配として見れば、破格も破格。

 だが、生き残った海兵の中に()()()()()()()()者が複数名居たという報告が上がり、最初に決められた金額から大きく跳ねあがっていた。

 

「覇王色の覚醒。一時的なものか、或いは……少なくとも、残りの覇気にも目覚めていると見ておくべきか」

 

 覇気の覚醒は、戦闘を主とする者達にとって必須事項。

 武装、見聞、そして覇王。特に三つ目は、王の資格を持つ者と称され世界有数の実力者とも呼ばれる者達には何れも持ち合わせている資質なのだとか。

 とはいえ、如何に危険因子であろうとも今この瞬間、カイドウに注意を払っているのはセンゴク位のもの。

 というのも、現在偉大なる航路後半の海である“新世界”において不穏な動きがみられるからだ。

 センゴクのみならず、彼の同期である者達も同じく情報収集、並びに各地の鎮圧、海賊船の拿捕などに駆り出されており、抱える案件は多い。

 気にはなれども、優先順位は低い。

 

 その一年後、センゴク中将は頭を抱える事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空を駆けて、海を泳ぎ、島を襲って、船を沈める。

 正しく傍若無人をそのまま体現したかのような男、カイドウはやがてとある島へとやって来た。

 そこは島、と呼ばれているがその本質は巨大な植物によって構成された場所。

 

 シャボンディ諸島。ヤルキマンマングローブと呼ばれる巨大な樹木の集合体であり、同時にここは赤い土の大陸(レッドライン)の目の前。

 ここを突破する事で、晴れて偉大なる航路の後半の海“新世界”へと足を踏み入れることが出来るのだ。

 だからだろう、この島には多くの海賊たちが集まってくる。それも、億越えの賞金首たちが。

 彼らはここで船をヤルキマンマングローブの天然樹脂を使う事でコーティングを行い、赤い土の大地を潜って先へと進む。因みに、昇降機を用いる一般ルートもあり、そちらは世界政府の管理下。当然、無法者である海賊たちは使えない。

 

 この島に、カイドウがやって来たのは、特に理由はない。そもそも、彼は船を持っておらず、尚且つ空を駆ける月歩(ゲッポウ)が使えるのだから態々コーティング職人を探す必要も無いのだから。

 では、何をしに来たのか。

 

 特に理由はない。

 

「うぎゃあああああ!?」

「な、なんだこのガキ!?!?」

「“カイドウ”だ!見ろ、これ!懸賞金9600万ベリーの賞金首!」

「これで億越えじゃないだと!?」

 

 まるで風に巻かれた木の葉の様に吹き飛んでいく海賊たち。

 そして、彼らを一瞥し金砕棒を担ぎ直して、カイドウは一つ鼻を鳴らした。

 

「ふんっ……弱ぇな。テメェら、本当に海を渡って来たのか?」

 

 詰まらねぇ、と再度呟いて彼は歩き出し、同時に人垣が割れた。

 島に寄った事に理由は特にない。強いて挙げれば、そこに島が見えたから。それ以外には理由も無く、特別な意味を見出すだけ無駄。

 絡んできた海賊を叩きのめし。その懐から財布を失敬して、向かったのは近くのレストラン。

 シャボンディ諸島の飲食店は海賊含めた荒くれ者もよく利用する。周りの目はどうあれ、金さえ払えば客は選ばないのだ。

 

「いらっしゃいませ。一名様、で宜しいでしょうか?」

「ああ」

「では、御席へとご案内させていただきます」

 

 この店員、プロである。内心はどうあれ、角のある金砕棒をもった子供がズカズカと店に入って来たにも関わらず言葉に詰まる事無く、冷や汗も滲ませない。

 敢えて、店の壁際に案内されたカイドウ。

 

「こちらのメニューを「おい」はい、何でしょうか?」

 

 アルカイックスマイルで受け答えをすればテーブルの上に、ドスリ、と何かが置かれた。

 それは、金とそれから札束の山。

 見栄っ張りの海賊の懐の分と、それから海賊船や軍艦の押収物などから失敬した財宝の数々。

 ソレが今、無造作にレストランのテーブルの上に置かれていた。

 

「これで、食えるだけ料理と飲み物を出してくれ。酒は飲まねぇが。余りが出たのなら、釣りは要らねぇ」

「……畏まりました。では、少々お待ちくださいませ」

 

 頬を引きつらせないようにしながら、脇に挟んでいたトレンチに財宝と札束を積んだ店員はバックヤードへと戻っていった。

 だが、

 

「至急!注目!」

 

 そのまま突っ込んだのはキッチン。少なくない客数を捌いていたシェフたちの胡乱な目が店員へと向けられ、見開かれる。

 

「お、おいおい、何だよその金の山」

「うっわ、札束の山なんてボク初めて見ましたよ。何万ベリーあるんですかね」

「いや、何百万だろ。え、なに、大富豪でも入って来たのか?」

「……恐らく、賞金稼ぎか、海賊でしょう。とにかく、ありったけの料理とそれからソフトドリンクを」

「?酒じゃないのか?」

「だな。海賊って言ったら、酒だろ?」

「どうやら苦手のようです。とにかく、早くたっぷりとお願いしますよ」

 

 嫌な緊張感が、キッチンに満ちた。

 実際に相対した店員は兎も角。シェフたちは、どんな相手が料理を頼んだのか分からないのだから。

 

 入店ピーク以上に神経をすり減らして用意された料理の数々。

 それらがワゴンに乗せられたテーブルの上いっぱいに広げられた。

 

「ごゆっくり」

「いただきます」

 

 前世(日本人)の習性を覗かせながら、料理へと手を伸ばす。

 海獣や海王類の肉を丸かじりしたり、食材をそのままに喰らったりと野生動物さながらの生活を続けてきたカイドウにしてみれば、随分久しぶりの人の手が入った食事。

 

「うめぇ」

 

 パスタを頬張り、ピザを筒の様に丸めて齧りつき、フライドチキンは骨ごと行って、魚は皮の欠片も皿には残さない。

 尋常ではない食べっぷり。しかし、妙に綺麗に食べる男だった。

 食い散らかさない、飲み散らかさない。豪快に食べ進めているが、それでも周りに不快感を与えない辺り前世の行いが染みついているのだろう。

 

 だが、この満たされた時間も長くは続かない。

 

 不意に店外が騒がしくなり、誰かが慌ただしく扉を押し開いたのだ。

 

「おい!本当に、ここに居るんだろうな?」

「へ、へい!この店に入って行くのを見た奴が何人かいましたんで……」

「……あ、船長!アイツです!」

 

 乗り込んできたのは数人の男たち。

 その中の一人、一際背が高くフロックコートを着た大柄な男がぎょろりと店内を睨みつける。

 そして、その目が壁際の席で黙々と食べ進めるカイドウへと向けられ、止まった。

 店員の案内も無視してズカズカと店内へと足を踏み進めて、黙々と食べ進めている角頭の側で止まる。

 

「よお、ガキ。随分と舐めた真似してくれるじゃねぇかよォ」

 

 絡みはチンピラのソレ。フロックコートの下から覗くピストルとカトラスは随分と使い込まれていた。

 

「俺達フーリッシュ海賊団の看板に泥塗ったんだ。落とし前の一つ、付けさせてもらうぜ?」

「……」

 

(((え~~~~!?無視ィ!?)))

 

 店内に残っていた客一同の内心である。

 

 フーリッシュ海賊団は、名の知れた海賊の一味であり特にその船長であるフーリッシュは悪名轟くルーキーの一人。

 

 “全殺し”のフーリッシュ 懸賞金2億3000万ベリー

 

 行く先々で行う略奪の際には、生存者を許さない徹底っぷりを見せておりその結果付けられた異名だった。

 そんな男が自分を無視されて黙っていられるかどうか。

 

 まあ、居られる筈もない訳で

 

「……上等だ。舐め腐ったガキにはキツイ仕置きをしねぇとなぁ?」

 

 言うなり、右手をポケットから抜いて持ち上げ拳を握る。

 すると何やらブロックが嵌る様な音と共に、フーリッシュの右肘より先が宛らダイヤモンドの様な見た目へと変わったではないか。

 輝く腕と化した右拳を、そのまましゃがむような動きで振り下ろす。

 粉砕されるテーブルと、それから僅かに残っていた料理の乗った皿と空の皿。

 

「……」

 

 割れる皿の音を聞きながら、ジッとカイドウは黙っていた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 口の中の物を飲み込んで一息、

 

「――――おい」

「あ?なっ――――ぶ!?」

 

 突如フーリッシュの口が塞がれるようにして顎骨が掴まれる。

 掴んだのは言わずもがな、カイドウだ。

 

「人様の飯を邪魔する上にここまでするってんなら――――戦争するって事で良いんだよな?」

「むぐぐぐ……!」(こ、このガキ、何て握力してやがる!?)

 

「なあ……?おいッッッ!!!!」

 

 その光景を見た店員は、こう語る。

 

 ああも簡単に人一人を投げることが出来るのか、と。

 

 出入り口を狙って、カイドウはフーリッシュを勢いよく投げつけていた。

 宛ら弾丸の様にそのフロックコートの男は扉を粉砕して消え、後に続くように金棒を担いだ明王(憤怒の化身)は壊れた出入り口へ。

 

 その途中で顔を真っ青にする店員へと、腰に付けた人の頭ほどありそうな袋を投げ渡していた。

 

「修理代金と、迷惑料だ。騒がしくして、悪かったな」

 

 それだけ言い残すと、彼は店の外へ。

 慌てて袋の中身を確認した店員は、先程支払われた代金以上の金塊の山に別の悲鳴を上げるのだった。

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