百獣と呼ばれぬ男   作:八海山

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天運

 止まらない。止められない。

 

「“憤怒”を止めろォォォォオオーーーーー!!!」

「出鱈目に暴れまわってるぞ!?」

「~~~~ッ、天竜人の避難が最優先だ! 壁となれ!」

 

 海軍と天竜人の護衛達。後者は兎も角、前者はモチベーションが欠片も上がらない様な状況でありながら、それでも命を懸けねばならないやるせなさ。

 そして、彼らを絶望へと叩き落とす災厄の化身はというと、

 

「ウォアアアアアアッッッ!!!」

 

 咆哮と共に、只管に突き進んでいた。

 先の通り迫ってくる海兵、そして護衛達。彼らだけでなく、島その物を更地にしてしまいそうなほどに暴れまわっているのだ。

 出鱈目だ。海兵に混じって突っ込んでいくCP(サイファーポール)のエージェントたちも超人の体技と称される“六式”を行使しようとも児戯の如く叩き潰されていった。

 ただ、激しく暴れまわるという事はそれだけ周りに自分の姿を喧伝する事に他ならない。

 

「カーーーーーーイーーーーーードーーーーーーウーーーーーーッ!!!」

 

 振るわれた金砕棒と、武装色の覇気を纏った拳がぶつかり合う。

 

「……テメェか」

「ああ、そうだ!今日こそお前を捕らえるぞ、カイドウ!!」

 

 互いに弾き合い、そして睨み合う。

 “黒腕”のゼファー。あの日の敗北より、今日この日まで只管に自分を見つめ直し、そして鍛え上げてきた男。

 何より、()()()()()()()()()()()()()()

 

(覇気が増してやがるな)

 

 金砕棒を伝った衝撃を思い返しながら、カイドウは目を細める。

 

 覇気とは曖昧なものだ。だが、その強さは当人の精神力に依存している部分がある。

 心の強く、自分の中心に折れない芯を持っている者ほど強力な覇気を有し。逆に心の折れた敗北者は、覇気の行使すらも出来なくなる。

 

「ぬぅあああああッッッ!!」

「チッ……!」

 

 殴り掛かってくるゼファーの相手をしながら、カイドウは舌打ちを一つ零す。

 そして乱打戦の最中に、金砕棒を地面へと突き立て拳を握って振り抜いた。

 

「ッ!素手でも戦えたか!!」

「腕ぶん回すだけなんざ、誰でもできるだろ」

 

 ゼファーの言葉に軽く返すカイドウ。だがそれは、この世界において素手の戦闘に主眼を置く者たちにとっては言語道断だ。

 踏み込み、拳の握り、腕の溜め、腰の回転、腕の突き出す角度と位置などなど。素手の戦闘は武器術と同じく、無意識の精密な動作というものが求められた。

 トライアンドエラー。自分への最適な動作というものを見出していくのだ。

 

 しかし、世の中天才というものは居る。悔しいが、彼らは自分の最適な動作というものを無意識の内に理解し、そして動きを修正していく。

 最初こそ、ゼファーの攻撃が多く入っていた。

 当然だろう。日夜厳しい訓練を積み、凶悪な海兵たちと素手で戦ってきた男なのだから。洗練された体術は、その一発一発がそんじょそこらの大砲を遥かに凌駕する。

 だが、

 

「成程な……」

 

 顔面を殴られ大きく仰け反りながらも耐えたカイドウから漏れた納得の言葉。

 直後、ゼファーの胴へと鋭い拳が叩き込まれる事になる。

 先程までとは、質の違う一撃。

 

 カイドウは、こと戦闘においては天才。いや、最早戦うためだけに生まれてきたのではないかと思われそうなほどに才能に溢れている。

 その一つ。これまでも彼を支えてきた、見稽古の才覚。

 

 見て覚え、受けて覚え、血肉として己の体に最適化する。

 元々、カイドウには体術の基礎があった。

 

 それこそ、フィッシャー・タイガーの技を見て覚えた(盗んだ)“魚人空手”である。

 

 空手の動きそのものは体に合わなかったが、その神髄は別。

 随所に空手の動きが垣間見えるながらも、決して空手のものではない踏み込み、腕の引き、拳の突き出し。

 

「ぐぅぉ……!?」(この男の打撃、体内に響く!?)

 

 覇気のガード。鍛え上げた肉体の強度。それら一切合切を無視する打撃の破壊力に、一瞬だがゼファーの意識は飛びかける。

 だが、

 

「“指銃”ッ!!」

 

 倒れる訳にはいかない。無理矢理つなぎ止めた意識のままにゼファーの指がカイドウの肩を穿つ。

 肉体に穴が穿たれるなど、普通ならば硬直する。というか、絶叫してもんどりうって倒れてのたうち回ってもおかしくは無い。

 しかし、カイドウはひるまない。

 

「倶利伽羅ッ!」

 

 振るわれる手刀。厚みのある手から放たれるそれは、宛ら鉈の如し。

 この一撃を前腕で受け止めるゼファー。その足は、地面へとめり込む。

 

「~~~~~ッ!ブラック、ドーンッ!!!」

 

 返しのゼファーの左ボディブローがカイドウの右わき腹へと突き刺さり、二人の距離が無理矢理にでもこじ開けられる。

 

「ハァ……ハァ…………一つ、聞かせろ。カイドウ」

「あ?」

「ここに来るまでに、解放された元奴隷たちを見た。焼き印こそ残ってはいたがな。彼らを解放したのは、お前か?」

「だったら何だ。テメェらにとやかく言われる筋合いはねぇぞ」

「……何故だ」

「何だと?」

「同情か?憐憫か?それとも、己の自己顕示欲を満たす為か?なぜ、お前は奴隷を助ける」

 

 その問いは、海軍に所属する人間が問うには余りにも禁忌染みていた。

 彼らは、奴隷を救えない。これは世界政府が黙認し、上の意向に従わざるを得ない海軍としての在り方の問題故。

 

 ハッキリといえば、海軍の中には小さいながらも奴隷を解放し、天竜人をぶん殴るカイドウ含めた海賊たちへの同調の声があったりもする。

 それ程までに、“奴隷”という問題は根深く食い込んでいた。

 

 問われたカイドウはといえば、頭を掻く。

 彼が思うのはそこまでおかしい事だろうか、という点。

 生まれてこの方、カイドウは常に自分の心に従って行動してきた。今の海賊船に乗っている点は不本意だが、それもロックスとの決闘で負けた自分が悪いと一応の納得もしている。

 

 では、何故奴隷を助けるのか。過去にフィッシャー・タイガーに語った気に入らない、というのが一番のモノだろう。

 だが、それと同時に、

 

「意味も理由もありはしねぇよ」

「なに?」

「そういう七面倒なもんは、勝手に後からついてくるもんだ」

 

 それは、前世と今世の混ざり合った価値観の一つの完成形。

 

「俺は、奴隷を助けようと思って行動してる訳じゃねぇ。気に入らねぇからやってるだけだ。そこに、意義も意図も意味もねぇんだよ。騒ぐなら勝手に騒いでろ。俺には関係ねぇ」

 

 唯我独尊。強烈なまでの独り善がりは、カイドウという一つの個の強さをもって世界を揺るがせる要因へと昇華した。

 

 一つの自由の形だろう。何物にも縛られないその姿は、規定に縛られる側である海軍の所属者には余りにも、眩しい。

 

「……理由は無い、か」

 

 ゼファーは改めて、その言葉を口にする。

 カイドウ自身が一切の意図を持たないからこそ、一貫性が無い。思うがままに動いているからこそ、世界のルール(世界政府)を足蹴にしたとしても気にも留めない。

 

 窮屈な身分を持つ者達にとっては羨望の的かもしれない。しかし、

 

「お前の存在が、害悪となる事もまた事実だ……!」

 

 ソレを許容する訳にはいかない。

 事実、カイドウは確かに奴隷解放の英雄の様な扱いも受ける。だが、ソレはイコールとして世界政府からの危険視の度合いもレベルが上がってくるという事でもある。

 つまり、彼がただそこに存在するだけで周囲への被害が出てしまうのだ。そして、政府はカイドウを消す為ならば、周辺被害など端から気にも留めない。

 ()()()()()()()()()()()()。残りが無ければ、最初から存在していないのと同じ事。

 

 傲慢だ。そして、冷酷。しかし、それが世界だ。不都合な存在(歴史)を消去し、忘却し、隠滅する。そうやって、今の世界は成立しているのだから。

 

 構えなおすゼファーを前にして、カイドウもまた拳を握る。

 再開の合図は、あちこちから響く爆発音。同時に、巨体が飛び出していた。

 

「ぬぅあああああッッッ!!」

「うぉおおおおおおおッ!!」

 

 真正面からぶつかる拳。ただそれだけで、周囲の地形は滅茶苦茶だ。

 

「ブラックバスターッ!!」

 

 武装硬化した右拳が迫る。これを、カイドウは首を逸らす事で躱し、返しにその左手を持ち上げた。

 指を僅かに曲げた鉤の様にして、そのまま武装色の覇気による“硬化”を行う。

 

獅子爪刃(ナラシンハ)

 

 振るわれる鉤爪は、容易く石材も木材も地面も等しく抉り切り裂いた。

 咄嗟に腕を交差してその上で“鉄塊”を発動するゼファーだが、恐ろしい事に深くは無くとも彼の体には傷が刻まれてしまう。

 切り裂く、切り裂く、切り裂く。

 押し込まれるゼファー。だが、その目は真っすぐにカイドウを捉えたままで逸らされる事は無い。

 

 だからこそ、カイドウも攻め手を緩める事はしなかった。

 

「蒼天・烙鮫沙(ラクシャーサ)ッ!!」

 

 絶え間ない爪撃の嵐の中から、下から上へと突き抜けるような前蹴り。

 その一撃によって、ゼファーの体は大きく吹き飛んで宮殿の一部へと激突。その向こう側へとその体は消えていく。

 後を追って、回収した金砕棒を肩に担いだカイドウが中へと乗り込めばそこにあったのは、

 

「……クソ下らねぇ」

 

 金銀財宝の山。どれもこれもが、天竜人への献上品として贈呈された(取り上げられた)品々。そんなものがこれでもかと転がっている。

 カイドウ自身は光物が好きな訳では無いが、それとは別で大部屋一つにこれでもかと詰め込まれた金銀財宝の数を見ればいったいどれほどの国がこれで助かるのだろうと考えてしまう。

 

 そして、彼はソレを見つけた。

 部屋の隅。財宝の山と比べれば目を引かない大型の木製宝箱。

 何故気になったのか分からない、が強いて言えば()()()()()()()()()()()()

 付けられていた鍵を踏み壊して、蓋を蹴り開ける。

 

「……」

 

 中に入っていたのは、()()()()()()()

 鱗のようにも見える青い表面に、二本の角のようにも見えるヘタ。

 

「悪魔の実、か」

 

 カイドウは、一つの選択を迫られる。

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