百獣と呼ばれぬ男   作:八海山

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天命

 悪魔の実には、運命を結び付ける様な相手が存在する。

 まるで実そのものに意思があるかのように、その能力は()()()()()が最初に手にするのだから。

 

「……」

 

 手に取った悪魔の実を前に、カイドウは顔をしかめた。

 引力の様な、独特な雰囲気がこの実には感じられる。何より、最初に見つけたのだから食べる権利も彼にある。

 だが、カイドウは迷っていた。より正確に言えば、食べる気にならなかった。

 悪魔の実の戦闘能力というのは良く知っている。ロックス、ニューゲート、シキ、リンリン、灰鹿、センゴクと彼の知る強者の大半は悪魔の実の能力者だったのだから。

 

 しかしその一方で、カイドウは自分が強くなることに関して意欲的かと問われれば、そうではない。

 彼にとって戦闘というのは何処までいっても手段でしかなく、目的にはなりえない。強いに越した事はないが、だからといって戦闘を楽しめる質でもないのだから。

 

 その点を考慮すれば、カイドウにとって悪魔の実というのは特別視するような代物ではなかった。

 

「……悪魔の実か」

 

 瓦礫を踏み分け、腹部を左手で押さえたゼファーが宝物庫へと入ってくる。

 意地でも止めねばならない場面のようにも思えるが、実の所そうでもない。

 悪魔の実の能力には、練度が存在していた。能力を得てすぐに完璧に使いこなせる事など無く、より精密に効率よく的確に扱おうと思えば相応の修練が必要だった。

 特に顕著なのが、自然(ロギア)系。肉体を不定形な自然物へと変化させる能力であるため、慣れていないと元の肉体を保つのも一苦労。加えて、覇気との連動が上手くいかねば只管に的を大きくするだけになる。

 何より、悪魔の実の能力者は明確な弱点として海に呪われるというのがある。要するに金づちで、その上海のエネルギーを発する海楼石を嵌めれば拘束も可能。

 

 現状のカイドウは、拘束する術もほとんどない怪物だ。そこに、明確な弱点の一つが現れるのならば一発の可能性に賭けるのもまた一興。

 だが、

 

「……」

 

 カイドウが実に口を付ける様子は無い。

 左手で悪魔の実を握り、右手の金砕棒の先端をゼファーへと向ける。

 

「喰わないのか?」

「元々、悪魔の実には興味ねぇんだよ」

「その割には、大事そうに抱えているようだが?」

「手土産程度にはちょうど良いだろ」

 

 片手で戦うつもりか。ゼファーにはその点を追及する事は出来なかった。

 今までの戦力差から見ても、目の前の男は己より強いのだから。

 

「防御しろ」

「なに?」

「鉄塊を掛けろ、武装色を纏え、全身全霊で気力を繋げ」

 

 言葉を紡ぎながら、カイドウは右手に握る金砕棒を担ぎ上げる様に持ち上げた。

 その姿は、宛ら仁王像の如し。

 同時に、右腕には今までにない力が込められており元々丸太の様に太いというのに、更に一回り、二回りとはち切れんばかりに膨らむ。

 同時に、湧き上がる覇気の()()()()()()()()()()()()()()

 

「ッ!?」

「ここで幕引きだ。生きてたのなら、また相手してやる」

 

 カイドウの言葉を最後まで聞いていた訳では無い。それだけの余裕がゼファーには無かったのだ。

 ただ只管に、防御を固めるだけ。相手の攻撃を前もって潰すだとか、相殺するだとか、そんな発想は少しも浮かばなかった。

 そして、

 

「――――抜山蓋世」

 

 振り下ろされる一撃。

 ただそれだけ。実にシンプル。だがしかし、金砕棒の先端が宝物庫の床を叩く瞬間にそこに込められていた覇気や力が一気に炸裂。

 発生した衝撃は、一瞬の内に音を飲み込み、周りの空気を飲み込み特大の黒い炸裂光を生んだ。

 

 宝物庫は消し飛び、同時に宮殿の約半分が消し飛び、残りは瓦礫と化して島が大きく揺れ動く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 終わり。始まったからには、どうしたってその瞬間は訪れる。

 

「……はっ」

 

 小さく息を吐き出して、ロックス・D・ジーベックは己の心臓を貫いた最上大業物の刀身を見やる。

 動物(ゾオン)系古代種の堅牢な鱗と、鍛え上げられた覇気による防御。

 並大抵の攻撃では傷一つ付けられないであろうソレも、世界的に見て一握りクラスの猛者二人がかりの攻撃の前には無敗伝説を取り下げる他なかった。

 

 最後の瞬間、ロックスの胸部へとロジャーの剣が突き立てられ、その柄頭をガープ渾身の拳骨が殴りつける事で防御を突破。内臓各種を膨大な覇気で傷つけられながら、心臓を貫かれる事となった。

 

「やるじゃねぇか、青二才ども……」

 

 突き刺さった剣を抜き、ロックスは抜いたそれをロジャーへと投げ渡す。

 ロジャーとガープは五体満足ではあるものの、その体は満身創痍。血が流れていない部分は無く、緊張の糸が切れれば今すぐにでも倒れてしまうだろう。

 

 それでも、この場の勝敗は決した。凶皇(ロックス)は敗れ、新時代(ガープとロジャー)が勝った。

 仰向けに倒れたロックス。その表情からは、笑みが消えない。

 

「……来たか」

 

 呟くと同時に、この場に現れる第三者。

 

「ッ、カイドウ……!」

 

 ガープが苦々しく呟く。

 金砕棒を肩に担ぎ、大きな怪我も見受けられないその様子は満身創痍である自分達では到底太刀打ちできるものではない。

 だが、件のカイドウはというと、緊張感を漲らせる二人を一瞥するにとどめて倒れたロックスの下へと足を向けた。

 

「……失せろ。テメェらには、用はねぇ」

 

 ただ一言、そう言うのみ。

 そもそも、カイドウはロックスを()()()()()()()()()()。少し前のやり取りを忘れる様な鳥頭ではないので。

 

「おい、ガープ」

「……」

 

 敵意が無いと判断し、加えて何かしらの事情があるのだろうと察したロジャーがガープへと一声かけてその場を離れていく。

 思う所があれども、ガープもソレは同じくだ。

 二人が消え、残るは海賊二人だけ。

 

「グルハハハ……こうなった、か」

「俺が来るのも、分かってたのか?」

「意図はしてなかったがな……」

 

 笑うロックスだが、常の覇気は最早無い。

 

「こうなる事も分かってたんじゃないのか」

「確証は無かった……ハァ…………覇気ってのは、妙な所で気紛れだ……まあ、良い。オマエも、何れ分かる」

「……」

「グルハハ……良いモノを、手に入れたな?」

「悪魔の実だ」

「食っちまえよ。それが、()()()()()()

 

 どこからか鳴動の聞こえるその場所で、ロックスの言葉が響く。

 

「悪魔の実は、運命に紐付けられている。お前がその実を手に入れたこともまた、単なる偶然じゃねぇのさ」

「……」

「何より、()()()()()()()()()()()?」

 

 ニヤリと笑うロックスを見下ろしたカイドウは、僅かに右の眉を上げて左手に抱えたままの悪魔の実へと視線を落とす。

 ()()()。確かに、そうだろう。

 悪魔の実の能力者を見るのは、面白い。その面白い能力を自身が使うとするならどうだろうか。

 

「面白い、か」

 

 一度呟きそして。

 

 カイドウは左手を口元まで運び、その奇妙な果実へと食らいつく。

 言い様の無い、不味さ。それが口の中一杯に広がって、彼の眉間には渓谷の様に深い深いしわが刻まれる。

 

「グルハハハ……!不味いもんだろ?……まあ、一口齧れば十分だ。お前はこれから、能力者となる」

 

 口の端より血を流しながら、ロックスは徐に自身の右手に握ったままの愛刀であるサーベルを持ち上げ腰の左に差していた鞘へとその刀身を収めていた。

 

「お前の能力を見れないのは残念だが………ぐふっ……………約束通り、餞別をくれてやる」

 

 そう言って、彼は自身のサーベルをカイドウへと突き出す。

 

「……俺は、剣を使えねぇぞ」

「ハッ………それでも構わねぇよ。こいつは……()()()()()()()…………」

 

 いよいよ呼吸も細くなる。

 

「世界政府はこれから……俺という存在が居た痕跡を消そうと躍起になる筈だ。これまでの歴史と同じように、な……まあ、中々に広く俺の名は広まったみたいだがな……」

「……」

「名も、品も、肉も……何も残らねぇように記録は消されるだけだろうさ……残るのは、お前らの中の記憶だけ…………だが、記憶ってものは摩耗するもんだ……何れ、忘れられる」

「……どうだかな。少なくとも、アンタほど印象の強い奴はそう簡単に消えるとは思えねぇよ」

「グルハハハッ……!だから、コイツは抵抗だ」

「俺が、断ると思わねぇのか?もしくは、その剣を捨てちまう可能性も――――」

()()()()()を気にしてる時点で…………テメェはそういう事をしねぇんだよ、カイドウ」

 

 ハッキリと言いきられ、カイドウの反論は打ち切られた。

 頭を掻いて、ロックスの側へと膝を突きその手からサーベルを受け取る。同時に、持ち上げられていた彼の手は力なく地面へと広がった。

 

「ああ……もう少しだったんだがな…………」

「このままで良いのか」

「良い……ここが俺の墓で、墓標だ。()()()()()()()()()()()………」

 

 目を閉じたロックスを見下ろして、カイドウは少しの間を置いて立ち上がる。

 不味い果実を頬張って飲み下し、そして受け取った餞別の品(サーベル)を己の腰の左側へと差して踵を返して歩き出す。

 

「ああ、それで良い……テメェがどう否定しようとも、その自由な在り方は正しく海賊だ…………」

 

 小さく呟き、胸の上下も止まってしまう。

 

 この日、世界から一つの島が消え、同時に一人の大海賊が歴史の闇へと葬られる事になる。

 しかし彼の起こした激動は、そのうねる濁流をさらに激化させ、世界は更なる波乱の渦へと飲み込まれる事になるのだった。

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