百獣と呼ばれぬ男   作:八海山

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入島

 海底への潜行手段は、それほど多くは無い。

 大抵の場合は、シャボンを用いたコーティング船で行われる。

 もっとも、その航路は場合によっては通常の船旅と一線を画すレベルの荒れ狂う道筋になるのだが。

 

「遅ぇ」

 

 中型船の甲板に腕を組んで仁王立ちし、カイドウは流れていく海中の光景を睨んでいた。

 海底一万メートルからその身一つで海面まで戻ってくることが出来る彼にとって、この船旅は実に退屈極まりない。

 迫ってくる海王類や海獣も大抵の場合は覇気を込めた一睨みで気絶、ないしは退散していく。

 仮に怯まなくとも、覇気を纏わせた金砕棒による“飛ぶ斬撃”ならぬ“飛ぶ打撃”によって一撃必殺。

 

 だからこそ、退屈を持て余す。

 食料や水はたっぷり積んである。最悪、そこらの海獣を仕留めて血肉を貪れば問題も無い。

 カイドウはその場に座り込むと金砕棒を側に置き、そして腰の左側に差したサーベルを鞘ごと抜き取った。

 

「…………」

 

 赤い柄に、金のハンドガード。抜き放てば白銀の剣身が、船に用意された明かりに妖しく煌めいている。

 位列は無く、銘も無し。だが、その性質は元の持ち主を表すかのように、豪快で凶暴。

 現に、柄を握り鞘より引き抜いたカイドウの右手から覇気を吸い取りその剣身を漆黒へと染め上げて斬らせろとカチャついているのだから。

 妖刀としての特徴が色濃く出た面だが、ソレと同じく恐れるべきはやはりカイドウ。

 

 常人ならまず間違いなく干からびるであろう量の覇気をサーベルに持っていかれながらも平然としたまま眺め。逆に軽く剣身を指ではじいて覇気を戻させて鞘へと納める始末。

 カイドウ自身は剣士ではないが、しかしその一方で()()である。

 

 サーベルを腰の左側へと差し直して、胡坐の上で頬杖をつく。

 

 目を閉じて感覚の網を広げ、

 

「……来たか」

 

 何かがシャボンを通って船上へと現れた。

 目を開ければ、そこに居たのは赤い肌をした魚人。

 

「ビブルカードの動きからもしやと思ったが……久しぶりだな、カイドウ」

「ああ。久しぶりだな、フィッシャー・タイガー」

 

 数年ぶりの友人との再会の時間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 甲高いガラスのぶつかる音。

 

「ふぅ……相変わらず、お前は酒を飲まないらしいな、カイドウ。あの時と変わらず、か」

「ふんっ……酒は嫌いだ。飲まずに済むなら、それに越した事はねぇだろ」

「その割には、積み荷にいくらかの酒があるようだが?」

「そいつは、土産だ」

 

 そっぽを向いて炭酸水の瓶を傾けるカイドウに、フィッシャー・タイガーは笑みを浮かべる。

 年単位の再会だが、相も変らぬ律義さだ。

 

「それにしてもだ、カイドウ。お前も、悪魔の実の能力者になったんだな」

「ああ」

「……正直、意外に思ってる。あの乾杯を理由にする訳じゃないが、悪魔の実には興味が無いと思っていた」

「まあ、な。少し事情が変わっただけだ。第二の魚人島探しは続けてる。幾つか候補に上げられそうな島もあったが……魚人だけなら兎も角、人魚も必要となるなら話が変わってくる」

「その点は、心配していない。それにしても、事情か。海底にも届いていたぞ、お前たちの悪名は」

「賞金首の時点で、悪名だろう」

「フッ、違いない」

 

 世界を騒がせたロックス海賊団。

 その中で、カイドウに関しては魚人島の一部で軽くカルトの様な人気を誇っていた。

 救われた魚人や人魚たちから始まった噂話。それらが広がり、尚且つ時折帰ってくる嘘か本当かカイドウに奴隷身分から救われた、と謳う者達。

 彼らが、手配書と一緒に話を広めるせいで、余計に話はこんがらがっていた。

 

 フィッシャー・タイガーの口からそのうわさ話を聞き、カイドウの眉間に皺が寄る。

 

「随分と、妙な奴らだな。賞金首なんざありがたがるとは」

「それだけ、お前に対して感謝しているんだ。その点は受け取ってやれ」

「……」

「そう眉間に皺を寄せるな、カイドウ。それはそうと、今回は魚人島への上陸をするつもりはあるか?」

「いいや。今回も島に入るつもりはねぇ。無駄な混乱を与えたくねぇからな」

 

 弁える男、カイドウ。必要以上に、堅気に緊張感を与える事は本意ではなかった。

 だがしかし、今回のフィッシャー・タイガーは引き下がるつもりが無いらしい。

 

「無理を言うが、今回は上陸してほしいとおれは思ってる」

「……急だな」

「いや、理由はちゃんとあるぞ?一つは、魚人島の環境そのものを知ってもらうためだ。やはり外から見るだけじゃ分からない部分があるからな」

「……」

「後は純粋に、故郷の紹介がしたい。魚人街は難しいが、魚人島なら地上の人間や能力者でも問題なく空気がある。どうだ?」

 

 フィッシャー・タイガーの言葉を受けて、カイドウは考え込む。

 魚人島の環境に関しては、確かにと思ってしまったのだ。如何に近くで見て、尚且つ近い環境に身を置いていたとはいえ実際に島内へと足を踏み入れた訳では無いのだから。

 

「……大っぴらには動かねぇ。それでも良いなら、任せても良いか?」

「ああ、勿論だ。旨い店を紹介してやるよ」

「そいつは楽しみだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深海の楽園“魚人島”。

 人攫いなどの被害を受けやすい魚人や人魚たちの故郷ではあるが、その一方で海賊たちの入港に関して大々的な規制をしている訳では無かったりする。

 というのも、魚人島は政府の人間ですらやって来る事が実に難しい場所。およそ七割が、魚人島へと向かう中で消息を絶つのだから。

 故に、海賊も貴重な外貨を得るための客として扱われる。

 無論、騒ぎを起こせばしょっ引かれる。常人より遥かに強い魚人達を相手に真正面から勝てる者はそう多くは無い。

 

 そんな魚人や人魚というのは、常人以上の体躯を持つ者が珍しくない。

 現に、フィッシャー・タイガーは三メートルに迫る長身であり、その身長に負けない体格をしている。

 そして、そんな彼と並んで歩く角のある大男もまたデカい。

 

「金はあるか?」

「ああ、問題ねぇ。基本的に使い道もねぇからな」

「そいつは良い。羽振りの良し悪しは飲み食いに直結する。高けりゃ旨いってもんでもねぇが、安いもんは粗悪品も多い。旨い酒を飲むなら猶の事だ」

「飲まねぇぞ」

「分かってるっての」

 

 談笑する二人に、自然と道行く人々も左右に分かれて道を開ける。

 有名なフィッシャー・タイガーは勿論のこと、その隣を歩くカイドウはまた別の意味で注目を集めていると言って良い。

 生物としての格の違いとでも言うべきか、ただそこに居るだけでも尋常ではない存在感が彼にはあった。

 現に幅を利かせて歩こうとしていた海賊の一団等もカイドウを視界に入れた瞬間、恐怖のあまり顔を真っ青にしてその場を後にするほどなのだから。

 

 そして、

 

「ここだ」

 

 フィッシャー・タイガーが立ち止まったのは、魚人島の中心街から少し離れた飲み町の一角。

 引き戸を開ければ、客の来店を伝えるベルが軽い音を立てた。

 

「いらっしゃ……おお!タイガー!」

「よお、ムツジ。客を連れてきたぜ」

 

 対応したのは、ねじり鉢巻きを額に巻いたタコの魚人だった。

 ムツジと呼ばれた彼は、フィッシャー・タイガーに続いて入ってきたカイドウに、目を見開いた。

 

「おお?!デカいな!」

「おれの友人のカイドウだ。カイドウ、コイツはムツジ。見ての通り、タコの魚人でこの串打ちの店をやってる」

「カイドウだ」

「おう、よろしくなカイドウ!にしても、タイガーがうちの店に人間の友達を連れてくるとは思わなかったぜ。カウンターで良いかい?」

 

 ムツジに促されて、二人はカウンター席へと腰を落ち着ける。余談だが、この店は魚人や人魚など様々な体格に対応するために広めのスペースがそれぞれの席に取られている。ムツジ自身も、二メートルを超える大柄な魚人だった。

 

「うちは、串打ちを銘打っちゃいるが他にもいろんな一品物を出したりもしてる。串打ちなら、お勧めなのは海獣の漬け込みだな」

「なら、そいつを貰おうか。後は、そっち(店側)のお勧めをくれ。金に糸目はつけねぇ」

「へへっ、毎度ー。タイガーは、いつもので良いかい?」

「ああ任せる」

 

 ニンマリと笑みを浮かべて六本の腕を駆使して料理を仕上げていくムツジ。

 程なくして、店内には香ばしい香りと共にジュージューと耳を擽る良い音が響き始める。

 

「焼き物が仕上がるまでにチョイと掛かるぜ。その前に、お通しって奴だ」

 

 そう言ってムツジが調理の合間に小鉢を二つ、二人の前に置く。

 

「酒は要るかい?」

「悪いが、俺は飲まねぇ」

「って事らしい」

「なら、良い果実水が入ったんだ。そいつを出す事にするぜ」

 

 お通しで出されたタコ刺しとそれから、果実水の入った瓶に二つのグラス。

 フィッシャー・タイガーがグラスへと果実水を注ぎ、どちらともなく乾杯。

 

「身が締まってるな。旨い」

「だろう?ムツジの目利きは魚人島でも屈指だ。加えて、自分で漁にも出る。この蛸もそうだろ?」

「おうとも!それよりも、出来たぞ!」

 

 それぞれの前に皿が置かれる。

 カイドウの前には、串焼きの盛り合わせ。海獣の肉や魚、タコ足などなど。食材によって焼き方が変えられているらしく、また浸けダレや塩、レモンなども添えられている。

 一方で、タイガーの前に置かれるのは更に山のように盛られたたい焼きだ。

 

「たい焼きか」

「ああ。おれは昔からこいつが好きでな」

「本当はうちのメニューには無かったんだが、タイガーに合わせて作る様になったのさ」

 

 追加の串を焼きながら、ムツジは上機嫌に語る。

 少しバツの悪そうなタイガーだが、一口たい焼きを頬張ればその眉間の皺もアッサリとれた。

 続けて、カイドウも串焼きへと手を伸ばす。

 甘辛く味付けされた海獣の肉は、一口齧るだけでもじゅわりと肉汁が溢れ、その溢れた肉汁がたれと絡む事で旨味も引き立てている。

 次に手に取ったのは、魚。こちらは、内臓やエラ、鱗などを取ったものに串を通して丸々一尾焼いたものでアッサリとした塩気が逆に美味しさを加速させる。

 

「良い食べっぷりだな、カイドウ!こりゃあ、作り甲斐があるぜ!」

 

 景気よく、ムツジは更に串を焼いていく。

 

 実に楽しい食事会は、和やかに過ぎていくのだった。

















ムツジさんは、漢字で表すと六次さんとなります。因みに、奥さんはナナミさんで七海さんです
更に補足をすると、一歳前後の息子も居ます
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