百獣と呼ばれぬ男 作:八海山
偉大なる航路にあるとある島。
この島にカイドウがやって来て3日が経過しようとしていた。
「…………」
カイドウは海を睨みつける様に港の一角に腰を下ろしている。
この期間で彼のやった事と言えば、島民のために海獣を狩って肉を与え、海賊船を潰して酒や食料を奪い、まあそれ位だ。彼自身、必要以上に島民たちに近寄ろうとはしなかった。
頭の中に島々の距離感が入っていない為に分からないが、しかし確信はある。
そして、その確信は現実へと変わる。
「……来たか」
遠く水平線の先。確かに近づいてくる数隻の軍艦。
立ち上がったカイドウは、ただジッと見つめるばかり。少なくとも、先制攻撃を仕掛けるつもりはないらしい。
何の障害も無く島へと接近を果たした軍艦。乗っているのは、
「報告が上がってきた時には、まさかとは思ったけれど…………本当にいるとはね。“憤怒”のカイドウ」
「中将一人、か」
「
軍艦を降りてきたのは、一人の女性海兵。それから、彼女の後に続く緊張した面持ちの海兵たち。
海軍本部中将つる。性の差をものともしない女傑の一人であり、海軍最強の世代とも言われるガープ、センゴク、ゼファーの同期。
「それで?お前は律儀に私らを待ってたんだ。何か用でもあるのかい」
「ねぇよ。ただ、この島には迷惑を掛けちまったからな。矛が向かねぇようにしてただけだ」
「へぇ……?」
つるはその目を細める。
海兵であるなら、入ったばかりの新兵でなければ高額賞金首の情報は自然と持ち合わせているものだ。その中でも億越えの更に上、十億を超える怪物など知らない方がおかしい。
カイドウもまたその一人。それも、海賊団としてではなく一個人としての危険度が飛び抜けているのだから猶の事警戒する。
現に、天竜人への暴行や本部大将並びに中将を相手にも大怪我を負う事無く五体満足でここまでやって来た。
だが、ここでつるは別の印象を抱く。
(単なる粗暴な男かと思えば、存外話せる。
警戒を解ける訳では無い、がしかし一方的に敵対して銃を向ける事は違う。少なくとも、つるはそう判断した。
「私らが来たのは、支部からの応援要請を受けたから。確かに、支部戦力じゃお前を止められないからね」
「情けねぇ奴らだ」
「お黙りよ。お前も自分の力を知らない訳じゃないだろう?」
十億を超える賞金首の対処は、支部では難しい。というのも、支部の階級は本部の階級に当てはめれば二階級程落ちる。そして階級が落ちるという事は、それだけ本部における実力が伴っていないという事。
勿論、階級不相応の実力を有する海兵も居るだろう。しかしそれは例外というもので、基本は階級通りか
「で?何で支部の連中を……いや、この島に来たんだい」
「島に来たのは、偶然だ。襲った訳じゃねぇが……汚職だ。お前らも覚えがあるんじゃねぇか?」
「ッ………ああ、そうだね」
カイドウの言葉に、つるは眉間を揉む。
海軍とて一枚岩ではない。派閥争いもあり、そういう柵に囚われないのはどこぞの自由人位のもの。
だからこそ、
「後はアレだ。天上金。ただでさえ、こいつらは飢えてる。その上で金を搾り取ろうとする野郎が気に入らなかった。理由なんざ、そんなもんだ」
「ハァ…………天上金かい」
「ああ、天上金だ」
つるは己の頭痛が強まった事を感じる。
世界政府加盟国に課せられるノルマ“天上金”。
この天上金を払うために戦争を続ける国もある。というか、カイドウの故郷が正にソレだ。
バカらしい、と一蹴するには権威は強すぎる。視界に映らず、物理的に触る事の出来ない権力という力の厄介な部分がコレ。
出来上がるまでは脆く壊れやすいが、一度体制として確立してしまえば覆す事は並大抵のことでは不可能。
「…………まあ、今回は手打ちにしようじゃないか。私らの方も、お前を捕らえきれるとは思ってないからね」
「職務放棄か」
「バスターコールですら返り討ちに遭いかねない相手に、私一人じゃ荷が勝ちすぎる。ゼファーを正面切って殴り倒す奴なら、猶の事だね」
「俺が、この島を手に入れるとしても、か?」
「…………言いたかないけど、大物の海賊が広げた縄張りの島の中には政府非加盟国が幾つもある。その大半は、貧しさから天上金が払えない様な国ばかりさ。そんな国にとって海賊だろうと、武力的背景を手に入れられる事へのメリットは大きい」
海賊が縄張りにする事で治安を保つ国というのはある。
少し例としては違うが、“西の海”にある“花の国”。ここの精強な“八宝水軍”はギャングであり、その棟梁は億越えの賞金首ではあるが、同時に国の戦力として主力を担っている。
他にも、“白ひげ”も幾つかの島を縄張りとして旗印を掲げ名を貸す事で抑止力となっており、結果的に治安の安定にもつながっていた。
このように、海軍の手の回らない範囲で海賊がある意味で世界にいい影響を与えている場合もあるのだ。
この点から、海軍内でも海賊は等しく滅ぼすべき、という派閥。そして、ピースメインならば場合によっては見逃すべき、という派閥がそれぞれに存在している。
「本気で、縄張りにするつもりかい。言っちゃなんだけど、この島には何の旨味も無いだろう?」
「俺は海賊じゃねぇ。利益も糞も、関係ねぇさ。俺が不義理をしたくないだけだ。もっとも、こいつら次第だがな」
無理強いは、カイドウの嫌う事の一つだった。
今回も、必要だから残っていただけでこのまま穏便に終わるのなら彼はこの島を直ぐにでも出て行くつもりなのだから。
一方で、つるもまた頭の中で算盤を弾いていた。
カイドウを捕らえようと思うのなら、最低でも海軍大将が二人は欲しい。若しくは、そのレベルの実力者。
現状ならば、センゴク、ガープ、ゼファー、そしてつるの四名。彼ら以外では、相手にならない。
何より、この海にはカイドウ以上に厄介な輩が多すぎた。
元ロックス海賊団の船員。そして、新進気鋭の海賊たち。
更に、神出鬼没のカイドウの位置を大まかに知れるようになるのは利点だ。
「言っとくけど、次は容赦しないよ」
話は、穏便に決着。
離れていく軍艦を見送りながら、カイドウは目を細めていた。
これがもし仮に、ガープやゼファーだったならば話が通じなかった。センゴクならば、もう少し別の決着点となった事だろう。
補足をするなら、カイドウとて暴れたくて暴れる訳では無い。原因は大抵外的要因にある。
「……で?お前らはどうする」
金砕棒を肩に担ぎ、カイドウは振り返る。
島民たちがいつの間にかこの場には集まっていた。
「ハッキリ言って今回お前らの件に手を出したのも、偶然だ。善意じゃねぇ。何より、俺がこの島に居れば海軍大将が来るぞ」
「あの、縄張りを求められているので……?」
「お前らの生活の安全が第一に決まってるだろうが」
ロックスにも指摘された根の甘さ。無言で去る事も考えたが、事を持ち込んだ立場でもある事から義理を通そうとする面が表に出た。
島民たちは、困った様に互いに顔を見合わせる。
カイドウが来たお陰で、初めて食うに困らない量の肉を喰らった。生半可なものでは島を襲う事も出来ない。
わずか三日だったが、穏やかな時間だった。
「
島長が土下座し、続くように島民たちも同じく土下座する。
明確に守ってくれる対象が居るのならば、それに縋りつきたくなるのが追い込まれた人間というもの。溺れる人は藁にも縋るのだ。
「それは、島の総意か?」
「はいっ!」
「政府加盟国を外れればどうなるか、知らねぇ訳じゃあるめぇし」
「このまま政府に天上金を払い続ければ我々は、死ぬ未来しかないのです!お願いいたします、何卒、お慈悲を……!」
縋られては、振り払えない。カイドウは頭を掻いた。
「一つ言っておく。俺は、四六時中この島には居られねぇ。警護はつけるが……その点は理解しとけ」
「で、では……!」
「ああ、良いぜ。ちょうど拠点も欲しかった所だ」
頷くカイドウに、沸く島民たち。
この日、一つの島が一人の男の縄張りとなる。
余談ではあるが、その日からこの島の周りには巨大な海王類が徘徊する容易には近づけない島となる。そしてその海王類たちの頭部には等しく殴られたような痕があり、何かを強く恐れているのだとか。
この後のお話から、少し時間が飛びます
まあ、三十八年前から徐々に進めるには明かされている情報が足りないので