百獣と呼ばれぬ男   作:八海山

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巣立

 カイドウがとある島を自身の支配下において数年。

 その島は、ある種の避難所の様な扱いを受けていた。

 

 曰く、明王のひざ元は弱者の唯一の安息地。

 

 そんな噂が、まことしやかに囁かれているらしい。

 

「カイドウ様!今年も良い麦が実りましたぞ!」

「こちらも豊作です!」

「大漁です!」

「「「カイドウ様!」」」

「……いちいち報告は要らねぇ。お前らの好きにしろ」

 

 海に面した岬の上で胡坐をかいて座り込むカイドウの下に、島民達からの報告が山のように届く届く。

 何もない島と称されたが、ソレは単純に島を開墾するだけの余力が島民たちに無かったから。

 天上金を払わなくてもよくなり、尚且つ襲われる心配もしなくて良くなったならば自然と自分たちの生活水準が向上するように動くというもの。

 最初こそ、カイドウが何度か海獣などを仕留めていたのだが、島民たちは満足しなかった。

 具体的には、大恩人に養われ続ける事を拒否したのだ。そして着手したのが島の開拓。

 幸い、種などはあり。家畜も居た。島自体も全てを切り拓くような馬鹿な真似はしていない為、自然との共存も成功している。

 

 そんな島だが、ここ最近人口は徐々に増加傾向にある。

 哨戒している海王類たちも襲う船は基本的に、海賊船と軍艦の二つだけにするように厳命されており、破れば……恐ろしい目に遭う。

 

 そして、人が増えるのは先述の事が原因。

 例えば、国を追われた難民。縋ってくる相手をカイドウが追い出す事はしない。稀に、政府諜報機関が混じったりしているがそちらは、そもそも覇気の練度が上の相手に隠し通せる筈もなく秘密裏に処分されていた。

 

 彼らにとってこの島は天国だった。少なくとも、虐げる者は居らず。自分たちの成果物を一方的に搾取し続ける様な事も無い。

 穏やかな暮らしだ。加えて、この島を守護する王様(カイドウ)はぶっきらぼうだが、慈悲深い。本人にその認識は無かったが。

 

(そろそろ行くか)

 

 海を眺めながら、カイドウは立ち上がる。同時に、鋭い眼光が海面を射貫いた。

 間を空けて、水面が波とは違う不規則な揺れを起こし徐々に盛り上がって来るではないか。

 現れたのは、巨大な海王類。

 その巨体は、大柄であるカイドウが小人に見える程。

 だが、その赤い瞳には明確な恐怖心が根付いていた。

 

「俺は少し出てくる。いつもの通り、警備しておけよ」

 

 通じているのかは微妙な所だが、海王類は頷く。

 突然現れた自分よりも強い小さな怪物。体格差を考慮する事のない圧倒的な剛力を前にこの辺一帯の海王類は配下に下る事になった。

 もっとも、任されるのは周辺海域の哨戒。よっぽど刃向かうか、この島並びに住民へと手を出さなければ何かをされる訳でもない。

 再び海中へと消えていく海王類を見送って、カイドウもまた巨大な龍の姿へと変身する。

 

「行ってくる」

「「「行ってらっしゃいませ!」」」

 

 島民たちに見送られて、巨体は宙を舞う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地獄はそこにある。少なくとも、その少年にとって自身が置かれた環境は最悪という他ない。

 生物の中でも飛び抜けた耐久性を有したその体に興味を持った科学者によって、散々な実験に振り回され続ける日々。

 しかし、抗おうにも手足は固く留められ、暴れる事すら許されない。

 募るのは怒りと憎悪ばかりだ。そして、内に溜まった澱の様な負の感情を言葉による罵詈雑言でしか発散する事の出来ない自身の無力さも降り積もっていく。

 

 この日もまた実験が始まり――――

 

「ッ……!な、なんだ……?」

 

 地響き。そして警報がけたたましく鳴り響く。

 

 少年の繋がれた部屋の外では、護衛である海兵たちが慌ただしく駆けまわっている所。

 

「状況はどうなってる!?」

「所長並びに、研究員の避難は完了しています!」

「ですが、北棟並びに西棟は全壊!中央棟は半壊!現在ウィリー大佐の部隊が応戦しています!」

「くっ……!まさか、“憤怒”の襲撃を受けるとは……!」

 

 ソレは突然の襲撃だった。空からの攻撃であり、反応が遅れてしまったのも相まって大きな被害を出してしまった。

 いや、油断もあったのだろう。言い訳にはなるが。

 

「まさか、政府の保有する島を襲うなど……!」

「少将!来ました!!」

 

 防衛線を張る中で、男は現れる。

 右肩に金砕棒を担ぎ、左腰にサーベルを差した男、カイドウの登場だ。

 

「何が目的だ!“憤怒”のカイドウ!これは、世界政府に弓を引く行動だぞ!?」

「……」

「ッ!正義の名の下に、貴様を捕らえ――――ッ!?」

 

 唾を飛ばす少将は、その瞬間に息を呑む。

 カイドウと防衛線の距離は十数メートルは軽くあった。その位置から、カイドウが金砕棒を振った瞬間、少将の右隣りを巨大な衝撃が突き抜け、防衛線の一部をまるで薄紙の如く喰い千切ったのだ。

 再び金砕棒を担ぎ上げて、カイドウは眉根を寄せた。

 

下らねぇもの(正義)を振りかざしてんじゃねぇよ」

 

 覇気を僅かに放出しながら、カイドウは歩き出す。

 彼は良く知っていた。自身の我を通すには、強さが必要な事であると。そして、そのバックボーンの無い者がどれだけ高尚な事を言おうとも、意味など無い事もよく知っていた。

 ゆっくりとした足取りながらも、だからこそ彼の接近は恐ろしい。

 

「~~~~ッ!監獄弾を撃てェ!!」

 

 少将の言葉と共に放たれるのは、鉄の網。

 海楼石を仕込んだものであり、流体として受け流してしまう自然(ロギア)系や体質の変化で銃弾その物を無効化してしまう超人(パラミシア)系も捕らえる事が可能な代物。

 投網の要領であり、急激に広がる捕縛範囲というのは普通ならば脅威となる。

 

「……」

「「「ぎゃあああああああああああ!?」」」

 

 振り下ろされる金砕棒。研究所の床とぶつかった瞬間、盛大な衝撃と破砕音を響かせて周辺一帯が文字通り吹っ飛んだ。

 衝撃により放たれた監獄弾は一切の効力を発揮する事無く吹き飛び、次いで取り囲んでいた海兵たちも木端のように飛んでいく。

 

 カイドウがこの島を訪れたのは、偶々だった。

 海中移動が可能になったとはいえ、リスクが大きい現状彼の移動手段は専ら空だ。

 焔雲を経由しながら空を進んでいると、その島が視界に入った。

 軍艦が泊まり、何やら自然が溢れているように見えてその中に隠れる様にして建設された近代的な雰囲気の施設。

 きな臭さを感じたカイドウ。政府関連の施設ならば潰しても良いだろう、と襲撃を敢行する事となった。

 

「……ろくな場所じゃねぇな」

 

 設備を叩き壊しながら、カイドウの眉間に皺が寄る。

 異形の怪物や妙な薬品。ガス兵器や、何やらパイプやコードが幾つも繋げられた球形の機械などなど。

 薬品系は下手に壊すとどうなるか分からない為スルーしたが、明らかな人造キメラなどは息の根を止めていく。

 自然界を生きている生物というのは、その環境に適応した姿をしている。たとえソレが、人間から見て不格好で不細工であろうとも、彼らのソレは適応の結果なのだから。

 だからこそ、無理矢理つなぎ合わされた、或いは他生物の特徴を発現させられた生き物をカイドウは見ていられなかった。

 

 今も、ライオンと蜥蜴が入り混じったような奇妙な生き物を殴り潰したところ。継ぎ目がある辺り、命を弄んでいる。

 

「……」

 

 カイドウの蟀谷に、うぞりと太い青虫が蠢くようにして青筋が浮かんだ。

 ふつふつと煮え滾るマグマのように、怒りが腹の底から湧き上がって仕方がない。

 義憤に駆られているとか、そういう話ではない。ただ只管に気に入らないだけだ。

 

 一際破壊音を響かせながら、カイドウは突き進む。

 そして、

 

「……お前、ルナーリア族か」

 

 粉砕した金属扉の向こう側、そこに拘束された少年を見降ろしてカイドウは呟く。

 黒い肌に、黒い翼。そして着火剤なども無く灯っている炎。

 何年も前だが、目を通した文献に載っていた情報だ。もっとも、その中身は実に薄くまるで()()()()()()()()()()()()だった。

 

 一方の少年は突然のカイドウの登場に目を見開く。

 

「お、お前は……」

「俺は、カイドウ。この島に来たのは偶然だ」

「カイドウ……」

「それより、お前はどうする。俺は今からこの気にくわねぇ研究所をぶっ潰す所なんだが」

「!ここは、政府の研究所だ……そんな事をすれば、お前もタダじゃ――――」

「政府がどうだとか、そんな話はどうでも良い。そもそも俺は既に賞金首だ。今更奴らに睨まれるなんざ毛ほども何とも思わねぇ。問題は、お前だ。ルナーリア族ってのは不死身だとか書かれてたが、生物である以上完全な不老不死なんざねぇだろ。どこかでガタが来る。逃がすだけなら、今ここでその枷を外してやるよ」

「……」

 

 突然の選択肢に、少年は瞬きを繰り返した。

 ルナーリア族。歴史の向こう側へと消えてしまった種族の一つであり、その全貌は謎に包まれたままだ。

 

 たった一人。行く当てもない。何より。

 

「……お前は、政府を恐れないのか」

「恐れて何になる。奴らは、恐れようが恐れまいが自分たちの都合が悪い輩は等しく消そうとするだろうが。だったら、こっちが前もって潰しても文句はねぇだろ?」

「お前は…………世界を変えるつもりなのか?」

「さあな。昔、世界を変えようとした男が居た事は知ってる。そいつは失敗したが……なんだ?お前は、世界を変えたいのか?」

「…………」

「なら、どう変える?力の制する世界か?知識の制する世界か?金が制する世界か?そして、変わった世界の先で、()()()()()()()()()()()?」

「…………」

 

 問われ、少年は答えられなかった。

 怒り、憎しみ。この世界に対する憎悪はあるのかもしれない。

 

 だが、その先が無い。

 

 ロックスは、変わった世界の先で君臨する事を求めた。世界の秩序の破壊は、あくまでも手段であり目的ではない。

 カイドウは、目の前の少年の先の無さを見抜いていた。現状は、子供の癇癪による苛立ちを向ける相手を欲しているだけだ、と。

 

 静かな目が少年を見降ろす。

 

「…………分から、ない」

 

 絞り出すような声だった。

 

「世界が憎い!ソレは変わらない……でも、その先でおれが何を成したいのか………分からない」

「それは、お前が何も知らないからだ」

 

 その言葉に、ハッと少年は顔を上げた。

 

「俺だって、世界の全てを知ってる訳じゃない。クソみたいな現実は山ほど見てきたが、全てが救いようのない事ばかりじゃない」

 

 言いながら、カイドウは徐に少年の拘束具へと触れるとまるで粘土でも掴む様に引き千切ってみせる。

 

「答え次第で枷を外そうと思ったが、止めだ。お前は一度、世界を見て来い。クソの中でも見るべきものは何かあるだろ」

「…………」

「次は捕まるなよ」

 

 それだけ言って、カイドウは踵を返すと歩き出す。

 この施設を消すつもりとはいえ、少年以外にも捕らえられた者が居るかもしれない、と考えての行動だ。流石に、虐げられている者を殺すのは忍びない。

 だが、

 

「…………何でついてくる」

 

 カイドウの後を付いてくる少年。

 

「アンタに、ついて行こうと思う」

「……好きにしろ。言っとくが、堅気には手を出すなよ?その場合は、容赦しねぇ」

「ああ、分かった」

 

 頷いた少年を尻目に、カイドウは前へ。

 時折海兵を吹っ飛ばし、実験生物を殺して妙な機械はぶっ壊す。

 

「おい、お前の名前は何だ?」

「アルベル…………名乗らない方が良いか?」

「何でそうなる」

「世界政府に知られてるからだ…………良くは無いだろう?」

「名前ってのは、生まれてくるガキが最初に与えられるただ一つのもんだ。改名するってんなら止めはしねえ。それはお前の自由だからな」

 

 前を行く背中を追いながら、アルベルは考える。

 まだまだ何も分からないが、一つだけハッキリした事がある。

 前を行く男はぶっきらぼうだが、しかし確かに自分に新しい考え方というものを与えてくれる存在なのではないかという事。

 

 この日、政府の保有する島の一つが壊滅的な被害を受ける事となった。原因は、たった一人の襲撃者だったが、政府はその事実を隠すために箝口令と入島規制をかけて島その物を隠ぺいする事になる。

 

 そして。

 

「キョキョキョキョ、それじゃあ契約成立という事で良いんだね?」

「ジッハッハッハ!ああ、成立だ。ワノ国の海楼石と製鉄技術を利用した武器の取引!その代わりにこちらから出すのは後ろ盾。拠点とするにも丁度いい」

 

 とある国で行われた秘密の取引。

 大きく事が動くのは、その二年後の事だった。

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