百獣と呼ばれぬ男   作:八海山

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子宝

 その女は、生まれた頃より体が弱かった。

 病弱、貧弱、脆弱。生まれてから苦しくなかった日の方が数えられる程度には体が弱かった。

 

 そんな女は恋をする。相手は、この世界の何物よりも強靭無比な肉体を持つ怪物の様な男。

 自分とは圧倒的に違う、正しく暴力を体現したようなしかし日常の中ではその凶暴性を一切表に出す事のないそんな男。

 

 明日にも滅びるかもしれない肉体。

 だからこそ、彼女は()()()()()()を求めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 か弱い女だった。手弱女という言葉がそのまま形になったかのような、そんな女。

 己とは比べ物にならない程の弱者。

 助けたのは気紛れで、そばに置いていたのも単に彼女が動けなかったから。

 情が湧かなかったかと問われれば、彼は首を横に振るだろう。

 

 だから、()()()()()()()()()()()

 

 腕の中で眠る白い髪に紅い角を持つ自身の子を抱いて、カイドウは埋められていく棺桶をじっと眺めていた。

 愛し合った女は、体が弱かった。それこそ、お産には耐えられない程に。

 そして、彼女自身もそれは分かっていた。分かっていた上で、ひ弱な己がいつ死ぬかも分からない、とカイドウを求めたのだ。

 幸いと言うべきか、自身の子は己の体質を受け継いだのか赤ん坊でありながらかなり力が強く母親の病弱さなどは欠片も見受けられない。

 不意に、鉛色の空がぐずつき始めた。

 

「…………」

 

 眠る我が子の傘にするように、カイドウは己の太い左腕を庇いとする。

 だが、本格的に雨が降り始める前に彼の頭上には傘が傾けられた。

 

「……()()()か」

「ヤマトお嬢が濡れてしまうぞ、カイドウさん」

 

 頭を覆うマスクに、肌を欠片も晒す事のない格好のアルベル、改めキングが傘をさし向けていた。

 

 名を変えたのは、カイドウにあやかっての事。

 というのも、カイドウはこの島で“海()”とも呼ばれている。本人も好きに呼ばせている為に改められる事は無い。

 そんな男の背を追う者として、アルベルは神の次に偉いモノとして、“(キング)”という名を選んだ。

 

 出会って、二年。戦場は別にして、物静かな方であるカイドウだが。今日はいつにもまして静かだ。

 

「後悔、しているのか?」

「……いいや。アイツを愛した事に後悔は無い。最初は同情だろうと、情は情だ。何よりこいつ(ヤマト)が居る。アイツ自身が居なくなろうとも、アイツの遺したものは確かにここにある」

 

 普段は深々と皺の寄った眉間が、今は幾分かやわらぎ。柔らかな頬を擽る武骨な指はどんな相手に向ける時よりも優しく、慈悲深い。

 

 キングが見た中で、カイドウがここまで優しい表情をするのは今まさに土の下へと埋められた女とそれから我が子を相手にする時だ。

 元々、子供たちを相手にするときは眉間の皺も浅くなっていたが、あくまでもそれは子供たちへと向ける()()()であって、()()ではなかった。

 

(これも、人か)

 

 キングは記憶する。知らない世界を記憶する。

 愛情というのはまだまだ分からないが、それでもカイドウと女、それから彼自身の子供の居る光景は何処か眩しいものに感じていた。

 

 墓石が建てられ、本格的に涙雨が降り始める。

 一等見晴らしのいい場所に建てられた墓。濡れていく墓石を眺めるカイドウ。

 

「…………行くぞ、キング」

「もう良いのか?」

「ああ。これ以上は、ヤマトの体に障る」

 

 傘を受け取ろうとするカイドウだが、ソレをキングは遮ってそのまま傘持ちを続行。

 墓は静かに、そこにある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃははは!」

「…………」

 

 赤ん坊というのは好奇心旺盛だ。

 当然と言えば当然で、ありとあらゆる全てを見た事が無いのだから目につくすべてが文字通り真新しい。

 

 カイドウの一人娘であるヤマトもその例に漏れる事は無い。いや、寧ろ普通の赤ん坊よりもよっぽどアグレッシブに動く。

 今も、カイドウの腕の中で彼の無骨な右手にじゃれかかっているが、その力は並大抵の者なら指を引っ張られて関節が外れかねない程の力だ。

 ただ、カイドウはカイドウで結構な力加減を要求されてもいた。如何にヤマトが普通の赤ん坊よりも力が強くとも彼にしてみれば赤ん坊は赤ん坊。ほんの少しの力でその命は散ってしまう。

 

 穏やかな時間だ。血腥い事など何もない時間。

 ()()()()()()()()()()カイドウは、その掌から雲を創り出すとおくるみの様にヤマトの小さな体を包み込む。

 そのままゆらゆらと揺らしていれば、即席のゆりかごの完成だ。

 程なくして、楽し気な笑い声は収まり。代わりに小さな寝息が部屋に響く。

 らしくなく、目元を緩めていたカイドウだったが、不意に視線を部屋の出入り口へと走らせると常の厳めしい顔へと戻ってしまう。

 

「カイドウさん。少し良いか」

「どうした」

「西の沖に海賊船だ」

「旗は?」

「…………ビッグ・マム海賊団だな」

「リンリンか。お前らは手を出すなよ。キング、お前も下がってろ。ヤマトを任せる」

「……」

「戦闘にはならねぇ筈だ。アイツも、そこまで馬鹿じゃない。俺を態々潰しに来る必要もないからな」

 

 そのまま抱えてろ、と雲のおくるみに包まれたヤマトを渡されたキングは眉を上げるが大人しく部屋の中央に座り込んだ。

 入れ替わる様に部屋を出たカイドウは途中で得物の金砕棒を回収して、更に道中で会った島長に全員部屋にこもる様に伝えて一人西の浜へと繰り出していく。

 

「――――よお、カイドウ。随分と久しぶりじゃないか」

 

 船から一人離れ、ゼウスに乗って浜へと降り立ったリンリン。

 世界屈指の怪物二人が睨み合うような形となったが、どちらも喧嘩をするつもりはない。

 

「あの日、ロックスが倒れてから何も言わずに居なくなったかと思えば、こんな島に居たとは思いもよらなかったよ。お前が縄張りを欲しがるなんて、ね」

「偶然が重なっただけだ。意図した事じゃねぇ…………それよりもだ、リンリン」

「なんだい」

「…………随分と、丸くなったんじゃねぇか?」

「そうかい?」

 

 眉を上げるリンリンだが、数年越しの再会をしたカイドウだからこそ彼女の変化は大きくその目に映っていた。

 元々、甘い物と肉と好きな物ばかり食べる彼女だ。節制などとも無縁で、食べたい時に食べ、飲みたい時に飲み、寝たい時に寝る。

 加えて、彼女は何年も子を産む事で戦力を増やすという手法を取っている。

 如何に怪物の様な女であろうとも、彼女もまた人間である。妊娠出産というのは気にせず動けると言えども体への負荷となり、ダメージは積み重なる。特に内臓各種やホルモンバランスなど。

 そのダメージの表出の一つとして、今の彼女は随分と肥えていた。少なくとも、カイドウが最後に見た時と比べて五回りは違う胴の太さ、首や腕の肉。

 

 一方で指摘を受けてもリンリンは気にした様子もない。

 元々、自身の容姿には頓着しない上に、彼女の場合は現状()()()()()()()()()()()()

 

「それよりも、カイドウ。お前、まだ童貞かい」

「あ?」

「あの船でも、女を買わない奴だったからねぇ。何だったら、おれが筆おろししてやろうか?」

「チッ……」

 

 ニンマリ笑みを浮かべるリンリンに、カイドウの眉間に深い皺が寄った。

 

「童貞じゃねぇ。ガキも居んだよ」

「へぇ……?()()カイドウに、ねぇ」

 

 驚いた様子のリンリンだったが、実際本気で驚いても居た。

 ロックス海賊団でも堅気に手を出さない事を徹底していた彼だが、だからといって花街などの仕事を否定していた訳では無い。よっぽどの無理強いなどでもない限りは、しなだれかかられても無視する程度だ。

 不能やら男色やら噂されもしたが、噂を流した者は次の日には血祭りに上げられ船尾に吊るされる事になった。

 

 そんな硬派?な男が子供を作った。興味を抱かない方が難しいというもの。

 

「で?どんな女なんだい?」

「…………もう居ねぇよ」

 

 これまた、リンリンの眉が歪む。

 

「お前……分かって、子供を作ったね?」

「…………」

「何て言われたんだい。最後の思い出作りって事かい?」

「まあ、そうだな」

「……」

 

 頷くカイドウに、リンリンもまた納得する。

 この男は、そういう男だ。情の湧いてしまった相手の願いを聞き遂げてしまう。

 そして義理堅い性格も相まって、カイドウは生涯一人を貫くのだろう。容易に、その姿が想像できてしまう。

 

「ハァ……ちょいと揶揄おうと思ったんだけどね。その女の墓に案内しなよ。随分と良い男を射止めた面を拝みたくなったからねぇ」

「…………」

 

 大切な物を失った事があるからこそ、分かり合える事もある。

 余談ではあるが、この日を境にシャーロット・リンリンは自身の体に気を使い、自分の子供たちへの関心をもう少し高める事になる。

 失ってからは、遅いのだから。











時系列について少し補足を
キング(アルベル)と出会ったのは、この小説内では三十年前としています。アニメと漫画内でのキングの体格から見て十代半ばか少し過ぎた辺りだろうと考えての事です。
そして、ヤマトは原作通り二十八年前、つまりキングと出会って二年後に生まれました

ここで一つ、原作との改変を先に上げますが、“エッド・ウォーの海戦”がこの世界では起きる事がありません。シキがロジャーの勧誘よりも先に、ワノ国との武器売買に力を入れた為です
原作では、二十六年前にカイドウとオロチの結託により武器売買が行われますが、この世界では三十年前の時点で細々とながら、シキと黒炭の間で取引が行われ、光月おでんが本格的に国を出てから本格的に武器取引、並びに武器工場の建設を行っています
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