百獣と呼ばれぬ男 作:八海山
自分の娘は随分と活発だ。駆け寄ってくるヤマトを受け止めながら、カイドウは目を細める。
「おとーしゃん!!」
キラキラと瞳を輝かせるヤマトの頬を撫でれば、楽しそうな笑い声。
一年と少し。首の据わっていなかった赤ん坊は、立ち上がれるようになると活発な幼児となって動き回っていた。
かわいい盛りだが、カイドウ自身はずっとこの島に居る訳にはいかない。
一年子育てに充ててきた。この間に、乳母やキングにもヤマトとの交流期間を設けさせて自身が離れても問題ないだろう所まで来た、筈だ。
正直、自信は無い。いや、カイドウとしては目に入れても痛くない程に可愛がっているつもりなのだが、彼は彼でやる事がある。
新たな魚人島の探索もそうだが、それだけではない。
本意では無かったとはいえ、得てしまった拠点。この島の
海洋世界であるこの世界。土地というものもまた有限な資源。人が増えすぎれば当然ながら様々な物が足りなくなる。
そこで、カイドウは文字通り島を持ち運んで土地の確保を行っていた。
狙うのは、人が居らずある程度の資源が豊富で、尚且つ危険な生物の居ない様な島。猛獣然り毒虫毒蛇然り。
カイドウだけならば、並大抵のことは障害とならない為にたとえ猛獣の巣窟だろうと、毒虫の温床だろうと入島できるが一般人は違う。
ヤマトをあやしながら、カイドウは悩む。
そして、決断を下す。
場所は、大浴場。カイドウの体格を考慮したかなり広い造りの風呂場。
「……ヤマト」
「なぁに?」
湯船につかりながら自身の腕に抱え上げた娘へと、カイドウは声をかける。
「俺は……そうだな、少しお仕事をしなくちゃならない」
「しごと?」
「ああ、そうだ」
「ヤマトも?」
「お前は、お留守番だ」
出来る限り幼児にも通じる言葉を選びながら、カイドウは静かに言葉を紡ぐ。
首を傾げるヤマトだが、その幼い頭脳は決してできの悪いモノではない。寧ろ、年齢で考えればかなりの天才児だ。
だからこそ、分かってしまう。これは、
「おるすばん……?」
「ああ」
「ヤマトだけ?」
「キングと乳母が居る」
「おとーしゃんは?」
「仕事だ」
大きな瞳が潤んだ。だが、泣き喚くかと思えば唇をギュッと引き絞って震えながらも必死に必死に泣くのを堪えているではないか。
実にいじらしい。それこそ、カイドウにしてみればヤマトが癇癪のままに暴れ回って泣き喚いたとしても抱き上げてあやしただろうに。
風呂を出て水気を拭い、寝間着へと着替える。
寝床に寝かされるまでずっと泣く事を我慢していたヤマトは疲れてしまったのか、既に夢の中だ。
そのまろい頬を撫で、ふとカイドウはある事を思いつく。
手に取ったのは細めの組み紐。
紅いソレを眠るヤマトの角へと括りつけていく。
大男とも言える体格のカイドウが、ちまちまと体を丸めて何やら作業しているのは傍から見れば面白い。
千切らないように指先に細心の注意を払いながら、程なくして作業終了。
ヤマトの角に付けられたのは、紅い飾り紐によって結ばれた、二重叶結び。主に、お守りなどに用いられる結び方であり、意味合いとしては願いが叶う、などか。
ただ、カイドウとしてはこの結び目その物がお守りのつもりで結んでいた。
オカルトに縋る、という訳では無いが何かしら贈り物を送るというのも悪くは無いだろうと考えての事。
彼は確かに、自身の子を愛している。
悪魔の実の能力はその発想力次第でその性能を大きく変えてくる。
しかしその一方で、
カイドウのウオウオの実モデル“青龍”もその一つだ。幻獣種という希少な種類である事も加味しても、その能力の幅は凄まじい。
「……」
島の移動。これを成すのは、カイドウの創り出す焔雲によるもの。この焔雲に島を乗せる事で移動させることが出来るのだ。
シキのフワフワの実の能力にも近そうだが、あちらと比べればそこまで使い勝手は良くない。あくまでも、浮かせて移動させるだけだから。
現在カイドウは、そんな動かす島の候補地を探してとある島へと上陸していた。
自然豊かで猛獣が居らず、毒虫なども生息していないそんな島。
目星をつけて、目立つ位置の岩山に大きな×印の傷を刻み込む。そして次の島へ。
基本的にカイドウの旅は、この繰り返しだ。領土の拡大と、それから新たなる魚人島となりうる可能性のある島。
前者は兎も角、後者の場合は選ばれるのは偉大なる航路後半の海である“新世界”の島が多い。
理由としては前半の“
例として挙げれば、ライジン島。こちらは、島中に雷の降り注ぐ島であり上陸する事すらまず困難。
他にも、重力のイカレタ島。視覚情報を騙す島。重力がひっくり返った島などなど。実に様々な、環境と言って良いのかも分からない様な島が多数ある。
だからこそ、
カイドウがその島を見つけたのは、偶然だった。
中央に巨大な山が突き立つ島。それだけならば、そこまで珍しくは無いだろう。
その島の周りを巨大な滝が囲っていなければ。
異様な光景だが、しかしそれでも他の特殊な環境の島々と比べれば、特別目立つものでもない。
カイドウは龍の姿から元の姿へと戻ると、そのまま月歩を使って滝を登った先の島。その端にあった砂浜へと降り立った。
振り返れば海?が広がる。前を見れば、松の林。
その光景は、カイドウの遠い掠れている前世の記憶を思い起こさせるものだった。
自然と、金砕棒を肩に担ぎその足は林の方へと向けられる。
原風景、と言って良いだろう。常に深々と刻まれた眉間の皺だが、今はヤマトを相手にしている時のように浅い。
だからだろう、その光景を見た時、精神的な落差からかカイドウの体から無意識にも覇王色の覇気が溢れてしまったのは。
未だに緑あふれる風景の中に、突然混じる灰色の建物。
黒々とした煙を吐き出して、川には排水なのか明らかに綺麗ではない濁った水がこれでもかと吐き出されている。
それだけではない。建物周りの自然は完全に破壊されており、枯れ果てた木の残骸などが転がり荒涼としている。
「……チッ」
島の事情など知らない。産業も、この工場を建てる為に何があったのかも、カイドウは知る由もなく、そして同時に
だが、コレはダメだと知っていた。この状況だけは、決してそのままに放置して良いモノではない、と。
日本には、四大公害と称される環境汚染が存在する。そして、その汚染は今でも被害者たちの体を蝕んでいた。
カイドウの見つけた光景は、正にコレ。その先に待つのは、著しい一時的な発展と長い長い環境破壊、そして環境被害。
汚染によって失われた自然環境を元に戻すには、長い時間が必要になる。汚す事はあまりにも簡単であるというのに、取り戻すにはその十数倍、或いは数十倍、数百倍の時間と、手間がかかる。
泣くのは、未来の子供たち。負債を払うのも、彼らだ。
カイドウは、善人ではない。それでも、見過ごせないラインというものが確かにあった。
そして彼は、図らずも戦争の引き金を引く事になる。