百獣と呼ばれぬ男 作:八海山
ワノ国。大滝が周囲を囲む、天然の要害でもあるこの国は現在秘密裏に崩壊への道を辿ろうとしていた。
裏で暗躍する断絶した黒炭家の生き残りと、外界の大海賊の一人である“金獅子”のシキが手を組んだ結果だ。
彼ら自身、裏でこそこそと動く事、そしてシキのフワフワの実の能力が合わさる事によって秘密裏の勢力は着実に増加。
加えて追い風となったのが、ワノ国で最強の男が海へと飛び出してしまった点。
彼の配下が、彼に倣ってその土地を守っていたが、如何せん相手は手練手管を弄する外道策士。どうしたって頭の回りと、そして育った価値観が邪魔をする。
結果的に、男が海へと飛び出してしまった翌年には将軍が裏で幽閉され、黒炭オロチが代理として将軍の位に就任。
今まで足りていなかった権力を得た結果、彼らの計画は加速する事となる。
まず行ったのが、ワノ国各地への武器工場の設置。
ワノ国は、大きな川によって六つの郷に分けられており、それぞれの郷には大名が置かれていた。
その大名たちへと、工場を設置する事を要請。この際に将軍としての命令によるゴリ押しをせずに、敢えてワノ国の上質な製鉄技術、海楼石の細工技術などを用いた国外との交易の為、という事にした。
これにより、大名たちも無碍には出来ずにこれを了承。工場が置かれ、多くの人手がここにとられる事になる。
そして同時に、交易を手助けする為、という名目でシキが登場。
実際問題、彼にとってワノ国を囲む滝などは何の障害にもならない。運搬用の船など幾らでも浮かせることが出来るのだから。
全ては順調だった。予め、利益の大きさを見せたのもその後の相手の行動を封じる事に繋がってもいる。
たとえ、公害による健康被害が出たとしても。空が曇り、鉛色ばかりに成ろうとも。草木が枯れ、自然の一部が死に絶えようとも。
利益を出した。その点を糾弾されようとも、実際に出した利益が失われても良いのか?と盾にも出来た。
そもそも、黒炭家の人間からすればワノ国の人間が苦しむのならそれで良いのだ。シキからしても、武器売買による利益。それだけでなく上質な兵器が手に入ればそれで良い。人道支援など、海賊の考える様な事ではない。
じわりじわりと広がっていく黒炭の毒牙を阻むものなど居ない。
――――筈だった
理不尽というのは、こういう事を言うのだろう。
目の前の暴力の化身を前にして、工場の監督役は遠い目をする。
いつもと変わらない始まりだった筈だ。鞭を振るって活を入れ、働けなくなれば
だが、そんな彼の王国は今日この日をもって崩壊した。
「ここは閉業だ」
金砕棒を肩に担いだ鬼がやって来たから。
この鬼の前では、工場の護衛だった海賊も監督役であった自身も十把一絡げに畳まれるだけ。
壁際に追い詰められ、これ以上逃げられなくなり監督役の男はズルズルとその場にへたり込む。
「な、なんなんだよ、お前……!」
「……」
「分かってんのか!?こ、この工場を建てる様に言ったのは将軍だぞ!?ば、バックには大海賊が付いてるんだ!それを――――」
「関係ねぇな」
男の言葉を遮って、
「俺が、気に入らねぇ。理由なんざ、それだけで十分だろ」
理不尽だ! その叫びは響くことなく、破砕音が響き工場は瓦礫の山と化す。
更に、念には念を。無理矢理働かされていた者達が全員逃げたことを確認して、カイドウは龍の姿となると空へと昇る。
そして、その大きな口を瓦礫の山へと向けた。
喉からせり上がってくる尋常ではないエネルギー。
赤熱するソレを、カイドウは
放たれるのは、
――――
放たれた熱線は容易に瓦礫の山を飲み込んで、木材石材鉄材と材料の質を問わずに綺麗サッパリ消し飛ばしてしまう。
後に残るのは、公害によって荒れ果てた大地とその中心部にぽっかりと開いた黒焦げの穴。
再度人型へと戻って、その穴に工場の痕跡が一切残っていないことを確認して、カイドウは更に動く。
彼のやっている事は、この国中にある気に入らない工場を片っ端からぶっ壊していく事。ついでに川などにこれ以上の有害物質を振り撒けないように態々完全に消し飛ばすオマケ付き。
秘密裏にやっている訳でもない行動は、当然ながら多くの人々に目撃されていた。というか、無理矢理働かされていた者達を助けたのだから自然とそこから話が広まっている。
同時に、この工場破壊は相手方へ届いてもいた。
「――――どうなっている!?どこのどいつがやりやがったんだ!?」
花の都にある城の一室にて発狂するように目を血走らせ、唾を飛ばして怒鳴るのはこのワノ国における将軍(代理)である黒炭オロチ。
ここ数年で勢力を伸ばし、盤石と言ってもいい段階にまで根回しを終えた矢先の出来事。
すべて順調に進んでいた最中での、突然の工場襲撃。
元より歪みを抱えた堪え性の無い男にとって、我慢か出来る問題ではなかった。
「そ、それが、その……どうにも、ワノ国の人間じゃないようで……」
「当たり前だ!!この国に、おれに逆らう奴は居ねぇんだからな!!どこのどいつの仕業だ!?」
「つ、角のある大男だそうです!」
脂汗を零す部下たちの報告を受けて、オロチは盛大な歯軋りと共に更なる怒りを募らせる。
その苛立ちに呼応するようにしてその体は、巨大な怪物へと変貌していた。
ヘビヘビの実 モデル“八岐大蛇”。
部屋は広かろうとも暴れまわられれば、城が崩れかねない。そして、巨体を止める事はオロチの部下には荷が勝ちすぎていた。
「――――ジハハハハ!荒れているな、オロチ」
「あ゛あ゛!?」
そこに響く低い声。血走った八対の目が見るのは、城の高欄へと続く窓。
その欄干に一人の金髪の男が腰かけて葉巻をふかしていた。
大海賊“金獅子”のシキ。この世界における最強の一角でもあり、現在のオロチとの取引関係にある。
「シキッ!!」
「そう荒れるな。暴れちまえば、城が潰れちまうだろう?」
巨体に凄まれようとも、大海賊は欠片も気にも留めない。葉巻を右手の指に挟んで弄びながらニヤニヤとした余裕の笑みだ。
「それから、その角の男。恐らくおれの知り合いだな」
「なんだと!?だったら――――」
「ジッハッハッハ! 言葉で止まるような奴なら、こんな大それた喧嘩を売ってくる訳がねぇだろう?」
どうにか人型に戻って詰め寄ってくるオロチをあしらいながら、シキが思い出すのはかつて同じ船に乗っていた男の姿。
時折うわさは聞いていたが、実際に顔を合わせるのは十年ぶり以上か。
葉巻の灰を落として、シキは口を開く。
「カイドウだ。“憤怒”のカイドウ。個人の戦闘じゃあアイツ以上の奴は早々居ねぇ」
「なっ……!?」
「オマケに潔癖な野郎でなぁ。堅気に手を出す事を禁じるっていうルールを周りにも強いる奴だ」
只管に強かったが、しかしその一方で暴力を向ける相手を選ぶような甘い男。
負けるつもりは毛頭ないが、絶対的に勝てると断言できるような相手でもない。
何より、
「武器工場は建て直せば良いだろう?何より、カイドウを仕留めればそれだけお前の発言力も強化される。違うか?オロチ」
「だ、だが、そう簡単に討ち取れる相手なのか?」
「確かに、正面からの殴り合いになればこっちの戦力も大きく傷がつくだろう。だが、相手は一人だ。だったら打つ手はある。そう思わないか?」
彼らは悪党。聖人君子ではない。
卑怯卑劣は敗者の論だった。