百獣と呼ばれぬ男 作:八海山
ワノ国は、被害者であるか否か。
この問いに、国民たちは被害者である、と頷く事だろう。
事実として、武器工場が出来てから公害による健康被害は出ている。それだけでなく、働き手を奪われた農家などは作業効率などが落ちてしまい、跡取りの問題などもある。
確かに彼らは苦境に立たされているのだろう。
しかしそれは、国民たち自身が撒いた悪因悪果でもあった。
事の始まりはいつの世にもある跡継ぎ問題。
その結果として、黒炭家は断絶という事になってしまった。
黒炭オロチもこの事に関しては受け入れていた。彼の祖父がやらかしてしまった事は、それだけ悪辣であったから。
だが、いつの世も
ただ黒炭の名を背負うだけで、迫害を受け、時には殺され、上奏する事も出来ない。
民衆たちにも恐怖があった。だが、どれだけ理由を連ねようとも彼らのやったことは、私刑でしかない。
もう一度問おう。ワノ国は本当に、ただの被害者であるのか、否か。
大地が揺れて砕け、空には青白い熱線が突き抜ける。
「ば、化物め……!」
呟くのは、金獅子海賊団傘下の海賊、そしてオロチに加担する侍たち。
彼らが見る先では、シキとぶつかり合うカイドウの姿がある。
覇気によって
恐るべきは、今のカイドウが
今も、シキの動かす岩の塊を真正面から受け止め吹っ飛ばされる様子もない。
もっとも、この一撃は布石。追撃の、小島の様な大きさの岩の塊が頭上から降ってきてカイドウの体を押し潰していた。
「まだ終わりじゃねぇぞ!獅子威し……地巻きィッ!!!」
シキの攻撃は続く。獅子の頭部を模した土塊の大波が岩の塊に迫り、飲み込んだ。そこから地面が渦を巻くように動き捻じれた一本の塔の様な形に固められるではないか。
封殺。というか、常人どころか並大抵の実力ではこの時点でほぼ確実に死んでいる。
だが、
「……チッ、ダメか……!」
シキの舌打ちと共に、土の柱が砕かれた。
現れる、カイドウ。土埃に汚れながらもその青い鱗には傷一つ無くギラギラとした目で空を飛ぶシキを睨み上げる。
実質、大物賞金首同士の潰し合い。数が多かろうとも、正直な所シキの傘下は質が伴っていないと言わざるを得ない。
能力者も居る、億越えの賞金首も居る。しかし、
加えて、海賊侍連合の士気も下がっている。理由は、やはりカイドウの理不尽さ。
ただ暴れるだけで巻き込まれた船は粉砕され、雑兵は木っ端のように宙を舞う。寧ろ、そんな相手を前に士気を保ち続けろという方が無理な話だった。
そして、
(((今なら、オロチをワノ国より追い出せるのでは?)))
大規模な戦闘となったカイドウVSシキ艦隊。
自然と、ワノ国の人間の目も集まり、そこから彼らの生まれるのは自分たちの現状を打破できるかもしれない希望。
刀を取り、袖を捲って、気合いを一つ。
いざ行か――――
「――――失せやがれェッッッッ!!!!!!」
出鼻を挫いたのは、カイドウだった。
怒気と怒声と共に放たれるのは、尋常ではない範囲の覇王色の覇気。その破壊力は、億越えの実力者であろうとも容赦無く意識を刈り取ってしまう程。
勝ち馬に乗る人間が、カイドウは好きではない。小狡く見えてしまうから。
何より、見聞色に乗って聞こえたワノ国の人々の性根が気に喰わない。
ドブに落ちた野良犬を寄ってたかって袋叩きにして嘲うのだ。野良犬を生み出したのは自分達であるというのに。
だからこそ、カイドウは怒る。俺を、そんな事に巻き込むな、と。
「……解せねぇな。助力を拒むってか?」
ビリビリと肌を震わせる覇王色の覇気を全身に受けながらも、シキは葉巻に火を点けると吸い口を咥えた。
「確かに、どれだけ数を重ねようがてめぇには通じねぇ。だが、横やりが鬱陶しいのは変わらねぇだろう?だったら、気に入らなかろうとも――――」
受け入れるべきだろう。続くべき言葉は、振り下ろされて岩盤を粉砕した金砕棒によって掻き消される。
「何で俺が、
金砕棒を担ぎ上げ、代わりに青い鱗に包まれた尾が地面を叩く。
「この島の景色が、俺は好きだ。それにそぐわねぇから、俺は工場をぶっ壊した。この土地に住んでる人間がどうなろうと関係ねぇが、奴隷扱いを受けてる奴らまで虐げるつもりはねぇ。それだけだ。断じて、勝ち馬に乗ろうとする卑怯者共の肩を持つ為じゃねぇ!!」
怒りの炎が猛り爆ぜる。
それに呼応するようにして、覇気の出力もまた加速度的に増していた。
本来、覇気というものは使えば使う程に消耗していく。故に、通常ならば攻撃の瞬間、防御の瞬間など戦闘の一場面での運用が基本となる。
だが、
「ウォアアアアアアアアアッッッ!!!!」
天へと咆えるカイドウの覇気は、最早物理的圧力をもって大地を割るほどだ。
それ程までに、彼の怒りは加速する。
そして、シキは半分ほど吸った葉巻を捨てた。
「……止めだ」
呟き、両手それぞれに握る剣に覇気を纏わせた。
その口角は、大きく吊り上がる。
本気のカイドウは、世界屈指の強敵だ。普通ならば相手をしたくないと思うものだが、残念ながら“金獅子”のシキの持ち合わせた感性は普通ではない。
年単位の計略だろうと潜伏できる男だが、その一方で強者との血沸き肉躍る戦闘への楽しみを見出せるタイプでもある。
「ジッハッハッハ!!やるぞ、カイドウ!!これが、最後だ!!!」
「来やがれッ!!!」
突っ込むシキに、構えるカイドウ。
そんなシキの周りに
「
そもそも、フワフワの実の能力は、触れた生物以外の物体を自由自在に浮かせて操るというもの。その覚醒は、“
では、この空気への干渉はどういう事かというと、シキの研鑽、そして実力に他ならない。
物体には及ばないが、それでも自身を中心とした数十メートル範囲の空気を操作する。そして、空気を圧縮し、その空白に更に周囲の風が吹きこんで圧縮した空気に触れる事で更に自身の勢力範囲を広げる。
正しく、空を統べる獅子。
では、地にある青龍はどうなのか。
「――――
金砕棒に纏うのは、武装色、そして覇王色。
この技は、仏教の十悪に
繰り出すのは、その一つ。
「
金砕棒による連続の突き。それは宛ら、暴力の津波だ。
絶技とも言える空気の圧縮は、シキのとっておきの一つではあるもののそれでも覇気を纏った金砕棒とぶつかり合うには力不足である。
だが、的を散らせる、という意味では成功だ。
「
ソレは宛ら食らいつく獅子の如し。
上下に腕が開かれ、挟み込む様に切りつける。
覇王色を纏うソレを、カイドウは後ろへと飛び下がる事で回避する。態々傷を増やす理由もないからだ。
「十悪招来――――」
バックステップの着地と同時に、金砕棒を持つ右腕を体の後方に置くようにして、先端を前へ向ける。
そして右腕に込められるのは、万力の如き圧倒的なまでの力だった。
後ろへと流れる慣性を無理矢理打ち消して、前へと踏み出す。この踏み出しは、銃でいう所の引鉄だった。
「――――
覇王色を纏う渾身の突き。
双剣で受けるシキだが、単純な馬力ではカイドウに軍配が上がる。
その体は一気に吹っ飛ばされ、宙を浮く海賊船の一つに勢いよく突っ込んでいった。
後を追う、カイドウ。普通ならば、相手のからの反撃や周囲の横槍を気にするのかもしれないが一直線に突き進むその姿は宛ら青い軌跡そのもの。
そんな突進するカイドウへと、連続で飛ぶ斬撃が襲い掛かる。
だが、苦し紛れの反撃など通じる筈もない。
岩盤を割り砕くような攻撃だろうとも、岩盤を超える強度を持つカイドウの鱗を割ることはできないのだから。
「ウオオオオオッッッ!!!」
カイドウが吠え、その姿は獣型である巨大な青龍へと変貌する。
崩れた海賊船の残骸の向こうから、シキが見たのは己に向かって開かれた巨大な口だった。
「なにぃいいいいいいいいい!?ぐあぁあああっ!?」
鋭い牙を並ばせた大口がシキへと食らいつく。
噛み付かれ、脇腹を牙が貫通し血を流すシキ。
その声を聞き流しカイドウは、空へと昇っていく。
「て、テメェ……!放せっ!!」
「……」
シキが暴れるが、しかし噛み付きからは逃れられない。
カイドウが目指したのは、シキの本船が浮かぶ高度。そこで頭を振りシキの拘束を解除、同時に黒い鬣が彼の五体をカイドウの目の前で縛り上げてしまう。
「
「うぐっ!?」
大の字で空中に固定される事になったシキ。
そして、カイドウは問答をする気が無い。
開かれた大口。だが、再度噛み付くわけではない。
その喉の奥に宿るのは、
「おいおいおいおいマジか!?くっそ、外れねぇ……!」
身を捩れども、腕、足、首に絡みつく鬣はどうやっても外れない。それどころかより強く、それこそ縛り上げるだけで骨をへし折ってしまいそうなほどに締め上げてくる。
シキの誤算は、カイドウの戦闘能力を見誤った事。そして、その二つ名“憤怒”の潜在的脅威。
怒るというのは、人間にとって大きなストレスとなる。そしてストレスというのは負荷だ。言わずもがな。
カイドウは常に、この負荷を精神的にかけ続けている様なモノ。
怒りが燻り続け、その燻った怒りがストレスとなって更に苛立ちを加速させ続ける。そんな状態。
だからこそ、一度爆発すると溜まりに溜まったストレスが一息にぶちまけられる。
――――
放たれるのは青白い熱線と、その熱線を中心とした青い炎によって形成された巨大な竜巻だ。
その日、ワノ国の空を巨大な青い光が縦断し、人々は武力の化身をその目に焼き付ける事になる。