百獣と呼ばれぬ男 作:八海山
大鎌、という武器は本来戦闘には向かない。
刃が己を向いており、加えて相手を斬ろうと思うのなら刃の内側に相手を引き込まねばならないのだから。
ぶっちゃけ、鎌を振り回すぐらいならば、槍や斧、ハンマーなどを振るった方がまだマシだろう。
「むんッ!」
振るった金砕棒からは、重い手応え。
初めての感覚だった。いや、そもそも、カイドウがこの世界に生まれ落ちて真面に怪我という怪我を負った事が無かったのだが、この日初めて体に傷を負っていた。
相手は海軍本部大将“
得物として振るわれる大鎌にも武装色の覇気を纏っており、また純粋に得物の扱いに長けている。
更に厄介なのが、彼の喰らった悪魔の実の能力だ。
数ある悪魔の実の中でも、肉体を自然物へと変化させる
灰鹿の能力は、全身を灰に出来るというもの。
要は細かな粒子にその体を変えるというもので、打撃、斬撃などの直接攻撃は無意味。加えて、既に燃え尽きている灰であるからか、炎なども無効化してしまう。
弱点を敢えて挙げるならば、直接攻撃能力は殆ど無い事だろうか。もっとも、それも応用次第だが。
何度となくぶつかり合いながら、灰鹿は内心で驚愕していた。
(この若さで、これほどの覇気を身に着けるか……!)
振るわれる金砕棒に込められた武装色の覇気は、自身の大鎌とぶつかり合っても軋むことなく張り合ってくる。
だが、それだけではない。
「うぉおおおおおおおッッッ!!!」
ただ只管に己の怪力でぶん回すだけの金砕棒の一撃が空を切って木の根の地面に叩きつけられる。
灰鹿もまた、熟練の能力者だ。如何に、武装色の覇気の一撃が能力者の実体を捉えられるとしても、
大将の体は真っ二つに灰の塊へとそれぞれ分かれ、空中を進みカイドウの斜め後方に集まり人型を象る。
この間、一秒と掛かっていない。完全な死角からの一撃だ。
だが、この一撃にカイドウは反応する。
木の根へと叩きつけた金砕棒を体の捻りと共に、力任せに振り上げたのだ。
甲高い音と共に、得物がぶつかり合う。
(コレだ。この深く、そして広い見聞色の覇気!
カイドウという男が指名手配され、賞金を懸けられてから注目されるのは彼の圧倒的なまでの個としての戦闘能力だった。
国を殺し、軍艦を沈め、海賊船を木っ端みじんにぶっ壊し、海王類すらも仕留める怪物。その力に注目しない方がおかしい。
だが、ここで灰鹿は、別の面も警戒を強めていた。
その一つが、見聞色の覇気。
察知能力がずば抜けている上に、その察知した相手に対する行動へのラグが無い。
即断即決。言うは易く行うは難しのテンプレートである事を、カイドウは一切誤る事無く、そして躊躇う事無く熟してくる。
極論を言ってしまえば、カイドウの戦闘スタイルは只管に金砕棒でぶん殴るゴリ押しでしかない。
そこに加えて、類稀なる剛力とそれから覇気の素質が合わさる事で一つの戦闘スタイルとして確立されていた。
本来ならば、このような戦法は、自分を上回る力の持ち主には通用しない。
しかし、灰鹿は元々技巧派の海兵。加えて、老齢が近づく年齢。老いという名の劣化が始まろうか、といった具合。
無論、現状の彼とカイドウの間には実力差がある。現に浅いとはいえ一方的に傷を負っているのはカイドウばかりなのだが。
故に、言葉が口を吐く。
「……解せんな」
「…………」
「貴様、それだけの力を持ちながら、何故国を裏切り、海兵とならなかった?」
「あ゛?」
うぞり、とカイドウの蟀谷に青虫の様に青筋が浮かぶ。
灰鹿からすれば、それは単なる疑問でしかなく、挑発の意図は本当に一切無かった。
元々海賊志望であったのなら別だが、このシャボンディ諸島を訪れるまでカイドウは何度となく海賊船を沈めている。
頭が回るのなら、船長だけを叩き潰して乗っ取ってしまえば良い。そうでなくとも、下っ端として適当な海賊に紛れ込んでも良いかもしれない。
しかし、それをしなかった。島に上陸して仲間を集める様な事もしてこなかった。
故の疑問。そしてそれは、虎の尾を踏む事に他ならない行為でしかなかった。
「何故?何故、だと?」
ざわざわと、カイドウの髪が炎の様に揺らめき逆立ち始める。
同時にその身に宿した覇気の勢いと力強さが加速度的に増していく。
「――――俺は、道具じゃねぇんだよ……!」
「ッ!」(これは、覇王色の覇気……この男もまた、覚醒者だったのか!)
警戒を強める灰鹿へと、カイドウは金砕棒の先端を突きつける。
「俺は、俺のやりたいようにやるだけだ。テメェらのちゃちなお題目を押し付けてくるんじゃねぇよ!」
いつだって、彼はやりたいように突き進む。
国を滅ぼしたのも、海軍を襲うのも、海賊を潰すのも、そして天竜人を殴り飛ばしたのも、何れもがカイドウという男が自分を押し通した結果に過ぎない。
彼は自由を渇望する。そして、強制を疎み、拒み、嫌う。
“憤怒”のカイドウ、とはよく言ったもので彼の全力のトリガーは、“怒り”に付随している。
「ッ!?」
先程よりも更に速く、そしてより強い覇気を纏った一撃を受け止め、灰鹿は目を見開いた。
明らかに強くなっている。少なくとも、先程よりも軽く二段階は上だろうか。
とはいえ、大将である灰鹿が揺らぐことはない。
大鎌を回し攻撃を仕掛けつつ、足元から
「
「ッ、ぐっ……!」
鎌に金砕棒を押さえられたところで、背後から重い一撃。
足元に広がった灰の大地。
“灰”は降り積もるものだ。この積もった灰は、灰鹿の意思によって形を変え、質量を変えて領域に踏み込んだ敵対象へと襲い掛かる。
本来ならば
つまり、灰鹿からすれば能力を広く行使する事は何ら問題はない。
加えて。
「そろそろ、
「あ?……?」
襲い掛かってくる灰の塊を捌くカイドウ。
その頭上から、何やら雪の様なものが降り始めていた。
「ッ!?ゲホッ!エホッ!」
僅かに吸い込んだ瞬間、大きく咳き込む。
「
左手を顔の高さまで持ち上げ、人差し指で空を指す灰鹿。
灰というのは、吸い込むと鼻や喉に不快感を覚え、気管支や肺にまで達すれば喘息にも似た様なゼーゼーとした呼吸となる。当然、呼吸器官系の疾患があれば悪化してしまう。
如何にカイドウといえども、生物的な反射などまでは防げないし、抗えない。
咳に加えて、鼻水と、それから涙まで出てきて顔はぐしゃぐしゃ。
更に追い打ちとばかりに足が止まった所で、足元から上ってくる灰と、上から降り積もってくる灰のダブルパンチがその体を襲う。
ザラザラと体を這ってくる灰の感覚に、振り払おうとするカイドウだが、咽る彼は動けない。
振り回していた右腕も灰の触手に絡めとられて拘束。
瞬く間に、カイドウの全身は灰に飲み込まれ、その体は彫像と化してしまう。
「
高圧力をかけられた灰は、岩石に勝る。
加えて、常に全方向から身体に圧力をかけ続けるのだ、まず脱出は不可能。
「むっ……」
灰鹿は、異変に気付く。
石灰の棺桶は、億越えの賞金首だろうと拘束できる。加えて、
突破するには、石灰の棺桶に掛けられた圧力その物を打破する他に無い。
普通は、無理だ。人体の構造上、関節部などを直接に押さえつけられると動かす事に支障が出る。力も発揮できない。
だが、生憎と現在棺桶に囚われているカイドウという男は、普通ではない。
「……凄まじい力だ。そして、圧倒的なまでの潜在能力……ここで仕留めるべきか」
灰鹿の選択。鎌を一度右手で廻し、そして柄を両手で握って体を捻る様にして構えを取る。
元々大鎌自体は業物ではあるが、その刃の部分へと何処からともなく大量の灰が集まりその見た目は宛ら巨大な三日月だろうか。
ツルハシの様な形状となった大鎌を構える。
この間に、石灰の棺桶には顔面中央辺りより亀裂が刻まれていた。同時に、ミシミシと軋む音と共に灰の塊がポロリポロリと崩れ始める。
武装色の覇気は、ある一定の段階まで進むと纏った際に、その部分が黒く変わる。“硬化”と称される現象で。この状態は、言うなればその部位に鎧をまとった様なものだ。
基本的な使い方としては、腕や足など攻撃に用いる部位、或いは防御する際などが該当する。
しかし、何事も例外はある訳で。
「――――……ぅぅぅぅうううぉおおおおおおおッッッ!!!」
咆哮、そう称しても良い覇気を含んだ大喝と共に、石灰の棺桶が大きく弾け飛ぶ。
その中より現れたカイドウの姿は、武装色の覇気を全身に纏った状態で“硬化”させたもの。
宛ら、“黒鬼”だろうか。
「はぁあああぁぁぁぁ…………ッ!」
大きく口より蒸気の様に呼気を吐いて、直後その体は掻き消える。
常人には眼で影すらも追えないかもしれないが、灰鹿は違う。確りと、カイドウがどこに動いていたのか追っている。
全身に覇気を纏ったまま、カイドウの姿は上空にあった。
下を見るその目は、真っ直ぐに
頭上で掲げられる、金砕棒。
カイドウには、明確な技というものが存在しない。これは、金砕棒の一振り一振りが必殺となるからだ。
だが、これから先はそうもいかない。
何故なら、現状自分よりも上の相手がまだまだいる事を知ってしまったから。
故に、カイドウは己の持ちうる技術を集結させた。
“月歩”による空中落下加速。加えて重力と、それから高速で前転。
その姿は、宛ら漆黒の丸鋸。それが風を切り裂き灰鹿へと迫る。
対する、灰鹿。彼に、逃げるという選択肢はない。
「舐めるなよ、
大鎌に宿った灰の量が更に増し、収まりきらなかった分が白い炎の様に揺らめく。
更に加えて濃密な武装色の覇気も上乗せだ。
そして、この戦いにおける
「大・黒・天ッ!!!」
「
漆黒の鉄槌に対して、その場で一度回転し勢いを乗せて放たれた灰色の巨大な斬撃。
その激突は、空を大きく割り砕く。