百獣と呼ばれぬ男   作:八海山

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蒼天

 深海の楽園“魚人島”。

 当然ながら、その周囲は何処まで行っても海水ばかり。

 加えて、海底一万メートルの世界だ。水圧が凄まじく、凡そ1000気圧。1000kgの重りが上下左右、人体ならば全身に密着するようにして圧力を加えられる事になる。

 この環境に適応できるのは、魚人族や人魚族、それから海王類や海獣など。若しくは、

 

(大分、慣れてきたな)

 

 強靭無比な肉体を持つ、この少年位か。

 少年、カイドウは海中を魚人顔負けの速度で駆けまわっていた。

 “月歩”の応用だ。強靭な脚力を利用して、海中を蹴る事で種族差を超えた動きを可能としていた。

 もっとも、どれだけ化物染みていようとも彼の種族は、人間。水中では呼吸は出来ない。

 くるり、とUターンして向かうのは、ここ最近の拠点となっている“海の森”。

 シャボンを潜り、溜め込んでいた空気を吐き出して、新たな酸素を体に取り入れた。

 

「ふぅー…………」

「――――たっはっ!……!……!もう、魚人顔負けだな、カイドウ!」

「トム。また、デンの付き添いか」

「それもある。が、わしとしてはこっちが本題だ」

 

 そう言って、コンゴウフグの魚人であるトムはシャボンに入れられた袋をカイドウへと差し出した。

 

 二人の、より正確に言うならばトムと、それから彼の弟であるデンの出会いは彼らが“海の森”を訪れた事に始まる。

 その歴史的背景により、彼らの人間不信というものは種族単位であると言えるだろう。

 

 だがその日、二人は例外も居るものだと理解する事になる。

 

 

――――『ふざけた事してるんじゃねぇッッッ!!!』

 

 

 海の森近くで、人攫い屋に攫われる人魚たち。

 そして、そんな彼らを攫った船に単身突撃して救ってみせた角のある少年。

 金砕棒片手に暴れ回る姿は、宛ら鬼神の如し。しかし、戦闘が終わり人攫い屋の船が海の藻屑となった後はどうだろうか。

 不器用でぶっきらぼうながらも、人魚たちを気にして魚人島の近くにまで送り届けていた。

 善人では、無いのだろう。人攫い屋が相手とはいえ、船一つ丸ごと沈めて船員の救助は一切行わなかったのだから。

 それでも、見直すには十分な情報だった。

 

 そして今では食料関係の提供を行う仲。もっとも、供給される側であるカイドウは毎度渋い顔をしていたが。

 

「おい、トム。毎度言ってるが、俺に良い顔をするのは止めておけ。俺は、賞金首だぞ?」

「確かにそうかもしれん。だが、同時にわしら魚人族並びに人魚族の恩人でもある。おめーがここら一帯を見回る様になってから、人攫い屋たちが来る頻度はあからさまに減った。いや、元々そこまで多くは無かったが……それでも奴隷被害が減っているのは事実だ」

「…………」

「これは、わしらからの感謝の証。そう受け取ってくれ」

 

 深い皺を眉間に刻むカイドウだが、そこまで言われて受け取らない訳にもいかない。

 シャボンから袋を受け取り、その場にどっかりと腰を下ろす。隣には、トムが座った。

 

 透明な壁の向こう側には、豊かなサンゴと魚たち。それから少し離れて鯨の群れが視えた。

 隣を見れば、むっつりと黙り込んで運び込まれた食料を食べる少年が居る。

 彼は知らない事だが、既に魚人島ではカイドウの噂が流れていた。

 そもそも、海中一万メートルを自由に泳げる人間など、噂にならない方がおかしい。そして実際に助けられた人魚や魚人が居るのなら猶の事。

 賞金首である事を理由に、魚人島へと入島する事を拒んでいるカイドウだが、早晩許可が下りそうな程度には噂は広がっている。

 

 しかし、良い事ばかりではない。

 噂が広がれば当然ながら、面白くないと感じる者も出てくる。えてして、そういう輩は己の力が弱くとも周りに火を点けるのが上手かったりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 魚人島の暗部、“魚人街”。

 荒くれ者が多く屯するこの街には、魚人島以上に凶暴な人間へのヘイトというものが折り重なった灰の様に降り積もって蓄積していた。

 

「――――人攫いから、人間が人魚を助けた?」

「ああ、そうだぜタイガー。今、魚人島のそこかしこで噂になってるのさ」

「そうらしいな。人魚だけじゃねぇ。魚人の中にも助けられたって奴がかなりの数居るらしい。加えて、ここ最近は人攫いそのものも減ってる」

「…………」

 

 大人たちの話を聞きながら、フィッシャー・タイガーはむっつりと黙り込む。

 未だ子供と言っても良い年齢の彼だが、その実力は荒くれ者の多い魚人街でも屈指のモノ。しかしその一方で度量が広く、荒っぽい所の多い魚人の中では比較的おとなしい質でもあった。

 魚人島でも流れる、人魚や魚人を助ける人間の噂。それは当然ながら、魚人街にも広がっていた。

 良い印象、とはいえない。言えないが、しかし興味がない訳でもない。

 

 彼らは、どこかで期待を捨てきれずにいる部分がある。大なり小なり、口ではもう期待しないと言いながらも。

 

 不意に、グラスが置かれた。

 

「お?タイガー、どこかに行くのかい?」

「ああ」

「噂の人間なら、“海の森”の方面に居るらしいぜ」

 

 その言葉を背に受けて、タイガーは行動を開始した。

 といっても、仲間を引き連れて取り囲む、なんて野暮な事をするつもりはない。

 ただ、彼は見極めたいのだ。件の噂を、そして何故その人間は人魚や魚人を助けるのかを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 水中での身のこなしは、実に難しい。

 これは、水圧による水の抵抗の結果、地上で動くよりも圧倒的にパフォーマンスが落ちてしまうから。

 だがしかし、魚人島の魚人街にてその技術は生み出された。

 

 魚人空手。水中においても威力が低減せず、寧ろ増す特性のある特殊な拳法。

 

――――「おめーが強くなりたいって言うなら、ソノ技術を身に着けても良いんじゃねぇか?」

 

 トムの言葉である。

 カイドウ自身、相手の技術を身に着ける事に抵抗はない。というか、その手のラーニング能力には寧ろ優れていると言えるだろう。

 でなければ、見ただけで“六式”の一部とはいえ体得できるはずもない。

 

 水中で留まりながら、不意にカイドウは懐からとあるモノを取り出した。

 先端を押す事で、反対から現れるシャボン。

 

「……フゥ……こいつは、便利だ」

 

 頭に被ればちょっとした息継ぎのポイントに出来る。見た目は気に入らないが。

 バブリーサンゴと呼ばれるもので、陸上では移動がほぼできない人魚族には必須アイテムでもある。

 海底に降り立ち、カイドウは腕を組む。

 考え込み、そして、

 

「!スゥッ!」

 

 一瞬でシャボンが萎むほどに息を吸い込んでカイドウは胸の前で腕を交差させる。

 直後、

 

「千枚瓦正拳っ!!」

 

 腹の底へと響く重い衝撃と共に、彼の体は勢いよく後方へと吹き飛ばされていた。

 突き立った岩にぶつかり、舞い上がった粉塵の向こうに消えるカイドウの姿。その彼と入れ替わる様にして、一人の魚人が海底に降り立った。

 赤い肌にぎょろりとした目が特徴的な彼は、真っ直ぐに粉塵を見ている。

 直後、岩が弾け粉塵が振り払われてカイドウが現れた。

 

「……!」

「水中じゃ、喋れねぇだろ。だが、見極めさせてくれ」

 

 ぎろりと睨んでくるカイドウの眼光を真っ直ぐに受け止め見返して、フィッシャー・タイガーは構えを取った。

 いつもならば、怒りのままに暴れそうなカイドウなのだが、今回はどうやら違うらしい。

 彼はジッと、相対する魚人の目を見ていた。

 

 言葉は不要。拳を握る。

 得物である金砕棒は、海の森に置いてきてしまった。だからといって、得物が無いからと尻尾を巻いて逃げ出すなど矜持が許さない。

 

 やる気になった相手を見やり、仕掛けるのはフィッシャー・タイガーだ。

 海底を蹴り、突っ込みながら振り被るのは、右肘。

 

「腕刀斬りッ!」

 

 振るわれる一撃を前に、迎撃のために左拳を振るうカイドウ。

 だが、

 

「ぶっ!?」

 

 地上に比べれば遥かに遅い拳は、思った以上に伸びない。先に肘打ちが顔面へと襲い掛かり、吹っ飛ばされる。

 しかし、やられっぱなしではない。

 すぐさま体を起こすと、お返しと言わんばかりに“月歩”を利用した海中移動を見せる。

 

(ほう……)

 

 並の魚人より遥かに素早く海中を移動するその姿に、タイガーは内心で噂も存外嘘ではない、と感心を一つ。

 しかし、現状カイドウに水中での戦闘手段は無い。少なくとも、決定打になる様な動きは、

 

「ッ!なんだと!?」

 

 出来ない()()()()

 目を見開くタイガー。

 彼に迫るのは、先程自身が繰り出した魚人空手の技を、まるで鏡に映したかのように行い、突っ込んでくるカイドウの姿だった。

 咄嗟に防げば、付け焼刃とは思えぬほどの()()がその一撃には乗っていた。

 

 実の所、純粋な膂力という面で見れば、タイガーよりもカイドウの方が上だったりする。

 種族的に優遇されているのがタイガーならば、カイドウの場合は種族云々以前に生物的な面からあらゆる相手を凌駕しかねないポテンシャル。

 

 何より、怪物(カイドウ)はまだまだ発展途上。

 

(成程な。海中なら、踏ん張りよりも勢いの方が大切か。得物(金砕棒)に頼り過ぎた付けだ)

 

 カイドウ自身、戦闘スタイルに拘りは無い。

 強いて挙げれば、戦場を選ばない。己の行く道全てを阻む壁を粉砕できるのなら、それで良い。

 

 そこからの戦闘は、只管のぶつかり合い。

 タイガーが、魚人空手の技を使えば使う程に、カイドウはそれら技を自己流で身に着けつつ、尚且つ水中における戦闘は洗練されていく。

 時折息継ぎの為に、バブリーサンゴより生み出したシャボンを吸い込むカイドウだが、タイガーはソレを邪魔する事はない。

 彼の目的は、あくまでも自分なりに目の前の人間を量る事だから。

 ぶつかり合いながら、咄嗟にタイガーは背後を取る。

 いつの間にか、二人は海底を離れて戦いの場は何も無い海中へと移っていたのだ。目算で三十メートル程離れただろうか。

 

「行くぞ!死ぬんじゃないぞ、人間!」

 

 言うなり、タイガーは魚人としての潜水能力をフルで使って、カイドウを抱えて真っ逆さまに海底へと向かう。

 その速度は、最早落下と言えるほど。

 

「……!」

「激突直下航路ッ!」

 

 水圧変化では殺せない。故に、真っ逆さま落ちる様な勢いを乗せて、相手を水底へと頭の先から叩きつけるのだ。

 巻き起こる、衝撃と粉塵。その天辺より飛び出すのはフィッシャー・タイガーただ一人。

 海流によって粉塵が晴れれば、そこにあるのは頭から腰ほどまで岩盤に埋まったカイドウの姿だ。

 

 普通は、死ぬ。そもそも、この水圧の時点で身動きの一つも取れずにぺしゃんこ。

 だがしかし、

 

「オオオオオッッッ!!!」

 

 この男は別。

 口から大きく泡を吐き出しながら、咆哮と共にカイドウは岩盤より抜け出したのだ。

 息継ぎをして、上を睨む。

 フィッシャー・タイガーの実力は、大将灰鹿には及ばないだろう。代わりに、今の彼には地の利がある。

 

 一方でタイガーもまた、カイドウの実力を理解した。その学習能力の高さも。

 

 ()()()()()()()()()使()()

 

「はぁ……はぁ……魚人()()

 

 徐に、自身の目の前にある()()()()()

 

「“水心”……」

 

 魚人空手も魚人柔術も、何れもその神髄は“水”の制圧にある。

 この“水”というのは真水や海水のみならず、この世の液体のほぼ全て、それから大気中、そして生物が内包する水分なども含めて。

 

 タイガーの周囲で、海流が渦を巻く。

 

(さあ、来い……!)

 

 態々、目の前で見せたのだ。タイガーは、目をもって誘いをかける。

 

 その目を見返して、カイドウは小さく泡を吐き出し、飛び出した。

 幾つも真似をした、魚人空手の技。その過程で、彼はとある気づきを得ていた。

 

(水は、かき分ける。この考えが間違ってた。()()()()()()!そして、衝撃を伝わせる水は、指向性をもって抵抗力を失う!)

 

 水中を蹴りながら、真っ直ぐにタイガーの下へと突き進むカイドウ。

 そして、ソレを容易に許すはずもない。

 

「行くぞ!――――海流一本背負いィッッッ!!!」

 

 大質量の水塊が、宛らのたうつ大蛇の如くカイドウへと襲い掛かった。

 普通は、避ける。無理なら、ガード。そうでなければ巻き起こされた海流に飲み込まれて、そのまま海底の岩盤へと叩きつけられる事になるだけ。

 

 だが、カイドウは逃げない。代わりに、その右足にこの戦いが始まって、初めて武装色の覇気を纏わせる。

 気付き、そして学び。後は、実践だ。

 

「蒼天――――」

 

 一つ溜を作って、左足で跳躍。その勢いを殺さないように更に加速しながら、思いっきり右足を踏み込んだ。

 当然、更に前へと飛び出すカイドウの体。そして、踏み込んだ右足は自然と後ろへと行き、その間が更なる溜となる。

 

――――烙鮫沙(ラクシャーサ)ッ!!

 

 その蹴りは、一撃で海を割る。

 魚人空手の技法を取り入れ、“水”を伝う衝撃をモノにしたこの技はぶつかり合った海流を()()()()大きく弾けさせた。

 大技を突破し、拳を構えたカイドウが、タイガーへと迫る。

 そして、

 

「――――」

 

 その拳は、肉を捉える事は無い。

 眼前に止められた拳を、真っ直ぐに目をそらさず見つめるタイガー。

 そして、拳を引き戻しシャボンを頭に被る、カイドウ。

 

「スゲェ奴だな。お前は人間にしとくのは、惜しいぞ」

「……ふん。態々、俺に技を教えてどういうつもりだ?」

「最初はそのつもりじゃなかったんだが…………先に名前を聞かせてくれないか、人間」

「カイドウだ」

「カイドウ……おれは、フィッシャー・タイガー。こう見えて、魚人街じゃ少しは名の知られた立場をやらせてもらってる」

 

 先程とは一変して、気さくな態度のタイガーにカイドウの眉間に皺が寄る、が彼は何も言わない。

 そもそも、相手から本気で敵対しよう、とする意志が感じ取れなかったのだ。だからこそ、カイドウは怒らず、真正面から確かめる様に戦っていた。

 

 かくして、並みの者では死人が出そうな()()()()は幕を閉じた。

 そして、この出会いは後の運命を歪ませる一端にもなる。

 

 今は誰もまだ、知らない。














幾つかの補足をここでさせていただきます。


先ず、大将灰鹿について
こちらは、オリジナルの海兵キャラが欲しくて出させていただきました。十二支じゃないの?というご質問もありましたが、その辺りはゼファー先生の“黒腕”とそれからセンゴクさんが大将の時にはコードネームが付いていない事から、あくまでも十二支関連は三大将から始まった、と考えた為です。後は純粋に、語呂の良さから

あと、灰鹿の実力ですがシャボンディ諸島では実力が完全に発揮できなかった点(島の被害を顧みて)と単純に老いデバフがあるから弱く見えます。全盛期は、一応三大将一歩手前?位のイメージです

続いて時系列ですが、今作のカイドウさんは、最終的には原作の五十九歳に辿り着きます。つまり、話の流れ的には原作の過去を断片的につなぎ合わせた感じですね

更に続けて、白ひげや金獅子への言及ですが、いくら大海賊時代前であっても、偉大なる航路が過酷な旅路である事には変わりない筈です。寧ろ、人の少なかったからこそ、強者は大きく名が売れた、と考えました。
そもそも、原作ではカイドウさんがロックス海賊団に所属した事を騒がれているんですから、そんな彼よりも更に前から海賊として活動していたであろう白ひげ達もその異名と共に名前が広がっていたと思います

長くはなりましたが、今回はここまで。読了、感謝
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