百獣と呼ばれぬ男   作:八海山

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海賊

 海を蹴る。武装色をその足に纏わせる事で、その速度は魚人を上回り人魚に肉薄する。

 

「スゥー………」

 

 合間合間にバブリーサンゴに因る息継ぎを挟みながら、カイドウは海面へと()()()()

 

 フィッシャー・タイガーとの邂逅から暫く。

 流石に延々ダラダラと海の森に居続けるのも飽きてくるというもの。超水圧の中でも問題なく動ける様になり、心なしか体も一回りは大きくなった所で、彼は旅の続きを始める事にした。

 世話になったトムや、彼の弟であるデン。助けた人魚や魚人達。それからフィッシャー・タイガーに礼を言い、彼は海へと飛び出していた。

 

 海底から海面まで一万メートルの旅。

 コーティングした船でも数時間は擁するであろう長い道のり。加えて、その間には海王類が居る。

 もっとも、

 

 

――――蒼天・爆衝(ボンショウ)

 

 

 魚人空手の神髄である“水”の制圧から放たれる衝撃を利用した攻撃を可能としたカイドウには、現状デカい巻き藁に過ぎない。

 加速のままに叩きつけられた金砕棒から伝う衝撃が襲い掛かってきた海王類を内部から破壊するのだ。

 白目をむいて海中に浮かぶ海王類。

 その巨体を、カイドウは思いっきり蹴り飛ばし、見聞色の覇気の範囲に入っていた他の海王類へのけん制とする。

 

 そんなこんなで、海上を目指して一時間程が経過しただろうか。

 

(明るくなってきたな)

 

 日の光が直接入って来るからか、水の色が変わってきた。同時に、視界の先で光が揺れる。

 一際強く蹴れば、その光は一気に迫ってきて、

 

「――――はっ……!」

 

 暫くぶりの空へとカイドウの体は打ち上げられる。

 シャボンではない空気と、それから陽樹“イヴ”を介さない日の光。

 それらを全身で、大の字の格好で受け取ったカイドウ。

 時間にすれば数秒か。彼の体は重力に引かれて再び海面下へと消える。

 

 前代未聞だろう。レッドラインを泳いで潜った人間など。

 兎にも角にも、新世界入りは果たした。

 

 次なる出会いはもう間もなくだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 海面を滑る様に、軍艦が行く。

 

「情報は、何も無しか」

「はっ。シャボンディ諸島のみならず、その周辺にある島々、並びに海域においてもカイドウの目撃情報はありません。大将“灰鹿”。やはり、奴は死んだのでは?」

「いや、それはありえないだろう」

「ですが、だとしたいったい何処へ……」

「我々の目が届かず、尚且つ目撃情報もまず得られない場所があるだろう?」

「え…………まさか……!」

 

 甲板に立ち、航路の先を見つめる灰鹿へと報告を行っていた海兵は目を見開いた。

 

「“魚人島”ですか!?で、ですが、あそこは水深一万メートルですよ!?コーティング船も無しに到達できる場所では………」

「だが、それ以外考えられまい」

「仮にそうだとしても、一体誰がその手引きを?」

「…………私が出動したのは、天竜人への暴行が原因だった。可能性として見るならば、そこだろう」

「天竜人の奴隷、ですね」

「ああ……聞き込みで分かっているが、あの場には()()()()()から()()()()()()人魚や魚人が居たと。もし仮に、彼らがカイドウを救ったとすれば、おかしな事はあるまい」

 

 淡々と語りながら、灰鹿は右の拳をポケットの中で硬く硬く握りしめる。

 どれだけ高い志を持とうとも、どれだけ高尚な目的を語ろうとも、組織という範囲に所属している限りどうにもならない現実というものに何度となく直面する。

 実の所、海軍の中にもそれら現実と自身の志のギャップに壊れて除隊してしまうケースが珍しくない。

 

 灰鹿自身は、表面上割り切る事は出来てきた。思う所はあれども、その内心と仕事を割り切って行動出来ていたのだ。

 しかし今回、天竜人を殴り飛ばして結果的に奴隷たちを助ける事へと繋がったカイドウの行動に思う所があった。

 

 

 “憤怒”のカイドウ――――懸賞金5億6000万ベリー

 

 

 跳ね上がるどころの話ではないが、天竜人をぶっ飛ばし、大将と正面切って戦えるという戦闘能力を加味しての懸賞金額だ。

 因みに、灰鹿は更なる懸賞金の上乗せを求めていたりする。だが、こちらはカイドウ自身の年齢と既に億単位の上昇値であったために却下されていた。

 

「――――ぶわっはっはっはっは!相変わらず、灰鹿のオッサンは眉間に皺が寄ってるな!」

「ガープ」

 

 眉間に皺を寄せて手配書を見ていた灰鹿の下へやって来たのは、一人の大柄な海兵。

 三十代という海軍内ではまだまだ若い部類の男だが、その戦闘能力は既に周りから飛びぬけていると言っても良いだろう。

 

 モンキー・D・ガープ。海軍本部中将の階級に位置し、武器を扱わないながらも派手な肉弾戦を披露する勢いのある男。

 

「その男が、オッサンの言ってたカイドウか」

「ああ、そうだ」

「…………十代のガキの面じゃねぇな」

 

 ガープが顔をしかめるのも無理はない。

 手配書に載せられた顔写真は、二つ名に違わぬ“憤怒”の形相。怒りその物が、そのまま形となって咆えている様なものだった。

 噂程度だが、彼もまた情報を幾つか耳にしている。

 億越えの賞金首を破っただとか、海軍少将が乗った軍艦を沈めただとか。

 

 何より、目の前の男(海軍本部大将)と引き分けた。この事実だけでも、とても大きい。

 

「捕まえるのか?」

「奴を閉じ込めておける檻を用意できるのなら、な。たとえインペルダウンであろうとも、あの男(カイドウ)にとっては脆いだろう」

 

 世界一の大監獄“インペルダウン”。

 海底へと向かうようにして造られたこの監獄は、罪の重い犯罪者程下の階層に放り込まれ、日夜刑罰を受ける事になる。

 悪魔の実の能力者には、能力を封じるための海楼石製の拘束具が宛がわれるのだが、その一方でそれ以外の者を押し込むには、少々難しい。

 カイドウもその一人。彼は能力者ではない上に、高レベルの覇気を身に着けており監獄に放り込んだとしても気分次第で身一つで脱獄しかねない。

 

「だが、今は別件を熟すとしよう」

「……おれとしては、ロジャーの方に行きたいんだがな」

「そう言うな。奴を放置すれば、それこそ世界的な危険がある」

「ロックス、オッサンは、戦った事があるのか?」

「ああ………悪魔のような男だ。その実力も、悪夢と言って良いだろう。高レベルで纏まった覇気、“覚醒”に至った能力。正しく、怪物だ」

 

 灰鹿が苦々しく呟くのも無理はない。

 

 ロックス・D・ジーベック。この偉大なる航路において、最も危険な男とされその戦闘能力は海軍大将であろうとも一蹴する。

 恐ろしいのが、彼が未だ単独である点だろう。つまり、海賊団を率いない単独の戦力で海軍という組織を潰さんとしてくるのだ。

 

 今回、大将と中将の二人を乗せた軍艦が新世界を行くのは、このロックスの調査を兼ねているから。

 ここ暫く、妙に大人しい事から世界政府、並びに海軍は警戒をつのらせていた。

 

 その最悪は、世界を揺らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって新世界のとある島。

 

「…………随分と変わった()だな」

 

 泳いで港へと辿り着いたカイドウは、髪の水気を払いながら島のシンボルともなっている()()()()()()()を見上げる。

 彼には、地理関係の知識がない。

 “月歩”で空を飛ぶか、只管に泳いで次の島を探すというのが多い。加えて、フィッシャー・タイガーとの約束から時折深く潜るおまけ付きだ。

 そんな彼だからこそ、この島の名前を知らない。どんな場所かも知らない。

 

「おいおいおいおい、ここはガキが来るような場所じゃないんだぜ?」

「ケッヒヒヒヒ……そ、そーそー……大人しく海へと帰りなァ」

「その前に、身包み剥いじまうけどなァ!ギャッハハハハハハハ!!」

 

 島へと足を踏み入れて、ものの十秒で取り囲まれた。

 揃いも揃って三下の様な面だが、だからこそ今まさに自分達が取り囲んでいる男の危険度というものを一欠けらも感じ取れない。

 雑魚だ。そして典型的な、弱者から搾り取る事に一切の罪悪感を抱かない海賊。カイドウは右手に握る金砕棒に僅かに力を籠め、徐に持ち上げる。

 

 何をしているのか。そう問おうとする海賊の一人。

 だが、その言葉が口から出る前に、自分達が一体どんな化物に喧嘩を売っているのか理解させられる事になった。

 

「フンッ」

 

 軽く振り下ろしたようにしか見えなかった金砕棒。

 だが直後、地震と地面を伝播する衝撃が、海賊たちを襲う。

 

「うぎゃああああああああ!?」

「な、何だってんだよ、これぇええええええええ!?」

「く、崩れるぞ!逃げろ!?」

 

 カイドウを中心とした数十メートル範囲が、衝撃と揺れに襲われ吹っ飛ばされていく。

 海底を泳ぎ、超水圧によって鍛えられた彼の基礎能力は、既に灰鹿と戦った時と比べて別人と称せる程の領域へと至っていた。そこらの木端海賊など、何百人襲い掛かろうが息一つ乱す事はないだろう。

 

 とはいえここは、“海賊島”と呼ばれる偉大なる航路後半の海である“新世界”の中でも危険度トップクラスの島。

 “ハチノス”とも呼ばれ、ちょっと突けば殺気立った海賊たちが、巣を攻撃された蜂の如くわらわらと現れる。

 

 カイドウの()()()()()()と共に、闘争のゴングは掻き鳴らされる。

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