I will always love you! 作:リアム
厩務員は日に日にデイヴィッドが自分の言葉に対する反応が鈍くなっていくのを感じていました。それなのに、厩務員には誰かを頼る伝手も、現状を変える学もありませんでした。
歯痒い時間を過ごしながらも、厩務員がデイヴィッドへと向ける「助けたい」という思いだけは変わりません。
厩務員の名前はリアム・ベネット。愛するものへの祝福を願う守護者の名前を与えられた男でした。
coward.
男は相変わらず変わらない毎日を過ごしていた。無意味に力を込めた手の中にある携帯の画面には、数え切れない程の「御免なさい」を告げるメールデータが残されていた。
技術を磨く為にトレセン学園にいる先輩トレーナー全員へとサブトレーナーの申し入れをした気がするが、タイミングだったり枠が埋まっていたりと、思いが実る事はなかった。
男は大学進学から資格勉強、取得という道を選んだからこそ世間一般的に行われる就職活動をした経験がなく、トレセン学園に所属してから漸く擬似的ながら「お祈りメール」の苦しさを知った。
既にトレーナーらしい活動を始めた同期と比べて男の中へ蓄積するのは教本から得られる先人達から教えのみで、ウマ娘と共に学んでいく生の経験値は今だに得られていないどころか、考え様によってはマイナス値へと振り切っていた。
数日前に男の元に届いた両親からの温かい応援が書かれた手紙は申し訳なくて、幼い頃から絶えず夢を応援してくれた輝かしい思い出を否定してしまいそうで、半分も読めずに仕舞ってしまった。
「……やっぱり、私には身の丈の合わない夢か」
割り振られた部屋の中で溜め息を吐いてからふと、そうだ。と思い立つ。頭の中に私はウマ娘を導くトレーナーになりたかったのだから、中央に拘る理由なんてと逃げ道を作るかの如く甘い言葉が次々に浮かんでくる。
男は自分には必要がないと思っていた、思いたかった書類を引き出しの中から引っ張り出し紙面へとペンのインクをぶち撒ける。提出先からの心情は悪いかもしれないが、これを出して受理されれば、男は中央のトレーナーではなくなり、地方のトレセン学園への所属を目指す1人となる。
きっとこの場所ではないトレセン学園なら、今よりは可能性がある。逆に一年、二年と縋り付くよりも早く行動した方が得られる経験が多い。
男は、自分を無理矢理納得させながら、若さと経験不足からくる己の視野の狭さには気付かないまま、何かが溢れ落ち滲んでいく紙は気付かない振りでペンを走らせた。
翌日、ほんの少し目元を赤くした男はいつもの様にバッグを持ち、革靴に足を入れる。
「よしっ」
必死に書き上げた書類を忘れていないか、何度も何度も確認しながら普段より何倍もの時間を掛けて辿り着いた日本ウマ娘トレーニングセンター学園。
今日、この日をもって男は中央所属のトレーナーとしてこの敷地を踏む事はなくなる。もしかしたら、地方で大成出来たら地方所属のトレーナーとして何度か来る可能性はあるが、それでも今の様に毎日ではなくなる。
門の前で仰々しく深呼吸をして、一歩を踏み出す。
目線だけは真っ直ぐに理事長室へと向かって歩く。
心残りしかない。それでも、これは仕方のない事だった。だって、自分なりにやれる事はやったと思うから。
「……やっぱり、嫌だなぁ」
男は何度も自分を納得させてこの場所へ来た。
何度も同期達が活動し始めてるのを羨んできた。
自分以外のトレーナーを身勝手にも恨んできた。
心残りなど、ある筈がないのだ。
頭を振って、もう一度脚に「動け」と信号を送る。ぎこちなく動き始めた両脚、惨めに後ろ髪を引かれながら歩き始めた瞬間、何かにぶつかる。
ズルズルといつまでも未練を捨てきれず、あまつさえ注意力散漫で誰かとぶつかるなんて男は思わず三歩下がって、勢い良く身体を曲げる。
「す、すみませんっ! 余所見をしていました!」
登校時間、数多くのウマ娘から視線を浴びながら何秒かして、全く反応のない相手へ恐怖を感じる。
怒らせてしまった。それもそうだ、もし相手がウマ娘なら、怪我をさせた時点で短い競技人生の大切な一瞬を、輝かしい未来を奪う事になる。
男は背中に汗を滲ませながらおずおずと目線を上げる。見えたのは、黒髪に茶色のインナーカラー、全く動かない表情と耳。
「君は……」
数日前に出会った噴水のお隣さん。
不気味な程に変わらないウマ娘。
「あ、えっと、」
男の戸惑いに染まった声が漏れる。
動かない時間。動かない会話。
「……私は、
空気に耐えられず、男、愛以山楓が何を思ったか自己紹介をすれば、目の前のウマ娘は何十秒という間を置いてから、小さく口を動かした。
「わ……わ、たし……ガーベジ……そ、れか……デイヴィッド」
喋れるのか。
不躾にもまず感じたのはそれで、愛以山が次に気になったのは相手が名乗った2つの名前。片方は渾名なのかと思うが、受け取るイメージ的にそうではなく、それでいてなんだか前者の名前は呼びたくないと愛以山は根拠もなくそう思った。
「じゃ、じゃあ、デイヴィッド?」
頷きが一つ。
「私と……専属契約を、結びませんか?」
突拍子もない言葉。だけど、未だに未練タラタラな愛以山にとっては唯一目の前に垂れていた蜘蛛の糸。
例えそれが意味もなく最後に切れようと、少しでもこの場所にいられるのなら、延命できるのなら無様にも握る以外の考えはなかった。
「…………」
デイヴィッドから言葉としての返事は返ってこなかった。しかし、確かに、デイヴィッドは愛以山の言葉に頷いた。
「ごめんね。それでも……私はこの場所でトレーナーをやりたいんだ」
初めて出会った日、あの噴水から離れた後にデイヴィッドが酷く自己主張の苦手なウマ娘なのかもしれないと気付いていた。
コミュニケーションに難のある子かもしれないと分かっていた。それを理解しておきながら利用するなど、大人として、トレーナーとしては三流にも上がれない卑怯者。
それを理解して、愛以山楓はデイヴィッドへと手を伸ばす。「トレーナーである為に」デイヴィッドを利用する。
「どうか、私を許さないでね」
デイヴィッドからの返事は返ってこない。