I will always love you! 作:リアム
向日葵の照らし方
出会いは大学のサークルだった。通う学科は全く違うものだったけれど、座った場所が偶々隣でそこから話す様になって、お互いの夢を尊敬し合う同じ時間を過ごすのにとても心地の良いウマ娘だった。
彼女は現役時代、重賞と呼ばれるレースは勝てなかったけれどオープン戦ではタイトルを獲った事のある選手だったと言う。俺は、あまりレースを見る事が無かったからその凄さは最初理解出来なかったが、彼女と共に何度かレースの中継を見て、漸く彼女の凄さを理解した。
大井レース場、有馬記念と呼ばれる大きなレースが終わってから行われるG1レース、東京大賞典。隣に並ぶ彼女に誘われて、解説をして貰いながら初めて生のレースを見た。
東京大賞典は彼女にとっても思い入れがあるレースらしい。選手だった頃、生涯で唯一出走したG1レース。結果は掲示板に入れなかったけれど、16人の内の1人になれて、ライバル達と全力でぶつかった大きな舞台。
そんな思い出を語って、後輩達を全力で応援して、いつか私のサポートでこんな大きな舞台にウマ娘達を立たせてあげたいとキラキラした瞳で語る姿。
「好きです。俺は、貴方を愛しています」
2分と少し。砂を巻き上げて競い合った子達に賞賛を贈った帰り道、彼女の手を握って、思わず口にした言葉。
暗闇でも分かる程、赤くなった顔を見ながら、もう一度“好き”を口にする。
分かったから!と焦る彼女は時間を置いて、ゆっくりと頷いた。
それからはまた何気ない日常を共に過ごして夢に向かいながら息抜きにレースを見る。無事に卒業して、一緒に暮らす様になって仕事にも慣れ始めた頃、仕事以外で初めてスーツを着た。そして、これが今日の勝負服ねと笑う彼女は世界で一番美しかった。
今でも、この手に伝わる痛みを思い出せる。
文章や映像からは伝わらない、生の気持ちが握られた手からありありと分かる。俺はその手を握り返す事と、身体を摩る事、大丈夫だよと気丈に振る舞ってるつもりで声を掛ける事しか出来ない。
いるか分からない神様、仏様に「どうか無事に」と何度も祈った。
明るかった空がいつの間にか暗くなって、小さな命は顔を出した。最初、先生が息をしていないと言ったから先程とは違う力で互いに手を強く握り合った。漏れ出た泣き声に膝の力が抜けて、有難うと、お疲れ様をずっとずっと口にした。
生まれてきた娘は彼女に似ている。でも、彼女が言うには俺に似ているらしい。柔らかい黒髪に、ムニムニと動く耳、青空を思わせる両目はあの日の東京大賞典と同じ色をしていた。
身体全部で感情を表す娘を見て、彼女は貴方と一緒ねと笑っていた。確かに、役者をしている自分から見たら惚れ惚れする様な所作をしていて、同じ舞台に立ちたいなと言ってみたら、娘はあいあいと頷いた。
ウマ娘の大半は走るのが大好きだ。娘も例外なく走るのが大好きで、更に言うならセンスもあった。かけっこ大会で一番を獲って、勉強もよく頑張る。トレセン学園も夢じゃない!と目標を口にしていた。
娘の顔から消える事の無かった筈の笑顔が無くなったのはいつからだったか。
話を聞いて、病院にも行った、でも変わらなかった。
毎日苦しみながら目を閉じる娘を抱き締める事しか出来ない。俺は沢山の人を笑顔にしたくて舞台に立っているのに、一番笑顔にしたいと思う2つの内の1つを笑顔に出来ない。
苦しいのは娘だ、デイヴィッドだ。それなのに、場違いの俺が苦しんでしまう。当時、座長をしていた俺は周りを支える立場にも関わらず、逆に支えられてしまった。
眠っている時、激しく肩を揺すられて焦る彼女は珍しいと思いながら促されるままに画面を見た。
何年も名前を見る事の無かった出走表に娘の名前が初めて載っていた。2人で騒ぎ合って、良かったと言い合って、デイヴィッドがメイクデビューレースを1着でゴールした瞬間不思議と涙が出た。
その頃からだ。我々の送るメールや手紙にポツリポツリと返事がくる様になって、様々なレースの出走表に娘の名前を見る様になった。
「……あの子、次は、有馬記念だね」
「あぁ。楽しみだね」
アクセスが集中していたのか、読み込みまでに時間の掛かった人気投票の結果。娘の名前は、10位の位置にあった。俺も経験のない10万人もの人の前、想いを託されて舞台に立つ。
2度目のG1レース、前回は偶々本番に向けての稽古期間で時間が作れた。今回は、公演期間に重なるけれど日替わりキャストで奇跡的に俺が出演しない日にレースがあった。今度は泣かずに君の勇姿を見届ける。
デイヴィッドはまた笑ってくれる様になった。きっとこれからはもっともっと笑顔になってくれるだろうと信じている。後は、俺が唯一望むもの。
怪我しないで走っておいで。
「そして、自分らしく表現してこい」
今度のG1レースは青空を背にして、がんばれ、頑張れ、デイヴィッド。