前後編でまとめるつもりが、思った以上に長くなってしまったため、恐らく3話か4話くらいになると思います。
今回は珍しくシリアスなストーリーでギャグ要素は一切ありませんのでご了承ください。
王国の外れにある、とある森の中にユリアス・フォルモンドは住んでいた。かつて血と闘争を求めて無差別的な大量殺戮を行った事があり、今では誰もが恐れてユリアスの屋敷には近づかない。
時折、力自慢の旅の武芸者が力試しにユリアスを訪ねるが、その後彼らがどうなったのかは誰も知らない。殺されてしまったのか、あるいは恐怖の余り闘争心を無くしてどこかに引きこもってしまったのかも知れない。少なくとも、屋敷の主を倒したという話はたとえデマですら湧いた事はなかった。
そんな森の中をとある
そんな中、人が滅多に立ち寄らぬ森の悪路に、少年が足を取られて転んでしまう。その拍子に足首を捻ってしまった。
「あいたたた」
「大丈夫かい?」
「ああ、何ともないよ母さん」
少年が立ち上がろうとすると、右の足首に強い痛みを感じ、思わずその場に座り込んでしまう。
「あ、痛っ」
「あら、足を挫いたのかしら」
「大丈夫だよこれくらい。ちょっと休めばすぐ治るさ」
そう言いながら少年は足をさする。
辺りはまだ明るいが、時刻はもう夕暮れにさしかかろうとしている。秋の日はつるべ落としという諺があるように、暗くなり始めるとあっという間だ。こんな森の中で夜を迎えたら、とても帰れる自信はなく、母親はどうしようか不安を覚えた。
そんな時、とても大きな人影が現れた。それはユリアス・フォルモンドだった。夕暮れ時にたまたま屋敷の周りを散歩していたのだった。
母子はユリアスの姿を見ると、恐怖の余り固まってしまい、動けなくなってしまう。
「ほう、こんな所に人がいるとは珍しいな」
「あ、あ、あ・・」
森の奥に恐ろしいヴァンパイアがいる事は母子も承知していた。が、一方で実際に見た者はおらず、半信半疑だった。だがしかし、ユリアスの醸し出す雰囲気で、瞬時に本物のヴァンパイアだと感じ、恐怖の余り声も出せなくなってしまった。
「案ずるな。貴様らのような無力な者は闘争に値する価値もない。傷つけるつもりはないよ」
「あ、ありが・・、とう、ございます・・」
母親は、声を詰まらせながらも何とか見逃してもらえた事に対し、お礼を口にした。
ユリアスはそんな母親の言葉には全く興味はなく、耳にも入らなかった。それよりもうずくまっている少年に目がいった。
ユリアスは長年の闘争の果てに、相手を一目見ただけで相手の身体的な特徴を瞬時に把握する事ができるようになっていた。体組織の変形や弱体化、痛みの部位などが一目で分かる。それ故にユリアスは少年が足首を痛めている事にすぐに気が付いた。
「少年よ、貴様、足を痛めているな」
「えっ、あ、はい・・」
「どれ見せてみろ」
ユリアスはかがみ込むと、少年の右足首を軽くつかむ。すると少年は痛みで顔をしかめる。
「うっ・・」
「どうやら転んだ拍子に足首を捻ったようだな。足首の靭帯が少し伸びて炎症を起こしている。このまま歩いては関節が不安定な状態になり痛みが増すだろう。こいつは固定せねばならんな」
ユリアスは道端に落ちていた木の枝を拾い上げると、母親に言った。
「おい女、何か枝を固定する紐のような物は持ってないか」
母親は慌てて腰から下げていた物入れからハンカチを取り出し、恐る恐るユリアスに差し出した。
「あ、あの、これでいかがでしょうか?」
「うむ、いいだろう」
ユリアスはそれを受け取ると、少年の足の関節の位置を正常に整え、拾ってきた枝で添え木をし、ハンカチで強く縛りつける。
「よし、立ってみろ」
「は、はい・・」
少年が恐る恐る立ち上がると、足の痛みが先ほどまでと比較し、かなり和らいでいた。
「あ、大丈夫だ。立てます」
少年は痛みの引いた事に驚き、ユリアスに対する恐怖を一瞬忘れる。
「うむ、短時間ならば歩けるだろう。だが、これはあくまでも応急処置だ。帰ったら医者に診てもらうといい」
「ありがとうございます」
母と少年はユリアスに何度も頭を下げる。その動作を見て、ユリアスは今度は母親の姿勢が気にかかった。
「おい貴様、腰を痛めていないか?」
「えっ、まあ、確かに少し痛みはありますが、年齢的に仕方ないかと」
「私の見立てだと、どうやら骨盤と背骨に歪みが生じている。このままではいずれ腰痛に苦しむ事になるだろう。おい女、ここでうつ伏せに寝ろ」
「えっ、ここに寝るんですか?」
「ああ、今はまだ初期の段階のようだ。恐らくは軽い施術で治るだろう」
「はい・・」
母は言われたまま、枯れ葉で敷き詰められた森の道に、そのままうつ伏せになる。ユリアスはその背骨と骨盤の歪みを整復するようにマッサージし、圧を加えていく。
そうしておよそ5分ほど施術を続けていく。
「まあ、こんなものか。おい女、立ってみろ」
「はい」
母親が立ち上がると、先ほどまであった腰の違和感や重苦しさがなくなり、身体全体が軽く感じた。
「あ、嘘、信じられない! 身体が軽い!」
母親は喜びのあまり、思わずその場で小躍りしてしまう。
「そうか良かったな。いいか、その状態を維持したければ常日頃から姿勢には気を付ける事だ。柔軟体操を行うのもいい」
「はい、ありがとうございます」
「おじさん、ありがとう!」
初対面時の恐怖はすっかり消え失せ、母子は喜び勇んで帰っていった。
その帰る後ろ姿を見送りながらユリアスは思った。
「こういうのも、存外に悪くないな」
この母と子を助けた事が、ユリアスにとって大きな転機となる事を、この時のユリアスはまだ知る由もなかった。
続く☆