シャドウバース 短編集   作:クリリ☆

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名医ユリアスの災難②

ユリアスが森で母と子を助けてから数日が過ぎた。

相変わらずの退屈な日々に少し飽き飽きしていると、何やら屋敷の外に人の気配がした。しかも、その人物はユリアスの屋敷の扉をノックする。

時折、ユリアスを訪ねて来る者はいる。その全てが旅の武芸者の力試しであったり、王国軍による討伐部隊などだ。『どうやら退屈凌ぎにはなるかな』と、ユリアスはフッと小さく笑う。

 

「開いている。入りたまえ」

 

ユリアスがそう言うと扉が開かれ、腰が少し曲がった初老の男性が入って来た。ユリアスはその男を一瞥するが、とても強そうには見えなかった。ユリアスは男がどんな用件で自分を訪ねて来たのか皆目見当がつかなかった。

 

「何用かね?」

 

「先生! ここにどんな痛みも治療できる名医の先生がいると聞いてやってきました!」

 

「何だと!?」

 

予想外の答えにユリアスは思わずソファからずり落ちそうになった。

 

「ワシはずっと酷い腰痛に悩まされているんですじゃ、頼む先生、治療してくだされ」

 

初老の男性はユリアスの前で(ひざまず)くと、手を合わせて拝むようにユリアスを見上げた。

 

「まさか、あの母子(ははこ)か?」

 

「その通りですじゃ。いつも重苦しそうに歩いていた彼女が、この前スキップしながら歩いていましたので、どうしたのか訊ねたら、ここで治療を受けたと聞いて、ワシも藁にもすがる思いで参りました」

 

「そうか・・」

 

「先生、何とぞお慈悲を!」

 

ユリアスは小さくため息を吐くと、スッと立ち上がった。

 

「仕方ない、乗りかかった舟だ。それに、ちょうど退屈していた所だ。ただし、私は医者ではない。治せなかったとしても一切の保障はしないぞ」

 

「ありがとうございます先生。診ていただけるならば恨み言は一切言いません」

 

そうしてユリアスは先ほどまで自身が座っていたソファに、初老の男性をうつ伏せに寝かせる。そして体や骨盤を触り、状態を確かめた。

 

「なるほど、貴様もどうやら長年の生活による姿勢の歪みがある。これを改善すれば症状が軽減する可能性はあるな」

 

「そうですか、ありがとうございます」

 

ユリアスは森で母親にしたように、男にも背筋や骨盤の歪みを整復していく。そしておよそ20分程度をかけ作業を終えた。男はソファから起き上がると、腰の痛みが驚くほど軽くなっており、思わず腰を左右に振って状態を確認する。

 

「おお、身体が軽い。まるで20歳くらい若返ったようだ!」

 

「まあこんな所だろう。しかし一回で治せるような軽いものではない。恐らく数回に渡って施術する必要がある。それと、自宅での自主訓練も必要だ。私がやる全身のストレッチを教えてやる。帰ったら毎日やるといい」

 

「はい、分かりました!」

 

ユリアスは男にいくつかのストレッチを指導した。そうして男はお代にと、畑で作った野菜を置いて帰っていった。

 

それから数日後、ユリアスの屋敷の周りに再び人の気配がした。しかも一人や二人ではない、大勢の気配だ。ユリアスは懸念に思い、窓から外を伺うと、十数人の中年から初老の男女がやって来ていた。

 

「な、何だあれは。ま、まさか、みんな治療希望なのか・・」

 

ユリアスがそう思ったと同時に、扉がノックされる。

 

「先生、助けてください!」

 

「先生、お願いいたします!」

 

外から皆が口々にユリアスに助けを求める。もはやユリアスもどうしていいか分からなかった。一瞬、居留守を使おうかとも思った。しかし、ユリアスは敵前逃亡などした事がなかった。隠れてやり過ごすような情けない真似は出来なかった。

先生、先生と止まずに呼びかける人々の声を聞き、ユリアスもついに覚悟を決めた。

 

「開いている、入りたまえ!」

 

ユリアスがそう言うと、すぐに扉が開かれ、町人がワラワラと屋敷内に入って来た。そして、その中には車いすに乗せられた少年がいて、ユリアスの関心を引いた。

ユリアスの屋敷は人がほとんど訪れない森の中にある。そんな悪路を車いすで来るのは容易な事ではない事はすぐに想像がついた。そんな思いまでしてやって来た車いすの少年にユリアスは興味をもった。

 

「おい、この少年はどうしたのだ?」

 

すると少年を連れて来た父親が言った。

 

「先生、うちの子は生まれつき足の骨が変形していて、ずっと車いすの生活なんです。今まで色んな名医と言われる先生にも診てもらったんですが、手の施しようがないと言われて泣き暮れておりました。先生、何とか治すことはできないでしょうか?」

 

すると少年も車いすからユリアスを見上げながら言った。

 

「先生、僕、生まれてから一度も歩いた事がないんです。でも、先生ならこの足を治せるんじゃないかって、父さんが連れてきてくれたんです」

 

いきなりの難病例に、さすがのユリアスも面食らう。しかも本職の医師すらも見放した患者だ。だが、頼って来た以上、黙って帰すのも自分の無力さを認めるようで面白くなかった。

 

「いいだろう。診てみよう」

 

ユリアスは屈みこむと、車いすに座る少年の足を手に取って、骨格の形状や筋肉の付き具合を確認する。そのユリアスの真剣な表情を見ながら父親が言った。

 

「どうですか先生?」

 

「確かな事は何とも言えない。だが、骨の形状異常よりも筋肉が発達していない事の方が気になるな。普段は何か運動はやっているか?」

 

「いえ、特に何も」

 

「骨の変形は後回しだ、筋肉が発達していない事には話にならない。とにかくまずは車いす上、あるいはベッドで横になった状態でもいい。動かせる範囲で足や体幹を動かしてみろ。まずは何も抵抗を加えない状態で身体を動かし、それから徐々に手で抵抗を加えていく。川の浅瀬、あるいは大きなタライに水を張って、水の中で足を動かすのも悪くない。毎日運動をして、それから週に1度、経過を報告に来い」

 

「分かりました先生!」

 

具体的な方法を聞き、少年と父親は希望が湧いたのか、軽い足取りで帰っていった。その後もユリアスは自分の分かる範囲で見たて、施術を施していく。今まで治療した経験などはなかったが、闘争の経験が、身体の問題点を瞬時に見抜く術に繋がったため、ほぼ全ての者の問題点を的確に指摘し、症状を緩和させて帰っていく。

 

金も取らずに治療し、しかも下手な町医者よりもよほど腕がいいという事で、ユリアスの噂はあっという間に広まり、ユリアスの屋敷の前には連日行列ができるようになってしまった。

 

退屈だったユリアスの日常はすっかり無くなり、朝から晩まで治療で忙しい日々に追われるようになった。しかしユリアスは、そんな状態も退屈で惰眠を貪るような生活よりは悪くないと思い始め、黙々と治療を続けた。

 

そして、そんなユリアスの噂はますます広まり、ついには国王の耳にまで届いてしまう。元々は王国からも危険視されていたヴァンパイアに、国中の人間が押し掛けるのはどのような危険があるか分からない。しかし、それ以上に気に入らなかったのは、ユリアスの人気が国王を遥かに上回ってしまったからだ。

 

国民の関心が、王ではなく別の誰かに向いている事が王にはとにかく気に入らない。そして国王はついに、ユリアス討伐の勅命を出す事に至るのだった。

 

 

続く☆

 

 

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