俺の親友はスカートを履くらしい 作:ガンガンいこうぜ!
『父さん!何で母さんに会わないんだよ! 母さんは今大変なんだぞ!』
『私にはやることがある。あいつに構っている暇などない』
『ッ! ふざけんな! あんた人じゃねぇよ!』
『……何とでも言え』
『あ、おい!まだ話は終わってねぇぞ!待てよ――――!!』
「夢か……」
スマホの通知音で目が覚める。
夢見が悪いのに目覚めは良いという矛盾した環境に内心イラつきながら、目を覚ました原因のスマホを見る。
通知音は瑞希からのメッセージで、その内容は一緒に出掛けないかという内容だった。
寝ぼけた頭を回転させ、今日の予定が無いかを探る。……そういえば耳鼻科に行こうとしてたんだ。
あーでも瑞希とお出かけしたいな……
……明日でいっか。
瑞希に了承の返事を送り、返信を待つ。しばらくすると返信のメッセージが来て、待ち合わせ場所と時間が送られてきた。
今の時間を見て指定された時間までまだ余裕があることを確認した俺は、リビングに降りて朝食の準備を始める。とはいっても食パンを焼くだけの単純作業だが。
食パンをトースターにセットして焼けるのを待つ。その間の時間つぶしのためにスマホを弄る。
『あの数々のバレエティ番組に出演していた桃井愛莉さんが引退⁉真相は?調べてみました!』
ネットサーフィンをしていると気になる情報が目に入った。
あるアイドルの引退についてまとめた記事だ。
しばらくテレビを見ていなかったため、そんな情報を知らなかった俺は度肝を抜かれた。
手が脱力し、スマホが手から滑り落ちる。
「そんな……嘘だ……僕を騙そうとしている……」
「ンァッ! ハッハッハッハー! 愛莉サンフンフンッハアアアアアアアアアアァン! アゥッアゥオゥウアアアアアアアアアアアアアアーゥアン! ボクノヒンセイァゥァゥ……アー! インタイ……ウッ……ガエダイ!」
慟哭。
それは推しを失った男の叫びだった。
これからどうすればいいのだ。俺は誰に金をつぎ込めばいい。
慟哭としては数秒。されどその数秒は冷静さを取り戻すには十分だった。
「えぇ……マジィ? あの人引退しちゃったんだ……
マジかよ俺あの人の歌結構好きだったのにぃ」
最悪の気分だ……これだったらまだ彼氏発覚とかの方が良かったのにぃ……
こんなことになるなら定期的に情報追ってればよかったー!
『ま、今のアイドルが嫌ならいっそやめて個人で理想のアイドルをやるって言うのも手ですけどね』
『大丈夫ですよ。俺、あんたの歌が好きなんで、あんたの歌ならどこでも聞きに行きますよ』
『楽しみにしています。またあんたの歌を聞ける日を』
中学の俺何してんだよー!
バラエティばっかり出てるからって見るのやめるなよぉー!
「……まあ、本人が決めたことならいいんだけどさ」
推しを選択を尊重するのがファンだから。少し寂しいけど。
さ、切り替えて飯食って支度しよっと。
「待ち合わせ場所はここだよな……」
辺りを見回して瑞希を探していると、三人の男が誰かを囲んで絡んでいるところを確認した。
「えっと……ボク、本当に待ち合わせしていて……」
「えーいいじゃん別に~」
「そうそう。ちょっと一緒に遊ぶだけじゃん~」
「てか、連れも女の子?だったらその子も一緒に遊ぼうよ」
その集団に近づいてみると、いかにも軽薄そうな男三人とそれに囲まれてどうやらナンパされているらしい瑞希がいた。
ナンパされている瑞希がいた。
は?
はぁ?
言いようのない不快感を感じ、すぐさま男達に割り込もうとする俺だったが、少しだけ冷静になってみる。
もしかしてこの男達は善意で瑞希を誘っているのではないか?
瑞希に助けてもらってそのお礼に遊びに誘おうとしているのではないか?
いや、もしかしたら一人で待ち合わせしている瑞希を憐れんで……
ちらりと男達の一人の目が見えた。
その目はギラギラと光っており、隙あらば獲物に喰らいつかんとする野獣の眼光をしていた。
俺は確信した。こいつらは突き動かしているのは性欲だと。ていうか、よく見たら瑞希の手掴んでるじゃないか。
あーあ、白夜君怒っちゃった。もう許さんからな。
心は冷静に、されど怒りを持て。どっかの主人公だか誰かが言っていたことを胸に、男達の肩を叩いた。
「すみません。私の連れがどうかしましたか?」
「え?」
「白夜……!」
俺が声を掛けたら、一斉に振り返る三人衆。仲良しだなあんたら。
振り返った奴らの風貌はさながら、売れないホストみたいな金髪と大学デビュー失敗した汚い茶髪、それと特に特徴の無いマッシュ野郎といったところか。何でこんな見本みたいな奴らがいるんだよ。
瑞希の方を見ると、手首に強く握られ赤く腫れた痕があった。
「…………………………何か用があるのでしょうか?」
「え?あ、ああー 用ってほどの用じゃないというか……」
「ていうか、そんなことより君可愛いね。どう?俺達と遊ばない?」
金髪がしどろもどろに言い訳をするのとは対照的に茶髪の方は俺を口説きにかかった。
何が可愛いだ。明らかに男物の服を着てるだろ。目ん玉ついてんのか。
「すみませんが急いでいるんで……」
「ちょーと待てよ」
瑞希を連れ出そうと男達の間に割り込もうとすると、マッシュ野郎に腕を掴まれ止められる。
埒が明かないな。
「別にそんな急がなくてもいいじゃん。ちょっとあそ「あ、お巡りさんだ!おー巡りーさーん!助けてくださーい!」ちょ、何言って――!」
動揺したのか、マッシュ野郎の掴む力が緩んだ。
その隙にマッシュ野郎の手を振りほどいて、瑞希の手を掴み男達の中から引っ張り出す。
「え⁉ 白夜⁉ ちょっと⁉」
「口閉じてろ」
「むぐ」
唖然としている瑞希を抱きかかえ、いわゆるお姫様抱っこの形をとると、男達に背を向け全力疾走で距離を取った。
周辺の光景がかなり変わった。
待ち合わせ場所からかなり離れたと判断し、瑞希を俺の腕の中から降ろす。
「ごめんな瑞希。あの場から逃げるとは言え、いきなり抱きかかえてしまって……」
「え⁉ あ、あぁ……ぜ、全然平気だよ。むしろ――イッ!」
何か言いかけた瑞希だったが、掴まれた手首が痛むのか顔をしかめ発言をやめた。
「痛むのか?」
「あ、あはは……。ちょっとだけ……」
「とりあえずあそこの公園のベンチに座っててくれ」
俺はポケットをまさぐりハンカチがあることを確認すると、公園内にある水道に持っていき満遍なくハンカチを濡らす。
よく水気を切ったそれをベンチで休んでいる瑞希の元へと持っていく。
「瑞希、手を出して」
「え?でも……」
「いいから」
「ひゃうっ!」
腫れていた方の手をできるだけ優しく取り、腫れた部分に濡らしたハンカチを当てる。
突然の冷たさに、瑞希の体がビクンと跳ねる。
「ハハ 驚きすぎだよ」
「白夜がいきなり、あててくるからだよ~!」
「応急処置なんだから許してくれ」
「……別にこれぐらい大丈夫だって」
「瑞希は何ともないって思ってても、俺が心配になる。俺のためを思って大人しく治療されててくれ」
「その言い方はズルいよ……」
「ズルくて結構。それで瑞希が怪我する可能性が減るならな。……それに今回は俺が原因みたいなもんだし」
「?別に白夜のせいじゃないよ?」
「俺がもっと早く来ていればこんなことにはならなかった」
「それを言えばボクが早く来すぎたことが原因だよ。白夜は悪くない」
「だがなぁ……」
「……責任感じてるならあそこのファミレス行こ。そこでなんか奢って」
瑞希が指した方向には確かにファミレスがあった。
「俺の責任やっす」
「別にもっと高くてもいいけど?」
「聞くのが怖いが、例えばどんな?」
「白夜の誰にも言えない秘密とか?」
「…………」
「……あるんだ。へぇ~」
俺の反応を肯定とみなした瑞希が猫のように目を細めて笑った。
似合ってるなクソッ!だが秘密は言いたくない。
「さ、早く中に入ろうか何でも奢るぞ」
「あっ!ちょっと待ってよ白夜~」
なんか少しだけナンパしたくなる気持ちが分かったかもしれない。いや、あの表情は俺以外に見せてほしくないけど。
ファミレスに入ると人数を聞かれ、適当な席に案内される。
席に座り、各々の注文を済ませる。
しばらく経った後、瑞希が神妙な顔をして俯いた。
「瑞希?どうかしたのか?」
「白夜、あのさ……もし、もしもさ、世界中が敵になっても白夜だけは味方でいてくれる?」
そう言った瑞希の眼はどこまでも不安定で俺に初めて秘密を打ち明けてくれた時の瑞希みたいだった。
受け入れられるか不安。
俺なら受け入れてくれるという信頼。
そのどちらも複雑に絡み合った視線。
そんな瑞希の目を見て俺は――――
「ああ、俺はどんな時でもお前の傍にいる。いつまでもお前の味方だよ」
何度言われても答えは変わらない。
俺は瑞希の味方でいると決めたんだ。
未だに瑞希をすべて理解できていないけど、一緒に背負うって決めたから。
「ホントに?ホントだよね?」
「俺がお前に嘘ついたことあったか?」
「浮気騒動」
「う゛っ――! あれはノーカンでお願いします……」
「……冗談だよ。知ってるから。こういう場面で白夜がくだらない嘘つくわけないって」
「分かってるならやめてくれよ…… あれはもう思い出したくないんだからさ
で?本題は?」
「白夜は何でもお見通しだなぁ…… ボク学校でさ――――」
中学時代に戻ったのかと錯覚するほど俺に鋭い傷を負わせてきた瑞希は、俺が本題を促すと口に含んだ水を吹き出すほどに衝撃なことを口走った。
「ゲホ……秘密を喋ったってマジ?」
「うん。最初からその方が楽かな~って」
うん確かに楽だな。でも俺にも一言欲しかったな。いや別に言わなくてもいいんだけどさ。
別に俺だけでよかったのに。
「まあ、お前がそれでいいならいいんだけど……」
「じゃ、報告終わり!さ、料理まだかな~♪」
この野郎……
こっちの情緒かき乱すだけかき乱しやがって……
こっちは飯どころじゃねよ。
瑞希に呆れた目で見ていると、俺達が座っている席の横を通った店員さんが足を崩し俺の方へと倒れてきた。持っていたピッチャーをひっくり返しながら。
ピッチャーは綺麗な放物線を描きながら、俺の頭上へと向かってくる。
寸でのところで俺はピッチャーをキャッチするが、その代償として蓋が外れたピッチャーから水がこぼれそれを頭からかぶることになった。
滝行をしたときの視界というのは多分こうなんだろう。
そんな呑気なことを考えていると、横から慌てた声が聞こえてきた。
「す、すみません! 濡れた服は弁償しますので……!」
謝ってきたのは倒れてきた店員さんで、俺に背中を支えられながら謝っている。
名札には若葉マークがついており、まだ新人だということが分かる。
こりゃあ、テンパっちゃってんな。とりあえず落ち着かせないと。
「まずは落ち着いて。ほら深呼吸」
「あ、え、はい……!」
スーハ―スーハーと深呼吸をした店員さんは余計に事態を深く認識してしまったらしく、顔が青ざめていく。
しまった。ここは良いことと冗談を言って何とか場を和ませよう。
「あー、えっと……ほら、いろいろ初めたての頃って失敗しちゃうと焦っちゃいますよね。でも大丈夫です。人間一回の失敗でそんな責めたりされませんから。それにほら、結果的によかったじゃないですか。本物の水も滴るいい男が見られて」
俺が精一杯のキメ顔でそう言うと、店員さんは見る見るうちに顔を赤くし、その顔がゆでだこぐらいに赤くなった所で我に返ったかのように立ち上がり、
「す、すぐにタオルを持ってきますのでっ! し、失礼ししましちゅっ!」
滑舌がボロボロになりながらバックヤードの方へと引っ込んでいった。
「俺今の失敗した?」
「知らない」
「?瑞希なんか怒ってる?どうしたの」
瑞希に聞くとそっぽを向かれ、あからさまな拗ねてますよアピールをされる。
そんなことをされても心当たりがないんだが……
「……白夜のスケベ。かわいい子なら何でもいいんだ」
「!?!?」
「白夜のバーカバーカ」
「!?!?!?」
「スカポンタン」
「!?!?!?!?」
「明日もお出かけね」
「それはいいけど……」
「そういう所だよ。白夜の面食いスケベ」
「!?!?!?!?!?」
瑞希による罵倒は店員が戻ってくるまで続いた。
俺はくしゃみと困惑が止まらなかった。