それでは本編、どうぞ!
桜の花びらがすっかり散った5月、学校は暫くの連休に入って、クラスの皆は新生活の緊張が抜けきって身も心もほぐしている頃。
「ペラップ、“ハイパーボイス”攻撃!」
「ええい、ロゼリア“しびれごな”だっ!」
私はと言うと、ほぐれる暇も無く、こうして日々バトルに勤しんでいた。ちぃちゃんの言いつけは、ちゃんと守っているのです。今は公園のバトルコートですれ違った、アロハシャツのおじさんとバトル中。ペラップの“ハイパーボイス”の勢いででロゼリアの“しびれごな”を吹き飛ばす。そうして出来た隙間に……
「ペラップいけぇっ! “エアカッター”!!」
「ペラァップ!!」
「ロゼー!?」
「ロゼリア!」
土埃の晴れたフィールドには、正面から“エアカッター”を喰らってのびているロゼリアの姿が。
「ロゼリア、戦闘不能! ペラップの勝利!」
「やったぁ! ナイスペラップ、これで3連勝だよ!」
「ヤッタァ!」
「参ったなぁ、お嬢チャン。俺のロゼリアが手も足も出ないなんて。おじさんもまだまだって事だ。良い経験になったぜ、バトルしてくれてありがとうな」
「いえ! こちらこそ、ジム戦前のいい特訓が出来ました!」
「はっはっは! そうか。お嬢チャン、名前は何て言うんだい?」
「かのん。澁谷かのんです!」
「そうか。これからも頑張れよ、かのんチャン……いいや、未来のチャンピオン」
「……っ! はいっ!」
アロハシャツのおじさんと、固い握手を交わす。昨日の敵は今日の友……なんて、そんな事を歌っていた歌があった気がする。まぁ、今は昨日今日じゃなくて分単位なんだけどね……それにしても、未来のチャンピオンかぁ。えへへっ、なんだか照れくさいな。
「かのんちゃん、お疲れ様! これ、ご褒美! ペラップの分もあるよっ」
「ちぃちゃん、ありがとう! ごくっ……ごくっ……ぷはぁ!」
「プハー! アリガトー!」
コートに備え付けのベンチでバトルを見ていたちぃちゃんから、ミックスオレのプレゼントが。ブレンドされたきのみの甘さがじんわりと身体の隅々まで澄み渡った。思わず出た溜息もペラップとハモって、おかしくってつい笑っちゃう。
「ふふっ、2人ともおじさん臭いんだから」
「もぉ~。ちぃちゃんでも怒るよ?」
「カノン、オジサーン!」
「ペ~ラ~ップ~???」
「ヒィ!?」
「あははっ。っと、そろそろ電車の時間かな」
私がペラップに向かってほっぺを膨らませていると、公園の近くの線路を電車が通り過ぎていった。そう、今日はちぃちゃんと2人で電車に乗って……とある場所へと向かおうとしていた。ただのお出掛けではなく、ちゃんと目的を持って。
「ほら、かのんちゃん。急ごうっ!」
「うんっ。ペラップ、戻って」
私はペラップをボールに戻して、ちぃちゃんの背中を追って駅へと駆け出した。
***
電車に揺られて約30分。やって来たのはコウトウシティ、その一角である湾岸エリアの……
「やって来ました、シノノメタウン!」
そう。ちぃちゃんのご紹介の通りシノノメタウン……私は今日、遂に初めてのジム戦へと挑む為に……というのが理想だったんだけれど。
「はぁ、まさか事前にジムへ行って予約が必要とは……」
「あははっ、しょうがないよ。トーキョーのジムは人気だもん」
実際には、事前の下調べ兼予約を済ませに来たというわけ。そもそも、ジム戦本番だったら可可ちゃんやすみれちゃんも連れてくるし。ちぃちゃんも言った通り、トーキョー地方のジムは人気で、即日バトルと言うわけには中々いかないらしく……こうしてジムに直接予約を取りに来ないといけないのだ。なんだか凄くアナログな気がする、という話はさておいて。
「それでちぃちゃん、ジムはどこにあるの?」
「えぇっと……シノノメキャナルコートってエリアの中に組み込まれているんだって」
「きゃなるこーと?」
「住宅マンションとか、ショッピングモールとか色々な建物が一つのエリアに纏まっている場所なんだって」
「へぇ~。なんだか、それだけで一つの街みたいだね」
「確かに。それじゃ、早速キャナルコートとやらにしゅっぱーつ!」
そんなこんなで、駅を北上してすぐの場所にそのキャナルコートとやらはあった。でっかいマンションが立ち並んでいて、その間を縫うように人と人、そしてポケモンが行き交っていた。ちぃちゃんの話によると、このエリアの中心部にジムがあるそうな。
「凄いね、ちぃちゃん。マンションの間に色んなお店が沢山」
「ポケモンセンターにフレンドリィショップ……あれなんか、ショッピングモールだよね? ここから出なくても生活出来るんじゃないかな……」
等と会話をしながら歩いて行くと、遂にお目当ての施設が見えてきた。円形の体育館の様なその施設。入り口のデッカいドアの上には、これまたデッカいポケモンジムのマークが。そう、つまりここが。
「ここが、シノノメジム……ちぃちゃん、なんだか緊張してきちゃった」
「って、今日はジム戦に挑むワケじゃないよ?」
「挑むワケじゃなくってもだよ! そ、それじゃあ行くよ……?」
私は恐る恐る、ドアに近づいた。自動ドアが私の存在を感知して、ガラス張りのドアが両脇へとどいた瞬間。
「ブラーッキー!」
「きゃあっ!?」
「かのんちゃん!?」
私にもふもふが飛びついてきた。思わず尻餅をついたけど、顔はふかふかに包まれて気持ちいい。えぇっと、背中はこの辺りかな……?
「ブラーッ」
あ、気持ちいいのかな。私にダランと体重を預けてきたのがわかった。うっ、でも頭で支えているからかなり重い……
「こらーっ、ブラッキー! 逃げないのー!」
「エッフィ」
「ブラ」
私が苦しんでいると、叫び声と共に人の気配が、その数秒後には私の上のブラッキーがひょいっと持ち上げられた。ブラッキーがどいたことで開けた視界には、先っぽが緑がかった黒のツインテールにのお姉さんに抱きかかえられたブラッキー、そしてその隣にはエーフィが立っているのが見えた。
「ごめんねー、私のブラッキーってば人懐っこくて。初対面の人でも飛びついちゃうんだよね」
「あはは……こちらこそ、もっと注意しておくべきでした」
「おっと……自己紹介がまだだったね! 私は侑、高咲侑だよ! このジムの隣で、育て家さんやってますっ!」
ツインテールのお姉さん……侑さんは、いかにも快活といった雰囲気で、ブラッキーを抱いていない方の手でビシッと敬礼してみせた。凄い力持ちだな……
「私は澁谷かのんです。で、こっちが」
「嵐千砂都です! よろしくお願いします!」
「うんっ、よろしくね! それで、ジムに来たって事はバトルの見学かな? それとも……」
「えっと、ジムバトルの予約をしに来ました!」
「やっぱり! でもゴメンね。ジムの予約は顔合わせも兼ねてジムリーダー本人がしないとダメなんだけど、歩夢……ジムリーダーが今、丁度バトル中なんだ。私もこの子達と一緒に見てたんだけど、ブラッキーは飽きて逃げ出しちゃったみたいで」
「そうだったんですね……」
「ねぇ、ただ待つだけじゃつまらないし、君達もジムバトル、見て行かない?」
「いいんですか!」
「勿論っ! ほら、おいでおいで!」
そう言うなり、侑さんは私達の手をとって駆け出していた。私達は引っ張られるがまま、バトルコートの客席へと辿り着いたのだった。そこにはもう、家族連れだったり年配の方だったり……ざっと数えても100人ぐらいはいるんじゃないかって人がバトルを見て、歓声を上げていた。その歓声の向けられた先、ピンクの髪を揺って片側にシニヨンを作っている、一見おっとりとした女性が。でもそれとは打って変わって、バトルフィールドは苛烈さを増している。
「エルフーン、“ギガドレイン!」
「エルッフー!」
エルフーンが相手の体力を奪う。この子が、ジムリーダーのポケモンだろう。相手のポケモン……コータスは体力を吸われて満身創痍だった。向かい側に立ったトレーナーも、そんなコータスを見て焦っている。
「コータス!」
「ふふっ、あなたのコータスの“ひでり”、利用させて貰うよ! エルフーン、“ソーラービーム”!!」
「エルフー!」
ジムリーダーとそのポケモン……エルフーンは畳みかけるかのように、フィールドを照らしていた光のエネルギーを一瞬で吸収して、ぶっ放す。その威力は、効果今ひとつなんてモノともせずにコータスの残りの体力を焼き尽くした。
「コー…」
「コータス……そんな……」
「コータス、戦闘不能! エルフーンの勝利! よって勝者、ジムリーダー歩夢!」
バッタリと倒れたコータスを前に、エルフーンはピンピンしている。とてもほのおタイプのポケモンを相手取った後とは思えなかった。そんなエルフーンとジムリーダーに、客席からは歓声の嵐が。
「ふうっ……戻って、エルフーン」
「あの、対戦ありがとうございました。とても、強かったです」
「ふふっ、ありがとう」
「また挑戦しに来ます。今度は絶対負けません!」
「うん。私もポケモンも、いつでも待っているからね」
そうして固い握手を交わす。そんな2人に、客席から惜しみない拍手が送られた。勿論、私達もその中に混じっている。
「さ、かのんちゃん! 歩夢がポケモン達を休ませている内に、受付済ませちゃおう!」
「あ、はいっ!」
そんな中、スクッと侑さんが立ち上がって、私達を手招きする。私達はそんな侑さんに続いて、バトルフィールドを後にしたのだった。
***
「歩夢っ! お疲れー!」
「あ、侑ちゃん! さっきのバトル、見ててくれたの?」
「うんっ! 歩夢ってば相変わらず強くって、ときめいちゃった!」
受付で待っていると、ジムリーダーの人がこちらにテクテクと駆け寄ってきて、何やら侑さんと親しげに話しをし始めた。この2人、どうやらとっても仲がいいみたい。そうしてしばらく話してから、やっとこちらの存在に気づいてくれた。
「あ、えっと……そちらの方達は?」
「そうだったそうだった。歩夢にチャレンジしたいって人なんだって」
「は、はいっ! えっと、澁谷かのんです!」
「嵐千砂都です! 私はチャレンジじゃなくて、かのんちゃんの付き添いに」
「ふふっ、そんなに固くならなくても……初めまして、私がシノノメジムのジムリーダー、上原歩夢です。よろしくね!」
そう言ってジムリーダー……歩夢さんは、ニッコリと花の咲くような笑顔でこちらに笑いかけてくれた。そのおかげで、こちらの緊張も幾ばくか取れる。
「それで、ジムの受付だったよね。えぇっと……ちょっと待ってね」
早速、歩夢さんは手元の端末を何やら弄り始める。
「う~ん……5月はどこも手一杯みたい。5月って、4月で色々と準備を整えてジムチャレンジに来る人が多いんだよね……あっ、この日なら空いているよ!」
そうして、歩夢さんがこちらに裏返した端末の画面を覗き込む。その日は、5月末のとある平日の夕方。何故かとても見覚えのある日付だった。私は特に考えずに、その日にバトルをするようにお願いする。
「じゃあ、この日でよろしくお願いします」
「はいっ。それじゃ、澁谷かのんさんね……貴女と戦える日を、楽しみに待ってるからね」
そう言って、歩夢さんは受付を後にした。最初から最後まで、花のように可憐な立ち振る舞いの人だったなぁ。
「ふぅ。それじゃあ、受付も済ませた事だし、帰ろっか。ちぃちゃ……ちぃちゃん?」
「う~ん……」
用事が済んだし、私達も帰ろうかとちぃちゃんに提案しようとしたけど、何故かちぃちゃんは腕組みをして考えごとをしていた。そして。
「あーっ!」
「うわぁ、ビックリしたぁ。どうしたの、千砂都ちゃん!?」
考え終わったかと思うと、突如大声で叫んだちぃちゃん。ジムの受付ホール中の視線を独り占めにしているし、近くにいた侑さんもビックリして腰を抜かしている。
「さっきの、かのんちゃんのジム戦の日……可可ちゃんのコンテストと、同じ日だ」
そうしてちぃちゃんから告げられた事実は、思っていた以上に深刻で、私が忘れてはならないような内容だった。
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