ちなみに本作の略称は『ポケきら』です。
通学路の道すがら、ちぃちゃんの声をBGMに目に入るのは、アスファルトの灰色だけ。
「ふんふん……アズマコーポレーションがわざマシンマシンの開発に成功? 凄いよ、かのんちゃん! ポケモンの分泌物に含まれているエネルギーから、わざマシンが出来るんだって! かがくのちからってすごいね~!」
「ふぅ~ん……」
どうやら、ちぃちゃんはネットニュースを見ているらしい。ぶっちゃけ、ニュースとか見るタイプじゃない。右から左へちぃちゃんのお話を聞き流す。
しばらく歩いていると、人通りもポケ通りも増えてくる。私達が通う学校……結ヶ丘女子ポケモン高等学校は、オモテサンドウ、ハラジュク、アオヤマという3つの街の狭間にある。タケシタストリートみたいにお店がいっぱいある通りも近くにあるから、この人の多さもうなずける。みんながみんな、思い思いの道へ、思い思いのポケモンを連れて歩いていた。
ボーッと下を向いて歩いていると、前から歩いてきた2人組とぶつかりそうになった。慌てて避けて謝ろうとすると……白を基調とした上着に、大きな赤いリボンが映える制服を着た、中学の同級生達。そして、その子のうち1人が連れているバネブーだった。
「あ、かのんちゃん! 千砂都ちゃんも!」
「お、おはよう」
「ブー」
「うぃっす~。あ、バネブー! 撫でてもいい?」
「うんっ、いいよ~」
「春休み、あっという間だったね」
バネブーを撫でているちぃちゃんを横目に、私が気まずそうにしている理由。その理由は、その子達が着ているのが、結ヶ丘女子ポケモン高等学校の“バトル科”の制服だったから。この場にいる中で、私一人だけが紺の上着に細い赤のリボン。
「そう? 私、早く結ヶ丘に通いたくて、ずっとウズウズしてた~!」
「私もだよぉ!」
「あ、あはは~……やっぱり、バトル科受かる子は凄いよね。それに、制服も可愛いし」
なんとか笑顔を取り繕って会話を続ける。半ばおべっかを並べて、でもそれは、私自身を傷つける事になって。
「ありがとう、かのんちゃんも」
「普通科の制服、似合ってるよ!」
「そ、そう?」
「うんっ!」
「あ、あははは……」
なんだか、バトル科の制服を着る資格がないとでも言われた気分。勿論、この子達がそういう事を言う子達じゃないって知ってるけど。でも、私の取り繕った笑いも限界だった。
「あ、ごめんなさい! そういう意味で言ったわけじゃ……」
1人が、申し訳なさそうにこっちを見てくる。やめてよ、そんな目で私を見ないでよ……
「あぁ~、いいんだ! 仕方がないよ、もう気にしてないし。それに、普通科の方が気楽だしねっ。目指せ、華のJK! なぁんて、あはは~!」
「……まさか、かのんちゃんがバトル科に落ちちゃうなんて」
「かのんちゃん、ポケモンもバトルも凄く好きだったから」
「……」
そう、私はポケモンの事が好き。バトルだって好き。
「あっ、そうだ! かのんちゃんも、バネブー撫でる? この子、人懐っこいから」
「え、えぇっと……それじゃぁ」
バネブーのトレーナーであるその子に言われて、恐る恐る、バネブーに手を伸ばす。私はポケモンの事が好き。でも、ポケモンは……
「ブッ」
「あ……」
「こら、バネブー! ごめんね、かのんちゃん!」
「う、ううん! 本当に、気にしてないから……」
ほら、やっぱり。そっぽを向いてしまったバネブー。ますます気まずくなる空気。そんな中、私の手を掴んだのは……ちぃちゃんだった。
「ごめんね! 私、結ヶ丘に急ぎの書類を提出しなきゃいけないんだった! ほらかのんちゃん、行こっ!」
「う、うんっ。それじゃあ」
そのまま2人、明後日の方向へと駆け出した。ちぃちゃんに用事があるだなんて、勿論聞いてない。ちぃちゃんの優しさに、助けられちゃったな。
***
しばらく走ってから、歩みを遅めてちぃちゃんの方に向き直る。
「ありがと、ちぃちゃんのおかげで助かったよ」
「ううん。これぐらい、お安い御用だって」
こっちを向いて、ニカッと笑顔になるちぃちゃん。私を元気づけようとしてくれてるんだろうけど、でもその笑顔は、私の溜息に栓をするには事足りなかったみたい。
「はぁ、私また……なんでみんな、私の言う事を聞いてくれないんだろう」
「ま、悩んでても仕方がないよ! かのんちゃん、マリル撫でる? まんまるマリルを撫でるとね、心もまんまる~、になって落ち着くよ!」
「え、えぇっと……それじゃぁ、お言葉に甘えて」
「よしっ。出ておいで、マリル!」
「リルル!」
モンスターボールから出てきて、ちぃちゃんの両腕に収まったマリルの頭に手を伸ばす。ちぃちゃんのマリルは、ちぃちゃんが初めてお母さんから貰ったポケモン。その頃はまだ私達も小さくて、マリルもルリリだったけど、二人と一匹でよく遊んだっけなぁ。
そっと私の手がマリルの頭に触れる。流石にちぃちゃんのポケモンとあらば私に信用があるのか、マリルも私の手の感触に身体を委ねていた。
「リルル~」
「ふふっ、マリル気持ちよさそう」
「かのんちゃんが優しい子だって知ってるからね。他のポケモン達だって、かのんちゃんの事を知れば、力を貸してくれるよっ」
「そう、なのかな……」
私を、知ってもらう。それがなんなのかはよくわからないけど。少なくとも目の前のマリルは、私を知ってくれているんだ。そう思うと、自然と笑みがこぼれてきちゃう。
「ほら、今の顔! かのんちゃん、すっごく優しい顔してた」
「え? そうかな」
「うんっ! 私、かのんちゃんがマンマルや私のポケモンと遊んでる時に見せる、優しい顔が大好きなんだぁ。見てると、私の心までポカポカしてきちゃうの」
「ふぅん……?」
「今みたいに他の子達にも接すれば、きっと友達になれるよ!」
ちぃちゃんがそんなに私の事を見てたなんて、ちょっぴり恥ずかしい。でも、ちぃちゃんの言葉を聞くと、なんだか私にも出来そうな気がしてきた。
「さ、学校行こ。早くしないと、入学式遅刻しちゃう」
「うんっ。そうだね」
ちぃちゃんの一声で、私達は再び歩き出す。
「ホワァ~オ……今の人……」
一連のやり取りを、ずっと見ていた人がいたとは知らずに。
***
「そうだ、ちぃちゃん……ずっと言えなかったけど、バトル科の制服カッコいいね」
「えへへへっ」
しばらく歩いてから私は、ふと思い出してちぃちゃんにそう告げる。そう、ちぃちゃんは……バトル科に受かったのだ。
「折角合格したんだから、頑張らないとね。確か……」
「あ、そうそう! それなんだけど、このニュース見て!」
「え? なになに……『星見神社からのエネルギー反応が上昇、近年中にジラーチ復活か!?』。これって」
私達が暮らすここ、トーキョー地方には古い言い伝えがある。1000年に一度、この地に眠る幻のポケモン……ジラーチが現われて、人々の願いを叶えるとか叶えないとか。でも、ちぃちゃんの興味はもっと別のところにある事を、私は知っている。
「そう! 会えるかもしれないんだよ、パルキアに!」
実はこの伝説、続きがある。ジラーチの願いを叶えるエネルギーを求めて、遠くの地方から強大な力を持った伝説のポケモンがやってくるらしい。この地方の伝承に記されているのは、ディアルガ、パルキア、ゼクロム、レシラムのドラゴンポケモン4体。ジラーチを介して集まったその4体が、ジラーチを巡って争った天災。これは、俗に“四龍伝説”って呼ばれているんだけど……。
「ちぃちゃんには悪いんだけど……本当なの? 四龍伝説って」
ぶっちゃけ胡散臭い。1000年も前の誰が書いたかもわからない伝説なんて信じようにも信じがたいし、そもそもこの4体の伝説が主に伝わっているのは他の地方だ。近年の目撃情報だってそれぞれの地方で多く見られているし、この地方で見られたなんて情報は聞いた事がない。
「本当だもんっ! はぁ~、パルキア。来てくれるのかなぁ」
「ちぃちゃんの目標だもんね」
「うんっ。いっぱいいーっぱい、バトルで強くなって、パルキアと戦って……お願いを聞いてもらうの。肩のまんまる宝石を、触らせてくださいなーって!」
「ふふっ、そっかそっか」
バトルの腕を磨いて、いつか伝説のポケモンに挑む。ちぃちゃんの目標は凄いな。
「かのんちゃんもバトル、続けるんでしょ?」
「私!? 私は……」
不意に返されたちぃちゃんの言葉に、私は返す。言葉が詰まってしまう。私がなんとかひり出した言い訳は、
「普通に過ごすのもいいかなって」
かなり苦し紛れのモノだった。
「普通に? それってどういう風に?」
「ほら、受験前に言ったでしょ? 合格しなかったら最後にするって。諦める、って……ほら、放課後帰りに友達とお喋りしたり、買い食いしたり……」
「でも……私はかのんちゃんのバトル、見てみたいけどな」
「……」
言葉を返せない。本当は、私だって……
「あ、かのんちゃん! 見えてきたよ、結ヶ丘女子ポケモン高等学校!」
「あれが……」
うつむいていた顔を見上げると、結ヶ丘……私達が、これから3年間通う学校がそこにあった。結ヶ丘は、今年できたばかりの新設校。バトル科、コンテスト科、そして普通科の3つに別れていて、特にバトル科の育成には力を入れるって噂。だから私もこの学校を受けたんだ。まぁ、結果は知っての通りなんだけどね。
「ねぇ、今日から私、オクタン焼き屋でバイトするんだ。よかったら遊びに来て! それじゃあ!」
そう言って、バトル科の校舎へと駆けていくちぃちゃん。その背中は、どこか遠くに行ってしまいそうだったけれど……それを追う資格がない私は、ちぃちゃんの背中を見送ってから、普通科の校舎へと歩みを入れた。
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