「このチラシを配っているのは貴女方ですか?」
冷たく私達の方に呼びかける声の方に目をやると、スッと棚引く黒いポニーテールを揺らしながら、バトル科の生徒がこちらに歩いてきた。その人から放たれるオーラは威圧感、そしてなにより吹雪のようにこちらを刺してくる冷たさがあった。腕章をつけている辺り、なにか偉いポジションの生徒だろうか?
「勝手にこのようなモノを頒布されては困りますね」
その人がそちらに突き出してきたのは、1枚のチラシ。可可ちゃんが持っている立て看板と同じようなデザインをしているから、きっとその人の言葉は正しいのだろう。
「理事長の許可は取ったのですか?」
「ア、 すみマセン……可可はただ、ポケモンが大好きな人達と集まりたくて」
「ポケモンが、大好き……」
可可ちゃんの言葉を反芻し、その人は眉間に皺を寄せる。場の空気がより一層、寒くなった気がした。
「いけませんデシタか? この学校はポケモンに関する教育に力を入れてると聞いていたノデ」
「くだらないですね」
「……エッ?」
「ポケモンとは、トレーナーの技量を示すツール、手段の一つに過ぎません。ポケモンに愛情を注ぎ込むだなんて、実にくだらない」
「ちょっとちょっとちょっと!」
さっきから聞いていれば、可可ちゃんの事をバカにするような発言が気に障る。思わず、可可ちゃんの前に出て行って、その人と向き合う。
「いきなりそんな口の利き方、ないんじゃない? この子、海外から来たばかりなのに」
「貴女は? 見たところ普通科の生徒のようですが、この方と関係があるのですか?」
「関係……なくはないと言いますか、あるとは言い切れないと言いますか……」
「それなら、貴女にも言っておきます。ポケモンと馴れ合いたいだけなら、お家でやっていただければ結構。ましてや部活動でそのような行いをするなど、勝手なマネは慎んでください」
「馴れ合いなんかじゃない! それに、なんで部活動でそういう事をしちゃダメなのか、ちゃんと説明してよ! 頭ごなしにダメだなんて言うのもおかしいんじゃない?」
思わずヒートアップして、その子につっかかってしまう。
「……相応しくないからです。この学校はポケモンバトルの教育に力を入れていると、理事長からも説明があったでしょう」
「それは……」
もしかしなくても理事長先生の話だろうか。ヤバい、聞いてなかったかもしれない。
「じゃ、じゃあこの学校で相応しい事ってなんなのさ。ポケモンを大好きでいる事が、相応しくないだなんて思えないけど」
「少なくとも、この学校にとっていいものとは……」
「どうしてそう言い切れるの!」
バチ、バチと私とその子の間にスパークが舞う。一触即発、そんな空気の中、可可ちゃんがそっと、私の肩に手を触れた。
「……ありがとう、かのんサン。ここからは可可が」
「可可ちゃん?」
「え、えっと……」
「
「葉月サン。可可はシャンハイからこの学校へ来ました。可可がポケモンを好きって気持ち、コンテストで表現したいんデス。それって、ポケモンバトルも同じなんじゃ」
「何を言い出すかと思えば……ポケモンを愛する気持ちが強さに変わるとでも? そんなのはまやかしです。が、貴女がそう仰るのでしたら、それが間違ってると私が証明してあげましょう」
その生徒……改め、葉月さんはクルリと踵を返して歩き出す。
「どっ、どこ行くの」
「校内敷地のバトルコートです。バトル科の生徒の邪魔にならないよう、手短に終わらせますよ」
私が投げかけた質問に答えて、葉月さんは再び歩き出した。
「く、可可ちゃん。大丈夫なの?」
「無問題デス、かのんサン。ここまで来たんデスから、後には引けマセンよ!」
***
葉月さんに続いてやって来たのは、バトル科の教室棟に併設されたバトルフィールドだった。
そこに集まる殆どの生徒がバトル科の制服を着ていて、まさしく私達はヤミラミの群れに囲まれたメレシーの気分だった。
「すみません、今からこちらのコートを使わせていただけないでしょうか」
既にフィールドを使っていたバトル科の生徒と話している葉月さんは、さっきとは打って変わって優しそうな表情をしていた。その生徒は審判用のお立ち台へと進んでいった。きっと、葉月さんが何か言ったのだろう。
「見てよ、あの優しそうな顔。結局、コンテスト科や普通科の事を見下してるだけなんじゃないの?」
「むむむ、確かにそう見えマス」
「見返してやってよ、可可ちゃん!」
葉月さんが、コートの向かい側へと歩いて行く。可可ちゃんも、コートの定位置に付いた。
「勝負は1対1のシングルバトル。どちらかが戦闘不能になった時点で終了。よろしいですね?」
「ハイッ! こう見えても可可、バトルだって得意なんデス。いきマスよ!」
気づけば、辺りに観衆と思しき生徒達が集まってきていた。その人達はみんな、バトル科の制服を着ていて、
「頑張れーっ、葉月さーん!」
みんな、葉月さんの事を応援していた。見返してやれとは言ったけど、完全アウェーだし、大丈夫かな、可可ちゃん……。
「
「出てきなさい、ムーランド!」
2人のポケモンが、バトルフィールドに出てくる。可可ちゃんのポケモンはオシャマリ、そして葉月さんのポケモンはムーランド……いやいや、ちょっと待って!
「ちょっと、葉月さん! こっちは1進化で、そっちは2進化って不公平じゃない!?」
「言ったでしょう? ポケモンはトレーナーの技量を示すツールだと。オシャマリをアシレーヌに進化させていないのであれば、そちらの技量はその程度と言う事になりますね」
こちらの主張に、キッパリと言い返す葉月さん。周りを見れば、バトル科の生徒がクスクスと笑っているのが見える。
「ぐ、ぐぬぅ……可可ちゃん、頑張れっ!」
「いきマスよ!
チュウゴク語でオシャマリに指示を出す可可ちゃん。可可ちゃんの指示に合わせて水流を纏ったオシャマリは、目にも止まらぬ早さでムーランドに突っ込んだ。その勢いで、フィールドに水飛沫が上がる。そこから浮かび上がって来たのは……片手でオシャマリを受け止めた、ムーランドの姿だった。
「ア……!」
「所詮はその程度ですか。ムーランド、“かみくだく”」
「バウッ」
ムーランドの鋭いキバが、オシャマリの胴に刺さる。
「シャマー!!」
「
慌ててオシャマリに指示を出す可可ちゃん。でも、オシャマリが藻掻く度にムーランドのキバが身体に食い込んでいくだけだ。
「あわわ、どうシマショウ……」
「くっ……可可ちゃん! オシャマリにとくしゅ技は覚えさせてる?」
「エッ? は、ハイ!」
「それを使って抜け出して!」
「わかりマシタ! “
「シャ~マ~ッ!」
オシャマリの口から無数の泡が放たれた。至近距離での泡の応酬には耐えかねたのか、たまらずムーランドが口を開ける。その隙にオシャマリはバックステップ、なんとかムーランドから距離を取る事ができた!
「トレーナー以外の人間が指示を出すのはマナー違反ですが……まぁ、いいでしょう」
「いいよっ、可可ちゃん。オシャマリはとくこうの方が高いから、距離を保ったまま牽制し続けてれば……」
「ムーランド、“とっしん”で距離を詰めなさい」
勝てる、その言葉は一瞬で距離を詰めてきたムーランドに奪われてしまった。
「ッ……!?」
「考えが甘いのですよ。ムーランド、“やつあたり”です」
「バウワーッ!!」
赤いオーラを纏ったムーランドは、“とっしん”の勢いをそのままに。
「シャマーッ!」
可可ちゃんのオシャマリに激突、フィールドから粉塵が上がる。粉塵が晴れて、浮かび上がってきたのは……倒れ伏したオシャマリと、こちらを見据えるムーランド。
「オシャマリ、戦闘不能! よって勝者、葉月恋!」
審判役を担っていた生徒が、フィールドの状態を見て試合の結果を高らかに宣言した。
「
「可可ちゃん!」
可可ちゃんと一緒に、慌ててオシャマリに駆け寄る。レベル差のある相手に痛めつけられたオシャマリだけど、可可ちゃんの声を聞いてか息絶え絶えに起き上がろうとしていた。
「無理をしないでクダサイ、すぐにポケモンセンターに連れてってあげマスからね」
「シャ…マ…」
優しく語りかけながら、可可ちゃんはモンスターボールを取り出してオシャマリをその中に収納する。オシャマリが入ったモンスターボールを、可可ちゃんは我が子のように見つめていた。
「……よく頑張ってくれマシタね」
「これでわかったでしょう。いくらポケモンに愛情を込めていたって、それは強さの証明にはならない」
「っ……」
今にも泣き出しそうな可可ちゃん。私は、見ているだけなんてできなかった。
「そんな言い方しなくてもいいんじゃない!? 明らかに不利な戦いでも、可可ちゃんは頑張ってた、それは、オシャマリを信じてたから……!」
「あなたはどうなのですか? 見たところ、ポケモンも持っていないようですが」
「くっ……それは、今関係ないんじゃ」
「ポケモン1匹従えられない貴女が、何を偉そうに。勝負は決しましたから、今日はもう帰ってください。いきますよ、ムーランド」
ムーランドをモンスターボールに戻して、葉月さんは去る。私達も、その場の視線に耐えきれずに、逃げ出すようにバトルフィールドを後にした。
***
「かのんサン、ありがとう」
「え?」
ポケモンセンターに移動して、オシャマリを回復させている最中、可可ちゃんがそう言ってきた。きっと、さっきの事を言っているのであろう。
「気にしないで……私ね、バトル科の受験に落ちちゃったの。ポケモンだって一匹も持ってないし、あの場でやり返せなかった……ポケモンバトルは、大好きなんだけどね」
「え……そう、だったのデスか?」
「うん。きっと、才能ないんだ。だからもう……ポケモンバトルは、おしまいにしようかなって」
そこで、ポケモンセンター特有のチャイムが鳴る。担架に乗せられ、運ばれてきたオシャマリは、すっかり元気そうな様子だった。
「お疲れ様です! オシャマリは元気になりましたよ!」
「シャマ!」
「
ピョン、と可可ちゃんの胸に飛び込んだオシャマリを見て、私はその場を去ろうとした。けど。
「かのんサン!」
私を呼び止める、1つの声。
「おしまいなんて、あるんデスか!」
可可ちゃんは続ける。
「好きなこと……ポケモンと一緒にいることに、おしまいなんてあるんデスか!!」
可可ちゃんのその言葉は、私がこの手から零してしまった煌めきを、再び取り戻すキッカケになる。でも今の私は、まだその事を知らなかった。
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