「ただいまぁ」
「おかえりなさい、かのん。学校はどうだった?」
「ん……まぁまぁ」
ポケモンには手を食べられかけちゃうし、偉い人にも目を付けられちゃうし。でも、最悪って言ってしまったら……それは、素敵な出会いから目を背けた事になる。
「お邪魔しマスデス! ほわぁ、かのんサンのお家は喫茶店なのデスね!」
「あら、そちらは学校のお友達?」
「そんなところ。可可ちゃん、飲み物何がいい?」
そう。私は可可ちゃんを家に連れ帰っていた。色々とお話を聞きそびれちゃったし、私の事も話しておきたいから。
「ホットココアでお願いしマス!」
「私はカフェオレ。アイスでね」
「はぁい。高校初めてのお友達だもん。お代はかのんのお小遣いから天引きしておくからいらないわよ」
「なんでよ」
そんなやりとりをしつつも、可可ちゃんと私はお店の適当な席へと腰掛ける。しばらく待っていると、ココアとカフェオレ、加えてお茶菓子のパンが乗っかったお盆をありあが運んできた。いや、このパン頼んだ覚えないんだけれど。
「……これ、サービス?」
「天引き」
「最悪」
「お金使わないじゃん」
「貯めておくの。ほら、いいからあっち行ってて」
「はぁ~い」
ありあを追い払って、可可ちゃんから話を聞こうと彼女の方へと向き直る。けれど、可可ちゃんは目の前のココアに夢中になってるみたいだった。香りを堪能してから一口啜って、満足げな顔をしていた。うんうん、ウチのココアは絶品なんだよね。
「ほぉ……チョコワタルシミ……」
逆だよね、それ?
「おっほん……で、可可ちゃん。ポケモンだいすきクラブって何? どうして私を誘おうとしたの?」
「ポケモンだいすきクラブと言うのはデスねぇ……ポケモンがだぁ~いすきな人達で集まって、みんなでワイワイする部活動デス!」
成る程成る程……つまりどういう事? と私が考えていると、横やりが飛んできた。
「ポケモンが大好き!?」
「お姉ちゃんが!?」
「うっさいなあ、聞き耳立てないで!! そもそも可可ちゃん、どうして私を誘ったの?」
「今朝、通学路で
「え? あぁ、マリル?」
アレ、見られてたんだ……でも、それがどうして私を誘う理由に繋がるんだろう?
「その時のかのんサンのお顔は、スバラシかったデス。ポケモンを慈しむ目、手つき、声! 嗚呼、この人は本当にポケモンの事を心から好きなんだとそう感じたのデス!」
「ん……」
面と向かって褒められると恥ずかしい。特に意識してたわけじゃない。まぁ、友達のポケモンにかまって貰えなくて拗ねてたから、ちぃちゃんのマリルはそうじゃない、ってわかって嬉しかったのもあるけれど。でも、ポケモンと触れ合う時は誰だってああなる筈、だよね?
「それに、その時のかのんサンの笑った顔、とっても可愛かったデス」
「可愛い!?」
「お姉ちゃんが!?!?」
またまた横やり。しかも、今度はかなり無礼だ。私だって、仮にも年頃の女の子なんですっ。そんな風に言われたら流石に傷つく。
「もう!! 聞かないでって言ってるでしょ! 可可ちゃん、上行こ! 続きは私のお部屋でお話しよ!」
「ほわ! 会ったその日にお部屋に連れられちゃうなんて……可可、何されちゃうんでショウ? キャー♡」
「可可ちゃんは可可ちゃんで何言ってるの!?」
「かのん、飲み物は?」
「あとでお盆で持ってきて!」
勝手にクネクネとうねってる可可ちゃんを無理矢理引き連れて、私は階段を昇っていった。
***
自室に移動して、飲み物が運ばれてきてから、カフェオレを一口。私が気分を落ち着けている間に、可可ちゃんはキョロキョロと私の部屋を見回している。何か特別なモノが置いてあるわけじゃないけど、ちょっぴり恥ずかしい。
「それで、かのんサン。お話の続きって」
「ん、そのね……ごめんなさい。私は可可ちゃんの部活に入部する事は出来ない」
「えぇ~っ!? ど、どうしてデスか!? ポケモンの事は、好きなんデスよね?」
「好き、なんだけどね……でも、ポケモンはそうじゃないみたい。マンマルや昔から仲良くしてる人のポケモンは別なんだけど」
「でも……」
……しょうがない。今日会ったばかりの人だけれど。話すしかないか。
「ポケモンがね、言う事を聞いてくれないの。特にポケモンバトルの時なんかはね」
「そう、なんデスか……?」
「うん。初めは小学生……10歳になった頃の時にね」
そう言って、私は身の上話を始めた。
一般的に、ポケモントレーナーとして認められるのは10歳。その歳になると、色々な子が休学届を提出して旅に出る。ある子はジムを制覇して、チャンピオン目指して。またある子は、ポケモンの魅力を輝かせるコンテストに出場するために。
旅に出なくても、ポケモンを扱う授業を受けることになる。ポケモンは、学校から借りるんだけどね。初めてのバトルの授業。今でも鮮明に、それこそ目の前の可可ちゃんに詳しく説明できるぐらいによく覚えている。
私のポケモンはニャビー、相手のポケモンはニャオハ。くさタイプのポケモンにほのおタイプのポケモンが有利だなんて、幼稚園生でも知っている。私の勝ちは揺るがない……ハズだった。
結果は、ニャオハの勝利。ニャオハに先制されてパニックになったニャビーを見て、慌ててニャビーにも指示を出したんだけど……私の指示を何一つ聞く事もなく、目の前で倒れたニャビーを見て、私は目の前が真っ暗になる気分だった。
「それ以来、初めてのポケモンは私の言う事を聞いてくれなくなっちゃって……野生で捕まえたポケモンも、全然懐いてくれなかった。この学校の受験の時だって」
「そう、だったんですか……ゴメンナサイ。何も知らずに可可、ズケズケと」
「ううん、気にしないで。誘ってくれて嬉しかった。私、可可ちゃんの力になるよ。だから、可可ちゃんの部活に興味がありそうな人、普通科のみんなにも声かけてみるよ」
「ホントデスか!?」
「勿論。だって、ポケモンは大好きだから!」
同じように、ポケモンが大好きな可可ちゃんに協力したい。その一心だった。
「早速、明日から探してみる。今日はもう遅いから帰ろう?」
「……ハイ」
可可ちゃんの返事は、少し曇っていたけれど。でもきっと、納得してくれたと思う。玄関まで可可ちゃんを見送って、そこでバイバイした。
「かのん、あの子とのお話はもうよかったの?」
「うん、大丈夫」
「そう、ならよかった。あぁ、そうだ。これ、ちぃちゃんに渡してきて。バイトの差し入れ」
「あっ……そうだ!」
可可ちゃんとの件で、すっかり忘れていた。私は私服に着替えて、お母さんからの差し入れを手に、ちぃちゃんのバイト先へと向かった。
***
「ちぃ~ちゃん。遊びに来たよ」
「あ、かのんちゃん! うぃっすー♪」
「これ、お母さんからの差し入れ」
「うわぁ、ありがとう! ちょっとそこに置いておいてくれる?」
ちぃちゃんへの差し入れを屋台の片隅に置いておく。屋台に近づくと、否応なしに小麦粉の芳ばしい香りが鼻を突いて、お腹の虫が私の中で暴れ始める。
「それで、どうしたの?」
「うん?」
「何か話したそうな顔してるよ? まぁ、私も色々と気になってるんだけどね。今日のバトルの事とか」
流石ちぃちゃん。叶わないなぁ……ん、今日のバトル?
「もしかして、見てたの?」
「勿論。ビックリしちゃったよ。騒ぎがある方に向かったら、かのんちゃんが知らない子と一緒にいたんだもん。あの子は誰? どうしてかのんちゃんと一緒にいたの?」
私はちぃちゃんに、今日あった事を話した。可可ちゃんと出会った事、そして可可ちゃんがしたい部活動の事。葉月さんと揉めて、可可ちゃんが戦って……最もそこは、ちぃちゃんも見ていたから知っていたんだけれど。
「ふぅ~ん。ポケモンだいすきクラブ、ねぇ……」
「どう? クラスの子に、そういう感じの子いないかなぁ?」
「探してみるのは全然いいけど……でも、あんまりいない気がするんだよね。バトル科には」
えっ、そうなの?私の不思議がってる顔でも見たのか、ちぃちゃんは説明を続ける。
「だって、バトル科の子ってずっとそれ一筋でやって来た子達だから。ポケモンに愛情を注いでないとは言えないけど、どうしてもステータスとか重視しちゃう子が多いと思うんだよねぇ。特に葉月さんなんかはその筆頭……って、もう知ってるか」
「うん……でも、ちぃちゃんは違う」
「ふふっ、ありがとね。葉月さん、結ヶ丘を作った元アオヤマジムリーダーの
そうなんだぁ……ジムリーダー、つまるところ地方選りすぐりのポケモントレーナーだったなんて。ますますあの時の私達に勝ち目なんてなかったじゃん。理不尽な事実に、ますます腹が立ってしまう。
「はい、これお返しのオクタン焼き! また明日ね!」
「ありがとう……じゃあ、また明日」
ちぃちゃんからのお返しを手に、私は夜の街を歩く。私もポケモンを持っていれば、あの場でやり返せてたのかな。いいや、ジムリーダーになるぐらい葉月さんは凄い人なんだ。だから、どうせ勝てっこなかったよ。
遠くからは、ポケモンと子供達がじゃれて遊ぶ声が聞こえてくる。私にも、昔はああしてポケモン達と仲良く出来ていた時があったのに。それに比べて今の私と来たら……また私が自己嫌悪に陥っていると。
「……
「シャマーッ!」
遠くから、街の喧騒に乗って聞き覚えのある一組の声が。声のする方へ駆けていくと、開けた場所で技の練習をしている可可ちゃんとオシャマリの姿が見えた。
「まだまだデス。こんなんじゃ、到底葉月サンには勝てマセン! もう一度!」
「シャーマーッ!」
凄いなぁ、可可ちゃんは。私なんかと違って、また葉月さんに挑んで勝とうと頑張っている。自分のやりたい事の為に。
「……ほわ、かのんさんではないデスか!
「シャマ?」
私がボーッとしていると、こちらに気づいた可可ちゃんがオシャマリを抱いて駆け寄ってきた。
「かのんさん! こんな時間にどうしたのデスか?」
「可可ちゃんこそ……遅くまでバトルの特訓、頑張ってるんだね」
「エヘヘ。本当はコンテストの練習もしたいデスが……でもでも、部活動をする為には葉月さんをコテンパンにやっつけなくてはいけマセン!」
「あ、あはは……」
「ほら、
「シャマ!」
オシャマリは、こちらに片手を上げて挨拶……してくれたのかな。
「かのんサン。オシャマリの事、撫でてあげてクダサイ。今朝の
「えぇっ!? わ、私は……」
オシャマリは、こっちに期待を孕んだ視線を送ってくる。きっと、撫でても大丈夫の合図なんだろう。でももし。もしまた、万が一拒絶されちゃったりしたら……きっと、可可ちゃんにまで幻滅されてしまう。それはイヤだった。
「ごめんね。私急いでるから」
「あっ、かのんサン! どうしたのデショウカ?」
「シャママ」
私はその場から、逃げるように退散した。脇腹が痛い。息も切れてる。でも私は、ただひたすらに家まで走った。
「はあっ……はぁ……ただ、いま……」
「あら、おかえりなさいかのん。どうしたの、そんなに息を切らして?」
「なんでも、ないよ……これ、ちぃちゃんから」
私はちぃちゃんから貰ったタコ焼きをカウンターに置いて、自室へと逃げ帰った。ベッドの上に横たわって、ふと机の上のモンスターボールが目に入る。私は、それに手を伸ばしたけど……その手は、届く事なく崩れ落ちてしまった。
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