『ユキ、一人裏回ってそっち行ったよ!』
ヘッドセットから聞こえるその警告に従って、私は背後からの奇襲を試みていた敵の頭を撃ち抜いて沈黙させる。
相手の拠点に仕掛けた爆弾が炸裂するまで、残り一分と三十六秒。
当然のように、たった今脳天を撃ち抜かれて即死した敵もリスポーンして押し寄せてくるだろう。
「こちらの対処は終わりました、チセ、そちらは!?」
『んー、まあ正面二枚! タンクいないしそれぐらいならなんとかなる!』
「信じます!」
三つある相手の拠点に爆弾を仕掛けて、それが二つ以上炸裂すれば私たちの勝ち、逆に二つ以上炸裂させられれば私たちの負け。
そんなルールに従った仮想の戦場で、私──「ユキ」こと、水上優樹菜は、固定ペアを組んでいるプレイヤー、「チセ」とほぼ二人だけで、相手の拠点を制圧して守り切っていた。
FPSのセオリーに従うのなら、枚数が不利になった時点で撤退して味方と合流するのが筋ではある。だけど、チセは例外だ。
チャットログに、「ChiseがSa1Z0をキルしました」という文字が流れてきた次の瞬間には、「ChiseがHaya10をキルしました」という表示が浮かび上がる。
有言実行。つまり、チセはそう言ってのけた通り、二対一という不利な状況を難なく覆してみせたのだ。
相変わらず、化け物じみている。
チセからの指示があるからこそ、私も仕掛けた爆弾が解除されないように、かつ相手の侵入経路を絞った状態で守り抜くことができるのだ。
手持ちの拳銃を制圧力に優れたミニガンに持ち替え、私は残り三十七秒、自棄になって無理やり爆弾の解除を試みて突撃してくる相手を牽制し続ける。
もちろん、私が壁になっている裏から奇襲を狙ってくる敵もいるけど、そこはチセのキリングレンジ。迂闊に突撃すれば、リスポーン地点との往復を強いられることだろう。
「残り十二秒です!」
『オッケー! 無理凸仕掛けてきたのは全部追っ払ったよ!』
勝ち確、という言葉が頭をよぎる。
だけど、こういう時こそ油断はできない。
残り十秒、解除モーションを取っても解除が間に合わないとわかっていても、突撃を仕掛けてくる敵はいるものだ。
無駄にキルスコアを稼がれるのも腹立たしいから、最後の最後まで手を抜くことはしない。
それは私もチセも同じことだった。
程なくして、爆弾が炸裂すると同時に、「Victory」の文字が画面に浮かび上がる。
『やーったやった、やったったー! これで私たちの十連勝だね、ユキ!』
「チセのおかげですよ」
もしもチセがいなければ、もしも私一人だったなら、十連勝なんてスコアは夢のまた夢だろう。
それもこれも、彼女が自分でキルを稼ぎながら的確な指示を出せるという、ほとんどプロに片足を突っ込んだようなスキルを持っているからだ。
一応私も階級帯は同じ、上から二番目のマスターランクではあるけど、同じマスターランクでもピンからキリまでいるということだ。自分でいっていて、悲しくなるけれど。
『何言ってんのさ、ユキ。わたしが指示出してもついてけないプレイヤーだっているのにさー、謙遜しすぎだよ』
「そうでしょうか」
『そうそう。だから固定組もうって言ったんじゃん』
チセとフレンドになったのは、野良マッチでたまたま味方同士になったときのことだった。
それまではソロ専でやっていた私だったけど、形成不利を覆して試合に勝ったことで、チセの方からフレンド申請が飛んできたのだ。
チセと固定を組んだおかげで上から三番目のダイヤモンド帯で苦しんでいた私もマスター帯に上がれたわけだけど、正直おんぶに抱っこになっているところは否めない。
でも、そう言ってもらえるのは。
頼りにしてもらえるのは、素直に嬉しい。
勝てる試合ばっかりじゃない。チセの判断力とプレイヤースキルがあっても負ける試合はある。
それでも、こんな風に勝ったとき、喜びを分かち合う誰かがいるということは、無味乾燥としていた私の人生にとって少なからず彩りを与えてくれたということでもあった。
「続けますか、チセ?」
『んー、今日はやめとくかな。キリいいところで終わりたいでしょ、ユキも』
「そうですね」
ヘッドセットの向こうで、チセがくぁ、と小さくあくびをする。
今の試合は中々集中力を使わされたし、切り上げどきとしては妥当なところだろう。
それに、時計を見れば、時間はとっくに深夜零時を回っていた。そろそろ眠りにつかないと、明日の授業に影響が出かねない。
『ユキはさぁ』
そんなことを薄らぼんやりと考えて、ヘッドセットを外す準備をしていたときだった。
チセの声が、私を呼び止める。
「なんですか、チセ?」
『んー、そうだなぁ……なんでもないって言ったら嘘になるけど、わたしと遊んでて、楽しい?』
わたし時々指示厨みたいになるからさ、と、謙遜してチセは苦笑する。
それは、「まだ話し足りない」の合図みたいなものだった。
私はチセがどんな生活を送っているのかを知らない。それどころか、顔も名前も知らなくて、知っているのは同じゲームをやっていることと、その、砂糖菓子みたいな甘い声だけ。
それでもこの数ヶ月、チセと一緒にゲームをやり続けることで、なんとなく彼女の人となりがわかってきたような気がする。
明るくて、いつもハイテンションで、陰気な私とは対照的だけど、寂しがり屋で。
だからこうして、試合が終わったあとは他愛もない話をして過ごそうとするのが、私の知っているチセの癖だった。
「楽しいですよ。反省会しますか?」
『いいねいいねー、うひひ、今日も夜更かししちゃおっか』
「全く……」
授業なんて最悪テストで赤点を回避していれば卒業はできるんだから、寝てたって構わないだろう。
だから、私は私のしたいことをする。
たった一人だけの友達と話す、この夜を抱きしめるように。
『あーあ、明日なんて来なきゃいいのにねぇ』
「全くです、チセは……学校とかどうなんですか?」
『ん……まあぼちぼちって感じかな。ユキはどうなの?』
「……私も、ぼちぼちですね」
別に誰かに嫌われてるとか誰かを嫌ってるだとか、そんなこともなければ、クラスで輪になって団結を促している側にいるわけでもない。
どこまでも透明で、いてもいなくてもあまり変わらないような存在。それが、「ユキ」じゃない私。
高校生、「水上優樹菜」というつまらない存在の全てだ。
『それじゃあ、わたしたちはお揃いってわけだ』
「そうなりますね」
『あー、ずっと夜ならいいのになぁ。ユキと一緒に話せるし』
「そうですね……朝なんて、来なければいいのに」
だから、私は「水上優樹菜」じゃなくて、「ユキ」でありたい。
この電子の世界なら、友達がいて、相棒がいて、退屈を吹き飛ばしてくれるくらいに刺激的な戦場を共に駆け抜けてくれるから。
チセが嘆いた通り、ずっと朝なんて来なければいいと、心の底からそう思う。
『でも、ユキは学校行かなきゃいけないんだよねぇ』
「それはチセもでしょう」
『うひひ、まあ……そうかな』
「全く……」
『時間が止まってくれない以上、夜更かしもしたかったけどここらでお別れってとこかな』
「……そう、ですね。本当はもっとゆっくり、色んなことを話したいんですけど」
思えば、チセと会話するときの話題は大半がFPSで、些細な日常での出来事だとか、そういうことを語り合う機会は少なかった気がする。
だから、それ以外のことでも色々話してみたいという気持ちは、私の中に確かにあった。
チセもそうだったのかはわからない。でも、うーん、と小さく唸ると、ヘッドセットの向こうから、その声が鼓膜を揺さぶってきた。
『だったらさ、今度から普通に通話しようよ』
「……いいんですか?」
『もちろん! わたしはどうせ暇人だからね』
「なんですか、それ」
回線の向こう側ではドヤ顔を浮かべているのであろうその宣言に思わず苦笑が漏れる。
だけど、チセらしいな、と、そう思った。
そして、それが私を気遣ってくれているのだということも、わかっていた。
「……ありがとうございます、チセ」
『なんのなんの、わたしもユキともっと話したいからね!』
それじゃ、また明日。
冗談とも本気ともつかない、いたずらっぽい声で笑いながらチセが通話を切る。
また明日。明日もチセとこうして話せるなら、一緒にゲームができるなら。
その明日が来るのも少しは悪くないのかもしれない、なんて頭が茹で上がったようなことを想いながら、私もまた、眠りにつくためにヘッドセットを外すのだった。