【完結】さよならシュガーバレット・ガール   作:守次 奏

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Act.10 さよならシュガーバレット・ステディ

 それから過ぎていった日々のことなんて、一々記憶に留めておく価値も理由もないものだ。

 だけど、抜け殻のように、半身を引き裂かれたように彷徨い続けた日々を、日記という形で記録することだけはやめなかった。

 私にとってどれだけ意味がなくたって、価値がなくたって──それは、チセが生きたかった「明日」なのだから。

 

 だけど、もう、昨日の中でしか生きられないチセのことを思う度に、見えない傷が、消えない傷が癒えない痛みを深く残す。

 

 それはきっと、振り払うことのできない悲しみであって、同時に、チセのことが、絶え間なく過ぎていく時の中でも風化せず残り続けている証、安らぎでさえあったのかもしれない。

 

 だからこそ、あれから何年経ったのかを数えることはもうやめたのだ。

 数えれば数えるだけ、悲しくなるだけだから。虚しくなるだけだから。

 どれだけ経っても、どれだけ私が大人になったとしても、決して消えることのない傷跡が痛むことだけに安らぎを覚えながら、死んだようにチセが生きたかった「明日」を生きる。

 

 それがチセの願いに背くことだとはわかっていたけれど、もう私は、明日という時間に、色彩を見出すことなどできなかった。

 ただ、日を重ねるごとに、年を重ねるごとに、遠ざかっていく昨日の中で生きていたいと願う気持ちばかりが募っていく。

 わかっている。チセが本当に望んでいるのは、私がその死を振り切って、別な誰かと結ばれ、幸せに生きることなのだということくらい。

 

 だけど、私は誰に恋をすることもしなかったし、できなかった。

 大学生になっても、社会人になっても、誰かを好きになってみようかと考えたときに浮かんでくるのは、いつだってチセのいたずらっぽい笑顔なのだから。

 

 もう、私が誰かに焦がれることはない。

 そして、それは愛することも同じだ。

 氷雨に打ち据えられながら、私はチセが眠っているお墓の前で、お線香をあげて目を伏せる。

 

 ずるいなあ、チセは。

 私の恋も、私の愛も、私の人生も。

 なにもかも、全部持っていってしまったのだから。墓石を掃除しながら、苦笑を一つ。

 

 無理に笑ったところで、自分を傷つけるだけで、無駄なのはわかっている。

 だけど、辛気臭い顔をしてチセの前に立ってたら、怒られそうで。

 怒られそうで──そうだ、いっそ怒ってくれないかな、と思う。

 

 幽霊になってても、お墓の下から出てきても構わないから、もう一度だけでも、たった一目見るだけでもいいから、チセに会いたいと、私はここにくる度、願ってしまう。

 

 人生でただ一人、恋した人の、愛した人の願いと呪いを背負って生きているのなら、せめてチセが望んだようにありたいと思う気持ちはあるけれど、やっぱり無理なものは無理だった。

 

 それでも、なんとか。

 なんとか私は生きていますよ、チセ。

 大人になった日々は退屈で、つらいことばかりだけど。何度も子供に還りたいと挫けそうになってしまうけど。

 

 そんな私の愚痴も、チセにとってはお土産になるのだろうか。

 なってくれたのなら嬉しい。そうでもしなければ、生きていたっていいことなんてないんだから。

 そうやって、私の退屈を笑い飛ばしてほしい。

 

 いつもみたいに、いたずらっぽい笑顔で。

 そんな風に、なんてことのない日々を彩ってほしくなってしまう。

 チセが眠っているこの場所にいると、余計に。だから。

 

「さようなら、チセ……また来ますから」

 

 私は、できもしないのにさよならを言って、名前が、果たされなかった祈りが刻まれた墓石に背を向けて、退屈な日々へと歩き出す。

 命日、誕生日。お盆、お彼岸。

 ここでチセと会うのは、そのときだけだと決めているから、そのときまでは、大人として、つらいことも苦しいことも我慢して、生きていくと決めているから──だから、私は偽りのさよならを言う。

 

 込み上げてくる涙を拭って歩き出す明日の色は、フィルタをかけたようにいつだって褪せている。

 もう、あれだけ好きだったFPSもやらなくなって何年経つだろう。

 最近やっていることといえば、チセの待つところへ持っていくため、たまに散歩をして写真を撮って、それぐらいだ。

 

 そんな枯れた趣味でしか、私は世界の色を感じられなくなっていた。

 

 砂糖菓子でできた弾丸は、標的を撃ち抜くことはできないと誰かがいったことを覚えている。

 だけど、そんなのは真っ赤な嘘だ。

 それを示すように、いつだって砂糖菓子みたいな声をした貴女は、チセは、私の胸に癒えることのない弾痕を穿って、空の彼方に、海の向こうに溶けてしまったのだから。

 

「……さようなら、チセ」

 

 自分へ言い聞かせるように、もう一度私は嘘の糖衣で包み隠した戯言を口に出す。

 そんな、脆い鎧を剥がして見えてくる言葉は、ただ一つ。

 私が願ってやまない、だけど手に入れることは叶わない、呪いと祈りに縛り付けられた望み。それは、言葉にすれば呆気ないほど、簡単なものだった。

 

 ──また、明日。

 

 きっと、春の梢で。

 地球を三周分巻き取ることができるフィルムがなくなるそのときに、映写機が空転を始めるそのときに。

 巡り巡って、もう一度、チセと、私が恋して、愛した、たった一人のその人と出会えることをただ願う。

 

 そんな歪み、擦り切れた願いだけが、チセが遺してくれた日々の欠片だけがきっと、私にとっては、生きる希望と呼べるものだった。

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