【完結】さよならシュガーバレット・ガール   作:守次 奏

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Act.2 以心電信

 チセと、FPS以外のことで通話をする。

 昨日の夜はなんだかセンチメンタルに浸って、そんな約束を交わしたけど、よくよく考えてみれば、私はチセとなにを話せばいいのだろう。

 学校のこと? それとも、バイトのこと?

 

 どれも同じだ。

 話したくなるぐらい面白いことも、愚痴を言いたくなるぐらい不満があるわけでもない。

 

 私がクラスで浮いていることは確かだけど、だからといってなにか実害があったわけでもないし、バイトだって人並みに仕事をして、人並みに評価されて、人並みに給料をもらっているだけ。

 そこに面白みなんてものはなにもない。

 それとも、チセは違うんだろうか。

 

 顔も知らない友達のことを、考える。

 いつもならFPSをやる時間は夜の九時からと決まっていたから、多分通話もそこから始まるんだと思う。

 だから、なにかしら話題の一つも考えておかなきゃいけないことはわかっているんだけど、悩みに悩んでなにも出てきていない。

 

「……空っぽだな、私」

 

 人生つまんなそうに生きてる、と誰かに言われたら、それを否定できない程度に、私の日々は退屈だ。

 

 でも、チセと組んで戦っているときだけは違う。

 その一瞬だけ、その瞬間だけ、私は退屈な日々を蹴散らして、特別になれる。

 

 でも、それはあくまで自分目線の話でしかなくて、チセにとって私との時間は、ありふれたものだったりするのかもしれない。

 

 そう考えると、少しだけ胸が痛んだ。

 私はチセを友達……よりも特別に捉えているけど、チセが私をどう捉えているかはよくわからない。

 

 なんなら、それを訊いてみればいいんじゃないかと言われそうだけど、さすがにそれはデリカシーに欠けるんじゃないかな。

 

 薄らぼんやりとそんなことを考え続けている内に、どうやら約束──というよりは、暗黙の了解で決まってる時間が訪れたらしい。

 

 通話アプリからの着信音がヘッドセットから鼓膜を揺さぶる。

 

 結局なに一つ振るための話題は浮かんでこなかった。この期に及んで、チセから話題を振ってくれたらいいな、とか考えている自分に、少しだけの嫌悪を抱えながら、私は応答ボタンを押下した。

 

『はろーやーやーこんばんはー! ユキ!』

「昼と夜のどっちなんですか……」

 

 でも、そんな憂鬱も、チセの声を聞いていると、なんだかどこかに吹き飛んでしまうようで。

 我ながらちょろいな、とは思うけど、回線の向こう側にいる友達が名前を呼んでくれるだけで、なんだか嬉しくなってくるのだ。

 そんな苦笑混じりに、私はチセが振ってきた能天気な挨拶にツッコミを入れる。

 

『あんまり気にすんなってー、芸能界なんて夜に擦れ違っても「おはようございます」って言わなきゃダメらしいんだからさ』

「なんですか、それ……チセは詳しいんですね」

『どうでもいい雑学だけどね!』

 

 真夜中にすれ違って「おはようございます」なんて、変だとは思った。

 だけど、タレントだとかテレビ番組の裏方だとか、そういう仕事に就いている人は生活リズムが私たちのそれとは大きく違っているんだろうと思うと、確かに納得がいく。

 なんでチセがそんなことを知っているのかは知らないし、訊くつもりもないけど。案外、その手の仕事に関わってるんだろうか。

 

『やー、ユキとFPS以外で通話するの初めてだよね? わたしから提案したことだけど、正直なに話したらいいかよくわかんないや』

「チセもですか……私も、正直なにを話せばいいのかさっぱりです」

『お揃いだねぇ……来月のアプデの話でもする?』

「結局FPSじゃないですか」

 

 私たちを繋ぐものが、あるいは私たちの接点がそれだけだから、仕方がないけど、FPS以外の話をしようって目的で通話を始めたのに、話題がFPSに戻っていたら本末転倒だ。

 

 確かに来月のアップデートは、ミニガンに調整が入るらしいから私も気にはなっていたけど。

 チセが愛用してる散弾銃にはあまり縁がない話だから、多分話でも私が一方的に捲し立てるだけだろう。

 それだと、いくらなんでも申し訳がない。

 

『そんな話題に困ったときのため、チセさんは偉大な発明を作ってきたのだよユキくん』

「藪から棒にいきなりなんですか……」

『名付けて話題サイコロ! サイコロの面にランダム抽出した中からわたしが選んだお題が六つ書かれてるから今転がすね、っと』

 

 私の自由意志が介入する余地もなく、通話の向こうでチセがなにか、柔らかいものを放り投げたような、くぐもった音が聞こえる。

 話題をランダムに決めるのは別にいいとして、変なのがチョイスされてたりしないだろうか。

 チセは見られてないときにフライパンでキルを取ったりだとか、意外と悪ノリするタイプだから、ないとはいい切れないのが少し怖い。

 

『でーん! 学校の話ー!』

「……話すこと、あるんですか?」

『ない!』

 

 即答だった。

 学校の話なんて、することがないものの筆頭だ。なのになんでサイコロに書き込んだのやら。

 十中八九、悪ノリだろうけど。

 

『ユキはなんか学校について話すことないの?』

「あると思いますか?」

『そっかー……いや、案外ユキが学校じゃ愉快な生活送ってたりしないかなーとか思って書いたんだけど』

「チセは、私をなんだと思ってるんですか……」

 

 そんな刺激的でエキセントリックな毎日を送っているなら、学校とバイトが終わったあとのFPSだけを楽しみに生きていない。

 そして、チセも話すことはないと断言した以上、この話題はここで打ち切りだ。

 学校もバイトも面白みのあることなんかないんだから仕方ないけど、いつも明るく振る舞っているチセに話すことがない、っていうのは、ちょっと驚きだったかもしれない。

 

『じゃあ次ー、でけでけでんでん……映画の話! ユキって映画見る?』

「……あまり多くはないですが」

 

 どうやら回線の向こうで振られたサイコロにはそんなことが書いてあったようだ。

 映画。答えておいてなんだけど、あまり多くはない、どころかほとんど見ない、といってもいいのかもしれない。

 たまに金曜日にやっているロードショーを見るくらいで、自分から積極的に映画館まで足を運んだことなんて、一年で二回か三回あればいい方だろう。

 

『そりゃもったいないなー、洋画とか結構面白いのいっぱい転がってるよ?』

「ラブロマンスにはあまり興味がありませんので」

『ステレオタイプだなぁ、洋画といったらクライムサスペンスに、ホラーに、アクションに……とにかく、ラブロマンスだけが洋画じゃあないよ』

 

 かく語りき、といった具合だった。

 ヘッドフォンから聞こえる諭すような口ぶりからするに、チセは映画をよく見る方で間違いないのだろう。

 

「チセは詳しいんですね」

『結構ね、ほら、わたし暇人だし』

「バイトとかはしてないんですか?」

『したいけど親に止められてるんだよねー』

「そうですか……」

『つまり、ユキが映画見てないのはバイトで忙しいからと見た』

「それもありますが」

 

 根本的に興味が湧かない、と言ったら失礼に当たるから口には出さないでおくとして、また一つ、チセについての知らなかったことを知れたのは、なんとなく嬉しかった。

 

『ユキはさ、なんでバイトしてるの?』

 

 そして、私のことをもっと知りたいとばかりにチセはいつも通りの甘い声音で問いかけてくる。

 バイトをしている理由。

 そんなの、考えたこともなかった。

 

 特段欲しいものがあるわけじゃない。

 別段お金に困っているわけでもない。

 なのに、わざわざバイトをしている理由。

 

 突き詰めれば、それは。

 

「……暇だから、でしょうか」

『あっははは! そっかー、ユキも暇人だったかー!』

「いけませんか?」

『ううん? 全然。むしろユキのこと、色々知れてわたしは嬉しいかな』

 

 私たちは、極端な話、FPSで繋がっただけの関係だ。

 それ以上でも以下でもなく、別にお互いのことなんて知る必要はどこにもないし、語る理由なんてものも同じに違いはない。

 だけど、そう言ってくれるのは。空っぽで退屈だけど、私という人間のことを知りたいと思ってくれるのは、少し恥ずかしいけど、チセと同じで、嬉しかった。

 

「映画、なにかオススメのものってありますか?」

『お、そうくる? そうだなぁ……やっぱ派手にドンパチしてるのがいいよね!』

 

 だからなのだろう。

 その問いかけは、流れるように舌先を滑り落ちていた。

 いくつかラインナップを挙げてくれているチセの嬉しそうな声を聞きながら、私はなんとなく加入していたサブスクの画面を立ち上げて、それらのタイトルを検索していく。

 

『──と、こんなとこかな。なんか気に入ったのあった?』

「ええ、いくつか」

『よかったー、見たら、また通話で感想聞かせてよ、そしたらサイコロ振らなくても話題ができるしお得だよお得』

「それは……そうですね」

 

 確かに学校やバイトの話をするより、そっちの方が楽しそうだ。

 映画の感想を誰かと共有したことなんて、人生で一度もないし、これから先もずっとないままだと思っていたけど。

 チセに打ち明けるのなら、悪くない。どうしてか、今は素直にそう思えた。

 

 知らないことを一つずつ埋めていくように、私たちは他愛もない言葉を交わして、無為に時を過ごしていく。

 私たちを実際に隔てる距離がどれくらいあるのかはわからない。

 けれど、目を瞑れば、声を聞けば、不思議とチセが近くにいるような気がするのは、センチメンタルがすぎるだろうか。

 

 そんな風に、テクノロジーとノスタルジーに浸りながら、私たちは更けていく夜を過ごしていた。

 

『あー、楽しかった! また明日話そうね、ユキ!』

「ええ、また明日。チセ」

 

 会話の締めに、他愛もない約束を交わして通話を切る。

 明日が来るのが楽しみだと思ったのは、一体いつ以来だろうか。

 多分、その答えはどうでもよかった。今私の心にある想いが、全てだった。

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