【完結】さよならシュガーバレット・ガール   作:守次 奏

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Act.3 お断りします

 その後も私とチセの交流はだらだらと続いていた。

 この前みたいに取り止めのないことを話し続けることもあれば、いつものようにFPSを一緒にプレイしてからの感想戦だとか、そんなことを飽きもせずに続けている。

 傍から見れば、私たちを取り巻く環境は、あまり変わっていないように見えるのかもしれない。

 

 だけど、そこには明確な変化がある。

 私もチセも口にしない不文律として、暗黙の了解として。

 少しだけ、少しずつ、心の距離とでもいうべきものを近づけていっているのだと思う。

 

『っしゃあ、ヘッショ二枚抜き!』

「油断しないでください、遊撃が裏から回りました!」

『はいはーい、了解! オラァ!』

 

 薄らぼんやりとそんなことを頭に浮かべながらも、戦場での警戒は怠らない。

 私と、もう二人いる野良の味方が爆弾付近に陣取って弾幕を張っていることを嫌ってか、ポータルを使った特殊移動でチセが受け持っているエリアの裏に敵が回っていく。

 そして、報告を受けたチセがほとんどノータイムでその敵をキルした旨が、自動チャットで流れてきた。

 

『あはは、裏取りが命取りになった!』

「……相変わらず凄まじい反応速度ですね」

 

 ポータルを使った裏からの奇襲は、対応が難しい戦術として現環境を席巻している。

 もしも私がチセと同じ状況に置かれたとしたら、反応が間に合わずキルを取られていたことだろう。

 それなのに、カウンターで一時後退させるとかじゃなく、キルを取り返すチセの反応速度はやっぱり化け物じみていて、同じランク帯にいるとは到底思えない。

 

『来るとわかってればどうとでもなるなる、ユキが見つけてくれたからだよ』

「……ありがとうございます」

 

 チセはそう言って褒めてくれるけど、正直なところ、おんぶに抱っこな状況なのは私自身がなによりも、誰よりも痛感している。

 ソロで潜ったときに、チセがいないのに彼女の勘の良さを前提にした指示を出したりだとか、位置取りをしたりだとか、そういうことがもう癖になってしまっているのだ。

 それに、来るとわかってても対処が難しいからこそポータル移動はナーフが望まれてるわけで。

 

『ユキ、そっち三枚無理凸!』

「野良を当てにしますか!?」

『無理、こっちに二枚いるから援護も無理! 残り時間的にもうちょい持ち堪えて!』

「了解!」

 

 そんなチセだからこそ、警戒もされる。

 ポータル移動にヘッドショットを返せるようなプレイヤーとやり合うよりは、弾幕砲火の中に飛び込んだ方がまだマシだと判断したのだろう。

 敵チームの三人が、銃弾の雨霰の中、死をも厭わずに最後の特攻を仕掛けてきた。

 

「この程度なら!」

 

 無理凸は基本的に最後の手段だ。

 だからこそ、その戦術は弾幕の切れ目、リロードの瞬間を狙ってオートヒールでのゴリ押し解除に走るか、あるいはタンクを一枚か二枚出して、弾幕を張っている側をアタッカーがキルすることで解除を試みるかの二択に絞られる。

 

 逆にいってしまえば、無理凸を仕掛けてくる時点でほとんどこっちの勝ちは決まったようなものでもある。

 

 もちろん油断はしちゃいけないし、ときには無理凸が通って負けたりもするけど、基本的によっぽど……それこそ、チセぐらいのプレイヤーでもなければ、通すことができないというのがプレイヤー間の共通認識だ。

 

 こっちの戦力、その内訳としては私の他に一人、ミニガンを持った味方と、シールドを持ったタンクが一人。

 タンクが前線で無理凸を受け止めている間に、私ともう一人が弾幕で敵のヒットポイントを削り続ける。

 野良とはVCが繋げないから、厳密な意思疎通はできないけれど、このランク帯まで到達したプレイヤーなら、基本的にセオリーは理解してくれているものだ。

 

『あと十二秒! 勝ったね!』

「最後まで気を抜いてはいけません!」

『それもそっ……か!』

 

 恐らくはチセの側からも無理凸を仕掛けてきた相手がいたのだろう。

 それは無慈悲に自動チャットにキルログが表示されるだけの結果で終わってしまったけれど。

 三、二、一。

 

 

 最後の一秒までタンクと野良の味方がちゃんとした立ち回りをしてくれたのと、なによりチセが大暴れしてくれたおかげで、ノーデスでの勝利を私たちは手中に収めていた。

 

『ふっふー! GGだね、ユキ!』

「ええ、グッドゲームです。チセ」

 

 これで昇格戦を三連勝したことで、私たちのランクはマスター帯の中でも最上位、あと一歩で魔境を極めた魔鏡──グランド帯まで上がるチャンスを得たという話になる。

 

 グランド帯まで行けば、有名なプロゲーマーと遭遇することも日常茶飯事だ。

 

 一応、マスター帯でも有名配信者が相手に回ってきたりだとか、味方に引いたりだとかはするけど、彼ら彼女らは「アマチュアでもかなり上手い」部類であって、立ち回りからなにから最適化された、キリングマシンみたいなプロゲーマーとは残念ながら天と地ほどの差があるといわざるを得ない。

 

 それは私も例外じゃないのは、わかっている。

 私のプレイヤースキルは、ソロで鍛えたものじゃない。あくまでチセという、規格外の固定相方がいてくれるからこそ、このランク帯まで上り詰めてこれただけだ。

 私だけでこのFPSに潜ったなら、マスター帯から落ちるとは思わないし思いたくないけど、ダイヤモンド帯と行き来を繰り返していたんじゃないだろうか。

 

「……本当に、チセのおかげです」

『前も言ったけどそんなことないって! ユキがいなかったらわたし、フツーにキルされることもたまにあるし!』

 

 ──たまに、の時点でもう例外なんですが。

 

 喉元から出かかった言葉を呑み込んで、私は無邪気で溌剌とした笑い声を聞く。

 でも、私が少しでもチセの力になれているのなら、隣に立つのに相応しい存在であれるのなら、素直にそれは嬉しいことだ。

 正直、そう思えないからこそ悩んでいるところはあるんだけど。

 

『索敵に関しちゃわたしはユキに負けるしねぇ、タイマンなら得意なんだけどさ』

「タイマンどころか二対一でも三対一でも捌いてるじゃないですか、チセは」

『まぁね! その分クソエイムだからあんま環境武器使えないんだよねー』

 

 チセのファイトスタイルは、いわゆるCQCに近い。

 あまり遠距離でのエイム力を必要としない散弾銃を牽制として使って、本命は拳銃でのヘッドショット。

 私も遠距離エイムはあまり得意じゃないからミニガンと拳銃をメインに使っているんだけど、こと近距離でのエイムに限っていえば、チセのそれは私や並いるプレイヤーを大きく凌駕している。

 

 それこそ、プロゲーマーのように。

 だから、私は考えてしまう。

 いつか、チセにさよならを言う日が来てしまうんじゃないかと。私じゃなくて他の誰かこそが、チセの相方として相応しいんじゃないかと。

 

『どしたー、ユキ? 黙っちゃって』

「……なんでもありません。次はグランド帯ですね」

『そうだなー、ま、わたしは階級帯とかあんま興味ないし、ユキと遊べればいいかなって』

 

 輝かしい栄光がそこには待っているというのに、チセは興味なさげだった。

 

「チセは、プロになりたくはないんですか?」

 

 だからこそ、問いかけずにはいられなかった。

 私は多分プロになるだけの腕前も、伸び代も持ち合わせていないけど、チセは別だ。

 特別で、最強で、いつだって輝いている一番星。頑張ってようやく二等星になれるかどうかの私といるより、一等星として輝く方がきっと、有意義だから。

 

『んー、実はさ、わたし、プロにスカウトされたんだよね』

「……えっ?」

『この前格上と当たったじゃん? そんときキルした「Show-5」だっけ。そんな感じの名前の人がプロだったらしくてさ、メールきてた』

 

 しれっとチセはそう語ったけど、私にとっては青天の霹靂もいいところだった。

 鳩が豆鉄砲どころかガトリングガンを浴びせられたような顔をして、なにか言葉を紡ごうにも声にならずに口をぱくぱくさせることしかできない。

 傍から見たら、そんな私はどれだけ滑稽なことか。

 

「……それ、で。どう答えたんですか、チセは」

『うん? お断りしますって』

「はぁ!?」

 

 何回、青天に雷を落とせば気が済むのか。

 しれっと、そして飄々と語るチセには絶句するしかない。

 プロからのスカウトなんてそうそう来るものじゃないのに、なんで。

 

「……なんで、ですか」

『言ったじゃん。わたしはユキと一緒に遊びたいだけだって。もしプロになるとしても、ユキが一緒じゃないとお断りだよ』

 

 ──だって、わたしたちは二人で最強だから。

 

 きっと、そう言い切ったチセは、回線の向こうで不敵な笑みを浮かべていたのだろう。

 

 二人で、最強。

 実際はそんなことなんてないのかもしれない。チセには私よりももっと、組むべき誰かがいるのかもしれない。

 それでも、だとしても、チセがそう言ってくれたことが、今はなによりも嬉しくて。

 

「……ありがとうございます」

 

 チセは、ずるい。

 

 だから、泣きそうになってしまう。

 だって、信じそうになってしまう。

 二人で、最強。そんな、水面に浮かぶ泡のような夢に浸っていたくなってしまうから。

 

『うひひ、そんなわけでこれからもよろしくね、ユキ!』

「ええ、私でよければ……よろしくお願いします、チセ」

『ユキだからいいんだってば』

 

 顔も知らない友達は、冗談めかしてそう笑う。

 私たちは、少しだけお互いのことを知ったけど、知らないことだらけなことに変わりはない。

 それでも、通じ合えるのは、信じ合えるのは、きっとなによりも得難いことなんだろうな、と、通話の余韻に浸りながら、私はゆっくりと目を伏せた。

 

 閉じた瞼の裏には、流れ星のように、モニターの残光が明滅していた。

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