夏祭りにきたのなんて、一体何年ぶりだろうか。
誰も彼も浮かれた様子で、露店を巡っている人混みにうんざりしながら、そんなことを考える。
小さい頃、両親に連れられてよく訪れていた記憶は辛うじて残っているけど、それがいつ途絶えてしまったのかは曖昧だ。
それにしたって、いくら友達の頼みとはいえ、一人で淡々と祭りの夜を歩いているのはどことなく寂しい。
カップルや友達連れが羨ましい、とかそういうことじゃなく、単純に、自分がここにいることに対しての違和感だったり、私という存在がこの夏祭りにとっての異物なんじゃないかという疑念が浮かび上がってくるからだ。
異物。違和感。
思えば私の学校生活もそんな感じだ。
多分、無害なのだから排除こそされていないけど、宙を漂う埃のようにふわふわしていて、肩についたなら手で払うような、そんな存在。
私が、クラスの輪に馴染めていないのは自覚している。
合唱コンクールだとか文化祭だとか、体育祭だとか、そういうイベントに対して露骨に消極的というわけではないし、むしろ熱心に協力していた方だとは思う。
けれど、私は溶け合えなかった。手を取り合って一つになっていく学級の中からいつも弾き出された外側で、息を潜めるように蹲っているのだ。
「……なにをやっているんだろう、私は」
ぽつりと呟いた声は、喧騒にかき消されて消えていく。
他でもない、チセの頼みだったから引き受けたけど、逆にいえばチセ以外の誰かから頼まれたなら死んでも来ないしお断りだ。
輝かしさとは縁遠い私の人生、その対極を生きてきたのであろうオーラを放つ人種が闊歩する夜は、私みたいな人種にとっては拷問以外のなにものでもない。
きっと、百鬼夜行も真っ青なことだろう。
流行りの曲をイヤホンから流すことで喧騒を紛らわせながら、とりあえずチセから頼まれた綿飴を屋台で買う。
淡々としていた。屋台主になにかを話すわけでもなく、なにかを話しかけられるわけでもなく。
それを虚しいとは思わないけど、もしも──もしもだけど、チセが隣にいてくれたら、思うことも違うんだろうか。
どんな顔をしていて、どんな姿をしているのかもわからない、私にとってただ一人の友達。
ふと、悪戯っぽい、チセの声が脳裏をよぎる。
「……風情、か」
こんな一人ぼっちの夏祭りに風情もなにもないとは思うんだけれど、それでもチセが私の浴衣姿となんとなく夏っぽい雰囲気の写真を求めてくれた以上、意義だとか意味だとかを見出さないと本格的に虚無になりかねない。
とりあえずで買った綿飴を齧ると、大味な砂糖の風味が舌の上でふわりと溶ける。
味わったのがいつ以来かわからない、チープでジャンクな甘み。それでも私はそこに、郷愁のような感情を抱いていた。
よくいえば大雑把で、悪くいえば雑。
露店で売ってる食べ物なんてそんなものだといわれれば、確かにその通りかもしれない。
だけど、その大雑把さが時折恋しくなる、という人の気持ちが、なんとなくわかった気がする。
私は綿飴を左手に持ち替えて、空いた右手でスマートフォンのカメラを起動する。
自撮りモードを使った記憶は全くないから、手順とかはあやふやだったけど、案外雰囲気でなんとかなるようにデバイスが設計されているおかげで、難なく写真を撮ることができた。
綿飴で微妙に顔を隠した、浴衣姿の私。こんな写真のどこに価値があるのかはわからないけど、チセが欲しいと言ってるんだから、あの子にとってはきっと価値あるものなのだろう。
見た目通りに大きくて、数口食べたら飽きがくるような綿飴を淡々と齧りながら、私はスマホの時計を一瞥して、花火が上がるまでの時間を計算する。
「……大体一時間後、ね」
一時間もなにをしていればいいのかわからないけど、少しはいい席を取れそうだと考えれば、そこまで悪くないのかもしれない。
花火と私を同時に写すのは一人じゃ難しいけど、花火を写すくらいなら簡単だろう。
頼まれた要件ではないけど、風情が重要だというなら、花火も撮っておくに越したことはないはずだ。
そんな私のお節介を、チセは喜んでくれるだろうか。
まるで旅行のお土産を選ぶときみたいな心境で、私は花火待ちと思われる人たちについていく。
一時間前なら多少余裕はあるかと思ったけど、そこまで上等な席は残っていなかった。
それでも、人混みに紛れて花火が見られないような場所は避けられたのだから、喜ぶべきなのか。
次からは二時間前ぐらいには場所取りをしていよう、なんてことをふと考えていたけど、そもそも次があるんだろうか。
チセのことだから、案外写真一枚もらっただけで満足しそうなものだけど──と、思うのは流石に失礼かな。
薄らぼんやりと、記憶の海に漂いながら、私はチセと出会ったときのことを思い返す。
ソロでFPSのレート戦に潜ってたとき、やたらと動きがいいプレイヤーが対面にいたせいでこっちが不利になっていた状況。
突撃してきたチセは、私のミニガンによる迎撃をほとんど全てすり抜けて、拠点に爆弾を設置しようとしていたんだっけ。
適正距離の内側に潜られた以上、あとはやるかやられるかのCQCにしか活路はない。
そんな状況でチセとの一対一を挑んだわけだけど、私は時間を稼ぐのが精一杯だった。
一分。それが、チセにキルされるまでかかった時間。
FPSの一分は長い。おかげで味方は体勢を立て直すことができたし、爆弾設置も結果的に妨害できたことで、勝ったのは私たちのチームだった。
だけど、どうしてか私は無性に悔しくて。
そんな思いを抱いているときに届いたのが、チセからのフレンド申請と、一緒に組まないかという誘いだったのだ。
FPSでの勝った負けたなんて、大して気にしたことはなかった。
勝つ日もあれば負ける日もある。
そのぐらい、打ち込んでいることにさえ淡々としていた私の世界を鮮やかに塗り替えて、手を取ってくれたチセだからこそ、信じられたのかもしれない。
ぼんやりと夜空を見上げて、そんなことを考えていると、不意にぱっ、と光った炎の華が、帳の降りきった景色に咲いた。
少し遅れて、轟音が響く。
どうやら、少しだけ時間を過ぎてしまったらしい。
周りの観客たちがスマートフォンやデジカメを手に、空やあるいは自分たちを写そうと躍起になっているのに倣う形で、私もまたスマホのカメラを夜空に向けた。
買ったときの宣伝文句を信じるのなら、夜景も綺麗に撮れるらしいけど、果たして。
大輪の花が爛漫な輝きを放つその瞬間を狙い澄まして、ヘッドショットを狙うときのように神経を尖らせ、シャッターを切る。
かしゃり、と、普段ならうるさくても、今は夜に轟く炸裂音にかき消されそうな音を立てて、カメラは花火が咲き切った瞬間を捉えていた。
「……これで、よし」
一人、ぽつりとそう呟く。
綿飴を食べている私も撮った。花火も撮った。
なら、これ以上ここにいる理由はない。さっさと帰って、チセに写真を渡してしまおうと、そう思っていたけれど。
吸い寄せられるように、私の視線は光の花が咲き乱れる夜空に向いて、離れなかった。
そうして、少しだけ寂しさを感じる。
なるほど、と、腑に落ちたような感覚と一緒に。
誰かと一緒にいることに、意味なんてないと思っていたし、興味のないなにかに心を動かされることも同じだと、そうも思っていた。
でも、今は。今は、チセが隣にいてくれないことが、無性に寂しい。
チセもまた、自分の住んでいる街の夏祭りに行ったりするんだろうか。私の知らない誰かを、隣に連れて。
そう思うと、余計に寂しさが広がる気がした。
だから、喉元まで出かかったなにかを──その不安や寂しさを夜空に向けて、ただの叫びに変換して。
「たーまやー!」
腹の底から、その決まり文句を唱えていた。私の喉からこんなに大きな声が出せることに、自分でも少し、驚きながら。
◇◆◇
そんな私の夏祭りにおける顛末を聞いて、チセはけらけらと笑っていた。
『あっははは! なんだかんだでめっちゃ楽しんでるじゃん、ユキぃ』
「……うるさいです、チセが悪いんですよ」
あのあと、通話を繋いで話を聞いてみたら、チセは夏祭りに行ってないし行くつもりもない、なんてことをしれっと答えたのだ。
私の心配はなんだったのか。
ささくれ立ったこの不満と不安をどうしてくれるのかと、自撮りと花火の写真を送りながら、頬を膨らませる。
『まあまあ気にすんなって! わたしもユキとおんなじようなもんだしさー』
「同じって、なにがですか」
『ぼっち』
いっそロックでも始めてみるかー? と、チセは冗談めかして言ったけど、なんの冗談かわからない上に笑えない。
『滑ったか』
「滑りましたね」
『ま、まあ、あれじゃん? この話はここまでにしといてさ……おー、よく撮れてるじゃん! 綺麗!』
私がスマホからパソコンに転送して送りつけた自撮りと花火の写真を見て、チセは興奮したようにそう叫ぶ。
花火が綺麗なのか、それとも……なんて思えるような顔立ちじゃないことは自分が一番知っている。
無愛想で、無感情で。そんな私がカメラ越しに写し出されるときは、いつも不機嫌そうにしていると相場が決まっているからだ。
「よかったです。花火撮るの、結構神経使いますから」
『えっ? いやいや、綺麗なのはユキの浴衣姿だって』
「……は?」
『自覚してない系かー? 黒髪真っ直ぐで、浴衣も似合ってて綺麗じゃん、ユキ』
しれっとなにを言ってのけるんだ、チセは。
予想だにしなかったその言葉に、私はただ戸惑うばかりだったけど。
チセからそう言ってもらえたのは、例えお世辞や社交辞令の類だったとしても、その、なんだろう。
──嬉しい。
「……あ、ありがとうございます、チセ」
『いやいや、わたしは事実を言っただけだし。それより、これからもさ、なんかあったら写真撮って送ってもらっていい?』
修学旅行とか、色々。
そんなチセからの提案に乗っかることで得られる利益はない。
だけど、私は。
「いいですよ。チセがそう言うなら」
『やったー! そんじゃよろしくね、ユキ!』
私にはその提案を断る理由はもうなかった。
この目で見てきた景色を、お土産のように持ち帰って分かち合う。
そんな些細でありふれた特別を、その味を、知ってしまったから。