【完結】さよならシュガーバレット・ガール   作:守次 奏

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Act.6 曇天

 夏が過ぎれば秋が来て、秋も気づけば冬になっている。

 彩りのない毎日は淡々と過ぎていくけれど、少しだけ、ほんの少しだけ変わったことがあるとするなら、私の生活の一部に、チセに宛てた手紙のように、自撮りを送ることが増えたことだろうか。

 あるときは紅葉を。あるときは、修学旅行で行ってきた某テーマパークの写真だとかを。

 

 そんな私にとっての毎日は、これからもこれまでも変わることなく続いていくんだろうと、薄らぼんやりしたことを考えている内に、季節は期末テストを控えるところまで進んでいた。

 勉強したとかしてないとか、そんなことで一喜一憂しているクラスメイトも夏休み前から、なんなら一年生だった頃から変わっていない。

 学生なんて、ましてや高校生なんてそんなものだといわれてみればその通りだし、私も人に偉そうなことを言えるほど、勉強なんてしてないんだけど。

 

 なんなら、今だって家に帰ってからやるFPSのことしか考えていない。

 フルパを組めないし組むつもりもない以上、グランド帯に留まり続けるのは難しくて、マスター帯の最上位と行ったり来たりを繰り返しているけど、少なくとも私とチセの連携だけでいえば、練度は格段に上がっているはずだ。

 エンジョイ勢でここまで行ければ十分も十分、といわれてしまえばその通りだし、私もチセも、そこら辺は割り切って遊んでいる。

 

 プロを目指すならあと三人、固定メンバーを誘って連携を固めたりするべきなんだろうけど、今のところその選択肢は私の頭の中にはない。

 だけど、いつかは向き合わなきゃいけないことなんだろうな、とも思っているのも確かなことだった。

 ついさっき出したばっかりの進路調査票のことを思い出しながら、私はそそくさと家路に着く。

 

 漫然と、進学を目指しているとは書いた。

 その方が親も教師も納得するし、私の学力も別に底辺というわけじゃないから、どこかしらの大学には引っかかるだろうとは、きっと先生方も思っていることだ。

 受験を舐めているつもりはないけど、私もなんとなくそうは思っている。

 

 選ばなければ、高望みをしなければ、どこかしらには引っかかる。

 そんなごく普通を絵に描いたような成績を残しているのが、私なのだから。

 でも、本当にそれでいいのかとも、心のどこかで思っているのは確かなことだった。

 

「……プロゲーマー、か」

 

 チセと一緒に、好きなことを仕事にできたらそれはきっと、楽しいのかもしれない。

 普通に大学に行って、普通に就活をして、普通に企業に入る。

 それさえ難しいことなのはわかっているし、プロゲーマーになったとしても、食べていけるかどうかなんて保証はどこにもない。

 

 勝ち続けなければ、首を切られる。

 今は反省会ついでに笑い飛ばしている負けの一つ一つが、重くなっていく。

 それをきっと、チセは望んでいないんだろうな、というのはなんとなくわかる。もし本気でプロを目指しているなら、私の他にも固定メンツを集めたり、それこそ前に話してくれた、「Show-5」とかいうプロの誘いに乗っていただろうし。

 

 そんな他愛もないことを今日も薄らぼんやりと脳裏に浮かべて家に帰った私は、例に違わずFPSを起動していた。

 通話アプリでチセのアイコンをタップして、コーリングをすれば、いつだって三コール以内にチセは応じてくれる。

 それは今日も変わらなかった。

 

「もしもし、お待たせしました、チセ」

『はろーもしもし、ユキ? 元気だねぇ今日も』

「そうでしょうか?」

『まあ、ね……っと、それじゃあ今日もぼちぼちやってこっか』

 

 最近負けが込んでるから取り返したいねぇ、と小さく呟いて、チセもまたログインしたことをホーム画面の通知で確認する。

 私たちがグランド帯とマスター帯を行ったり来たりしているのは確かだったけど、チセが言ったように、最近負けが込んでるのもまた確かなことだった。

 実力がイマイチ出しきれていないというか、噛み合わないというか。いわゆるスランプというやつなのだろうか。

 

 特に、チセの動きからはキレがなくなっている。

 鬼のような反射神経でカウンターキルを決めていた、数ヶ月前のチセからは想像できないほどにその反応は鈍っていて、昨日だって裏を取られて素直にキルされる、というムーブを連発していた。

 それぐらい、調子が悪いのだろうか。だとしたら、なにが原因で。

 

 マッチングまでの待機時間で、私はふむ、と小さく考え込む。

 口ぶりからするに、チセの調子が悪い、というわけではなさそうだ。

 でも、その動きは見る影もないくらい衰えていて、やっぱりなにかあったんじゃないかと心配になる。

 

 もしも、今日の試合でも同じようなことが起こったのなら、本格的に事情を訊かざるを得ない……けれど、私にそこまで踏み込む資格があるのか。

 わからない。

 チセと私は、友達だと思っている。少なくとも、クラスにいる誰かよりは親しいはずだし、チセもそう思ってくれている……と、信じたい。でも、いくら友達だからといっても、人の心に踏み入るのには相応の資格がいるものだ。

 

 その資格を、私が持ち合わせているのか。

 いくら自問自答したって、答えは闇の中だ。

 そして、迷いは銃口を鈍らせる。

 

「ッ! チセ、抜かれました!」

『はいよ……っと!? こっちも二枚押さえられてる、味方は!?』

「死んでます!」

 

 案の定とでもいうべきか、きっと迷いを互いに抱えているせいで、今日の連携は散々の一言に尽きた。

 敵に抜かれたのは、私とタンク役を受け持った味方のミスだ。こればかりは謝る他にない。

 でも、以前のチセだったら、二枚背負わされた程度なら即座にキルを取って救援に駆けつけるだけの余裕は持っていたはずだ。なのに、今日は敵にいいように翻弄されている。

 

 それが、この試合だけだったらどれだけよかったことだろうか。

 だけど、私たちの戦いは何回やっても噛み合うことはなかった。

 チセの動きが鈍いと見るや、枚数有利を取って突撃をかけてくるところから抜かれて爆弾を置かれたり、あるいはチセが援護に回っても脅威ではないと判断されたのか、強引に私とタンク役の味方が受け持っていたエリアを突破して爆弾を置かれたりと、散々の一言だ。

 

 とりあえず十試合ほど戦ったけど、戦績は二勝八敗。その二勝にしたって、相手が格下だったからお情けでもらえたようなものだった。

 

『……ごめん。ユキ、怒ってる?』

「……いえ。私も不甲斐ないところを見せてしまいましたから」

『そっかぁ、ユキは優しいね』

 

 今日の戦犯はわたしなのにね、と、チセは自嘲するようにそう呟く。

 戦闘中の行動だけを見て戦犯、というなら、厳しいけれど、今日のチセに関してはそういう判断を下さざるを得ない。

 キルデス比では明らかにデスの方が多かったし、なんなら得意なはずのクロスレンジでのキルを稼げていないアタッカー、という時点で私はともかく、周りからの目は厳しかっただろう。

 

「……チセ」

『なに、ユキ』

「なにか、あったんですか」

 

 いくらなんでも、スランプという言葉で片付けるには異常だ。

 スランプに陥ったとしても、ここまでプレイヤースキルが落ちることは考えづらい。

 それこそ、何日も、何週間も、何ヶ月もこの仮想のバトルフィールドを離れていたのならば話は別だけれど、私とチセはほとんど毎日のようにこのゲームをやっていたはずだ。だから。

 

 訊いてしまった。

 訊かざるを得なかったと自分へ言い聞かせるように、胸の中をよぎった、理由もない嫌な予感から目を逸らすように。

 きっと、そうしない方が幸せだったのだと思う。なにも知らず、なにも訊かず、いつもの私とチセであり続ける。

 

 その選択こそが、賢かったのだろう。

 それでも。

 知りたいと思ってしまった。なにか、もしかしたら、私がチセにとっての支えになれるんじゃないかと、思い上がって。だけど。

 

『そっかー……やっぱユキには隠せないね』

「隠す……?」

『うん。黙ってたけどさ……そうだなぁ』

 

 ぴこん、とテキストチャットが届いた通知音がどこか間抜けな響きを立てる。

 それは取りも直さず、今使っている通話アプリのチャット欄に、チセからのメッセージが届いたことの証明だった。

 恐る恐る開封したメッセージに書いてあった──と、いうより、添付されていたのは、地図アプリと紐づいた位置情報。それが示していたところは。

 

「……チセ?」

『明日、ここに来てよ。そしたら全部、わかるからさ』

「……チセ……」

『それじゃあね、ユキ。楽しかったよ』

 

 そこに行けば、全てがわかる。

 なにを、と問い直す間もなく、一方的に通話は切られた。

 それから何度コールバックしても、チセが出てくれることはなかった。メッセージを送っても、既読はつくけど返事はない。

 

 まるで、そこに行くこと、そこで全てを知ること以外の選択肢を拒絶するかのように。

 

「……チセ、貴女は」

 

 カーテンの隙間から除く空は、広がる曇天に遮られて、星の一つも見当たらなかった。

 明日は雪だと、天気予報が言っていたことを思い出しながら私は、曇り空のような気持ちを抱えて、夜ご飯を食べるために部屋を出る。

 だけど、食事は喉を通らなかった。

 

 チセの言葉がかさぶたのように気道を塞いでいるような息苦しさに苛まれて、訪れるであろう真実とやらに怯えて私は、結局一口しか夜ご飯を食べることはできなかったのだ。

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