「…まったく、ハラハラさせてくれるな。特訓の結果、間に合わずに失格したらプライドも何もないだろう」
「すまない…だが、そこまで追い込んで作り上げたものは確かに、手ごたえがあった」
D1GPの予選が続く中、ヒイロから缶ジュースを投げ渡された遊星はそれを口にし、今行われているデュエルを見る。
ヒイロの決闘疾走が終わった後で、遊星とボマーの決闘疾走が始まることになり、開始ギリギリのタイミングでスタートラインに到着したことで、遊星はかろうじて間に合うことができた。
ボマーには非常識な男と怒りを抱かれ、ジャックと戦うために手にしたカードである《重爆撃禽ボム・フェネクス》とその効果による空爆によってコースとDホイールを攻撃するフィール、フィール・プレッシャーによってギリギリまで追いつめられた。
だが、そのボマーを破った遊星のフィール、相手の後方を走って加速し、追い抜きざまのほんの一瞬のタイミングに放つカウンターのフィールといえるクロス・フィールはそれを上回るものだった。
スタジアム全体を激しい風が襲い、ボマーの巨大なDホイールを真っ二つにするほどのものだった。
それほどの破壊力を持って、更にまだ完成していないと知ったアキの驚愕は忘れられない。
ヒイロとの決闘疾走に敗れ、ジャックとの決闘疾走で敗れたショックからも抜けきれなかった、いわば腑抜けたような遊星を最初に見ていた分、なおさらといえよう。
「すげえだろ、兄貴は!」
「まあな。完成を楽しみにしている」
遊星のクロス・フィールも気になるが、ヒイロが気にしているのは今、決闘疾走を行っているアキとシェリー・ルブランだ。
こちらの世界でも奇妙な縁を持つ二人だが、二人とも奇妙なやり方で決闘疾走をしていることが気になった。
シェリーはまるでアキの手札がわかっているかのように、《マインドクラッシュ》に似た効果を持つカードによって手札を言い当てて破壊していき、アキは最後のターン、目を閉じたまま決闘疾走を行い、その状態でドローしたカードの内容を言い当て、なおかつそのままプレイしてみせていた。
結果として、アキが勝利したものの、下手をするとクラッシュしかねない危険な行為な上に、二人して決闘疾走中にマジックショーでもしているかのようにも見えた。
その決闘疾走の当事者であるアキがDホイールを整備を務める女子生徒に預け、ヒイロ達の元へやってくる。
「やったな、アキ」
「ええ…でも、間一髪だったわ。けれど…必ず次も勝ち抜くわ。約束したから。それで、あなた…あんな決闘疾走をした決闘疾走者が無名だとは思わなかったわ…ヒイロ・リオニス」
「このD1GPは経歴は一切問われない。なら、そういう人間の一人や二人いても不思議じゃないだろう、十六夜」
ヒイロが見た限りでは、アルカディアムーブメント時代の黒薔薇の魔女だったアキではなく、その呪縛から解放されて心を開いたアキと重なって見えた。
「ともかく、今日のスケジュールは終わりだろう?俺は休ませてもらう」
「あ、ヒイロ!待てよ!!」
セクトの制止を無視してその場を後にするヒイロ。
その後ろ姿を遊星とアキが見送る。
「変な人ね、彼。どこか、壁がある感じで…」
「ああ…どうしてかはわからないが…」
スタジアム付近にあるホテルの一つであるホテル・ネクサス。
そこは選手たちのために貸し切られており、そこで勝ち残った選手たちは休養する。
ヒイロに用意された部屋は8階にあり、そこの窓からはスタジアムがよく見える。
「ひとまず1勝…この世界に来て、もう1週間か…」
この1週間で分かったこととすれば、ここは自分がよく知る人物が数多く存在する世界であることだけ。
なぜ自分がここにいるのかは何一つわからない。
アクアやウィンド、コロがいれば何かしらの相談くらいならできただろうが、彼らは今、そばにいない。
考えていても仕方ないと、ひとまずヒイロは各部屋に常備されているパソコンを立ち上げる。
ようやくインターネットが使える場所に来たため、ここならもっと多くの情報を収集できる可能性がある。
ネット広告やSNS、ブログなどにはやはり遊星やジャック、アキ、クロウ・ホーガンの名前がいくつかあった。
遊星はサテライト最強の決闘疾走者、アキはネオドミノシティのデュエルアカデミアクイーンズ最強の決闘疾走者で、クイーン・オブ・クイーンの照合を得ている。
ジャックは無論、絶対王者であることから群を抜いて名前がヒットし、クロウも遊星たちと同じくらい名前が出てくる。
しかし、ゴドウィン達の言っていた通り、ヒイロ・リオニスの名前については一切出てこない。
龍亜と龍可も同じだ。
最も、すべての人間がインターネットを使っているわけではなく、インターネットに全員の名前が載ることもない。
治安維持局のサーバーに侵入して、情報を手に入れることも考えたが、生憎同じようなことができたのは遊星と今は亡きブルーノがいたからできたこと。
ヒイロ単独で彼らに匹敵するハッキングを行うのは難しい。
治安維持局内に存在する、ヒイロ達の部屋以上の広さの部屋。
そこでは子供が乗れるサイズの小型の青いDホイールの調整が行われており、その様子をフードをかぶった少女はと少女と同じ緑色の髪の少年が眺めていた。
「ヘヘヘ、ゴドウィンちゃんが言うには、出番は明後日だけど、もう今夜出ちゃって、みんなをぶっ倒してもいいんじゃないかなー?ねえ…」
少年の言葉を無視する少女の手には本があり、本をめくるとそこには動物や機械などが描かれている。
いつもならば毒を吐きながらも、少しだけなら話してくれた彼女だが、今日のあの決闘疾走を見てからの様子がおかしい。
「もういいじゃん、気にするなよー。だって、あれは偽物!ゴドウィンちゃんも言ってただろ?死んだ人間は生き返らない、あれは他人の空似だって。まあ、オレもびっくりしちゃったけどー」
「…そうね。じゃあ、楽にさせなきゃ…」
「んんー?」
「死んだのなら、ここにいちゃいけない…。あれは亡霊、消さなきゃ…安心して、眠らせなきゃ…私の中で、私の…私の…」
おかしな言動を見せるとともに、黒いオーラを放ち始める少女に少年はわずかにひるんだ。
「く、うう…今度は、今度は何だ…?」
調べ物を終え、ストライクチェイサーの整備を終えて眠りについたはずのヒイロだが、骸骨騎士との決闘疾走で気を失ったときと同じように夢を見ていた。
あの時は死んだ自分自身らしきものを見たが、今日はどこかボロボロでろくに手入れもされていない部屋の中だ。
そこで、自分と似た姿の男が時折せき込みながらも紙に何かを書いている様子だ。
そんな彼の様子を見ていると扉が開き、見知った少年少女である龍亜と龍可が入ってくる。
「ただいまー!やったよ、…!ボクと龍可で5人抜きしたんだ!やっぱりすごいよ、…が見てくれたDホイール!」
「もう、龍亜。邪魔をしちゃだめよ。今…」
「おかえり、二人とも、大丈夫、今日はいい出来だ」
筆を止めた男は二人に顔を向け、書き終えた絵を2人に見せる。
ここで初めてヒイロは男の顔を見た。
その顔は自分と同じだが、今までの自分では想像できない穏やかさがあり、優しい笑顔を見せていた。
ただ、心なしか若干痩せているようにも見えた。
描かれているのは小さなリスのようなモンスターをはじめとした小動物をモチーフとしたモンスターたちとそのモンスターと一緒に遊んでいるディフォーマー達だ。
その絵を見た二人は楽しげに笑っている。
「すごい、上手だよ…!!」
「上手だね…の絵は。ずっと見ていたいくらい…」
「そう言ってくれると嬉しいよ。これもそうだけど、あとは…」
机に置かれているノートを手に取り、ページをめくっていく。
そのページはヒイロには良く見えないが、見せられた二人は夢中でそれを眺めていた。
「ボクたちで考えたモンスターたちだ…すげえ…」
「これをカードにする…それが、僕の夢だから…」
「夢…だと…?」
苦しみながら起き上がるヒイロを窓から差し込むまぶしい太陽の光が迎える。
なぜ、この世界に来てからこんな夢を見るのか、その夢は何を訴えているのかヒイロには分からない。
そして、今回の夢で現れた自分と同じ顔の男。
彼はあまりもに自分とは正反対といえた。
そして、彼が描いたモンスター。
それは確かにヒイロにとって、見覚えのあるモンスターだった。
(あれは…まるで…)
「すげえ…連続シンクロに無手札必殺…これが、G1GPの決闘疾走…」
スタジアムで他の選手たちのデュエルを遊星と共に観戦するセクトは自分とは比べ物にならない力を見せる決闘疾走者たちに戦慄していた。
自分の手札を0枚にすることで効果を発揮するカードたちの連携で一気に展開していく無手札必殺を使う鬼柳京介、そして遊星を上回るスピードで複数のシンクロモンスターを1ターンで一気に展開していくBF使いのクロウ・ホーガン。
そして、トライ・ユニコーンの残りのメンバーで、獣族シンクロモンスターを操るジャンとアンドレ。
いずれも、この大会に招待されるにふさわしい力をこれでもかと見せつけていた。
今日は遊星の決闘疾走の予定はないため、ただこうして観戦することだけになる。
「にしても、ヒイロはどこへ行ったんだ?兄貴が連絡しても、つながらないなんて」
「ここか…」
ストライクチェイサーがシティには似つかわしくないスラムのような街に到着する。
かつてのシティとサテライトに分かれていたネオ童実野シティのシティ内に存在した、シティで居場所を無くした人々が集まった区域、ダイモンエリアのような場所で、今目の前にあるボロボロな建物は昨日の夢で見た場所だ。
鍵はかかっておらず、すんなりと中に入ることができた。
(人がいなくなってしばらく経っているか…)
埃まみれで、蜘蛛の巣が張っている部屋の中。
ここの家主が使っていたであろうボロボロな食器も放置されており、奥には夢で見たヒイロに似た男が絵をかいていた部屋がある。
机の上にはペンや筆などの絵を描くための道具が放置されている状態で、机の棚を開けると、誇りが被ったスケッチブックが入っていた。
「やはり、これは…」
スケッチブックを開き、鉛筆で描かれた白黒の絵の数々。
四肢がすべて義肢となっている青年や彼に寄り添う、銃を装着した狐。
両足が義足の少女が座っている車椅子に忍装束を身に着けた狸。
これらはすべて、この世界でヒイロが手にしたデッキであるサイボーグに関係するものだ。
「そういうことか…これは、この世界のヒイロ・リオニスが考えたカードということか…」
スケッチブックを閉じたヒイロの目に手帳が映る。
スケッチブックが上に置かれており、それを手にすることに意識が向いていたことから見えていなかったそれを手にしたヒイロはページをめくる。
「日記か…奴の」
『激しい雨が降る中で、僕は2人と出会った。小学生くらいの子で、両親らしき人は近くにいない。2人とも、おなかをすかせて、軒下で寒がっていた。放っておいてもよかったかもしれない。僕には彼らを世話する余裕がない。今の自分の生活だけでも精一杯だ。見なかったふりをして立ち去ろうと思ったが、あの2人の顔が頭に焼き付いて離れない。結局、僕は2人を連れて帰った。今日2人にできたのは、パンと水をやること、そして僕が使っている布団を貸すことだけだった。眠る2人を見たことで、連れて帰った理由が分かった。ただ、僕が寂しかったからだ』
『2人はデュエルをしていた。僕もデュエルをするが、実力については大人とでも戦えるのではないかと思えるほどだった。双子だが使っているデッキの内容は違っていて、彼はディフォーマーという機械族主体で装備カードを操り、彼女は獣族や鳥獣族、獣戦士族をフィールド魔法でサポートをしていた。彼らは決闘疾走をしたいと言っていた。ただ、僕がいる前ではそんなことは言わなかった』
『2人がここにきて2か月がたった。あれから、2人がここにいることが当たり前になった。今日は2人に僕の夢を見せた。僕が考えたモンスターやイラストをカードにすることだ。今手元にあるのはどれもボツになったものだが、それでも見せると2人とも目を輝かせていた。もっと見せてほしいと言ってくれた。初めて、僕の書いた絵が認めてもらえた気がした。そして、彼はこんなことを言った。3人で一緒にアイデアを出して、それを書いてみるのはどうか、と』
『今日、2人にプレゼントをした。子供が2人乗りできるDホイールだ。これなら、2人でも決闘疾走ができる。2人とも、すごくうれしそうにしていて、彼はさっそく決闘疾走したいと言い出した。僕にそれができたらよかったが、僕はDホイールを持っていない。でも、大人たちに混じり、楽しく決闘疾走する2人をみた時は作ってよかったと思った。最も、賭け決闘疾走をやるとは思わなかったが。さすがにそのことは注意したけれど、2人の様子だと、やめないだろう…。本当に危ないことにならないように、目を光らせないと』
「…別世界の人間とはいえ、俺のものとは思えないな…」
手帳をよく見ると、ここから先のページは破られていて、読めるのはここまでになっていた。
だが、この手帳の内容と描かれていた絵、そして夢で見た2人。
龍亜と龍可、おそらく彼が一緒に暮らした2人はこの世界の龍亜と龍可だ。
スケッチブックと手帳を手に部屋を後にしようとするヒイロだが、部屋の隅に落ちている袋が目に映る。
それを開けると、中には青いマフラーとメッセージカードが入っていた。
メッセージカードを黙読したヒイロは目を閉じ、天井を仰いだ。