迷宮探索に必須ではない職業   作:にえる

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オタクくんと地雷ちゃん2

 

 迷宮基礎の講義が行われる講堂の出入り口の扉付近で待ち合わせた地雷ちゃんと合流した。

 今日の髪型はふわふわとしたロングヘアそのままだが、三つ編みにされたサイドには複数の小さな白いリボンが飾られている。

 

「今日はまず迷宮基礎の講義を受けよっか。その後は魔法学入門、午後から錬金術入門で。ダンジョンは魔法次第かな」

 

「りょ!」

 

「ryo」

 

 地雷ちゃんの元気な返事に続いて、しゅーしゅーと空気が漏れるような音が混じった歪な声。

 門の前で手を振り返してくれた内の一人で、たぶんリザードマンだ。

 正直なところ、彼なのか彼女なのか見分けが付かないし、種族も本当にリザードマンかわからないが良い人そうだ。

 俺とオタクちゃんが手を振って挨拶すれば、ぎこちなく振り返しながら講義室へと入って行った。

 リザードマンは爬虫類に似た体質を持っているので気温差に弱いと聞くが、その堅牢な鱗や力強い尾を持つ後ろ姿はとても心強そうだ。

 声は聴き馴染みが無いので最初の方は意思疎通に手間取るかもしれない。

 

「地雷ちゃんはダンジョンに急ぎで入らないといけないとかある?」

 

「ん-、あたしはそんなでもないかなぁ。一応聞いとくけどオタクくんは?」

 

「俺も急いでないよ。むしろ命を大事にしていきたい」

 

「あーね。ホントそれ。わかりすぎるまである。もうイシンデンシンってやつだよね」

 

「以心伝心とか思考盗聴地雷ちゃんってコト!? ……おっと、おはよう」

 

「オタクくんが迷宮にアルミホイルを巻いて潜るのは間違ってないだろうかってコト!? ……おはおは」

 

「……」

 

 真っ黒な全身鎧が現れたので挨拶をする。

 俺の目には見えないが、禍々しい何かに覆われているようだった。

 かなりの大柄のせいか見降ろされる威圧感を強く感じるが、それはそれとしてパーティに寄生させてくれたら手に入る利は大きい。

 禍々しい何かが俺にはよくわからないし、仲良くなれたらお得なので普通に接する。

 戸惑ったように立ち止まったが、やがて一礼すると講義室に入っていった。

 後を引くような鈍く重厚な足音も、すぐに聞こえなくなった。

 

「うーん、かっこよ」

 

「ふーん? オタクくん、ああいうのが好きなんだ?」

 

「良くない? 黒い装備って。あと全身鎧。腕や胴回りとかが大き目の汎用品っぽいモブ鎧も好き。専用のカッコイイ鎧ならスリムな方がいいんだけど、汎用品のモブ鎧みたいなのは疵とかいっぱいある灰色か鈍色で頼む。ばさぁっって大袈裟な動きでマントを翻した後に大剣を抜きたいよ俺は」

 

 全身鎧を着て迷宮に潜るのも、大剣を使うのも、マントを翻すのも訓練が必要だろう。

 金額も相応に掛かりそうなので、訓練する機会は訪れないに違いない。

 なので動いているのを見て喜ぶだけだ。

 

「オタクくん、急に早口じゃん」

 

「好きな物を話す機会ってあんまり無いからしょうがないんだよ。ここぞって時は逃せない」

 

「あーね。わからなくもないよ。ほどほどだけど」

 

「ほどほど? つまり地雷ちゃんとは以心伝心じゃないってコト!?」

 

「オタクくんが迷宮にアルミホイルを巻いて潜るのは間違ってるってコト」

 

 実は俺と地雷ちゃんはツーカーじゃなかったらしい。こういうときは「ぴえん」と表現するのが古き良き死語なのだと地雷ちゃんが教えてくれた。

 「オタクが黒い服を着たがるのもそういう意味なのかな、オタクくん」「違うと思うよ、地雷ちゃん」等と話をしながら次々と入って行く人たちに挨拶していく。

 俺たちと同じように講義を受けるのだろう。

 挨拶を返してくれるのは、門の前で手を振り返してくれた人たちばかりだ。

 「きのことタケノコではどちらが……」と問いかけたところで、全身を黒いローブで覆った小柄な人が近づいてきた。

 

「おはようございます。お二人とも。朝から楽しそうですね」

 

「ああ、おはよう」

 

「おはー」

 

「黒い装備が好きって聞こえましたよ。それなら魔法のローブとかどうですか。手触りがいいですよ。それに軽いので動きの邪魔にも、集中力を乱すことも無いです。色も黒系がほとんどです」

 

 ほら、と見せてくれたローブの表面はよく見るとテカテカと薄く輝いていた。

 仕立ても丁寧にされているようで、隣の地雷ちゃんは「すごーい」と褒めている。

 この人はたぶん魔法使いなのだろう。

 こういったローブ等の軽装は、魔法に対して耐性を持っているらしい反面、物理的な衝撃には弱いのだとか。

 俺が今羽織っている薄手のカーディガンや、地雷ちゃんのひらひらした地雷ファッションと比べたら随分と防御力が高いに違いなかった。

 そもそもダンジョンに潜る際はジャージを着るかもしれないが、それだって近所の服屋でテキトーに買った程度だ。

 大学時代に運動するような授業があり、それ用に買って半年だけ使っていた物だから仕方ないのだけど。

 

「ローブもいいけど、それなら俺はボロボロのやつが着たいよ。草臥れた感じでさ。裾がぼさぼさになってて欲しい」

 

「モンスターの素材から装備を加工されますから、襤褸はとても難しいんですよ。アンデッドみたいにそういう物として固定されないといけないですし。あ、ついでに黒い鎧は危ないから着ないようにね。わざわざ黒に塗った物以外は大抵呪われてますから! 高位の魔物が命を賭して掛けた呪いの重さはとんでもないんですよ!」

 

 「あ、近づいてきた。そろそろ講義が始まるのでわたしはもう行きます!」と捲し立てると講義室に入って行った。

 声は聞こえているのに、その音から性別が特定できない不思議な人だった。

 

「今の、オタクくんの知り合い? 同じガッコウの人?」

 

「いや全然。昨日手を振って挨拶したのが初めてだからほぼ初対面だけど」

 

「いつもそんな感じなの? そんな感じで生きてるの? オタクなのに?」

 

「お、何故かわからないが急にオタクへの当たりが強くなったな」

 

 毎日挨拶していれば、遅くても一か月後には自然に会話してる仲になる。

 それが早いか遅いかの違いで、さっきの魔法使いの人は早かっただけだろう。

 俺がそう伝えると「そうかな……。そうかも……」と地雷ちゃんは半信半疑ながらも受け入れてくれた。

 そもそも地雷ちゃんだって馴れ馴れしくしてくるのはすぐだったし、まだ出会って二日目なのにこの距離感だから、俺が特別どうこうって話でも無いのだと思う。

 わざわざ言わないが。

 

「お二方、ごきげんよう!」

 

「ごきげんよう、おぜうさま」

 

「ごきげんよう、おじょーさま」

 

 何が楽しいのか、「うふふ」と笑いながら講義室の中から現れたお嬢様。

 俺と地雷ちゃんの挨拶に少し首を傾げていたが、「もう講義が始まる時間ですわよー」と少し間延びした言葉を残して戻って行った。

 迷宮踏破したと大喜びしていた人で、実は結構早く来ていたので俺も一度挨拶している。

 面倒見がいい人なのかもしれないが、護衛が居たりするので生活というか環境のレベルが違いすぎるのは確かだ。

 

「ダンジョンクリアしたらしいんだよな」

 

「あーね。喜んでたもんね。オタクくん、ダッシュで話しかけなかったっけ」

 

「久しぶりに本気出した。最後に本気出したのは小学生の時のお菓子作りだと思う。好きな子にあげるために頑張った俺がいた」

 

「これからはもっと本気出してね」

 

「でもぉ、もう疲れちゃって、全然動けなくてェ……」

 

「オタクくんさぁ、もっと運動……。運動するオタクは解釈として正しいのかなぁ」

 

「別にオタクが運動してもいいのでは。俺の知っている自室から出てこない系オタクは筋トレを嗜むタイプだよ」

 

「えぇ?」

 

 どこか嫌そうな地雷ちゃん。

 オタクには牙を持たせない宗派の人なのかな。

 そんな話は横に退けて、お嬢様から聞いた話を二人で共有する。

 といっても大した情報は無かった。

 単にお金で上級生を雇い、好き勝手歩いただけのようだが。

 

「踏破した階層は3階らしい。3階は狭い部屋しかなくてすぐに出てこられたとか」

 

「3階? そんなもんでいいの? ならあたしたちもいけそうじゃない?」

 

「確かに聞いた感じだと行けそう」

 

「どうする? あとで行っちゃう?」

 

「これから迷宮基礎、その後に魔法学入門、午後から錬金術入門の講義を受けるわけだけど。全部座学、つまり勉強だよ」

 

「わぁ……」

 

「それでもなお迷宮を探索する気力が地雷ちゃんにあるのなら俺も付き合う」

 

「たぶんその頃には疲れちゃって、全然動けなくてェ……」

 

 すっかり弱気になって切ない表情を浮かべた地雷ちゃん。

 正直俺もやったことがない分野なので自信は無いため、気軽に頼ってくれとも言えない。

 魔力は物理や化学に絡むが、義務教育を受けた程度だと触りすらやらない場合が多い。

 なんなら大学の講義で専門の分野に進んで初めて触れるくらいだ。

 

 もう同期も来ないようなので、講義室へと入る。

 固定された長机と長椅子が階段状に設置されていて、教壇を見下ろす形式になっていた。

 室内の座席は後列がほとんど埋まっていたが、前列なら結構空いている。

 昨日の午前に行われた入学ガイダンスやダンジョンに入って行った人数と比べると幾分か減っている。

 既にダンジョンに潜ったことのある経験者とかは聞かないのかもしれないし、勉強が好きじゃない人はそもそも座学には顔を出さないのだろう。

 

 銘々が好き勝手に喋っているお蔭でちょっとした喧騒へと繋がってざわついている後列から、静まり返っている前列へと地雷ちゃんを連れて移動する。

 マジで初心者なので、見やすくて聞きやすい場所で講義を受けたい。

 小さな空白地帯を形成しているお嬢様の傍に座れば、そういえば引き連れていた護衛の人たちがいないことに気付く。

 そう、前の席に黒い全身鎧がいるからだ。

 これじゃあんまり見えないな……。

 

「ごめん、前いくわ」

 

「じゃ、あたしも」

 

「それならわたくしも!」

 

「どうぞどうぞ」

 

「貴方は行きませんの!? わたくし、級友と一緒に勉強するのが夢でしたのに!」

 

「オタクくんさぁ」

 

 冗談だよ、と二人に告げて移動する。

 黒い鎧の人の隣に座れば、地雷ちゃんとお嬢様も続いて座った。

 

「今日のためにいっぱいペン買ったから見て見て。これが可愛くて、これがカッコよくて、これが使いやすくてぇ」

 

「全部同じじゃん」

 

「違いますわよ!」

 

「これだからオタクくんはダメぇ! もっとよく見てみ!」

 

 「オタクくんったら仕方ないんだから」と地雷ちゃんが持っていたメモ帳を一枚切り取って、色々なペンで書いていく。

 切り取ったメモ帳もちょっと変わっていて、折りたたまれているときはちょっと歪なメモ帳だが、展開すると半分に切った果物のりんごみたいになっていた。

 

「これはとっても綺麗ですわ! キラキラしてますもの!」

 

「それラメ入りね。これがマーブルのやつ。マーブルのやつはねぇ、使うと色んな色になって楽しいし」

 

 お嬢様一押しのペンはラメ入りで、文字を書くと表面がきらきらする。

 触ったらラメが手に写りそうだ。

 マーブルのやつは複数のインクを混ぜた蛍光ペンで、線を引くと色が変化していく物だ。

 

「物珍しいが総じて使いにくそう」

 

「オタクくんさぁ」

 

「でもぉ、もう疲れちゃって、全然動けなくてェ……」

 

「チー牛くんさぁ」

 

「お、言葉でも呆れられてるってわかるぜ」

 

 実際の所、冗談抜きで体が動かなくなってきた。

 目に見えない何かが吸われていく気がする。

 

「普通に魔力を吸われてますわね。そのうち倒れますわよー」

 

「オタクくんが呪われてるってコト!? オタクの呪い!?」

 

「俺が呪ってるみたいな言い方やめーや」

 

「おじょー! 呪いを治す方法は無いの!?」

 

「確かに呪いは根本的に解決しない限り不治とされていますわ。でも魔力を吸われる程度なら簡単に解消できる場合もあります。そう、わたくしの力なら!」

 

 ギュッという効果音が聞こえそうなほどに力強いお嬢様の言葉。

 これほどなら安心して任せられると思い、お嬢様と座席を交換したらちょっと良くなった。

 徐々に吸われる感覚がなくなるだけでも段違いだ。

 

「もう講義を始めていいか?」

 

 登壇した冒険者の人が、面倒そうに聞いてきた。

 この人が迷宮基礎の講義を行うのだろう。

 俺たち三人は顔を見合わせて答えた。

 

「どうぞどうぞ」

 

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