翌日。
朝の午前9時頃。
朝の眠気が残る暖かな日だ。
現在、集合場所となっている幻実ゲイムスタジオは薄暗く明かりがつけられ、四方八方をカメラに囲まれている。
メンバーを見れば、よく見る顔ぶれの者から知らない顔まで、多種多様にいた。その全員が形や多少のワンポイントがあるが、同じ素材で、動きやすく、丈夫な物を着ているのは一目瞭然だ。
当然、僕も黒い服を着ている。一番ベーシックな何のワンポイントもデザインもない黒い服だ。
見知らぬ顔も多いのは、新シーズンに移行にあたって、参加者を
幻実ゲイム。ゲームとは名ばかりの殺人合戦である。いつ誰がどのように死ぬかなんて誰にもわからないし、油断も好きもない。戦いが始まる前のこのハラハラ感は幻影コロッセオの選手時代から変わらず持つ。僕だってポップコーンが出せるだけで人だ。生きているのだ。怖くなる。
落ち着く為に辺りを見渡して、目が向いたのは2ヶ所。
1つ目は緋色玄次郎が新人に声を掛けては、フレンドリーに名前やなんやらを教え、教えて貰ってその情報を話し合いが終わり次第に胸ポケットに入っているメモ帳を開いては書き連ねている。
2つ目は、海瀬水波が人を見ていると言う所だ。言わずもがな彼は、無愛想で無口。そして静かで、威圧感のある
「あっれぇ〜?珍しいねぇ…?水波君!人に興味を持つなんて!いつもは隅っこで俯いてクールを着飾っているのに!?」
ある程度新人たちとは話し合いが終わったのだろう。玄次郎が水波に絡みに行った。
「………」
「あの子の事が気になるのかい?教えてあげようか?」
水波の見つめる先、スタジオの中心に近い場所で、同じく新人であろう他の人達と会話をしている少女。
白くもちっとしている肌と女性の中でも一層小柄に入る部類の背丈、首からペンダントが垂れていて、先端は丸く、船の
そんな少女を見る水波は沈黙。
良くもまぁ…あの反応をされるのに、懲りずに絡みに行くものだ。
「………」
「名前は…。海瀬…。『海瀬』
和服を意識して作られているらしい黒い服を着ている玄次郎は、その大きくはない袖で顔を隠して、尚、溢れる笑みがいやらしく響く。
「………あんな奴は知らん」
「ほんとにぃ?目元の威圧感がある感じなんて中々に似てると思うけどなぁ…。まぁいいやぁ…所で君はいつまでそこで見てるんだい?幸くぅ〜ん♪」
うわぁ…。絡まれたぁ。逃げてぇ。帰りてぇ。
「あぁ…?あぁ〜…。うん。まぁその…あんまり趣味の悪いことしてると嫌われるぞ?」
とっくに表情からバレているであろう本心は隠し、できるだけ冷静且つ穏やかな口調で、指摘をする。
仕方なく、二人の元へ歩み寄るが、嫌々な顔は悪化しているのが筋肉の硬直から自分自身が良くわかった。
「またまたぁ〜、そんな嘘ばかり言ってぇ〜!ツンデレ〜!」
本心だ。そして、本心だ。まぁじぃのぉ…本心だ!
そして筋肉野郎と言い…この糸目野郎と言い…何故、僕をツンデレに仕立て上げようとするんだ…!ツンしかねぇんだよこちとらァ!!!
「いや…。あぁ…。うん。別にそれでいいよもう」
「クククッw分かってるさぁ…。この気取っていて、且つ煽り口調で、人に言葉で切りかかるな。と言いたいんだろ?悪いが無理な相談だぁねぇ〜。僕は人の汚い部分を見るのがだぁぁいすぅきぃなんだぁ…!!!」
歪む笑顔。邪悪で、狡猾さが溢れる喜び。子供の心の様に純粋で、汚れて染まってしまった快楽。人の事を指摘出来る程、自分が正当な考えしてるとは思わないが、彼は異常である。
この新楽都において正常な人物の方が少ない気もするが。
※
お兄…!私!スタジオにいるよ!
首から下がった錨と舵の模様が入ったペンダントを見る。お兄ちゃんが残してくれた形見。あの憂鬱な悲劇と共に頭に湧き上がる優しく、男らしい兄の笑顔。
今、ようやく同じ土俵に立ってる。ここにもしかしたらお兄が居るかも知れない!!!
と辺りを見渡し…。
「こんにちは!お嬢さんっ♪」
「ひゃっぅぅぅ!?」
「あぁ…。驚かせてしまったかな?ごめんね?」
「い…いえ…」
「あぁ…。紹介が遅れちゃったね!私の名前は緋色玄次郎っ!この幻実ゲイムに度々参加してるプレイヤーの一人だよ♪」
和風で、狩衣の様な形状の黒い服。私と同じ様に幻実ゲイムのスタッフさんから渡されたのだろうけど…。とっても特別感がある。なんだか、華々しい。糸目が特徴的で何となく笑顔な感じがするけど、笑顔な感じがしない気もする。
『何が』と言うのは分からない。
ただ、何となく。いまいち信用できない。
「えっとぉ…そのプレイヤーさんが私なんかに…何の用ですか?」
「あぁ…それは君…えっと…」
「海瀬流水です」
「海瀬っ!?………。あぁ…えっとぉ…。流水ちゃんが何の
えらく海瀬と言う単語に驚くも本来の話を続けてきた。海瀬…。お兄の事でも知っているんだろうか?にしても…。
「え?」
覚醒能力…?覚醒能力って昨日見たポップコーンみたいな奴の事だよね。え?
「えっとぉ…。持ってないんですけ…どぉ」
「はっ?」
玄次郎さんにとって予想外の返答だったみたいだ。糸目が少し開いて、一瞬だけ黒の瞳が見える。
先程まで糸目だった彼が急に奥の瞳を覗かせると心臓に悪い物がある。正直に言うととっても怖い!
「あ…あのぉ…」
「あぁ…ごめんごめん。えっとぉ…覚醒能力が…ない?そうかぁ…そっかぁ…。今回はそうなのか…。あぁ…ありがとう!他の人達とも話しに行ってくるよ!ありがとね♪」
一瞬だけ崩れた笑顔も最後の最後まで消える事はなかった。去っていく後ろ姿すらもどこか笑顔を思い浮かべさせる不思議な人だ。例えるならば狐。そんな人だった。
「大丈夫かぁ!?」
さっきの今で、また声をかけられる。
今度はいったい何だと言うのだろう。
何はなくとも嫌な予感がする。面倒臭い感じがとてつもない。
ふぅ…と溜息を1つして、気持ちを落ち着かせる。ゆったりと振り返ってそっちを見ると左右に跳ねた白髪の荒々しい目付きの男の人がいた。
「あぁ…はい…」
なんだか、戦いが始まる前からクタクタだぁ。
「そうか…!それならいいんだ!………。なぁ…あんた…さっきの奴の事、分かって会話したのか?」
「玄次郎さん?えっとぉ…もしかして有名人だったとか?」
「あぁ。悪い方のな…。」
「えぇ…」
まぁ…。何となく危険そうな人だとは思ったけど。うん。
「あいつの事も知らないなんて…よっぽど田舎者か?お前…。まぁいいや…確認ついでに教えてやるよ。あいつは『管狐』の覚醒能力を持つプレイヤー。頭が良いわ、口が上手いわ、プライドが無いわ、人の不幸が大好物だわでゲームの中で絡まれたらまぁ…厄介な奴だよ。」
「えぇ…」
先程のやり取りを思い返す。自分の名前を教えた。覚醒能力がないことも教えた。あと…多分私の性格も何となく察しが付けられた。…やっちゃったぁ。
後悔先に立たず、信用はしてなかったけれど、舐めていたかもしれない。都会の人って怖い。
確かに田舎出身だけど…!そうだけども…!
「それからこれ…渡しとく!困った事あったら呼んでくれ!」
そう言って渡されたのは小さなプラスチックの板。そこには…。
名前:
幻実ゲイム運営スタッフ兼プレイヤー
ゲイム経歴
・初参戦
連絡番号:Deep@Deep−FallSee
覚醒能力:Unknown
と映し出されている。深見…恵比寿…。スタッフでプレイヤー?なんか良く分からないけど特別な人だということは分かったし、厄介な人でもありそうな気がするのは、先程、厄介人の相手をしたからかもしれない。
Unknownって、出てるけどこれは…能力が『謎』なのか、それとも能力が分からないのかどっちなんだろう?
そんな疑問を抱きながら前を見るとニカッ!と笑う太陽が浮いていた。えぇ…。なんか…。うん。
凄く変な人だけど…悪い人じゃないかも?さっきの狐の人よりは…。そう思わせるのはゲイム経歴が初参戦になっているのが大きいのかもしれない。
言い方を変えれば、彼は同期だもの。
良い人であってほしいと思うのは当然だよね。
そんな太陽的な笑顔の彼は、サムズアップをして、このスタジオ唯一の扉の方へと行ってしまう。
…?何だったのか分からない。
だから取りあえずは、ただの過保護でお節介な人だって思う事にした。
※
コツン…。コツン…。
響く足音。
コツン…。コツン…。
向かう先には幻実ゲイムスタジオの大扉。
コツン…。コツン…。
派手でゆとりのあるクラシカルな着物に見を包むそれ。
コツン…。コツン…。
サッと手を上げると門の左右にいた二人のスタッフが扉を開く。
ギィ………。
空に響く地獄の迫る音。
不敵に笑うそれは、首をゴキ…ゴキ…と鳴らしながら回し、開く扉の前で止まり、身だしなみが崩れていないか近くに居るスタッフを引き止めて聞く。
スタッフはコクリとただ頷く。
それから漏れた鼻息が扉まで続く長い廊下へと流れていく。
歓喜の熱。刺激への渇望。
溢れる笑みに気を止めず、スタッフがマイクを渡そうとするものの、それを無視して突き進む。
※
開かれた扉から光が差し込む。
曇天の空が割れて日光が差し込んだように神秘的で、ハッと息を飲む刹那。
ギィ…鉄と鉄の擦れる嫌な音が皆の視線をそこへと向ける。例外は無い。プレイヤーは全員。水波、玄次郎、勿論幸も。プレイヤーだけではない。四方八方の隅で機材確認や打ち合わせをしているスタッフも一人残さずそこを見る。
集中線が引かれているかのように無意識にも意識的にもそこを皆が違わず見る。
白く目障りな強い光。
美しくて華やかな光。
強く狂気的な光。
「れでぃ〜〜〜〜すぅ!あぁぁぁぁんどぅぅぅ!」
素の響く声。視界の端にいるスタッフがハッとして、慌ててカメラを向ける。白い逆光の中にある黒い影。ピントが合わずぼやけてしまい、映像はとても見れたものじゃない。
コツンコツンコツンコツン!
段々と光は弱まり影はこちらへと近付いた。
そのためか微かに輪郭が判ってくる。
「じぇ〜〜ぅんとるめぇ〜んっっっ!」
不適な笑み。手を高々に広げ、叫ぶ影。
いつものことながら派手な登場だ。
「紳士っ!淑女の皆様っ!よくぞお集まり頂きましたっ!今回も司会を務めさせていただきますっ!私、超人気イケメン司会者のエンマでございますっっっ!拍手っ!!!」
………。
「拍手ぅぅぅぅぅ!!!!!」
………。
「………。はぁい!ありがとうございます。テレビ、スマホの前の皆様は、きっと拍手して下さったと信じています…!私、信じてるからっ!」
演技演技している信用宣言を区切りに、その笑みはギラギラとした真剣な眼差しへと大きく変わる。
欲望と刺激を作るのはさぞ楽しいのだろう。