落ちる体は動かせず。
抱き付くソレは考えたくも無いほどに変人。
………詰んだか?
何はともあれ、今は生きる事が最優先だ。多少乱暴だがやるしかないだろう。
「『ポップコーン』っ!…ふっぬぅ!弾けろぉ!!!」
ポンっ!と言う音と共に生まれるトウモロコシの種。
肘しか曲げられない右手の中に生まれるそれを強く握り、その可動域で最大限の可動をして、流水に叩き付ける。そして、僕の合図と共に弾けるトウモロコシの種。
パァンっ!
銃声のような音が響き、流水の力が一気に抜ける。
凄まじい衝撃が腹部に当たったのだろう。勢い良く遠くに飛んでいく。
まぁ…あの近距離で使ったからか僕も吹き飛んではいるんだけども。
「お前に死なれたら…僕も困るんだけどっ!あぁ…!面倒くせぇなぁっ!『ポップコーン』っ!」
今尚吹き飛んでいく流水より少し下。床と流水の体にトウモロコシの種が挟まる様に投げ込む。これまで何度この力を使ってきたか…。これぐらいの事ならお茶の子さいさいと言った所である。
問題は地面が既に吹き飛ぶ自分のスレスレに迫っている事だ。
これは………。
すぅ…。
間に合わねぇなぁっっっ!?
やだぁぁぁぁ!!!
死にたくなぁぁぁぃ!!!
ぎゃああああああ!!!!!
迫る死の予感。走る恐怖感。体が強張る。
死んだ。
あぁ。
死んだ。
終わったぁ。
死んだぁ。
「あぁぁぁああああああああああああ!!!」
激しい摩擦が左腕と頬を引き裂く感触。
何十回と激しいゲームをやってきたが、ここまで痛いのも中々ない。
地面に割れたガラス片もあるのだろう。その鋭利な先端が僕の肌を切り裂いていく。
数メートル床を引きずると今度は上空へと吹き飛ぶ。
地面が離れたのも束の間。更に数メートル向こうに落ちる。
今度は背中を引き裂きながら力の向くままに滑り、また跳ねるとコンビニのガラスへ打ち付けられる。
『廃墟の街』とは言えたものである。
コンビニのガラスは最早、防御面としての仕事はしていなかった。勢いを全く殺すこともできず砕け散るガラス。僕はそのまま棚を巻き込み、コンビニのショーケースに突っ込み、ようやく止まった。
痛いという言葉では済まないほどの感覚が僕の体を支配する。
幸いにも商品棚には『揚げ芋チップス』が敷き詰められていたからか止まった際の痛みは確かになかったが、地面に裂かれ、傷つけられた頬、左腕、背中は服や髪を血で湿らせる程に酷く傷ついている。
当然痛いが、そう言っていて何か始まるわけでもない。
普段は軽いこの体をよっとこさ起こす。
何とか2足で立つことができるが、走るのは中々にきついかもしれない。予選とはいえかなりのデバフだ。
それよりもあの変人には、きつく言っておく必要があるかもしれない。下手をしていたら、自分もろとも死ぬ所だったのだ。とんでもない事だ。
…と考え、横たわった変人の元まで歩くと彼女の胸ポケットには“2つのプラカ”が入っていた。
ポップコーンの衝撃で気を失った彼女をそのままに胸ポケットのカードを2つ手に取る。
1つは、誰もが何時の間にか手元に配られる自分のプラカであった。
然し、もう1つは信じ難いモノである。
深見 恵比寿のプラカ。
深見 恵比寿…。
聞いたことのない名前だ。新たなプレイヤーの一人だろうか?
信じられない事は2つ。
何故、このプラカを彼女が持っているのかだ。
通常プラカは転移…ゲーム開始の合図と共に起こる急な瞬間移動。をした際に胸ポケットに入る代物である。
つまり、このプラカを受け取ったのは僕を突き落とす前。となると瞬間移動をして、すぐからその後ちょっとの間となる。
…不可能だ。
その線はないだろう。
音を出さずにプラカだけを渡す。
何のメリットと方法があるというのだろうか?
…とするならば、皆が集められていた際に渡されたのだろうか?だとしたら深見 恵比寿は何故、前もってプラカを持っていた?おかしすぎる。
初参加者が幻実ゲイム用のプラカを持っていて渡した。
…迷宮入り並の難問だ。
そしてもう1つの問題。
それが…。
「んっ…。んぁ…!わっ…。わわわわわ!白飛さん!?なんでここに!?ていうか、ここどこ?え?え?って…えぇぇぇぇぇ!?そ…その顔!!!ど…うしたん…ですか!?ぇ?あの…びょ…病院!そうだ!病院行かなきゃえっと…えっとぉ…え?えぇ???」
困惑、焦り、驚き。
お前がやったのも同然だろ?と言いたいところだが、まぁ…。ここは落ち着いて冷静に対処すべきだ。
こんなのよりも酷い状況など、何回もあったのだから。
むしろ、これぐらいなら軽い方だろう。
「落ち着け。一度に質問しない…」
はぁ…と溜め息にも似た呼吸がつい喉奥からこぼれてしまう。
仕方ないだろう?死にかけたんだ。これくらい…。
………駄目だ、気分がねちねちとしている。
いつも通りに。よし。よしっ!
「良いか?ここは幻実ゲイムの今回のバトルステージ。その名も『廃墟の街』。壊れたビル、工場、娯楽施設と廃れたマンション、コンビニ、交通機関が立ち並ぶ場所。言わば、虚ろな街をイメージして作られた巨大な模型」
ガラス片があっちやこっちに落ち、街中には独特なアンティークな匂いというのだろうか?それとも錆やカビの臭いと言うのだろうか?汚く、汚れた空気が充満している。
「そして、この顔はつい先程、流水さん!君が!僕を!…すぅ。僕をビルから突き落とした時に対処しきれず、受けた傷だよ。髪や服が血濡れているが、そこまで酷いと言う訳でもない。ましてや覚醒薬を投与された人にとってこんなの…切り傷と同じ程度の扱いだ。病院なんか必要ないし、リタイアする気もない。いいね?」
そう。痛いと言うのは事実だし、辛いという思いがない訳でもない。
しかし、僕にとっては掠り傷と同然だった。
覚醒薬。
名前からして非合法的な雰囲気を醸し出すそれは、限りなくオフホワイトな合法的な薬だ。
言うならば『人を怪物へと変える薬』。
人の中に眠る『怪物の素質を覚醒させる薬』。
投与されれば、飲めば瞬時に異常へと引きずり込まれるそれは、エモーショナル×プレイ社の発明品である。
無色透明、無臭、無味の液体。
それにも関わらず、人を熱狂させる液体。
僕の『ポップコーン』もそれを飲んだ影響で生まれた偶然且つ必然の産物。
まとめるならば、『人に異能を与える薬』。
ただ、効果はそれだけではない。
人を人以上の存在に変える。
その意味には確かに異能を与える点も入っている。
しかし、最も異常なのは回復力。
本当かどうかは知らないが、鼠に覚醒薬を投与した実験があったらしい。体を固定し、二つに切断。骨も肉も何もかも全てを真っ二つに分けて、1日固定を外さずにいたらしい。
馬鹿馬鹿しい。
どうせ死ぬと思うだろ?
当時の僕も当然そう考えた。
しかし、現実は小説よりも奇なり。
鼠はきれいに1つの体に戻り、あろうことか、チューチューと鳴いたらしい。
今でも耳を疑う話だが、案外それは間違いでもないらしい。
この力を得て納得したのは言うまでもない。
異常な回復力もまた覚醒薬の特性であった。
「待っ…待ってください!私が…突き落した?」
「…?他の誰が突き落としたっていうんだよ?」
「えっ…とぉ…ごめんなさい。私、記憶がなくなってるみたいで…あの…その…すいません…」
情けない今にも泣きそうな表情。
震える声に、湿り気の混じった怯えた吐息。
演技という訳でも…ない?
いよいよ訳が分からなくなってきた。
「………1つ聞いていいか?」
「はっ!はいぃ!にゃ…にゃんです…か?」
うん。甘噛みは一旦スルーだな。
「記憶を失う最後の記憶はなんだ?」
「え…えぇっとぉ…ビデオ見て、ここに来る…前?だから…えっとぉ…スタジオですね!」
「スタジオ…。なるほど」
薄々気付いてはいたが…。
…やられたな。
「実は…君が寝ている間に勝手に見せてもらったんだが…このプラカ。1つは君の、もう1つは深見という人物の物何だが、普通これは、ゲームが始まってからしか貰えないんだ。それにこのプラカ。裏に薄っすらとオフホワイトの字で『白飛幸を突き落とせ』と書かれている。恐らくだが…何らかの妨害があったらしい。いつこれを貰ったんだ?」
「妨害…。えっとぉ…スタジオに集まってるとき…ですね!」
「そうか…。分かった。君の事はとりあえず信じる…。問題は深見だ。何をされるかわからない。このゲームに参加したからには…普通でいたら死ぬ。」
人の価値が娯楽よりもよっぽど軽いこの番組。
普通でいる者は格好の餌。当然狙われる。
「だからこそ聞きたい。今後の人生を捨てる勇気は…覚悟はあるのか?」
「えっとぉ…。………。あります!私だって叶えたい思いがあってここまで来たんです!逃げるわけには行かない!やる!やってやります!殴り合いでも!!騙し合いでも!!!」
この子は、純粋なんだ。
1つの大望を胸に抱いて突き進む。そんな人らしい。
正直、割と好きな部類だ。
この子がバディで良かったかもしれない。
治りかけの皮膚を撫で、真っ直ぐな瞳と目を合わせた。
※
「あぁ…wバレちゃったわねぇ…エンマちゃん、どうするつもり?」
もぐもぐと高速でポップコーンを食べるオカマ。
深くソファに腰掛けて、脚を組んでいる。
それも合わさってパチパチの軍服はより一層破けそうになっている。
「まっ…バレるよね♪正直バレてもらわなくちゃ困るんだよねぇ〜…うんうん…♪」
「なぁに企んでるんすか〜?エンマさぁまぁ〜?わざわざゴズキと私にステージに出向かせる必要があるって…もう、面倒くさそうなんですけど〜!」
怠惰な台詞。怠けた声色。
メズキは束ねられた長髪を揺らして、画面を見ている。その手は、ソファの背もたれ上に大胆に掛けられ、まるで王座に座り、ふんぞり返った王様である。
上司にここまでだらけた口を聞ける人も中々いないだろう。
「それは白飛君の奴とは別件だよ。君達にはねぇ…害虫駆除をして欲しくてね」
「「害虫駆除…!?」」
「まっ…今はまだここで待機していてくれっ♪次第に火の元に虫が寄ってくるだろうからね♪くくくw」
ゲスな笑みである。
悪い顔である。
そんな顔であるにも関わらず、イケメンな顔の為か不快感を感じない。世の中は不平等ではないだろうか?
「さて、そろそろ最初のミッション行こうかねっ!」
タブレット端末を小脇に抱え、メズキとゴズキの間で、マイクの音をオンにした。
幻実ゲイムはいよいよ動き出す。