NTR系エロゲ世界を乙女ゲー世界に変えたTS転生者 作:ダイコンハム・レンコーン
──逆袈裟に切り上げる軌道の包丁を半身で躱し、片腕をクロ君へ伸ばす。
「遅いね」
だが、相手はそれよりもずっと早い。
俺の攻撃はカウンター混じりの攻撃が辛うじて掠めた位だ。……ムイちゃんと違って軌道は見えている筈なのに、死ぬほどやり辛いったらありゃしない。
「お姉ちゃん、そんな弱いのに良く生きてこられたね」
……クロ君の幼気な立ち振る舞いに騙されそうになるが、間違いなくあの子は戦闘巧者だ。
月に煌めく庶民の刃、安っちい包丁だろうが、人を殺せるに足る代物を迷いなく振ってくる事もそうだが、剣筋がまるで単調じゃない。まるで蛇みたいにねちっこくて踊っている様な嘲笑うかの様なのらりくらりの包丁捌き。
原作でもそうだったな。とにかくねちっこいプレイが好きな奴だった。嘲り目的が殆どだった気がするが。
「ほら、まだ行けるんだよね?」
包丁を真っ直ぐ向けて突っ込んで──来る! と思った瞬間には来ない。防御はしない、分かっていたからだ。
視界の下の方で、いっそう低く身構えたクロ君と目が合う。
「目は良いんだね」
「勘もね!」
防御で相手が視界を塞ぐのを利用して死角から奇襲を仕掛けるやり口。いやらしい。コレで時間停止中の疲労無効まで効いてんならやってられたもんじゃない。
まるで空に落書きしてるみたいに縦横無尽の剣閃は一撃一撃がまるで別人が放ったみたいに不規則だ。単純な加速に留まらず、過減速を不規則に入れる事で常にリズムを崩してくる。
──異能力バトルなんて、もう一生分やった気がするんだけど……。
かと言ってこの場にはコトちゃんが居る。自分だけ逃げたら良い訳じゃない。条件で言えば試験の時より悪くねえかこれ。難しいだけならまだしも無理ゲーを強制されたら、流石に投げたくなる気持ちが勝ってくる。
「でも」
「正面!?」
真っ向から繰り出された威力十分の5連撃、一撃掠めつつも、何とか後ろに下がりこれを避け切る。
体力の限界など知らずどんどんと動きを良くするクロ君に対し、俺は時間停止の影響下になく、体力は消耗し続ける。こんな斜め上の使い方されるなんて時間停止君もびっくりだろうな。
どこまでやれるか……まだ行けるんだが。
真っ赤な血を滴らせた包丁を握り締めたクロ君は少しずつ近付いてくる。
「じゃあ、そろそろ終わりに──」
が、クロ君は目を見開くと、足をピタリと止めぐるりと辺りを見渡し、最後に手元を見る。
「……ふぅん、そう言う事か」
「何に気付いたのか、パンピーにも教えて欲しいんだけどなあ」
「だ〜め、ボクが気付いたからボクだけのもの。……今回は見逃してあげるよ。バイバイ、お姉ちゃん」
クロ君は、血のついた包丁を地面に投げ捨てると、どこかへ消え去ってしまった。まるで玩具に興味を無くした子供みたいに。いや、思い通りにならずに拗ねたガキって方がしっくりくる態度だった。
クロ君は俺の血が着いた包丁を捨てて行ったが。何か理由があるのか。あるなら、俺の血くらいだが。……血にも異能力が宿ってるとか、あり得る話だな。
「……そんな事より」
視界に止まるのは彼女の姿。ひとまず、コトちゃんを動かして安全な場所へ運ばないとな。
彼女の身体を背中に乗せ、俺は自宅へと帰った。道中、またクロ君の襲撃を受けないか気を張っていたが、特に何もなかったのは拍子抜けだった。
都合の良い時間停止だけあって、人肌の温度や肌も柔らかく感じるのはさすがと言った所か。そんなのを楽しむ心の余裕なんて毛程もない。……もっと気楽でおちゃらけた世界ならはっちゃけられたんだが。
「……コトちゃんは、ムイちゃんやシロ君の所属する組織、異能力犯罪対策課の課長の娘さんなんだよねえ。シロ君のオーバーワークの恨みの晴らし所として狙われたのかなあ」
何でNTR要素押し出したエロゲーの世界でこんな上司に復讐系の陵辱エロゲーみたいな設定があるのかは分からないが、あるんだから仕方ない。で済むか畜生。まさか別ルートヒロインと関係させてるのが今になって効いてくるとか予想出来るかよ。
……ああ、そうだった今更だなこれは。この世界は一本道じゃないし、選択は毎分毎秒息つく暇無くやって来る。
この夜がどこまで続くか。クロ君の目的が達成されるまで下手すりゃこの先ずっと続くかも知れない。幸い時は止まってるから夜が続いてこの辺り一帯が氷河期と化すなんて事はないが、俺が逆浦島太郎になってしまう。
だからクロ君を止めなければならない。シロ君かクロ君。どちらに異能力解除のトリガーが委ねられているか分からないから、出来れば自ら止まってもらう方向性で。
──いや、どうするよ。
「……1人じゃ幾ら考えてもキリが無いよ。パンピーともう1人、誰か話し相手でも居れば──」
なんて、今ここに居るのはソファーに置かれたコトちゃんだけ。
リモコンのボタンを押したとしても何も変わらない。電子の流れもまた止まっているんじゃなかろうか。かと言って空気は吸えているのだからやはり都合の良い異能力としか言い様がない。
「こっち側にも都合の良い異能力があればなあ。ないモノねだりだって分かってるけどさ」
ただ、時間停止に無力でない異能力なんてごく僅かしかない筈だ。俺や、知り得る限りでは兄貴か。あるいは常識改変なんかも上手く使えたなら対抗出来るかも知れないが。
──ん、外から声?
ソファーで頭を抱えていると、家の外から声がした。気がした。
あり得ない、時間停止モノの中でイッヌが走り回ってる位あり得ない。だが俺は気になって外へ様子を見に行った。
暗い市街地の中を声を出して走り回る影。その声の主は間も無く明らかになった。それは幸いにして、知り合いの声だった。
「す、すいません──……! 誰か──……」
「待って、嘘。この声って」
その声には、隠し切れない隠の者のオーラが滲み出ていた。喉の張りが弱いなりに無理矢理出した大声。静けき街に響くか細い声の先を手繰る様に向かえば、その先に居た。
「──何で!?」
メカクレ巨乳文学少女、
「徒花さん?」
揺れる前髪の隙間越しに目が合う。彼女とのコミニュケーションなんてあんまりやって来なかったが──やっぱり目、逸らされた。
「な、何で徒花さんが? 怖い……」
「こっちも怖いよ! 色々な意味で!」
いや、俺もそうしたい気分だ。けどこんな世界だ、何が起こってもおかしくはない。ちゃんと彼女なんだろうな、これ。
俺が近付くと、彼女はよりいっそう顔を横に逸らしてしまう。更に近付けば、一歩下がり、近付く、一歩下がる。
「ちょっと!? 何で離れるの!」
「だ、だって、徒花さん。ち、血が」
「……ああ、これ? ちょっと切られただけ……って言ったら余計に怖いか。でも今この場所には通り魔みたいなのがチョロチョロしてる。だから静かにしたほうが良いかも」
そう言うと彼女は口をばっと両手で塞ぎ、うんうんと頷く様子を見せる。聞き分け良くて助かる。後は、家で話してしまおう。彼女にも聞きたい事はあるし。
「……家来てよ。ちょっとだけだけど、お菓子も出したげるから」
こうして、止まった時の世界に、新たな客が増えた。