魔王討伐に貢献したオークの英雄、数百年後の世界で人間の女戦士を嫁にする 作:京谷ぜんきまる
アクアル隊やフィラルオーク達と行動を共にしていた時はレバームスの隠れ家から〈退化の秘法〉の呪染源があった湖に辿り着くまで三日かかった。
バルカとメトーリアが野営した場所はさらに離れている。
ふたりは短い睡眠と食事の後、殆ど休むことなく走り続けた。
途中、一回間食を摂った。
食べたのは例の黒い木の実のような携帯食糧だ。
メトーリアから受け取ったそれを一粒食べて、バルカはなんともいえない表情になった。
甘みと塩味と酸味と苦みが渾然とした味だった。
「たしかに、美味くないな」
「ふっ、ふふ……」
メトーリアは若干息を弾ませながら笑い、自身も一粒口にする。
「疲れたか?」
「大丈夫だ。あと二日間走り続けられるくらいには鍛えられている」
「移動の最中はその剣、俺が持とうか?」
「それも大丈夫だ。それに走ってる間、この剣は殆ど重さを感じない。私に負担がかからないようにまるで剣自体が私の身動きに合わせてくれているかのようだ」
「……よほどお前のことが気に入ったらしい」
巨大シダや広葉樹が生い茂る地域に入り、夜のサイクルになってもふたりは移動を続けた。
地底界の夜は地上の満月の夜よりも明るい。
特に夜の密林は光度が下がっているとはいえ、密生する木々から生えるジオルミ結晶も多く、空には星雲が瞬き、発光する飛行生物の群れも見える。
一度、巨大な蝙蝠のような生物が上空から急降下してメトーリアを襲ってきた。
「メトーリアッ」
その気配に気づいたバルカが肩越しに声を発したのと、メトーリアがぱっと振り向いて剣を抜いたのは同時だった。
青白い闘気と剣自体が放つ赤い霊気がまばゆい弧を描き、剣刃から放たれた斬風が襲撃者を真っ二つに切り裂いた。
ずっとざわめいていた夜の密林の生物の気配が静まりかえった。
「行こう」
死骸の方を見もせずに、剣を鞘に収めながらメトーリアは言った。
行きは数日間の行程だったが、バルカとメトーリアは昼夜の一サイクルが経過する前に、レバームスの隠れ家である洞窟に辿り着いた。
入り口を隠すように生えている巨大シダの葉を下をくぐり、レバームスが植えたミントとローズマリーの香りを嗅ぎながら、中に入る。
中には誰もいなかった。
別れ際に言ったとおり、レバームスはネイルやウォルシュ達を連れて、地上界に戻ったようだ。
奥の寝床の蔦の敷物の上に紙片が二枚置かれていた。
書き置きと地図だった。
“貯蔵してあるものは好きに飲み食いしてくれ。メトーリアはフロストパームの酒が気に入ってるようだが、エルフの酒はどうかな? 籠の中に樹脂で密封してる壺が
レバームスの蘊蓄が始まったあたりでバルカは読むのを止め、地図に目を走らせた。
「メト――メリア」
「どうした?」
「近くにある川は、温泉らしい」
「! すぐ行こうッ」
「一眠りしなくていいか?」
「確かに眠いが……体を洗いたい」
「俺もだ」
「……ちょっと、外に出てくる」
「わかった」
「あと、バルカ。普段は、“メトーリア”でいい」
「お、おう」
× × ×
(じゃあどういうときに“メリア”って呼べばいいんだ……?)
洞窟の外からメトーリアが戻ってくると、二人は早速、備蓄してあった食糧やタオル、垢擦りを抱えて、書き置きにあった場所へ向かった。
道中で、地底界の夜のサイクルが終わった。
「ん? フロストパームか? 随分背が低いが……」
「バルカ、あれは地上界の南国に生える普通のヤシの木だと思う」
光環によってジオルミ結晶が眩しい光を落とす中、ヤシの木々の間を抜けると、清流のせせらぎの音とともに、驚くほど澄んだ青い川が見えてきた。
透明な水が苔むした岩の間を流れ、上流には小さな滝が見える。
滝壺とその周辺は自然にできた広大な浴槽だった。
周囲は静かで、水の流れる音しかしない。誰かに見られる心配もない。
「……いいところだな」
バルカが呟くと、メトーリアも小さく頷いた。
ふたりは岩の上で荷物を下ろし、武装を外しめた。
メトーリアはまず、肩から軽装の鎧を外そうとする。
その様子を見て思わずバルカは声をかけた。
「メトーリア」
「ん?」
(……あの隠密服を、俺が自分で脱がせてみたい)
そんな欲情じみた考えが、頭をよぎる。
「どうした?」
そう言ってメトーリアは小首をかしげる。
「その……隠密服な、俺が脱がせてみたい」
メトーリアは動きを止めた。
「だめだ」
即答だった。
バルカは肩を落としたが、メトーリアは少しだけ頰を赤らめて続けた。
「……見るのは、いいけど」
「ほんとか」
「っていうか前も見てたくせに」
そう言って隠密服の襟口に指を差し込んで、メトーリアは脱ごうとする。
それを見て、バルカに電流が走る。
自身の閃きにバルカは戸惑いながらも、気がついたときには言葉にしていた。
「じゃあ……下から脱いでみてくれ」
「……え?」
メトーリアが振り返る。
「後ろを向いて、下から脱いでくれ」
バルカの声は、少し掠れていた。
メトーリアは躊躇った。
でも「見るのはいい」と言ってしまった手前、完全に拒否はしにくい。
「ダメか?」
バルカはもう自分の欲情を隠そうともしてなかった。
そんな男を上目遣いでメトーリアが睨む。
睨むが……。
「う……」
メトーリアはゆっくりと後ろを向いた。
長い黒髪を肩に流し、すらりとした足を揃えたまま、背を屈めながらボトムを少しずつ引き下ろしていく。
“男の視線を灼く手管は身につけておけ”
かつて聞いた、そんなアルパイスの言葉が脳裏をよぎった。
しかし今、自分がこんな事をしているのは、相手を騙し討ちや罠に嵌めるためではない。
(私は、目の前にいる男をよろこばせるために、こんな事をしている……。)
その事を思って、メトーリアはぞくぞくとした。
紺色の布地が、丸く張った尻の曲線に沿ってゆっくりと剥がれていく。
湯気の中で、一日中走り続けて汗ばんだ白い尻と太ももが、徐々に現れた。
メトーリアは、わずかに前屈みになりながら、ちらりと怒ったような視線を投げかけた後、隠密服のボトムを膝まで下ろした。
「……どうだ? 満足か?」
紅潮したメトーリアの顔を見て、バルカはもう我慢できなかった。
さっとトーリアに近づき、彼女の背後に立つ。
「ちょ――まだ」
まだ上半身の軽装鎧と隠密服の上着を着けたままのメトーリアを、バルカは後ろからそっと抱きすくめた。
「このまま――」
「目の前に湯があるのにっ……体を洗ってからじゃダメなのか」
「いいか? だめか?」
「っ……やはりオークは野蛮な種族……」
そう言いながらも、メトーリアは拒否はしなかった。
「いいか。手早く済ませろよッ。今、汚いんだから!」
× × ×
手早くとはいかなかった。
自ら望んだことだが、上半身は胸当てや腕当てといった防具をきっちりと着けているのに下半身は剥きだしのメトーリアの姿態はバルカにとって強烈すぎた。
メトーリアの姿をそのようにしておきながらバルカ自身は全裸になった。
一日中走り続けていたメトーリアの身体は熱かった。
× × ×
「アクアルの砦の周辺にもこういう川の温泉があったなそういえば」
岩べりに背を預けながら川湯に浸かったバルカはメトーリアを抱きすくめながら呟いた。
傍らにはふたりの鎧と、その上に脱いだ衣服が置かれている。
「フィラルオークを連れて砦に戻った晩にそこで体を洗ったんだ。ここほど深くはなかったが、いい湯だった。お前も入ったことはあるんだろ?」
メトーリアはこたえない。
ぐったりとしていた。
半目で、首が据わっていない赤子のようにバルカの胸に顔を埋めている。
まだ、バルカから受けた愛撫から醒めきっていないのだった。
「レバームスがな……『アーガ砦に戻るのが遅くなっても構わない』と言っていた」
ぼうっとしていたメトーリアの目に光りが宿った。
「そう、だな……地上へ戻る前に、アクアルとフィラルオークの統治運営と連携について、ちゃんと話し合っておいた方がいい」
「あ、そ、そうだな」
単純にまだ二人っきりでいられるということが嬉しかっただけのバルカは、自分が恥ずかしくなって言葉を濁した。
「……アクアルの温泉には浸かったことがない」
「えっ」
「私は三歳か四歳の時に、お母様と一緒にアクアルを離れ、人質としてアルパイス様の元に行ったからな」
「ひでえな」
「でもね、その頃はアクアルとレギウラの関係は良好だったんだ。お父様とアルパイス様の
夫のレイエス様は友人だったらしい。お父様は私や母様に会いたいときに、会いに行けた」
「レイエス……アルパイスのつがいか。今はいないんだっけか」
「亡くなった。その時に、お父様も……」
「なにがあったんだ」
「……」
メトーリアが緩慢な動作で立ち上がると同時に、バルカも立ち上がる。
するとメトーリアの体が微妙に揺れた。
「ま、まず、体と髪を洗いたい。だから、一旦、その」
「わかった」
「わかってないじゃないかっ」
メトーリアは両手で岩べりを抱え込んだ。
「ああ、もう、話が進まないじゃないか――」
乱れながらメトーリアはそう言って抗議した。