魔王討伐に貢献したオークの英雄、数百年後の世界で人間の女戦士を嫁にする 作:京谷ぜんきまる
「ねね、前から気になってたんだけど自分で歩かないなら右手に握ってるその杖は何なの? 何の魔法やスキルが込められてるの?」
「黙れ」
時折紫色の髪が不自然にうねる魔法士ヴェルミーヤを伴って、ヴァルダール王は王宮内の天井がドーム状になっている部屋にやってきた。
ヴァルダール王は最上階の私室にあった椅子に座ったままだ。
王の座っている椅子は魔法の力で浮遊して移動できる代物だった。
滑るように進む椅子が、室内に据え置かれたギルドクリスタルからやや距離を置いてぴたりと止まる。
椅子の脚が床に着くと椅子の底部から排出されていた黄色い魔力の粒子がフッと霧散した。
ヴァルダール王は杖を持ってない方の手をクリスタルに向けて振った。
親指以外の全ての指に嵌められている指輪の内の一つが黄色い輝きを放つと、クリスタルの台座にある制御盤が低い音を立てて起動した。
触れずに物を動かす念動力であった。
ヴァルダール王のレベルはそれほど高くなく、念動力も彼自身のスキルではない。
だが、彼の指を飾る数多の指輪や、でっぷりとした腹の上で揺れる大ぶりな首飾りにあしらわれた宝石の一つ一つにスキルや能力が込められており、装備者である王にその権能を付与していた。
スキルやアビリティを金で買える時代であった。
無論、莫大な財力が必要だが。
ギルドクリスタルは青白く輝き、現実の空間に虚像を重ね合わせていく。
座席に座る者の幻像が映し出され、実際この場にいるヴァルダール王と共に円座を作る。
クリスタルを利用した
「メンバー全員が集まったのは久しぶりだな」
ヴァルダール王は喋りながら、メンバーのうちの主要な面々を観察した。
岩のように厳つい肩をしたドワーフは、岩脈都市を束ねる王ムルーゴ・イッカ。
坑道と鉱脈の利権を一手に握り、同盟圏の工業を支える最高権力者だ。
獣の牙を連ねた首輪を巻いた大男はアガナン。
獣人族の巨漢であり、他の亜人も含めた少数種族の相談役を担う『獣牙会』の長である。
白い法衣を着たオルタン大司教は魔王討伐戦時に力を貸したといわれている神々を信仰する聖教の最高指導者だ。
歴代の大司教は常に、同盟が振るう武力に「聖戦」という名分を与える役割を担ってきた。
大司教より半席だけ高い位置に、銀白の髪の女が座っていた。
神々と霊的の繋がりを持つ
聖教の最高位であり、格は大司教より上にある。
他のメンバー達の幻像はみな色彩のない青白い姿だが彼女にだけは柔らかい色彩があった。
抜けるように白い肌と幻想的ですらある美貌。
会議に参加していた男達の視線が、自然と彼女に集中する。
「は~ぁ……」
その様子をひどくつまらなそうに眺め、ため息をついたのは、濃い褐色の肌に鋼をしぼり合わせたかのような引き締まった筋肉をした女だった。
サフィラ・クエイン。
小さな島国の女王だが、強力な海軍を持ち、海に棲む友好種族との誼も深く、大陸間の海路を掌握している。
膝に輝く水晶盤を置くヒェルム・ストーヴァーは、巨大商会の総元締めとして同盟圏の金の流れを牛耳る男。
魔法研究の総本山『魔導塔』のアークメイジ・カインズは、おそらくクリスタルを使わずに意識の一部を分離伸長して会議に参加しているはずだ。
単なる幻像ではないせいか、ローブ姿の彼の姿にも色味があった。
新しい魔法を開拓するのがカインズなら、古の秘術や知識を独占しているのがハイエルフの長ハーレイスだ。アールヴ大森林にいるハイエルフ達の王だけはシェディアにも全く興味を示さず、冷然とした佇まいでそっぽを向いていた。
他にも参加者はいるが、残りはヴァルダール王にとってはどうでもいい雑魚だった。
いつ誰と入れ替わっても問題はない。
端に控えるヴェルミーヤは招集された客分にすぎないが、彼女の持つ技術の方がよほど重要といえた。
× × ×
「本日の議題は、オークである」
ヴァルダール王の声は尊大だった。
「オークの間引きに使っていたデフィーラーが、北の海から根の谷まで、まとめて消滅した。理由はまだ分かっていない。だが、敵性種族であるオークの中に『特異点』に近い個体が生まれた可能性は捨てきれん。これを受け、私は同盟宗主国ヴァルダールの王としてオークに対する聖戦の発動を動議する」
円座が、わずかにざわついた。
ドワーフ王ムルーゴが喉を鳴らした。
「急な話じゃのう。あ、その前に鉱脈に出た被害の話をさせてくれ。オークの群れが街道へ溢れた分の損失は、きっちり補償の条文に書き加えてもらうぞ」
「補償は後だ」
オルタンが遮った。
聖戦と聞いて、その名分を作る役目を持つ大司教たる彼は内心浮き足立っていたが、表面上は落ち着いた振りをしていた。
「オークに特異点が生まれたなら聖戦の軍は動く。そうなれば充分過ぎるほどの補償がある」
「なーんだつまらん。前と同じで今回もあたいらには関係ない話じゃん……それともまさか、北海まで出張れなんて言わないよね?」
「嘆くことはありません。陸の面倒ごとに絡む必要が無いのは羨ましい限りですよサフィラ女王――では、外縁部の『切り取り』のバランス、今回はどうしますか?」
ヒェルムが膝の水晶盤を苛立たしげに指で叩いた。
「辺境領主どもがいがみ合う程度なら丁度いいが、聖戦ともなれば同盟外縁部の物流や新しい土地の分配で大わらわになる。我々の統制を外れて、どこぞの馬の骨が勝手に広大な領土や利権を握るような事態になるのは避けねばなりません」
「リザードの時のアルパイスみたいにな」
アガナンが牙を剥き出して不満げな声を上げ、それから気を取り直してニヤリと笑った。
「俺ら獣牙会はな、つええ奴がいるってなら喜んで参加するぜ」
アガナンはそう言いながら周囲に誇示するように闘気を発散する。
見た目は人間だが、巌のようなからだから闘気と共に獣臭が発散する。
その臭いを嗅ぎつけたかのように、魔道塔代表のカインズが眉をひそめながら口に手を当てたながら咳払いする。
「デフィーラーのオーク間引きの途絶が事実だとしたら。まずはその原因の特定が先ではないか?」
「それに……特異点の出現というのは、現時点では些か飛躍した推測にすぎないのでは?」
と、誰かがカインズの言葉を誰かが言った。
「いいじゃない、推測だって。もしあれだったら私が様子を見に行ってあげよっか?」
ヴェルミーヤが楽しげに肩をすくめる。
年若い娘が親しい友人に話しかけるような物言いに一同みな困惑する。
「――見て、それからどうするのかしら。人体実験でもするつもり?」
冷たく問い質したのは、聖教神官・大聖躯のシェディアだった。
声量自体は大きくない。
だが、何処までも届いていきそうな声だった。
射貫くような神の代行者の視線をヴェルミーヤは好奇のまなざしでうけとめている。
だが、すぐにふたりは視線を別のもの――ギルドクリスタル――に向けた。
アークメイジのカインズも眉根を寄せてクリスタルを見つめる。
他にも魔力や霊力の感知に長けている者達は、長老会議の絶対的な秘匿性を担保しているはずのギルドクリスタルに異常が生じたことを察知していた。
突然、これまで全く言葉を発さなかったハイエルフの王ハーレイスが弾かれたように席から立ち上がった。
ハーレイスは長老会議の召集に応じても発言することは殆ど無い。
常に他種族全てを見下していた傲然とした美貌が、見たこともないほど驚愕に歪んでいた。
ギルドクリスタルから、赤い火花が散った。
そして、エルダーズメンバーの円座の中心に、巌のような筋骨をした逆立つ髪に尖った耳、黒い軽装鎧を装備した巨躯の男が空間の座標を強引に上書きするかのように現れた。
続いて、エルフらしき男が巨躯の男の隣に降り立つ。
青白い幻像だがエルフの男の肌はかなり濃く見えた。
「……ダークエルフ?」と、誰かが囁く。
「惜しいっ。昔は白かったんだけどね。今は青エルフさ」
と、エルフの男レバームスは軽口を叩いた。
もうひとりの姿には大聖躯シェディアと同様に色彩があった。
そして……巨躯の男は灰緑色の肌をしていた。
オークだ。
その場にいる全員が心の中で思った。
今まさに聖戦の標的として上がっていた敵性種族――。
さらに巨躯のオークの肩の上に、蒼く輝くちいさな体が浮かびあがった。
器械精霊ギデオンである。
両腕を腰に当て、サイズに似合わぬ得意げな様子で、ない胸をそっくり返らせるように張っている。
この評議会の領域に、正規の手順を踏まずに
「殆ど知らないメンツだが、知ってる奴が一人いるな……よォハーレイス。オリジニーオークのバルカーマナフ、四百三十年前のダンジョン封印クエスト完了の報告に来たぜ」
バルカはそう言って、周囲を見渡した。
誰も言葉を返す者はいない。
「あのダンジョンが生んでいたでかい蟻みたいな魔物……名前、なんて言ったっけな?」
バルカーマナフの黄金の瞳が、深緑の長衣を着たハイエルフを見据える。
「……お前に聞いてるんだぜ、ハーレイス」
ふたたび名前を呼ばれたハイエルフの長の投影体が、円座の外へと半歩下がった。
目を見開き、顎が震える。
「バ、バルカーマナフ……! お前は、死んだはずだ。時空の泡に、包まれて……」
声は裏返っていた。
バルカーマナフは顎を掻いた。
「あ〜なるほど。やっぱりあれは、時間を弄くった魔法トラップだったか」
彼の斜め後ろで、青白い像がもう一段濃くなる。
レバームスはハーレイスを見据えながら、酷薄な笑みを浮かべた。
「レ、レバームス……」
「やっぱ、完全耐性を持つバルカ相手じゃ、バルカそのものを対象としない時間や空間に作用する魔法トラップをぶつけるしかないよな」
レバームスは、文書を読み上げるように続けた。
「ダンジョンに繋がっていた霊脈を利用したな? バルカが未来永劫に閉じ込められたままならそれでよし。暴れれば、繋がった霊脈が連鎖的に崩壊して、ワールドノードも霊脈回廊もない霊脈の中にバルカを落とす。……そんな仕組みだったんだろ」
それを聞いたカインズや、魔法の心得がある他の者達は、凍り付いた。
ざっくりとした説明だが、とんでもない禁呪である事が分かるのだ。
ヴァルダール王はというと、意味がよく分かっていなかった。
ヴェルミーヤが、面白そうに目を細める。
ハーレイスの顔から、血の気が消えた。
「レバームス! 貴様がバルカを……!」
「久しぶりだな。鬼畜白エルフ」
短いやりとりだった。だが、それで十分だった。
ハーレイスは膝から崩れて、椅子に倒れるように座り込んだ。
バルカはそれを横目で見て、肩をすくめた。
「俺は暴れたりせずに、スキルを使って仮死になっただけだ。同行者が巻き込まれたら困るとおもってな。助けが来ると思っていたから、な。だが、誰も来なかった。そういえばあの時一緒にいた奴らは、俺以外はエルフと人間だったな」
「決死隊だろうな。ハーレイス、エルフの方にはお前の息がかかってたんだろ」
レバームスが言った。
ハーレイスは否定しなかった。ただ無言を貫いた。
対して、ヴァルダール王は鼻で笑った。
「は! オークごときが、エルダーズの席に土足で踏み込んで僭越至極な……!」
ヴェルミーヤは、まるでこの状況を酒の肴にしているかのように楽しげだ。
他の者達は困惑するばかりで、成り行きを見守っている。
バルカはヴァルダール王を睨んだ。
「用件は三つだ。一つ。メトーリア・シェイファー・アクアルの奴隷領主の罪を赦免しろ。二つ。メトーリアの妹のアゼルやアクアルの家臣団の家族を自由にしろ。そして三つ目……さっきの話、聞いてたぜ。オークに、俺の同胞たちに聖戦とかいう、ふざけた喧嘩を仕掛けるってんなら――まずは俺が相手になる」
王は安楽椅子に座った姿のまま、せせら笑った。
彼の両手の指輪は様々な色の光を放ってぎらついた。
通信領域の自分の幻像を大きくさせ、手を振って見せる。
「立った一人で、何ができる。知っているぞ。バルカーマナフ。魔王討伐戦時の勇者パーティにいたオークだな? 四百年前の武勇伝が、今の同盟に通じると思うか。メトーリアと言ったな? リザードに情けをかけた馬鹿な男の娘……外縁の奴隷領主の女を手籠めにし、退化した緑ザルの群れを束ねているのか? それが何だ。貴様ひとりが吠えたところで――」
バルカは、沈黙した。
その「間」が、ハーレイスには分かった。
王には、分からなかった。
バルカが、一歩踏み出した。
円座の床を、巨躯が静かに進む。ヴァルダール王の幻像の前で、足が止まった。
「な、何を――」
王の周囲に、幾重もの防護障壁が光の膜となって立ち上がった。
指輪が、首飾りが、握りしめた杖が、一斉に異なる色の光を放つ。
金で買ったスキルと権能の、寄せ集めの守りだった。
バルカの手が、その膜に触れた。
最初の障壁が、硝子のように砕けた。
二重目が、三重目が、音を立てて弾け飛ぶ。指輪のひとつに亀裂が走り、杖に込められた防護のスキルが過負荷に悲鳴を上げて霧散した。
「ば、馬鹿な……! 精神体で幾重もの魔法障壁を――!?」
カインズが、驚愕の声をあげる。
彼自身もクリスタルの力を利用した幻像ではなく、魔法を使って自らの精神体を通信領域に飛ばしている身だ。姿と声を届ける以外に、多少の干渉は可能だが、いまこのオークがやっていることはカインズにとって常軌を逸したものだった。
シェディアもまた、息をのんだ。
それに彼女の目には見えていた。バルカの霊体に、無数の強力な霊が取り憑いているのが。
バルカの手が、ヴァルダール王の胸ぐらを掴んだ。
でっぷりとした体が、安楽椅子から浮かんだ。
締めあげられた王の喉から、潰れた悲鳴が漏れた。
「ひ……っ」
その瞬間、ヴァルダール王は初めて理解した。
四百年前の武勇伝はおとぎ話では無い。
今、自分の喉元にいる、この男――!
金で買った権能の、すべてが通じなかった。
「もう一度だけ聞く」
バルカの声は、低く、静かだった。
「メトーリアの罪を、赦免しろ」
「わ、わかった……! わかったとも……!」
王は両手を上げ、首を振った。指輪の光が、恐怖に明滅する。
「メトーリア・シェイファー・アクアルの、奴隷領主の罪は――赦免する! なかったものとする! アゼル・シェイファーとアクアル家臣団およびアクアル民全体の課役も解除する! 同盟宗主、長老衆総裁の名において、確かに、約束する……! 聖戦も発令しない!」
円座に、誰も異を唱える者はいなかった。
オルタンは苦虫を噛み潰したように目を伏せ、ハーレイスは俯いたまま、動かなかった。
バルカの指が、離れた。
ヴァルダール王は安楽椅子に崩れ落ち、荒い息をついた。
バルカは円の中心へ戻り、長老衆をゆっくりと見回した。
「皆聞いたな。今の言葉は、なかったことにはならんぞ」
次の瞬間、像が膨れた。
灰緑の肌が、赤いマグマのようなエネルギーが流れる漆黒に変わる。
肩が領域の天井を押し上げ、頭が虚の広間を突き抜ける。
ギルドクリスタルが、一人のオークを映しているのではなく、クリスタルの方が、彼の内側に取り込まれたように見えた。
タイタン・アバタールと化したバルカーマナフの霊体が、ドーム状の天井を突き抜けて、尚も巨大になっていく。
この日、警告音が、世界に散らばる全てのギルドクリスタルから発せられた。
世界に点在するギルドクリスタルのすべてが、同じ巨影を強制的に結び、上空に投影した。
空を背負う肩。炎のような巨大な闘気。黄金の二つの灯。
漆黒の巨人は、地上を見下ろしながら言った。
声は霊脈と繋がっている水晶のある場所のすべてに轟き響いた。
「俺の名はバルカーマナフ。北大陸の、根の谷から北海までのオークの縄張りに手を出そうってんなら……俺が相手になってやる」
バルカは、もう一度言った。
「俺の名は、バルカーマナフだ」
世界が、その名を聞いた。(了)