魔王討伐に貢献したオークの英雄、数百年後の世界で人間の女戦士を嫁にする   作:京谷ぜんきまる

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第17話 奴隷領主の夜這い

 バルカは武装したメトーリアしか見ていなかったので、戸口に立っている彼女の出で立ちを思わず凝視した。

 金色の瞳を上下させ、メトーリアの頭のてっぺんから足のつま先まで、視線を走らせる。

 白い、室内着……だろうか。

 濃紺の隠密服に軽装鎧を着装した姿とは何もかもが対照的だ。

 両腕を後ろにまわして手を組み、上目づかいでこちらを見つめるその物腰も、それまで見てきた凜とした戦士としての佇まいとは全く違うもので、バルカの野性味の強いオークとしての本能を揺さぶってくる。

 

 隠密服は体に密着するタイプの物なので、体の線がハッキリと見て取れたが、メトーリアが今着ている服は、

 

(な、なんかフワフワしとるな……ッ)

 

 と、バルカは脳内で上手いこと形容できていない感想を述べる。

 無理もない。人間の着衣のことには詳しくないからだ。

 強いて言うなら……魔王討伐戦の前、鍛錬と稼ぎを兼ねて大都市の闘技場に闘士として出入りしていた時、色町の娼館などが建ち並ぶ通りで見かけた女たちが着ていたものに、似ているかも知れない。

 

 いやさすがにそれよりは、肌の露出は少ないが。

 それでも、首元が大きく空いていて、隠密服と軽装鎧を装備していた時には隠れていた、ほっそりとした喉や鎖骨のくぼみが見えた。

 さらには、胸元の布地を艶めかしく突きあげる豊かなふくらみを凝視しかけて、バルカは慌てて顔をそらした。

 メトーリアが着ているものはかなり薄手の寝間着で、いわゆるナイトドレスといってもいい代物だった。

 バルカに“フワフワしとる”と思わせたのは、刺しゅうやフリルだ。

 大抵のオークは、着る物の装飾にそのような意匠を凝らしたりすることはない。

 

(な、なるほど。人間の女領主とは寝るときにはこういう服を着るのか。うん、そうに違いないっ。なるほど――) 

 

「な、何の、用かな?」

 

 喉に何かが絡んだような声を出してしまって、焦ったバルカは何度も咳払いをした。

 鼻で息をしないようにバルカは努めた。

 今、空気と一緒にメトーリアの体香を吸い込んでしまったら、

(どうにかなっちまいそうッ)

 だったからだ。

 

「……」

 

 メトーリアは後ろ手を解くと、持っていた酒瓶と杯二つをバルカに見せた。

 

「酒でもどうだ? 昨日、助けてもらった礼だ」

「え?」

 

 日中の、硬く張りつめた声音とは全く違う、穏やかで優しい物腰と声にバルカはびっくりした。

 

「あ、ああ……うむ」

 

 バルカがぎこちなく、部屋に招き入れると、メトーリアはすたすたと入室した。

 歩くたびに衣の裾がめくれ、すらりとした白くて長い下肢が見えたり隠れたりする。

 

「ベッドの上に座っていいか」

 

 寝室は極めて簡素なもので、テーブルや椅子といった家具はなかった。

 

「俺に断りを入れる必要はないだろ。元々、この砦も部屋もお前のものだ。す、好きに、するといい」

「ふふ、たしかに」

 

 ドアを閉めたバルカも寝台の縁に腰掛けた。

 かなり、距離を置いて座った。

 しかし、メトーリアは杯の一つをバルカに手渡す時にベッドの上で腰を滑らせながら、必要以上に接近してきた。

 

(えッ? エエ!? なんだコレは! 何でこんなに間合いを詰める!?)

 

 注がれた酒を一気に飲み干しながら振り向くと、メトーリアはさらに身を乗り出していた。

 顔が近い。崖下で抱き寄せた時と同じぐらいだ。

 あの時と違って、まだ触れてはいないが、湯浴みをしてきたらしいメトーリアの身体から発する、温かさと湿り気を、自らの灰緑色の肌で感じ取ったような気分になり、バルカは頭がくらくらし始めた。

 酒瓶は床に置かれ、メトーリアの杯はベッドの上に転がっていた。

 

「お、おま」

「何も考える必要はない。私は礼がしたいと言ってるんだぞ……」

 

 そう言って、メトーリアは身を擦り寄せ、切なげにため息を吐く。

 今はバルカも軽装鎧を脱いでいる。そのため、メトーリアの弛緩した身体の、信じられないような柔らかさを肌で感じて、たまらずバルカはメトーリアを凝視した。

 メトーリアも長身だが、オークであるバルカの背丈はそれよりもはるかに高い。

 バルカの二の腕あたりへもたれかかっているメトーリアを、見つめる。

 身長差ゆえに、メトーリアの姿を、見下ろすような形となる。

 オークからみれば、何もかもが小さくて小作りだが、最初に出会った時、あのダンジョンの中で、“美しい”と憧憬の念を抱いたメトーリアの身体が、今こうして自分に寄り添っている。

 

 バルカは朴念仁ではない。

 メトーリアのことを意識していないと言えば嘘になる。

 このように挑まれて、オークの雄として、拒む理由など何一つない。

 

 バルカは大きく息を吐き、彼女の首筋に鼻先を近づけてその体香を“嗅いだ”。

 そして、大いに困惑した。

 

「……どういうことだ?」

 

 夢から覚めたように、そう呟くと、バルカは身を寄せていたメトーリアの両腋の下に手を差し入れて、幼児を抱き上げるように軽々と持ち上げた。

 

「んっ!? な、なにを」

 

 戸惑うメトーリアを無視して、バルカは僅かの間、メトーリアを抱き上げたまま見つめた。

 それから、ストンとベットの枕元にメトーリアの身体を降ろす。

 

「……何のつもりだ? メトーリア」

 

 問い質すバルカに、メトーリアは一瞬でいつもの無愛想な表情に戻った。

 

「やっぱりだめか」

 

 と、呟いて、そっぽを向いた。

 先ほどまで漂わせていた艶やかな振る舞いは消え去っており、冷めた口調だった。

 

「態度とは真逆に、お前からは何ら……その、なんていうか、“それっぽい”匂いはしなかった。おれが匂いから感じ取ったのは緊張と、追い詰められた獣が逆ギレしたようなやけくそ感と、怯えだ」

「……フン」

 

 メトーリアはバルカの反応を予想していたようだった。

 床に置いた酒瓶と、転がっていた杯に手を伸ばし、手酌してから、ちびりと飲んだ。

 

 メトーリアには分かっていたのだ。

 バルカは匂いを嗅ぎ取って相手の感情や精神状態を察知する超感覚があるから、自分の夜這いは成功しないんじゃないかと――。

 

「言ってくれるじゃないか。でも、別に、怯えてはいないっ」

 

 そう言って、バルカを睨むメトーリア。

 

「しかし、演技は見事なものだった。少し……いやかなり、驚いたぞ」

「私が使う剣やスキルのタイプは知っているだろう。こうした仕事には慣れている」

「……」

 

 “こうした仕事”というのは具体的には色仕掛けによる誘惑や、阻害スキルを使うことでの対象の暗殺や捕縛。尋問や拷問……などだろうか。

 バルカは何も言わずに、メトーリアの隣に座った。

 

「どうした? もしかして失望したか? 私はお前がダンジョンで言ったような、“誇り高い戦士”とはほど遠い女だ」

「……」

「っ――でも勘違いするなよ? 本当に体を許したことは一度も無いっ」

「お、おう」

 

 それからバルカは一通りメトーリアから話を聞いた。

 デイラの差し金で、メトーリアが色仕掛けを敢行したしたことに、バルカは憤慨した。

 

「あの女……ッ!」

「私のことを気づかってくれているなら、デイラ様に突っかかってくれるなよ?」

「是が非でも俺に、フィラルオーク達を制御させたいというわけか」

「当たり前だろう。そのためにデイラ様は、我々は、お前を発掘したんだ」

「……本来、オーク達がいた北の地はどこの縄張りでも無い辺境の地だとレバームスに聞いた。そこへ彼らを戻せばいいのだな」

 

 メトーリアは「そうだ」と答える。

 

「撤退するオークをレギウラの人間達が追撃する可能性は?」

「レギウラは常に緊張状態にある。北の奥地へ戦力を送る余裕は無いはずだ」

「緊張状態?」

「レギウラは同盟領域の外縁部だから辺境に生息する敵性種族との諍いが絶えないんだ。北部だけでは無く、東と南にも気を配らないといけない」

 

 レバームスに見せられた大陸図を思い出すバルカ。

 

「レギウラは同盟領域の最東端だからか」

「そうだ」

「…………メトーリア、お前は」

 

 バルカはかすれた声を漏らし、金色の瞳を揺らめかせながら、目の前の女を見つめた。

 

「こんなことをする前に普通に頼もうとは考えなかったのか? 俺は言ったはずだ。“力になる”と」

「……デイラ様はお前を“籠絡しろ”と仰ったからな。私は命令に従うだけだ」

「じ、じゃあ、お前はっ、デイラや、レギウラ公王のアルパイスとやらに、命じられるままに殺しの仕事をして、さらにはこうやって身体(からだ)まで捧げるのか」

 

 メトーリアは俯いて、両手で包み込むようにして持った杯に視線を落としながら、しばらくの間無言だった。

 

「何か他の道を、生き方を考えたことはないのか? ほんの少しでも」

「………………他の道など知らないし、他の生き方なんてできない」

 

 そう言ってから、またちびりと酒をなめるように飲む。

 それから、スッとぶっきらぼうに酒瓶を差し向けてきたので、バルカは杯で受ける。

 

 何も言わず、何も聞かず、かなりの時間をかけて、二人はそのまま酒瓶を空にした。

 

「……うん。うむッ」

 

 バルカは決意が固まったという表情で深々と頷き、

 

「フィラルオークの件は了承したとデイラに伝えてくれ」

 

 と、僅かなためらいもなく言った。

 

「いいのか?」

「ああ。俺に考えがある。それからな、メトーリア」

「なんだ」

「その、あれだ……」

「?」

 

 途端に、バルカはうつむいて、今度は続きを言うのをためらい始めるが、覚悟を決めて、顔を上げる。

 

「今晩はな、このまま部屋に泊まっていけ」

「え!?」

「安心しろ。何もしない。ただ俺とお前がその……“関係を持った”という事実をでっちあげるだけだ。お前は任務を果たしたことになるし、俺にもそうすることで利があるんだ。悪い話じゃないだろう」

「……」

 

 バルカは返事を待たずにサッと立ち上がった。

 無言でベッドをメトーリアに譲り、見るからな寒そうな薄着のメトーリアに毛布を投げ、自分は部屋隅の床上で横になるのだった。

 

     ×   ×   ×

 

 メトーリアはしばし呆然として、背を向けて寝転がったバルカの背中を見つめる。

 本当に不思議なオークだ、とメトーリアは心の中で呟く。

 こちらを欺こうとする気配は一切無いし、嘘をつくことも無い。

 

(元々、知性を失う前のオークとはこういうものなのだろうか?)

 

 否、おそらく違うだろうと、メトーリアは考える。

 人間にも様々な性格を持つ者がいるように、オークもまたそうなのだろう。

 ふと、メトーリアは思う。

 自分が仕掛けた誘惑は、何らかの思惑があると勘付かれるだろうと予想はしていた。

 だがそれはそれとして、バルカが据え膳食わずはなんとやらで、自分を犯さないとは限らないではないか。

 

(それなのに、私は考えてもいなかった。このオークが、バルカが、私の気持ちを無視して手籠めにすることなど)

 

 昨日、知性を失ったフィラルオーク達の数名は、下卑た笑みを浮かべながら自分に近づこうとした。

 それに比べて……。

 

 ――お前には怯えがある。

 

 そういって猛獣のような金色の瞳を陰らせて、少し悲しそうに――悲しそうな表情をしていたように見えた――自分を見つめたバルカの顔を思い起こす。

 

 ベッドの上で毛布にくるまって横になるメトーリア。

 

(そういえば……私は何故さっき、あんなことを言ったんだろう。“体を許したことは一度も無い”って……そんなこと、わざわざこいつに言い立てる必要なんて、無いなのに……)

 

 今、室内には人間の汗や脂の匂いとは違う、焚き火の煙の匂いに、朝霧の森の中で嗅ぐようなものが混ざった、香ばしい匂いが漂っている。

 オークの、バルカの体香だろう。

 独特で強烈だが、不思議とあまり気にはならなかった。

 バルカの背中を見つめているうちに、ふっとメトーリアの緊張の糸が、切れた。

 狩り場で一夜明かした時、実はメトーリアは一睡も出来なかった。

 その疲れが今になって、一気に押し寄せ、抗いがたい眠気に溺れていく。

 まどろみの中で、先ほどバルカに、子供のように体を抱き上げられたことを、思い出す。

 

 かつて、幼い頃に、あのように抱き上げられた記憶がある。

 前アクアル当主……スガル・シェイファー・アクアル。

 亡き父の思い出を、久しぶりに、本当に久しぶりにメトーリアは胸に抱きながら、深い眠りに落ちた。

 

 

    ×   ×   ×

 

 

(寝るの早いなおい!?)

 

 メトーリアに背を向けて横になったバルカは、すぐさま耳に入ってきた健やかな寝息に驚いて、思わず体を起こして振り向いた。

 あまりにも無防備な寝顔が視界に入ってきた。

 

(俺の提案は、受け入れられたって事で……いいのか?)

 

 メトーリアは拒否も承諾もしなかった。

 それは、バルカが有無を言わさぬ体で立ち上がって、さっさと床に寝転がったせいでもあるのだが、今のバルカはそれに思い至る余裕は無かった。

 というのも、即座に立ち上がって寝転がったのは、有り体にいえば……メトーリアの返答を聞くのが怖かったからだ。

 

(だが、おそらくは受け入れられるはず。好きでも無い男に抱かれるより、ずっとマシな条件のはずだ。大丈夫のはず、だ)

 

 うめきともつかないため息を漏らして、バルカは再び背を向けて横になるのだった。

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